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第五章 夜の海を揺蕩う舟のように
やっぱり、兄様は特別です
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「それで、お兄様は王妃殿下と、既にお話になったんですね?」
リアナがそう尋ねると、レオナールは自分でカップに湯を注ぎながら、軽く頷いた。
その隣で、リアナは静かに荷物の整理を続けている。
「少しだけ。……廊下で立ち話しただけだよ」
それだけ言って、レオナールは紅茶をひと口。
だがリアナは、その横顔をじっと見つめていた。
「兄さま、少し顔が赤いです」
「……赤い?」
「ええ。頬も耳も。お酒でも召し上がったみたい」
レオナールは照れ隠しのように、小さく苦笑した。
「飲んでないさ。ただ……王妃をあの頃の呼び名で呼んでしまったからな。思い出して、少し照れくさくなっただけだよ」
「王妃様のことを、ルビと?」
「……ああ」
その一言に、リアナのまつ毛が少し揺れた。
「――本当に、お好きだったのね」
「リアナ」
「大丈夫。怒ってなどいませんわ。ただ、ほんの少しだけ……気になっただけです」
言葉は柔らかかったが、リアナの瞳の奥には、炎派の令嬢らしい冷静な観察の光が宿っていた。
「それで、王妃殿下はどうでしたか? ご体調の件も含めて」
「強く、そして美しくなっていたよ。――正しく、王妃だった」
その答えには、誇らしさと同時に、一抹の寂しさが滲んでいた。
「紹介の件については?」
「伝えた。けれど、返答はもらっていない」
「そうですか」
リアナは息をふっと吐き、視線を伏せた。
兄の想いを察しながら、同時に現実を見据えている。
「王妃の座が揺らぐことはない。けれど……もし何かがあったとき、代わりになり得る者としての存在証明が、わたくしの滞在の意味なのでしょう?」
レオナールは、その言葉に反応するようにカップを置いた。
そして静かに、けれど真剣に口を開く。
「おまえは、いつからそんなにお利口さんになったんだ?」
「兄様の背中を見て育ったんですもの。……それに、王妃殿下に紹介をとおっしゃったのは母上。つまり、我が家全体の意図です」
「……ああ、わかっている」
レオナールの表情がふっと和らぐ。
それは、王宮での使節の顔ではなく、年上の兄としての優しいまなざしだった。
「だけど、ルビは、完璧な王妃だった。覚悟も、気品も、揺るがなかった。……俺は、あんなルビを見るのは初めてだった」
「……だからこそ、余計に、少し……」
リアナは言葉を選びながら、そっと口を閉じた。
「兄様。王妃様がどんなに立派でも、わたくしが予備である限り、あなたには心苦しいのね」
「違う、リアナ。君は予備なんかじゃない」
レオナールは、妹の手にそっと触れた。
「君は、王妃に劣らぬ器を持っている。炎派の誇りと、優しさを兼ね備えている。俺はそれを信じているよ」
リアナの目が、少しだけ潤んだ。
「……ありがとう。やっぱり、兄様は特別です」
「――結果がどうであれ、君がここにいる意味は、きっとあるさ」
窓の外で、鐘の音が二度、静かに鳴った。
それは、日が暮れたことを告げる、穏やかな合図だった。
リアナがそう尋ねると、レオナールは自分でカップに湯を注ぎながら、軽く頷いた。
その隣で、リアナは静かに荷物の整理を続けている。
「少しだけ。……廊下で立ち話しただけだよ」
それだけ言って、レオナールは紅茶をひと口。
だがリアナは、その横顔をじっと見つめていた。
「兄さま、少し顔が赤いです」
「……赤い?」
「ええ。頬も耳も。お酒でも召し上がったみたい」
レオナールは照れ隠しのように、小さく苦笑した。
「飲んでないさ。ただ……王妃をあの頃の呼び名で呼んでしまったからな。思い出して、少し照れくさくなっただけだよ」
「王妃様のことを、ルビと?」
「……ああ」
その一言に、リアナのまつ毛が少し揺れた。
「――本当に、お好きだったのね」
「リアナ」
「大丈夫。怒ってなどいませんわ。ただ、ほんの少しだけ……気になっただけです」
言葉は柔らかかったが、リアナの瞳の奥には、炎派の令嬢らしい冷静な観察の光が宿っていた。
「それで、王妃殿下はどうでしたか? ご体調の件も含めて」
「強く、そして美しくなっていたよ。――正しく、王妃だった」
その答えには、誇らしさと同時に、一抹の寂しさが滲んでいた。
「紹介の件については?」
「伝えた。けれど、返答はもらっていない」
「そうですか」
リアナは息をふっと吐き、視線を伏せた。
兄の想いを察しながら、同時に現実を見据えている。
「王妃の座が揺らぐことはない。けれど……もし何かがあったとき、代わりになり得る者としての存在証明が、わたくしの滞在の意味なのでしょう?」
レオナールは、その言葉に反応するようにカップを置いた。
そして静かに、けれど真剣に口を開く。
「おまえは、いつからそんなにお利口さんになったんだ?」
「兄様の背中を見て育ったんですもの。……それに、王妃殿下に紹介をとおっしゃったのは母上。つまり、我が家全体の意図です」
「……ああ、わかっている」
レオナールの表情がふっと和らぐ。
それは、王宮での使節の顔ではなく、年上の兄としての優しいまなざしだった。
「だけど、ルビは、完璧な王妃だった。覚悟も、気品も、揺るがなかった。……俺は、あんなルビを見るのは初めてだった」
「……だからこそ、余計に、少し……」
リアナは言葉を選びながら、そっと口を閉じた。
「兄様。王妃様がどんなに立派でも、わたくしが予備である限り、あなたには心苦しいのね」
「違う、リアナ。君は予備なんかじゃない」
レオナールは、妹の手にそっと触れた。
「君は、王妃に劣らぬ器を持っている。炎派の誇りと、優しさを兼ね備えている。俺はそれを信じているよ」
リアナの目が、少しだけ潤んだ。
「……ありがとう。やっぱり、兄様は特別です」
「――結果がどうであれ、君がここにいる意味は、きっとあるさ」
窓の外で、鐘の音が二度、静かに鳴った。
それは、日が暮れたことを告げる、穏やかな合図だった。
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