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第二章 落陽の聖国
【エブラの民】サライ(2)
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「ハザン先生、お久しぶりです。先生が巡礼とは珍しいですね」
ユースフがオス・ローで付き合っている女の父で、医者のハザンだった。
「いやいや、往診帰りだ。儂が巡礼はしない主義なのを知っているだろう」
「アリシャはお元気ですか?」
「最近君が来てくれないと嘆いていたよ」
ハザン医師とユースフは利害関係が一致している。この男がわざわざそんな事を言いにだけ来る人物ではないのは知っていた。おそらく本当に通りかかっただけなのだろう。
「それは申し訳ありません。少し思うところがあって巡礼を続けていますので」
ユースフの言葉にハザンの眉が興味深げに上がった。
「ユースフよ、何か罪を犯したのか?」
「まぁ、そんなところです」
医者が罪とかけてきたところを見ると、おそらくユースフは他の女の所に通っていると思ったのだろう。都合が良いので、ユースフはあえて否定しなかった。
「お前さん程の立場の男なら、昼も夜も忙しいんだろうね。エブラの教えも人によっては過酷なものだな」
エブラ信仰は伝承者エブラが多妻だったことから、一夫多妻制度を認めている。奴隷の保有数以上に、妻の数というのは単純に権力と財力を表す指数とされていた。特にユースフのような王侯貴族の関係者ともなると、体裁だけの為に妻を養うことも少なくない。
ハザンはグラスの水を飲み干すと、テーブルの上に空になったグラスを置いた。
「生き返ったよ」
ハザンの言葉に、ユースフは苦笑する。
「先生に死なれると、オス・ローの価値が下がってしまいます」
「儂みたいな鞍替えモンにも、扉は開くんだろうかね。お前さんには【天国の扉】が開くことを祈っているよ」
お決まりの文句を言うと、ハザンはぎいっと扉を軋ませて帰っていった。
(【天国の扉】が開くことを祈ってる――か)
全くだ…とユースフは思った。
ハザンが帰った後、ユースフはようやく食事にありつけた。
サライは向かいに座って、ユースフの食事風景をまじまじと眺めている。テーブルの上でランプの灯りが揺れ、サライのどことなく落ち着かない表情を照らした。
皿の上には今まで味わったことのない味のするスープが並んでいる。
「……もしかして、お前が作ったのか?」
サライがあまりに見つめてくることを不審に思い、なんとなく聞いてみた。
「すごいわ! どうしてわかるの!? わたしの心の声が聞こえた?」
相変わらず、サライが奴隷と一緒に働いている事を知り、ユースフは肩を落とし軽くため息をついた。
「サライ、お前はちゃんと食ってるのか?」
「うん、ちゃんと食べてるよ」
そうは言うが、ユースフのいないうちに奴隷たちと一緒に食事を済ませているようで、サライが物を食べている姿をユースフは一度も見たことがない。
ドームの中の【エブラの民】は何を食べて、どのように生活しているのかは全くわからないが、そこは追求してはいけないと思った。奴隷たちに聞けばわかることだが、そこまで詮索する気はなく、詮索してはいけない事なのだと思っていた。
サライと話していると、時々とんでもない内容が飛び出してくることがある。大抵は【エブラの民】に直接関わることで、ユースフは外界の人間が知ってはいけない事なのだと、サライの発言を制止することが度々あった。
「ユースフ……、あのね」
また止められると思っているのか、サライは言いづらそうな顔をする。
ユースフは食べる手を止めて、サライの話に耳を傾けた。
「あのね、もうすぐ門が開くと思うの……」
「本当か?」
「うん」
根拠は分からないが、サライが言うのだから、きっと本当なのだと思える。
「あの儀式が行われるのか?」
ユースフの瞳が、子供のように輝きだした。
七歳の時、魅せられたあの美しく不思議な儀式をまた目にすることが出来るかもしれない。そう思うと足が地につかなくなるような感覚を覚える。
サライを無事にドームの中に返すこともだが、あの儀式をまた見られるかもしれないと思うとユースフの心が高鳴った。
「多分、器が焼かれて、その後かな……」
意味が分からないが、これも多分聞いてはいけない事だとユースフは判断し、それ以上何も聞かなかった。
そして、明日からしばらく、サライを連れてドームへ行こうと決めた。
ユースフがオス・ローで付き合っている女の父で、医者のハザンだった。
「いやいや、往診帰りだ。儂が巡礼はしない主義なのを知っているだろう」
「アリシャはお元気ですか?」
「最近君が来てくれないと嘆いていたよ」
ハザン医師とユースフは利害関係が一致している。この男がわざわざそんな事を言いにだけ来る人物ではないのは知っていた。おそらく本当に通りかかっただけなのだろう。
「それは申し訳ありません。少し思うところがあって巡礼を続けていますので」
ユースフの言葉にハザンの眉が興味深げに上がった。
「ユースフよ、何か罪を犯したのか?」
「まぁ、そんなところです」
医者が罪とかけてきたところを見ると、おそらくユースフは他の女の所に通っていると思ったのだろう。都合が良いので、ユースフはあえて否定しなかった。
「お前さん程の立場の男なら、昼も夜も忙しいんだろうね。エブラの教えも人によっては過酷なものだな」
エブラ信仰は伝承者エブラが多妻だったことから、一夫多妻制度を認めている。奴隷の保有数以上に、妻の数というのは単純に権力と財力を表す指数とされていた。特にユースフのような王侯貴族の関係者ともなると、体裁だけの為に妻を養うことも少なくない。
ハザンはグラスの水を飲み干すと、テーブルの上に空になったグラスを置いた。
「生き返ったよ」
ハザンの言葉に、ユースフは苦笑する。
「先生に死なれると、オス・ローの価値が下がってしまいます」
「儂みたいな鞍替えモンにも、扉は開くんだろうかね。お前さんには【天国の扉】が開くことを祈っているよ」
お決まりの文句を言うと、ハザンはぎいっと扉を軋ませて帰っていった。
(【天国の扉】が開くことを祈ってる――か)
全くだ…とユースフは思った。
ハザンが帰った後、ユースフはようやく食事にありつけた。
サライは向かいに座って、ユースフの食事風景をまじまじと眺めている。テーブルの上でランプの灯りが揺れ、サライのどことなく落ち着かない表情を照らした。
皿の上には今まで味わったことのない味のするスープが並んでいる。
「……もしかして、お前が作ったのか?」
サライがあまりに見つめてくることを不審に思い、なんとなく聞いてみた。
「すごいわ! どうしてわかるの!? わたしの心の声が聞こえた?」
相変わらず、サライが奴隷と一緒に働いている事を知り、ユースフは肩を落とし軽くため息をついた。
「サライ、お前はちゃんと食ってるのか?」
「うん、ちゃんと食べてるよ」
そうは言うが、ユースフのいないうちに奴隷たちと一緒に食事を済ませているようで、サライが物を食べている姿をユースフは一度も見たことがない。
ドームの中の【エブラの民】は何を食べて、どのように生活しているのかは全くわからないが、そこは追求してはいけないと思った。奴隷たちに聞けばわかることだが、そこまで詮索する気はなく、詮索してはいけない事なのだと思っていた。
サライと話していると、時々とんでもない内容が飛び出してくることがある。大抵は【エブラの民】に直接関わることで、ユースフは外界の人間が知ってはいけない事なのだと、サライの発言を制止することが度々あった。
「ユースフ……、あのね」
また止められると思っているのか、サライは言いづらそうな顔をする。
ユースフは食べる手を止めて、サライの話に耳を傾けた。
「あのね、もうすぐ門が開くと思うの……」
「本当か?」
「うん」
根拠は分からないが、サライが言うのだから、きっと本当なのだと思える。
「あの儀式が行われるのか?」
ユースフの瞳が、子供のように輝きだした。
七歳の時、魅せられたあの美しく不思議な儀式をまた目にすることが出来るかもしれない。そう思うと足が地につかなくなるような感覚を覚える。
サライを無事にドームの中に返すこともだが、あの儀式をまた見られるかもしれないと思うとユースフの心が高鳴った。
「多分、器が焼かれて、その後かな……」
意味が分からないが、これも多分聞いてはいけない事だとユースフは判断し、それ以上何も聞かなかった。
そして、明日からしばらく、サライを連れてドームへ行こうと決めた。
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