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第六章 でも、もう少しだけ
抱擁
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日が落ちてから、王宮は昼間とは異なる静けさに包まれる。
ラシェルは、王妃の寝所に香を焚き終えると、一人で回廊を歩いていた。
夜風はほんのりと肌寒く、衣擦れの音だけが、石畳に小さく響く。
ふと、背後から声がした。
「……ラシェル」
振り返れば、ホープ・ダークがそこにいた。
いつもの整った礼装ではなく、質素な外套姿。灯りも持たず、足音すら忍ばせるような静かな佇まいだった。
「ホープ様……どうしたんですか? こんな時間に……」
「少しだけ、君と話がしたくて」
その声音には、遠慮がちで、それでいてどこか切実な響きがあった。
「……ヴィンセントが、王宮を去っただろ? 君、大丈夫かなって」
ラシェルは、ぽかんと目を瞬いた。
けれどすぐに、小さく笑って首を横に振った。
「心配してくださってありがとうございます。でも……全然、平気です」
ホープは少し驚いたように眉を上げた。
「……そう?」
ラシェルは、視線を窓の外に向けた。
雲間から細い月が覗き、夜空に淡く光を落としている。
「うん。だって、昔からあの人はそういう人。王命にだって平気で逆らう人よ。知ってるでしょ?」
ホープは、ふと目を伏せて笑った。
けれどその笑みは、少しだけ寂しげだった。
「……そうだね。ヴィンセントは、そうだった」
ラシェルは、そっとホープの前に歩み出た。
石畳の上に、二人の影がゆらりと重なる。
「……ホープ様の方こそ、大丈夫? ……寂しいんじゃないですか?」
その一言に、ホープは顔を上げた。
黒髪が揺れ、月の光がその瞳に反射する。
「……うん。寂しいよ」
絞り出すような声だった。
「ヴィンセントは、ぼくのことなんて……駒くらいにしか思ってなかったかもしれない。でも、ぼくは、家族だと思ってたんだ」
ラシェルの胸が、きゅっと痛んだ。
「十四歳で村を出てから、ずっと一緒にいたんだ。憧れてたし、感謝もしてる。……でも、何も返せなかった」
その瞳から、大粒の涙がぽろぽろと零れた。
ラシェルはそっと目を伏せたが、すぐに手を伸ばして、ホープの手を包んだ。
その手は想像以上に熱く、そして震えていた。
「……あんなに無茶苦茶な人なのに、こんなにホープ様に慕われて、こんなに泣かせるなんて……やっぱり、私、あの人のこと許せません!」
ホープは目を見開いた。
ラシェルの瞳には怒りと、涙が滲んでいた。
けれど、次の瞬間、ラシェルはふっと微笑んだ。
「もう、あなたの悲しむ顔は見たくないんです。……あなたには、王様の事だけじゃなくて、もっと自分の事も、大切にしてほしい。……だって、ヴィンセント兄様なんて、多分、殺しても死にませんよ?」
冗談めいた言葉に、ホープは小さく吹き出した。
ラシェルの手は細く、小さかったが、その温もりは確かにホープの胸に届いていた。
夜風が、ふたりの間をそっと通り抜けていく。
ラシェルは、一歩踏み出して、ホープの胸元にそっと頬を寄せた。
「あのヴィンセント兄様の代わりは無理だけど……ホープ様の隣にいる事なら、私にも出来るはずです」
ホープは驚いたように動きを止めた。
しかし、すぐにそっと、その背に腕を回し、ラシェルを優しく抱きしめた。
ふたりの間に流れたのは、言葉ではない、深く、やわらかな温もりだった。
ラシェルは、王妃の寝所に香を焚き終えると、一人で回廊を歩いていた。
夜風はほんのりと肌寒く、衣擦れの音だけが、石畳に小さく響く。
ふと、背後から声がした。
「……ラシェル」
振り返れば、ホープ・ダークがそこにいた。
いつもの整った礼装ではなく、質素な外套姿。灯りも持たず、足音すら忍ばせるような静かな佇まいだった。
「ホープ様……どうしたんですか? こんな時間に……」
「少しだけ、君と話がしたくて」
その声音には、遠慮がちで、それでいてどこか切実な響きがあった。
「……ヴィンセントが、王宮を去っただろ? 君、大丈夫かなって」
ラシェルは、ぽかんと目を瞬いた。
けれどすぐに、小さく笑って首を横に振った。
「心配してくださってありがとうございます。でも……全然、平気です」
ホープは少し驚いたように眉を上げた。
「……そう?」
ラシェルは、視線を窓の外に向けた。
雲間から細い月が覗き、夜空に淡く光を落としている。
「うん。だって、昔からあの人はそういう人。王命にだって平気で逆らう人よ。知ってるでしょ?」
ホープは、ふと目を伏せて笑った。
けれどその笑みは、少しだけ寂しげだった。
「……そうだね。ヴィンセントは、そうだった」
ラシェルは、そっとホープの前に歩み出た。
石畳の上に、二人の影がゆらりと重なる。
「……ホープ様の方こそ、大丈夫? ……寂しいんじゃないですか?」
その一言に、ホープは顔を上げた。
黒髪が揺れ、月の光がその瞳に反射する。
「……うん。寂しいよ」
絞り出すような声だった。
「ヴィンセントは、ぼくのことなんて……駒くらいにしか思ってなかったかもしれない。でも、ぼくは、家族だと思ってたんだ」
ラシェルの胸が、きゅっと痛んだ。
「十四歳で村を出てから、ずっと一緒にいたんだ。憧れてたし、感謝もしてる。……でも、何も返せなかった」
その瞳から、大粒の涙がぽろぽろと零れた。
ラシェルはそっと目を伏せたが、すぐに手を伸ばして、ホープの手を包んだ。
その手は想像以上に熱く、そして震えていた。
「……あんなに無茶苦茶な人なのに、こんなにホープ様に慕われて、こんなに泣かせるなんて……やっぱり、私、あの人のこと許せません!」
ホープは目を見開いた。
ラシェルの瞳には怒りと、涙が滲んでいた。
けれど、次の瞬間、ラシェルはふっと微笑んだ。
「もう、あなたの悲しむ顔は見たくないんです。……あなたには、王様の事だけじゃなくて、もっと自分の事も、大切にしてほしい。……だって、ヴィンセント兄様なんて、多分、殺しても死にませんよ?」
冗談めいた言葉に、ホープは小さく吹き出した。
ラシェルの手は細く、小さかったが、その温もりは確かにホープの胸に届いていた。
夜風が、ふたりの間をそっと通り抜けていく。
ラシェルは、一歩踏み出して、ホープの胸元にそっと頬を寄せた。
「あのヴィンセント兄様の代わりは無理だけど……ホープ様の隣にいる事なら、私にも出来るはずです」
ホープは驚いたように動きを止めた。
しかし、すぐにそっと、その背に腕を回し、ラシェルを優しく抱きしめた。
ふたりの間に流れたのは、言葉ではない、深く、やわらかな温もりだった。
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