【完結】天国の扉

藤井 紫

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第一章 奴隷皇子と亡命の魔女

南からの行商隊(2)

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 赤絨毯で囲われた円の内側には、木箱が順序良く積まれていた。木箱の側面は格子になっていて、ジェードから一番近い箱の中では茶色い鶏がバサバサと羽根を散らかしている。

 その隣の同じ形の箱の中では、耳のない兎のような小動物が鼻をひくひくさせて緑の葉っぱをかじっていた。ジェードが指でその耳なし兎の鼻をつついてみると、兎似の動物は食事の邪魔をされ迷惑そうに短いひげを少しゆらした。
 他にも様々な小動物達が、同じように格子の箱に入れられていて、小さな声をあげていた。

 まるで建物のように積まれた箱の間を、ジェードは一つ一つ眺めながら恐る恐る歩いた。しかし足取りとは裏腹に心は小躍りするようにわくわくしている。故郷の村の、年に一度の祭りでもこんなに胸がおどったことはない。
 城門近くには、二羽の大きな鳥が首に縄が掛けられ、馬を繋ぐ木にくくられていた。その姿はジェードの視線をくぎづけにした。

(何!? あれは鳥なの!?)

 遠めに見ても背はジェードよりずっと高そうだ。二羽の大鳥のギョロギョロとしたきつい視線は、どこを見ているのかさっぱりわからない。二羽は向かい合って、体のわりに小さな翼をバサバサと音を立てて羽ばたかせ、まるで喧嘩をしているかのようである。ジェードは少し離れた場所から、子どものように胸を高鳴らせながら二羽の様子を眺めた。

 城門の方に視線をめぐらすと、乾いた砂色の毛の不思議な動物が目に入った。立っているものと、座っているもの、全部で合わせて十二頭はいる。馬と同じようにくつわを付けられ、その先を地面に置いた大きな石にくくりつけられていた。
 半分くらいは、背に朱色を基調としたマットが背に掛けられている。それには極彩色の糸で何重もの菱形の刺繍や、綺麗な房が縫い付けられていた。色とりどりの服を着ている彼らの姿はかわいくて、ジェードは思わず笑みがこぼれた。その姿はまるで『おめかし』をしているようだ。

 先程の大きな鳥とは違って、『彼』らは暴れることもなくのんびりしている。大人しそうな様子にジェードはそっと『彼』らに近づいてみた。すると、『彼』らを驚かせてしまったようで、突然立ち上がると鼻をブルルと鳴らした。
 立ち上がると馬よりも背の高い『彼』に、ジェードは驚いて一歩下がった。だが、優しそうな瞳がジェードを見ているのに気づくと、そっとそばに近づいていき、横から『彼』の足にふれた。

(なんてふかふかなの……! 気持ちいい……)

 ふかふかの毛並みがあまりに気持ち良くて、ずいぶん長いことさわっていたようで、『彼』が尻尾を振ってジェードをたたき、まるで苦情を言っているようだった。

(触りすぎちゃった? ごめんね)

 ジェードが心でつぶやいた。
 やはり動物は人間の心を読むことが出来るようで、『彼』はジェードの方にゆっくりと顔を向け、瞬きして長い睫毛を上下させた。


 結局ルカは門前広場には姿を現さなかった。

(きっと仕事を抜け出せなかったのね。こんなに楽しいのに、残念だわ……)

 商隊の見学に夢中で、ジェードは時間が経つのをすっかり忘れていた。




 自分の影が靴の長さより長くなったら、昼の休憩も終わりだった。
 昼からは【王の間】の掃除、ランプのオイルの補充、乾いた洗濯物を取りに井戸端まで行かないといけない。

 いつもより少し時間が遅れてしまい、ジェードは慌てて【王の間】に戻った。
 いつもは居ないくせに、こんな風に遅れた時に限って、ハリーファは応接室に出てきて本を読んでいる。
 右手首の怪我が思わしくないのか、左手で胸に本を押し当てて支え、指先で器用にページをめくっていた。

「ハリ、……起きてたの?」

 ジェードが声をかけると、ハリーファはいつも通り不機嫌になった。

「……俺は昼はいつも起きてるし、大体今何時だと思ってるんだ」
「ごめんなさい……、すぐに仕事に戻るわ」

(楽しすぎて時間のことを忘れちゃってたわ……)

 ジェードが素直に謝ると、ハリーファは呆れたように息を吐いた。

「獣臭いな。何処へ行ってたんだ」

 さっきの『彼』の匂いだろうか?

「さっき広場で大きな動物を見たの! あんな大きなのは初めてだわ! 何か知ってる?」

 さっきまでの興奮した気持ちを抑えきれず、それを表すように舌足らずで答えたジェードだったが、

「……馬のことか?」

 と、ハリーファの返事はそっけない。

「もぅ、馬なら知ってるわ!」

 ハリーファに冷ややかな視線を向けられ、ジェードは高揚した気持ちが冷めてくるのを感じた。
 ジェードががっかりしていると、ハリーファが思い出したとばかりに声をかけてきた。

「あぁ、アルザグエからの行商隊が来てるのか?」

 ジェードの顔がパッと明るくなった。ハリーファが商隊のことを知っていたので、色々と聞きたい気持ちがジェードにわきあがってきた。

「そう! それよ!」
「大きな動物って、駱駝ジャムルのことを言っているのか?」
「あの子、ジャムルって言うの? 聖地の土と同じ色の毛をしてるの。馬よりも背の大きな子よ! 優しい顔で、背中の大きな!」
「あぁ、そいつは駱駝で間違いない。大きな鳥なら駝鳥ナーマだ」
「そう! 大きな鳥もいたわ! あんなの見たの初めて!」

 ジェードが故郷の村でたわむれていたのは羊の群れと馬だった。山羊や家畜としての鶏等もいたが、野性でも鹿や兎、鳥くらいしか動物を見たことはない。
 ジェードにとってこんなに心がおどったことは初めてだった。
 ハリーファが初めて見た動物の名を教えてくれて、ジェードの目が輝いた。再び胸に興奮と感動がよみがえってきた。

「もう行商隊の来る季節だったのか」

 心なしかハリーファの口調が優しくなった気がした。


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