氷の王と炎の王妃

藤井 紫

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第四章 わたし、子を、授かりました

神の奇跡か、悪魔の業か

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 雨が降り出したのは、王の命によって火が消された直後だった。
 最初はぽつり、ぽつりと頬を打つ程度だったが、やがて空は、怒りを吐き出すように、土砂降りの雨を降らせた。

 ラシェルは騎乗のまま戻る兵たちとは別れ、一人、濡れた石畳を歩いていた。
 纏っていたマントはすでに重く、金の髪は額に貼りつき、雨脚は強まるばかりだった。

 少し前を歩くホープの背中が、時折、振り返るように揺れる。
 ギリアン王はその先、ずぶ濡れの軍装のまま馬に乗り、無言で王宮へと向かっていた。

 ただ、雷鳴が遠くで響き、王都ランスの高塔が雨に滲んで見えた。
 土砂降りの中、何百の兵と市民の視線を背に、王たちは静かに広場を去っていく。





 ラシェルはふと、火刑台の柱に括られていたはずのジェードが、忽然と姿を消した瞬間を思い出す。

(……何が起こったの? ジェード様は消えた? どこへ行ったの?)

 焚き木の上、確かにジェードはいた。



 そして、王の命令が、宗教の名のもとに踏みにじられた、その時だった。



 火が着けられ、焚き木の爆ぜる音と共に、炎がカーテンのようにジェードの姿を隠した。
 直後に、火を着けた修道士と、神官の首が飛んだ。


 けれど次の瞬間、光が走り、風が唸り、炎が裂けた。
 観衆の悲鳴が広場に満ちた。
 気づけばジェードの姿は消え、ただ焼け焦げた縄だけが残っていた。



 あれは夢だったのか、幻だったのか。
 それとも、神の奇跡か、悪魔の業か。



 分からない。誰もが何かを語ろうとしながら、沈黙の中にいた。
 何が起こったのか、まだ自分でも理解できていなかった。
 ただひとつ分かるのは、自分たちは何か決定的な瞬間に立ち会ったのだということだった。
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