【完結】氷の王と炎の王妃

藤井 紫

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第五章 夜の海を揺蕩う舟のように

氷と炎の間*

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 指先が、肩先をすべって、胸元をなぞる。
 唇が、鎖骨に触れてから、愛しむように肌を這い、シルヴィアの息がそっと揺れた。

 ただ重ねるだけではなく、
 ただ満たすだけでもない――

 ギリアンの動きは、求める熱をそのままに、けれど深く、慎重で、ひたすらに優しい。
 繊細な織物のように、シルヴィアの心と身体に触れては、確かめるように呼吸を重ねていく。

 結ばれたふたりの境界が、ゆるやかにほどけていく。
 揺らぎのなかで交わされる愛は、もはや言葉ではなく、鼓動のひとつ、吐息のひとひら、眼差しの奥に宿る感情がすべてだった。

 ギリアンの手が、シルヴィアの背を支える。
 そこに込められた確かな熱に、シルヴィアの腕が自然とギリアンの肩を抱く。

 深く、そして静かに――
 ふたりは、夜の海を揺蕩う舟のように、ゆっくりと揺れながら、そのひとときをすべて、愛のために使い切っていた。


 やがて、ゆるやかな余韻がふたりを包み込む。
 濡れた睫毛のまま、シルヴィアが小さく息を整えたとき、ギリアンの額がそっとシルヴィアの髪に触れた。

「……シルヴィ」

 名を呼ばれただけで、胸がじんわりと熱くなる。
 その声は、どんな契約よりも深く、シルヴィアの心に刻まれていた。


 ふたりは薄い寝具の下で、互いの輪郭を感じながら静かに並んでいた。
 外では夜の風が、木々をわずかに揺らしている。

「……陛下、なんだか……お声が、優しすぎます……」
 シルヴィアがそう囁くと、ギリアンがくすりと笑った。

「じゃあ、次は気をつけよう。――王が愛に溺れていると、誰かに知られたら困るからな」

 その返しに、シルヴィアも笑い声を漏らす。

 しばしの沈黙のあと、ギリアンが少し真面目な声音で切り出した。

「シルヴィ。……一つ、話がある」

 ギリアンの言葉に、シルヴィアは目を伏せて、頷く。
 ギリアンがこうして夜のうちに話すのは、余人を交えず、心から自分を信じている証でもあると、いつからかシルヴィアは知っていた。

「リアナ・フォン・グラディスを、王妃付きの侍女として任じたい」

 思ったよりも率直な言い方だった。
 だがそこに躊躇や迷いはなかった。

「リアナを……わたしの傍に?」

「あの娘は炎派の出で、民の中には次の王妃候補ではと噂する者もいる。だが、彼女自身は、選ばれた訳ではない。王妃の隣に置くことで、むしろ不当な企てを未然に封じられる。……そう思っている」

 シルヴィアは、しばし言葉を探していた。
 やがて、そっとギリアンの肩に額を寄せる。

「……わかりました。リアナは幼い頃に会ったきりですが、レオナール卿からは、聡明なお方だと聞いています。ならば、その力、きちんと見せていただきましょう」

 その声音に、拒絶も警戒もない。
 あるのは王妃としての強さと、ひとりの女性としての気高さだった。

 

 ギリアンが、彼女の髪に手を添えて、そっと囁く。

「……ありがとう、シルヴィ。君は、やはり王妃にふさわしい」

 シルヴィアはその言葉には答えず、ただ目を閉じ、そっとギリアンの指を握り返した。

 王と王妃――
 氷と炎の間に在りながら、互いの温度で支え合う夜だった。
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