【完結】天国の扉

藤井 紫

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第一章 奴隷皇子と亡命の魔女

異国人の女奴隷(2)

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 ハリーファの朝食の配膳を終えると、次にジェードは再び井戸端に向かう。
 その時間に井戸に集まるのは、そのわきで洗濯をする家付の女奴隷たちだ。毎日五、六人が身をよせあって、話に花を咲かせながら洗濯をする。彼女たちの年齢は様々だが、全員白人で黒や栗色の髪だ。
 井戸端小屋や、そこで働く家奴隷たちの姿は、ジェードに村の生活を思い起こさせた。
 ジェードは井戸端の家奴隷たちに、はじめからずいぶん助けられた。朝と夕方、一日に二度顔をあわすとこもあって、若い家奴隷たちとは気心が知れ、彼女たちの仕事のかたわらで立ち話に加わったりもした。
 宮廷で唯一頼りできそうなリューシャとは、あれ以来会っていない。家奴隷の話では、ジェード以外の皇族付きの奴隷たちは、井戸まで直接足を運ぶことはないそうだ。
 いつものように洗濯女にハリーファの衣服を渡した。今朝はハリーファの機嫌が悪く、寝具を取りかえることができなかったので数枚の服だけだ。
 洗濯女のなかの一人、ジェードより少し年下くらいの少女、ルカがいつものように話しかけてきた。
「ねぇ、ジェード。奴隷皇子様は、まだお怪我は治らないの?」
「うん。多分、そうみたい」
 奴隷たちの間で、ハリーファは『奴隷皇子』と呼ばれているようだった。
 ハリーファはもう杖なしで歩いているが、本当のところは良く分からない。わかるのは、とくかく毎日機嫌が悪いことだけだ。
 ルカは「早く良くなるといいのにね」と心配そうな表情をうかべる。ルカの髪と瞳の色は、ジェードの故郷アレー村では見慣れた黒色で肌の色も白い。だが、同じ黒髪に黒い瞳の白人でも、きめの細かい肌質のジェードに対し、モリスで強い日差しを浴びて生活している白人の奴隷達の顔には、うっすらとそばかすが浮かび、睫毛も心なしか長い。
 一見似たような風貌の二人だったが、ルカはヴァロニア人にはない異国的な雰囲気を帯びている。本当はジェードの方が、彼女たちから『異国的』と思われているのだろう。
 井戸の横に木製の大きな水桶が運ばれ、年長の二人が向かい合って洗濯物を始めた。
「ほら! あんたたち早く水をくんどくれよ!」
 ルカと、ジェードより年上のアルダは井戸水をくみ上げ、手馴れた様子で桶に水を移していった。ジェードも話しに加わりながら手を貸す。洗濯女たちは色々話しながらも、手はせわしなく仕事を続けている。
「それにしても、ルカは奴隷皇子様にえらくご執心だね。毎日ジェードに聞いちゃって」
 熟年の洗濯女がしゃがんで洗濯をしながら、水を注ぐルカに向かってからかうように言った。ジェードの母親くらいの年齢の家奴隷だ。からかってはいるが、言葉尻はどこか優しげだ。
「だってまだ一度もお姿を見たことないんだもん。気になるじゃない」
「一度も会ったことないの?」
「ないわ」
 ジェードは驚いてルカを見た。
「ジェードが来るまで、奴隷皇子様の話題なんて、全っ然なかったのよ。奴隷皇子様は奴隷がお嫌いらしいし」
 あぁ、確かに、とジェードは思う。
「あたしは見たことあるよ。奴隷皇子様ってリューシャ様みたいな金色の髪だよ。肌も白いし」
 割って入った熟年女の言葉に、ルカは井戸で水をくみ上げていたジェードの方に首を向けて確認した。
「ジェード、本当なの?」
「本当よ」
「じゃあ、宰相様や、第一皇子シナーン様とは全然似てないのね」
 ルカが驚いていると、後ろから年配の家奴隷が口を出してきた。
「奴隷皇子様のお祖父様が白人だったからね」
 ファールーク皇国の皇宮内の奴隷は、髪の色は金やら胡桃くるみやら黒など色々いたが、全員白い肌をしている。皇族は皆、黒髪に黒い瞳、それに小麦色の肌だ。ハリーファとその母親を除いては。
 ハリーファは今まであまり人目にさらされてこなかったため、どうやらハリーファのことをよく知らない奴隷は多いようだった。
 ジェードが来る前はどうだったのかは知らないが、他の皇族が濃い色に美しく染め上げられた服を着ているのに比べると、ハリーファは奴隷たちと同じような、素地のままの白色の服ばかり着ている。服装や肌の色のせいもあって、ハリーファの姿を見ていたとしても、家奴隷たちは皇子だとは気づかなかったのかもしれない。
「ねぇ、ジェード。奴隷皇子様はどんなお方? 優しい?」
 ルカにそう聞かれて、ジェードは何と答えて良いのかわからない。
「優しくは……ないかもね」
 ……言葉に困る。
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