【完結】氷の王と炎の王妃

藤井 紫

文字の大きさ
160 / 182
終章 世界で一番

しおりを挟む
 シルヴィアが二十四歳の誕生日を迎えた翌日のこと。

 その朝、王都に雪はなかったが、冷たい霧が一帯を包んでいた。
 静かな冬の空。石畳に水が浮き、王宮の回廊には淡い光だけが差し込んでいる。

 王宮西棟の一室――
 深紅の緞帳と、柔らかな毛布。幾重にも備えられた薬草の香りの中、王妃シルヴィアは、静かに息を整え痛みを逃していた。


 産声を上げるその瞬間を、王は共にしなかった。
 王ギリアン・フォン・ヴァロアは、産室のある西棟に近い書斎に一人籠り、ただ黙して時を待っていた。


 扉の向こうから聞こえるのは、時折出入りする侍女と侍医の足音、そして淡く響く祈りのような声――
 ギリアンは書簡を開くふりをしていたが、視線は一文字も追っていなかった。


 その手が、微かに震えていた。


 父になる。
 それがどれほどのことなのか――
 自分のが、この世に生まれるという事実が、静かに、深く、ギリアンを揺さぶっていた。


 思い出すのは、自分の父のこと。
 完璧主義で戦を嫌い、しかし、冷酷だったその男。
 自分は違うと、あれほど誓ってきたのに、どこかでまだ怯えている。
 その『血』が、自分の中にも流れているということに。


(……それでも)


 その時、遠くから一声――
 泣き声が響いた。

 はじめは小さく、けれど確かに、生きていると告げる命の音だった。


 ギリアンは立ち上がった。
 廊下に出て、誰かを呼び止めることもせず、ただじっと、足音を待った。

 やがて、扉がそっと開いた。
 ラシェルが、白衣の上に羽織をまとい、目元を涙で潤ませながら現れる。
 


「陛下……男の子です。元気な王子です」



 その報せに、ギリアンは静かに目を伏せた。
 何も言わず、ただその事実を胸に受け止める。

「……シルヴィアは、無事か?」

「はい……とても、よく耐えられました」

 ギリアンはそっと頷いた。
 そのまま少しだけ顔を背けて、窓辺に立つ。

 外は、まだ淡い霧に包まれていた。
 だが、空の向こうに、雲を割るような光が微かに見えていた。






 その数時間後――

 王妃の寝室に、小さな揺り籠が運び込まれた。
 白い布に包まれたその子は、まだ目を閉じている。

 だが、その髪ははっきりと、夜のごとく濃い黒。
 そして――目を開いた瞬間、あらわれた瞳は、父と同じ蒼だった。

「……黒髪に、蒼い目……」

 シルヴィアは、愛おしげにその額や頬を指先でなぞりながら、微笑んだ。



「……あなたの子よ、ギリアン。世界で一番、あなたによく似ている」



 そしてシルヴィアは、ゆっくりと目を閉じた。
 涙ではなく、深い安堵と静かな誇りに包まれて。

 名は――エリクス。

 王妃が願いと共に与えた、希望の名。
 それは、長い冬の終わりを告げる、小さな光のような命だった。





fin.
(氷の王と炎の王妃 終)

・゜゜・*:.。. .。.:*・゜゜・*:.。..。:*・゜゜・*:.
後ちょっとだけ、家臣二人の後日譚に続きます。
もう少し、お付き合いいただけると嬉しいです!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

【R18】熱い夜の相手は王太子!? ~婚約者だと告げられましたが、記憶がございません~

世界のボボブラ汁(エロル)
恋愛
激しい夜を過ごしたあと、私は気づいてしまった。 ──え……この方、誰? 相手は王太子で、しかも私の婚約者だという。 けれど私は、自分の名前すら思い出せない。 訳も分からず散った純潔、家族や自分の姿への違和感──混乱する私に追い打ちをかけるように、親友(?)が告げた。 「あなた、わたくしのお兄様と恋人同士だったのよ」 ……え、私、恋人がいたのに王太子とベッドを共に!? しかも王太子も恋人も、社交界を騒がすモテ男子。 もしかして、そのせいで私は命を狙われている? 公爵令嬢ベアトリス(?)が記憶を取り戻した先に待つのは── 愛か、陰謀か、それとも破滅か。 全米がハラハラする宮廷恋愛ストーリー……になっていてほしいですね! ※本作品はR18表現があります、ご注意ください。

【完結】追放された生活錬金術師は好きなようにブランド運営します!

加藤伊織
ファンタジー
(全151話予定)世界からは魔法が消えていっており、錬金術師も賢者の石や金を作ることは不可能になっている。そんな中で、生活に必要な細々とした物を作る生活錬金術は「小さな錬金術」と呼ばれていた。 カモミールは師であるロクサーヌから勧められて「小さな錬金術」の道を歩み、ロクサーヌと共に化粧品のブランドを立ち上げて成功していた。しかし、ロクサーヌの突然の死により、その息子で兄弟子であるガストンから住み込んで働いていた家を追い出される。 落ち込みはしたが幼馴染みのヴァージルや友人のタマラに励まされ、独立して工房を持つことにしたカモミールだったが、師と共に運営してきたブランドは名義がガストンに引き継がれており、全て一から出直しという状況に。 そんな中、格安で見つけた恐ろしく古い工房を買い取ることができ、カモミールはその工房で新たなスタートを切ることにした。 器具付き・格安・ただし狭くてボロい……そんな訳あり物件だったが、更におまけが付いていた。据えられた錬金釜が1000年の時を経て精霊となり、人の姿を取ってカモミールの前に現れたのだ。 失われた栄光の過去を懐かしみ、賢者の石やホムンクルスの作成に挑ませようとする錬金釜の精霊・テオ。それに対して全く興味が無い日常指向のカモミール。 過保護な幼馴染みも隣に引っ越してきて、予想外に騒がしい日常が彼女を待っていた。 これは、ポーションも作れないし冒険もしない、ささやかな錬金術師の物語である。 彼女は化粧品や石けんを作り、「ささやかな小市民」でいたつもりなのだが、品質の良い化粧品を作る彼女を周囲が放っておく訳はなく――。 毎日15:10に1話ずつ更新です。 この作品は小説家になろう様・カクヨム様・ノベルアッププラス様にも掲載しています。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

処理中です...