【完結】氷の王と炎の王妃

藤井 紫

文字の大きさ
87 / 182
第五章 夜の海を揺蕩う舟のように

やっぱり、兄様は特別です

しおりを挟む
「それで、お兄様は王妃殿下と、既にお話になったんですね?」

 リアナがそう尋ねると、レオナールは自分でカップに湯を注ぎながら、軽く頷いた。
 その隣で、リアナは静かに荷物の整理を続けている。

「少しだけ。……廊下で立ち話しただけだよ」

 それだけ言って、レオナールは紅茶をひと口。
 だがリアナは、その横顔をじっと見つめていた。

「兄さま、少し顔が赤いです」
「……赤い?」
「ええ。頬も耳も。お酒でも召し上がったみたい」

 レオナールは照れ隠しのように、小さく苦笑した。

「飲んでないさ。ただ……王妃をあの頃の呼び名で呼んでしまったからな。思い出して、少し照れくさくなっただけだよ」

「王妃様のことを、ルビと?」

「……ああ」
 その一言に、リアナのまつ毛が少し揺れた。

「――本当に、お好きだったのね」

「リアナ」
「大丈夫。怒ってなどいませんわ。ただ、ほんの少しだけ……気になっただけです」

 言葉は柔らかかったが、リアナの瞳の奥には、炎派の令嬢らしい冷静な観察の光が宿っていた。

「それで、王妃殿下はどうでしたか? ご体調の件も含めて」
「強く、そして美しくなっていたよ。――正しく、王妃だった」

 その答えには、誇らしさと同時に、一抹の寂しさが滲んでいた。

「紹介の件については?」
「伝えた。けれど、返答はもらっていない」
「そうですか」

 リアナは息をふっと吐き、視線を伏せた。
 兄の想いを察しながら、同時に現実を見据えている。

「王妃の座が揺らぐことはない。けれど……もし何かがあったとき、代わりになり得る者としての存在証明が、わたくしの滞在の意味なのでしょう?」

 レオナールは、その言葉に反応するようにカップを置いた。
 そして静かに、けれど真剣に口を開く。

「おまえは、いつからそんなにお利口さんになったんだ?」

「兄様の背中を見て育ったんですもの。……それに、王妃殿下に紹介をとおっしゃったのは母上。つまり、我が家全体の意図です」

「……ああ、わかっている」

 レオナールの表情がふっと和らぐ。
 それは、王宮での使節の顔ではなく、年上の兄としての優しいまなざしだった。

「だけど、ルビは、完璧な王妃だった。覚悟も、気品も、揺るがなかった。……俺は、あんなルビを見るのは初めてだった」

「……だからこそ、余計に、少し……」
 リアナは言葉を選びながら、そっと口を閉じた。

「兄様。王妃様がどんなに立派でも、わたくしが予備である限り、あなたには心苦しいのね」

「違う、リアナ。君は予備なんかじゃない」

 レオナールは、妹の手にそっと触れた。

「君は、王妃に劣らぬ器を持っている。炎派の誇りと、優しさを兼ね備えている。俺はそれを信じているよ」

 リアナの目が、少しだけ潤んだ。

「……ありがとう。やっぱり、兄様は特別です」
「――結果がどうであれ、君がここにいる意味は、きっとあるさ」

 窓の外で、鐘の音が二度、静かに鳴った。
 それは、日が暮れたことを告げる、穏やかな合図だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~

世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。 ──え……この方、誰? 相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。 けれど私は、自分の名前すら思い出せない。 訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。 「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」 ……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!? しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。 もしかして、そのせいで私は命を狙われている? 公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。 全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね! ※本作品はR18表現があります、ご注意ください。

【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!

加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。 カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。 落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。 そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。 器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。 失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。 過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。 これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。 彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。 毎日15:10に1話ずつ更新です。 この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...