超人アンサンブル

五月蓬

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1章 BIG3

幕間2 『頭』

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 『手』、『足』、『口』に超人特区が沸き立つ頃、超人特区のみっつの『頭』が寄り合っていた。


 超人特区は大きく3つの層に分けられる
 上流階級の住まう『上層』。
 一般的な超人が住まい、外部の窓口ともなる観光地の『下層』。
 そして、存在自体が隠匿される、超人特区のはみ出し者や、下流階級の掃きだめ『最下層』。
 そのそれぞれには、秩序を守る『統治者』が居る。
 
 超人特区最上層『中央庁』の第一応接室にて、丸テーブルを囲んで三人の超人が座っている。入り口の扉付近に立つ、スーツ姿の女が口を開いた。
 
「本日はお集まり頂きありがとうございました。間もなくアダムが参りますのでもう少々お待ち下さい」

 女が言うと、黒い皮の椅子に浅く腰掛け、足を組む男がふんと笑った。
 
「大層なご身分なこって! いや、まぁそりゃ仕方ない! 超人特区のトップ、原初の超人、超人の中の超人! 『超人(スーパーマン)』アダムなら、多少の遅刻も、僕らは閉口せざるを得ないでしょうに!」

 怪しく光る赤の色眼鏡。なでつけた金髪。肩に掛けた青いジャケット。やれやれと手を横に、首を振るオーバーリアクション。
 下層の統治者『プロデューサー』クレアが、嫌味を交えて不敵に笑った。
 背後の二人の付き人もくすくすと笑う。

「少々口が過ぎるのでは、プロデューサー様?」

 艶のある女声が窘めると、クレアは「ハッ」と笑い飛ばして、色眼鏡を指で少しだけ下げた。黒い瞳がじろりと対面に座る声の主を睨み付ける。

「こいつは失礼ミス・ブラック! いやぁ、それにしても今日も大変お麗しい! どうです、この会が終わったら、一杯お茶でも?」

 クレアと向かい合う位置に立つ少女が顔をしかめた。上層に構える超人高校の制服に身を包む少女。その手前に、すっと黒いレースのロンググローブに包まれた手を出して、自らの付き人である少女を淑女は窘める。

「お止めイブ」
「……申し訳御座いません。マリー・ブラック」

 制服姿の少女は僅かに頭を下げる。
 
「私の秘書が失礼を、プロデューサー様。まぁ、でも、貴方様も笑えないご冗談を仰ったのだから、お互い様という事で」

 淑女は口元に指を当てて、艶やかな唇をつり上げた。
 
「こんなミイラ女が麗しいものですか」

 黒い、ふんわりとした、オーバルラインのドレス。つばの広い黒のドレスハット。
 淑女はその下に、黒と相対するような、純白の包帯を巻いていた。
 帽子のつばに目元が隠れ、顔は赤いルージュをつけた唇を除いて包帯に包まれている。。黒いロンググローブの下にも当然、僅かに露出する肌全ては包帯でぐるぐる巻き。
 淑女が自ら言った『ミイラ女』というワードがしっくりくる装いだった。

 上層を統治する『魔女』マリー・ブラックは、手前に置かれたティーカップに手を伸ばす。
 
「冗談だなんて! 人の美しさは何も見てくれだけにある訳じゃあない! ミス・ブラック! 貴女は実に美しい!」
「お下手ですね、プロデューサー様」
「手厳しい!」

 パン、と手を打ち、へらへらと笑うクレア。対して、澄ました様子でティーカップに口を付けるマリー。マリーの二人の付き人がぴりぴりとした空気を漂わせ、クレアの二人の付き人が、その様子をにやけながらじっと見ていた。
 互いの統治者が余裕を見せてはいるものの、空気は最悪。

 見たままに、統治者は実に険悪な間柄であった。

 ティーカップをテーブルに戻し、マリーは顔を入り口に傾ける。
 
「……しかし、出過ぎた口をきくつもりはありませんが。確かに待たされるのは好きませんわ。こちらも決して手が空いている訳ではないのですが」
「まぁまぁ、そう言わずに! ミスターは超人特区の顔! 彼の働きなくしては、我々超人は表舞台に立つことすらかなわなかったんですから! 待っても罰は当たりませんって!」

 愉快に、空気を読まない声が上がる。声の主は、声の通りに、見た目もまた空気を読まないものだった。
 場に似合わないアロハシャツに半ズボン。それだけならばまだ良い。

 戯けるもう一人の統治者の頭には、すっぽり覆い被さる『クマ』が居た。
 
 黒いくりくりおめめ。丸いふわふわお耳。にこりと愛らしい笑顔を浮かべる、可愛い可愛い茶色いクマの着ぐるみ。その頭だけを、統治者は被っていた。
 
「それまで楽しくトークしましょうよ! 丁度面白い事に、『ビッグな話題』もある事ですしね!」

 戯ける奇人は最下層の統治者。『アンノウン』と呼ばれる素顔の見えない超人、アルフベアーは楽しげにクマの頭を左右に揺すった。
 彼(あるいは彼女?)の背後に立つ付き人もまた異質で、他の二人の統治者の付き人とは打って変わって、呆れ顔でアルフベアーを見下ろしているかと思えば、興味なさそうに突っ立っている。
 スーツを着た、この場に本来立つべき姿であろうものの、その他があまりにも異質過ぎて逆に浮いてしまっている地味な男は、アルフベアーを呆れたように見下ろした後、疲れたように頭を背けた。
 もう一人はクマの耳をあしらったヘッドホンを付けた無表情な小柄な少女。下手をすれば小学生くらいの幼さに見える。そして、下手をすれば、この状況で、ヘッドホンで音楽を聴いているのではないかと思わせる程に、会話そっちのけで首でリズムを刻んでいた。
 クレアとマリーはしらけた様子で顔を見合わせ、呆れた視線をクマに向けた。
 ふう、と深く溜め息をつき、クレアは椅子に深く腰をかけ直し、マリーはすっと帽子を正す。ほんの少しだけ空気が緩んだ。
 マリーがアルフベアーに問う。

「ビッグな話題と言いますと?」
「文字通りですよ、ミス・ブラック!」
「文字通りってーと……アレですか!」

 クレアがぽんと手を打った。

「『ビッグ3』!」

 その瞬間、付き人達が表情を崩した。
 それは、クレアがさらりと放った一言が、この場に居る者達にとっての『タブー』に触れている事を示していた。
 統治者達は顔色ひとつ変えてはいない(というより、二人は殆ど顔が見えないのだが)。動揺した付き人達も、それを見て姿勢を正して、表情を取り繕う。
 
「クレア氏! ジャパンのビッグな超人『ビッグ3』! 『プロデューサー』の目から見て如何なものですか?」
「ベア氏! そりゃまぁ、実物を見なけりゃ分かりませんが! ……『実績』を見るだけでも相当にビッグだと察しがつきますよ」

 クレアがにぃと不敵に笑う。
 クレアの評価を聞いたアルフベアーが「おおう!」と大袈裟に声を上げて、拍手した。
「プロデューサーのお墨付き! こりゃまた、超人特区に新しい風が吹きそうだ! 彼らと仲良くできれば嬉しいものです!」
「そうですね。どうか、超人特区では、『あのような愚かな真似』は止して頂きたいものです」

 マリーがくすりと笑って、再びティーカップに口を付けた。
 比較的和やかな会話を交わす統治者達。
 だが、それが長く続く筈も無い。
 
 三人の統治者の仲は、『最悪』なのだ。
 
「……して、クレア氏。『ビッグ3入区』の情報は掴んでいるので?」

 アルフベアーが頬杖をつき、クレアに大きな頭を傾けた。
 一瞬、ぴりりとした空気が流れる。
 
「『ビッグ3入区』の情報が入った際に、氏は監視体制を強化した筈だ。手薄になる下層の警備の為、ウチの手を幾らか貸している筈。情報が入ったのなら、すぐに共有して頂きたいのですが」

 アルフベアーが言うと、同調したようにマリーもこくりと頷いた。
 
「ええ。彼らの入区を私も非常に大きく見ています。彼らの影響力は日本国内のみの『井の中の蛙』という訳でもない。是非とも私共も手を取り合って、彼らの動向を窺いたいですね」

 クレアはフフ、と苦笑した。
 
「参ったな。その言い方ですと、まるで私が、ビッグ3の情報を掴んだにも関わらず、お二人に隠しているように聞こえませんか?」
「いえいえ。そうは思っていませんわ」
「語弊がありますよクレア氏。これはあくまで『確認』です」

 マリーとアルフベアーが顔を見合わせた後、同時にクレアの方を向いた。

「何せ外部との窓口である中層。窓口のない上層、最下層に住まう我々は『クレア氏が入区を見落としでもしない限り』はビッグ3を先に見つける事なんてできないんです。だから、お聞きしている。見ていないのなら、きっと、まだビッグ3は入区していないんでしょうねぇ」
「そうですわね。私はプロデューサー様の『眼力』を買っているのです。まさか、貴方が超人特区に入るビッグ3を見落とす筈がない、と」

 クレアの頬が一瞬引き攣る。同時に彼の背後の付き人二人が噴き出した。
 アルフベアーとマリーは気付いている。
 既に最もビッグ3を発見し得るクレアが、ビッグ3をとうの昔に捕捉している事に。
 とぼけた振りをしつつも、クレアも分かっていた事だ。この二人の目を誤魔化す事はできない、と。
 その互いに互いを見抜いた上でのアルフベアーとマリーの煽りは、クレアも予想していなかった。ここでとぼけ続けて、万が一二人にビッグ3が見つかれば、クレアの目が節穴だという事になる。「そうやって嘲笑してやる」という宣言だ。
 無論、こんな子供の見栄の張り合いに付き合う程に、クレアも大人げなくはない。
 
 しかし、どうせ見抜かれている事に対して、今更とぼけても仕方が無い。
 何よりこの二人に対して煽りのネタを投下する事は、不利益云々を抜きにして、ただただ腹立たしい。
 故にクレアはぎろりと後ろの付き人二人を睨み付けた後、フウ、と仕方が無いとでも言いたげに話しだす。

「ご存知の通り窓口には張り込んでいますとも。私自ら出向きもしてる。めぼしい奴は何人か見つけてますよ。ただ、今は見極めの段階」

 色眼鏡を僅かにずらして、黒い瞳で二人の統治者を睨み付けるクレア。
 軽い口調は低く、重みのある声へと変わる。

「なに、見極めが終わればお伝えしますよ。アダム氏にも当然報告するつもりです」

 淡々と告げたクレア。アルフベアーが「ひゃは」と笑った。
 
「それは楽しみです。くれぐれも『独り占め』などなさらぬよう」

 アルフベアーが牽制する。それに合わせてくすりとマリーが笑みを零した。
 その時丁度、ドアをノックする音が鳴る。
 少し重みのある音に、「おっと」とアルフベアーが腕を広げた。

「どうやらお出ましのようですねミスター」

 クレアがふうと息を深く吐き、色眼鏡を持ち上げ直す。

「……やっぱり、今日の定例会の議題はビッグ3なのかねぇ?」

 マリーがさて、と帽子を外す。はらりとドレスと同じ黒い髪が広がった。

「面倒事にならなければ良いのですが……」

 三人の統治者と、超人区のトップによる定例会が今日も始まる。



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