【完結】氷の王と炎の王妃

藤井 紫

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第九章 わたしは、あなたの子どもを、望んでいます

星の瞬く夜空の下で

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 星の瞬く夜空の下、王宮のバルコニーには、静かな風が吹いていた。
 石造りの欄干の向こうに、王都の灯が遠くまたたいている。

 そこに、細やかな足音が響いた。
 薄衣のマントを羽織り、風に金の髪をなびかせて現れたのは、王妃シルヴィアだった。

 ギリアンは、既に欄干にもたれ、夜の空を仰いでいた。
 振り返ったその表情に、驚きはなかった。

「……眠れないのかい?」
 そう言って、ギリアンは妻を見て微笑む。

 シルヴィアは小さく頷いた。

「はい。でも……今日は、あなたに、伝えたいことがあって来ました」

 その顔には、静かな覚悟が宿っていた。

 ギリアンは静かに身を引き、寄り添う場所を空けた。
 シルヴィアはその隣に立ち、しばらく夜風の涼しさに目を細める。
 そして、そっと切り出した。

「……レオナール卿が持っていた瓶。あれは、わたしが彼に預けたものです」

 ギリアンは視線を動かさなかったが、その目の奥に微かな変化があった。

「……そうか。やはり、そうだったのか」

「はい。あれは、魔女から譲られた『黒曜の蜜』と言う薬で――男性に作用すると聞いています」

 言葉を選ぶように、シルヴィアは続けた。
 リアナに『王家の秘密』と言われたが、妻としての自分の思いをきちんと伝えたい。
 誠実に、ただそれだけだった。

「だけど、どうしても……怖かったんです。それを使ってしまえば、あなたの意思とは無関係に、命が宿ってしまうかもしれない。……あなたが本当に、子を望んでいるのかどうか、わたしには分からなくて……」

 ギリアンは視線をシルヴィアに向けた。

「君は、僕が父になることを怖れていると、思ったんだね」

「はい……。あなたは、とても優しい方です。でも……あなたの父が、あなたに遺した傷は、深い。
 あなたが自分の血を継ぐ子を、本当に愛せるのか、わたしは――わかりませんでした」

 ギリアンは短く息を吐き、夜空に目を戻した。
 夜の静けさが、しばし二人の間に流れる。

「……その通りだ。子どもが生まれても、自分がまた誰かを傷つけるのではないか。この血を継がせることが、呪いを継がせることになるのではないかと……ずっと怖れている」

 その声には、王ではなく、一人の男としての苦しみが滲んでいた。

 シルヴィアは、そっとギリアンの手に自分の指を重ねた。

「だから、あなたの不安を無視してはいけないと思ったんです。子を持つということは、あなたと共に未来を選ぶこと。……その覚悟が、わたしには必要だったの」

 ギリアンはシルヴィアの手をゆっくりと握り返した。

「だけど、君は――戻ってきて、僕に信じたいと言ってくれた」

「……はい。子を持つということは、奇跡を信じることだと、思い直せたから。『血』ではなく、『心』で家族を繋ぐ道もあると、修道院で教えられました。魔女様も、同じような事を言っていました。
 ……でも、やっぱり……わたしは、あなたとの子どもを……望んでいます」

 ギリアンは、シルヴィアの手を、少しだけ強く握った。

「……僕も、今なら言える。……自分が父になれるかどうか、まだ不安はある。でも――君となら、向き合える気がする。努力して、君と一緒に育てていきたい。……命も、愛も」

 その言葉に、シルヴィアの瞳が潤んだ。
 そして、静かに微笑んだ。

「それなら……あの『薬』のことは、あなたに委ねます。使うかどうか、決めるのはあなた。でも、わたしは……あなたの子どもを、望んでいます」

 ギリアンは静かに頷いた。

 二人は言葉なく寄り添い、風の音だけが夜の帳を包み込んでいった。
 王都の灯と、星が瞬くその下で。
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