【完結】氷の王と炎の王妃

藤井 紫

文字の大きさ
95 / 182
第五章 夜の海を揺蕩う舟のように

リアナの仮説

 月が高く昇る頃、リアナは白い寝間着のまま机に向かっていた。

 蝋燭の灯がゆらめく中、帳面にはリアナの小さな文字が並んでいる。
 内容は記録。王妃シルヴィアの体調、言動、食事内容、日々の様子、そして夜の陛下の訪問頻度――。

(これほど頻繁に通われているということは、やはり身体の関係自体はあるのでしょうね)

 それは、前室で控えていたラシェルの反応からも伺えた。
 夜勤について教わると、時折、ラシェルは純情ゆえに顔を赤らめる。
 けれどその表情は、何か『確信』があるようだった。

(……では、なぜ子ができないのか)

 リアナは唇に指をあて、じっと考えた。
 王妃は、健康そのものに見える。顔色は良く、歩行や動作にも不調はない。
 毎朝の薬草茶も、ごく当たり前の調合だった。
 もちろん、特別な薬――避妊や不妊に関わるような――は見当たらない。

(まさか、陛下の方に問題が……?)

 けれど、それを疑うのは早計だ。
 ヴァロニアの王――ギリアン陛下は、戦場に立つ体力と精神を持ち、戴冠以来、強い求心力を示してきた。
 あのような男性が、まさか男としての力を欠いているとは考えにくい。

(では……)

 ふと、リアナの目がわずかに見開かれた。

(……まさか、を……間違えている?)

 思い返せば、王妃殿下は炎派の出とはいえ、地方貴族の出身。
 炎派貴族の娘にとって性知識は、婚礼前に母や乳母から伝えられるのが常だ。
 だが、レーヴェンヌ家は領地も小さく、何より中立派だ。
 そして、あまりに急な婚姻要請だったと聞いた。

(……もし、正しい知識がなかったとしたら……)

 リアナの胸に、一つの仮説が浮かび上がる。

 ――王と王妃は、確かに信頼し合っている。
 けれど、『子を成す方法』を知らず、ただ一緒に夜を過ごしているのだとしたら?

 あり得ないとは言い切れなかった。
 世の中には、そういったまことしやかな噂を信じたまま夫婦生活を送る者もいる。


 特に、『神殿の秩序』に従う氷派に。


 だからこそ、炎派の令嬢たちは、『正しい知識』を共有しあう文化があった。
 それは、政治的な意味合いも強かった。

(……王妃様は、知らないのかもしれない。氷の王も……)

 そして――

(……あの侍女は、王妃様について何か言えないでいる)

 リアナの心に、二つの灯が灯った。

 一つは、知識を持つ者としての、使命感。
 もう一つは、ほんの微かな、優越感。

(ならば、わたくしが、導いてさしあげればいい)

 帳面にそっとペンを置き、リアナは微笑んだ。
 その微笑みは、王妃を貶めるものではなく、あくまで支えるための慈愛として。

 けれどその真意は、リアナの胸の奥にしまわれたままだった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

ヤンデレヤクザの束縛婚から逃れられません!

古亜
恋愛
旧題:ヤンデレヤクザの束縛婚〜何も覚えていませんが〜 なぜかここ一年の間の記憶を失い、なぜかその間にヤクザの若頭と結婚することになってました。 書いてみたかった記憶喪失もの。相変わらずのヤクザものです。 文字数バラバラで40話くらい。 なんでも許せる方向け。苦手な方は即回れ右でお願いします。 お肌に合わないと感じたら即座に使用を止めてください。誤字脱字等はご指摘いただければありがたく修正させていただきます。肌に合わない、想像と違った等の批判否定は豆腐メンタルにきて泣きますのでご遠慮ください。 この話はフィクションです。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~

4月13日離縁を覚悟~発売♡二階堂まや
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。 彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。 そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。 幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。 そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…