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第五章 夜の海を揺蕩う舟のように
リアナの仮説
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月が高く昇る頃、リアナは白い寝間着のまま机に向かっていた。
蝋燭の灯がゆらめく中、帳面にはリアナの小さな文字が並んでいる。
内容は記録。王妃シルヴィアの体調、言動、食事内容、日々の様子、そして夜の陛下の訪問頻度――。
(これほど頻繁に通われているということは、やはり身体の関係自体はあるのでしょうね)
それは、前室で控えていたラシェルの反応からも伺えた。
夜勤について教わると、時折、ラシェルは純情ゆえに顔を赤らめる。
けれどその表情は、何か『確信』があるようだった。
(……では、なぜ子ができないのか)
リアナは唇に指をあて、じっと考えた。
王妃は、健康そのものに見える。顔色は良く、歩行や動作にも不調はない。
毎朝の薬草茶も、ごく当たり前の調合だった。
もちろん、特別な薬――避妊や不妊に関わるような――は見当たらない。
(まさか、陛下の方に問題が……?)
けれど、それを疑うのは早計だ。
ヴァロニアの王――ギリアン陛下は、戦場に立つ体力と精神を持ち、戴冠以来、強い求心力を示してきた。
あのような男性が、まさか男としての力を欠いているとは考えにくい。
(では……)
ふと、リアナの目がわずかに見開かれた。
(……まさか、やり方を……間違えている?)
思い返せば、王妃殿下は炎派の出とはいえ、地方貴族の出身。
炎派貴族の娘にとって性知識は、婚礼前に母や乳母から伝えられるのが常だ。
だが、レーヴェンヌ家は領地も小さく、何より中立派だ。
そして、あまりに急な婚姻要請だったと聞いた。
(……もし、正しい知識がなかったとしたら……)
リアナの胸に、一つの仮説が浮かび上がる。
――王と王妃は、確かに信頼し合っている。
けれど、『子を成す方法』を知らず、ただ一緒に夜を過ごしているのだとしたら?
あり得ないとは言い切れなかった。
世の中には、そういったまことしやかな噂を信じたまま夫婦生活を送る者もいる。
特に、『神殿の秩序』に従う氷派に。
だからこそ、炎派の令嬢たちは、『正しい知識』を共有しあう文化があった。
それは、政治的な意味合いも強かった。
(……王妃様は、知らないのかもしれない。氷の王も……)
そして――
(……あの侍女は、王妃様について何か言えないでいる)
リアナの心に、二つの灯が灯った。
一つは、知識を持つ者としての、使命感。
もう一つは、ほんの微かな、優越感。
(ならば、わたくしが、さりげなく導いてさしあげればいい)
帳面にそっとペンを置き、リアナは微笑んだ。
その微笑みは、王妃を貶めるものではなく、あくまで支えるための慈愛として。
けれどその真意は、リアナの胸の奥にしまわれたままだった。
蝋燭の灯がゆらめく中、帳面にはリアナの小さな文字が並んでいる。
内容は記録。王妃シルヴィアの体調、言動、食事内容、日々の様子、そして夜の陛下の訪問頻度――。
(これほど頻繁に通われているということは、やはり身体の関係自体はあるのでしょうね)
それは、前室で控えていたラシェルの反応からも伺えた。
夜勤について教わると、時折、ラシェルは純情ゆえに顔を赤らめる。
けれどその表情は、何か『確信』があるようだった。
(……では、なぜ子ができないのか)
リアナは唇に指をあて、じっと考えた。
王妃は、健康そのものに見える。顔色は良く、歩行や動作にも不調はない。
毎朝の薬草茶も、ごく当たり前の調合だった。
もちろん、特別な薬――避妊や不妊に関わるような――は見当たらない。
(まさか、陛下の方に問題が……?)
けれど、それを疑うのは早計だ。
ヴァロニアの王――ギリアン陛下は、戦場に立つ体力と精神を持ち、戴冠以来、強い求心力を示してきた。
あのような男性が、まさか男としての力を欠いているとは考えにくい。
(では……)
ふと、リアナの目がわずかに見開かれた。
(……まさか、やり方を……間違えている?)
思い返せば、王妃殿下は炎派の出とはいえ、地方貴族の出身。
炎派貴族の娘にとって性知識は、婚礼前に母や乳母から伝えられるのが常だ。
だが、レーヴェンヌ家は領地も小さく、何より中立派だ。
そして、あまりに急な婚姻要請だったと聞いた。
(……もし、正しい知識がなかったとしたら……)
リアナの胸に、一つの仮説が浮かび上がる。
――王と王妃は、確かに信頼し合っている。
けれど、『子を成す方法』を知らず、ただ一緒に夜を過ごしているのだとしたら?
あり得ないとは言い切れなかった。
世の中には、そういったまことしやかな噂を信じたまま夫婦生活を送る者もいる。
特に、『神殿の秩序』に従う氷派に。
だからこそ、炎派の令嬢たちは、『正しい知識』を共有しあう文化があった。
それは、政治的な意味合いも強かった。
(……王妃様は、知らないのかもしれない。氷の王も……)
そして――
(……あの侍女は、王妃様について何か言えないでいる)
リアナの心に、二つの灯が灯った。
一つは、知識を持つ者としての、使命感。
もう一つは、ほんの微かな、優越感。
(ならば、わたくしが、さりげなく導いてさしあげればいい)
帳面にそっとペンを置き、リアナは微笑んだ。
その微笑みは、王妃を貶めるものではなく、あくまで支えるための慈愛として。
けれどその真意は、リアナの胸の奥にしまわれたままだった。
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