【完結】氷の王と炎の王妃

藤井 紫

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第七章 闇の中に溶ける

シルヴィアからの贈り物

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 冬の日の入りは早く、午後の鐘の音が鳴るころには、王妃の私室もすっかり暮れ色を帯びていた。

 書きものをしていたリアナが、ようやく最後の一枚に筆を置く。
 肩をまわしながら、深く息を吐いた。

「……ふぅ。これで年内の書状は全部、ね」

 室内にはまだ灯が入っておらず、火の気は暖炉だけ。
 侍女らの気配もなく、静かな時間が流れていた。

「お疲れ様です、リアナ様」

 ラシェルがそっと銀盆を置き、お茶を注ぎながら声をかける。
 湯気の立つカップからは、微かに甘い果実の香りが立ちのぼっていた。

「……なんだか、リアナ様って、お仕事が早くて完璧なので、私、何も手伝えることがありません。自分はもっと出来るって、前は思っていたのに」

 リアナは手元に視線を落とすと、静かに笑った。

「……そうだ。わたくし、王妃様からあなたへのご伝言を忘れていましたわ」

 リアナは椅子から立ち上がると、手元の文箱の奥に隠していた、小さな包みを取り出した。
 薄絹に丁寧に包まれた、掌におさまるほどの小瓶。
 だが、何故か、とても厳重に保管されていたような雰囲気を醸し出していた。

「これを、王妃様から、あなたに渡すように頼まれていたんです。人目がない時に渡そうと思っていたら、遅くなってしまいました」

 ラシェルはテーブルの上の小包を見つめた。

「……これは、何ですか?」

 問いかけに、リアナは微笑を浮かべる。

「王妃様が、シーランドから取り寄せてくださったの。子どもが出来にくくなる薬草ですわ」

 薄い布に包まれていたのは、小さな瓶。
 中には、淡い藍色の液体が揺れていた。

「魔女由来の避妊薬です」
「これ……確か、シルヴィア様が、手紙でご依頼したものですよね?」

「ええ。だけど、これは、ホープ様とあなたの為のものよ」
「ええっ!? ホープ様と私の!? で、でも、私たち……その、そういう関係では……!」

 ラシェルの声が裏返る。
 リアナは、笑いを堪えるように小さく咳払いをした。

「わかっておりますわ。……これは、今すぐ使いなさいという意味ではなくて、そうなった時にも備えておいてという意味だと思います」

 ラシェルはますます耳まで赤くなった。

「……でも、シルヴィア様が、そんな……!」
「ラシェル様」

 リアナの声が、ふっと落ち着いたものに変わった。

「王妃様が、これをあなたに渡したということ。それはつまり、これからも、あなたに傍にいてほしいという意思表示ですわ」

「……え?」

「もし、あなたに子どもが出来てしまったら、侍女の役目を降りることになるでしょう? それにホープ様も王に忠誠を誓った方。――だからこれは、あなたの未来を守る為、あなたが傷付かないようにする為の贈り物なのだと思いますわ」

 ラシェルの胸が、きゅっと締めつけられる。
 王妃の真意。それが優しさだと気付いた時、嬉しさと、申し訳なさと、いくつもの感情が心の奥でせめぎ合った。

「……でも、私は……ホープ様とは……」
「王妃様はきっと見抜いているんですわ。あなたの『恋心』を」

 リアナは立ち上がり、ラシェルの前に立った。

「ラシェル様。あなたの選ぶ未来がどんなものであっても、わたくしは味方よ。でも、大切な人と向き合える機会があるなら、怖がらずに進むべきだとも思います。恋も、仕事も、人生も、自分で『選ぶ』のが炎派流ですわ」

「私、ずっと(兄に)振り回されてきたので……。もう、自分で選んでも良いんでしょうか……?」

 ラシェルはそっと瓶を手に取り、胸元に抱きしめた。
 瓶はとても軽いのに、その意味はとても重く、温かかった。
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