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旅立ち

No.06「謎の手紙」

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 右手の甲に刻まれている傷を眺めていたナギサは、すぐ隣にあった『水色の便箋』が目に入った。戸惑いと驚きのせいか、近くにあったはずの便箋に気づかなかったのである。


「これは?」


 そう呟きながら、便箋を左手で拾い上げた。そのまま、便箋の表と裏を何度も確認する。


(……宛先人は、なし、か。周囲にも人の気配はないし、ほぼ間違いなく俺宛の手紙だな)


 周囲を確認するも、どこを見渡そうとも、木、木、木、それしかないのだ。さながら、森といっても過言ではないだろう。明らかに人の気配はないし、ここにいるのはナギサのみなのだ。

 そこでナギサは中身を確認するため、便箋を口で挟む。そうして右手に持っていたナイフを元の場所へと収納しようとしていた。元々、このナイフは左胸に付いている皮のポーチに収納されていたのだ。それを左手でポーチを開き、そのままナイフをその中へと入れていく。


(このポーチだと、開閉が面倒くさいな。それにナイフをそのまま入れるのもあまり良くない。後で、少しだけ改良してみるか)


 そう思いながらナイフを収納した。

 ナイフを収納すると、先程口で挟んだ便箋をまた左手で持つ。便箋の中央にはシールが貼られており、ここから中身を開封しろ、ということらしい。


(さて、何が出てくるものか)


 宛先不明の便箋に多少の警戒を持ちつつ、中身を確認する。すると、そこには折りたたまれたであろう、一枚の手紙が封入していた。

 ナギサはその手紙を取り出し、折りたたまれていたのを両手で広げる。

 手紙には達筆で、綺麗な文字が一枚の紙にぎっしりと書かれていた。

 しかし、そこであることに気づく。


「これは……英語か?」

 この手紙に書かれていた文字は、見慣れた英語であったのだ。英語で書かれた手紙ということは、やはり死んでいなかったのだろうか。

 仮に、あの時で死んでいたとして、ここを死後の世界だったとしよう。それならば、こんな手紙を送り、ご丁寧に英語で書いてくれたこの手紙の送り主は、なんて律儀なのだろう。そんなことに関心を持ってしまう。

 それでも手紙の内容を読まなければ、何も始まらない。

 昔から『傭兵』として活躍していた頃、主に使っていた言葉が英語であった。そのため、この手紙に書かれている内容を読み取るのは造作もない。

 ナギサはそのまま、手紙に目を通す。


「『はじめまして、ナギサ様。私の名前はハチホー・ヒジンと申します。いきなり、このような場所でお目覚めになられて、さぞかし驚かれているかと思います。ですが、それでも一旦冷静になり、この手紙をお読みください。まず、単刀直入に言いますと、貴方様は』」


 この一文に、目を見開きながら驚いてしまう。

 亡くなる、つまりは死んだということだ。それならば、今の状態は魂だけの霊体なのだろうか。しかし、手を左胸に当ててみるとドクン、ドクン、と心臓が動いている。

 それでも動揺と困惑、さらにこの訳も分からない状況に、心臓の鼓動が早くなっているのがわかった。その分、呼吸も激しくなり、小さく何度も息を吸ったり吐いたりを繰り返す。頭の中でも、情報を処理するのに時間が掛かていた。

 だが、伊達に長生きをしていたわけではない。

 すぐに平常心を取り戻すため、深く深呼吸を取る。


「フー。取りあえず、続きを読んでみるか」


 深呼吸をしたおかげで、気休め程度には平常心を取り戻せた。と、思いたいところだ。何にせよ、最初の文章だけでは、情報が少なすぎる。

 そう思ったナギサは、手紙の続きを読み始めた。


「『これには驚いたでしょうが、紛れもない事実です。亡くなられた際、本来ならナギサ様の魂はでした。それをこの世界にさせるような形で、召喚したのです。そしてここは貴方様の世界で言う、と呼ばれる場所。名を、、と申します。そこで私は、として祀られているのです』」

(……つまり、俺は本当に死んだのか。それをハチホー・ヒジン手紙の送り主ゴーダイムーベン大陸異世界とやらに転生させた、と。さも、信じられないような話だな。それに転生させたのなら、目的は何なんだ)

「『ですが、ここ近年においてと呼ばれる魔物とも、獣とも呼べる生物が暴れ始めていました。ナギサ様の世界では、聞き慣れない言葉でしょう。それでも、この世界では魔獣による被害が拡大しているのです。これには原因がありまして、私の不注意により、とも呼ぶべき大切な代物が何者かの手によって盗まれてしまいました』」


 そこまで読んだナギサは、一旦手紙から目線を外す。

 ここまででも、頭の処理は全然追いついてなかった。それでも一つ一つ、絡まっている紐を解くかの如く、情報をまとめていく。

 まとめると同時に、もう一度目線を手紙へと移した。この手紙に書かれている文章もあと少しで、最後まで読み終えようとする。


「『その宝具とは、あらゆる生物の心を狂わせ、操ってしまう魔の道具。名はありませんが、私はこの道具のことを魔王の所有物サタン・アイテムと呼んでいます。これは五百年ほど前、ゴーダイムーベン大陸で『魔王』と呼ばれる悪魔のような存在が居た時、魔王の所有物サタン・アイテムを使って魔獣たちを狂わせ、操っていました。それほど危険な代物なのです。それも今はどこにあるかさえ、私にはわかりません。それをナギサ様、貴方様に取り戻してほしいのです。これは、ナギサ様でしか出来ません。他の者ではダメなのです』」

(そんな物を盗まれる上に、他の者はダメ? 俺以外には無理とは、いったいどういうことだ?)

「『それで今回、亡くなったナギサ様を召喚したこととも繋がります。転生とは、普通の人間では出来ません。死んだ人間、尚且つ強い精神力を持った魂でしか出来ないのです。そうでなければ、転生するその前にその魂が消滅してしまいます。そこでナギサ様、貴方様をを選びました。並外れた強い精神力、義理人情に厚いナギサ様なら、きっと引き受けてくれると思ったのです。どうか、奪われた魔王の所有物サタン・アイテムを探し出し、取り戻してほしいのです』」


 ここでようやく、どうして異世界とやらに召喚されたのか、その理由が分かった。ここまででも信じられない話だが、実際に死んだときの記憶もある。

 受け入れがたいが、実際に若返っているし、反論のしようがなかった。


「取り戻してほしいのはわかるが、手掛かりがないとなぁ。それに、俺がこれを引き受けなかったらどうするんだ」


 独り言のようにそう呟くと、無意識に手で頭を掻いてしまう。

 呟いた通り、もし生き返ってもそれを良いことに頼みを反故してしまったら、いったいどうするのだろうか。ハチホー・ヒジン手紙の送り主は、ナギサのことを義理人情に厚い人物だと手紙に書いていた。

 たしかにナギサは、任務や依頼などは必ずと言ってもいいほど、期待以上の成果を上げてきたのである。だからと言って、金品チップなしで頼みを引き受けるほど、お人好しではない。

 それでも、ナギサにとっては断る理由などどこにもなかった。生き返らせてくれたことを条件として、頼んでくるのなら喜んで引き受けるだろう。


「『魔王の所有物サタン・アイテムは水晶のような形をし、禍々しい黒い色のオーラ放っています。その瘴気に当てられた魔獣たちは凶暴で、亡くなる前のナギサ様では、ほぼ太刀打ちできません。さらに、ゴーダイムーベンこの世界ではを使うのが主流になっており、今の貴方様ではかなり苦悩することでしょう。なので転生させる際、を与えました。その内の一つに、若返りも含まれています。今のナギサ様は、十代半ば頃ぐらいになっているはずです。そしてもし仮に、この頼みをお断りになるのでしたら、があると思ってくださいね。それでは、御健闘をお祈りしております。水の女神、ハチホー・ヒジン』」


 そこで手紙は終わっていた。

 最後まで読み終わったナギサは、手紙を折りたたみ、空を見上げる。


(……頼みを受けるか)


 決して最後の言葉に対し、ナギサは臆したわけではない。だが、万が一ということもある。相手は自身のことを『女神』と名乗っていた。それならば、この文にも妙な説得感がある。

 その前に、若返らせて異世界へと転生させた時点で、信じるしか出来ないだろう。

 そしてもう一度言おう。ナギサは女神の脅しとも受け取れる文に、決して臆したわけではない。万が一、と言うことも踏まえての答えだ。

 しかし、手紙にも書かれていた『魔王の所有物サタン・アイテム』を手掛かりも無しで探しのは、至難の業と言っても過言ではないだろう。それに手紙に書かれていた手掛かりは、抽象的過ぎてどんな物かでさえ想像できない。これに関しても、様々な所から情報を集めなければならない、そうナギサは考えていた。

 それでも内心、ワクワクしている自分がいる。困惑や戸惑いなどはあるが、こんな経験は二度とないだろう。記憶を持った状態で、しかも若返った状態で転生したのだ。さらに手紙には『魔法』が存在するようなことが書かれている。

 もしこんな話を聞いたら、とんだ妄想世界のファンタジーだと笑い飛ばしていただろう。

 それが今、実際に目の前で起きているのだ。と言うことは、自分でも『魔法』が使えるのかもしれない。そう思うと、気持ちが昂っていく。

 すると、ナギサは何か決断をしたのだろうか。おもむろに、その場から立ち上がった。


「まっ、こんなところにいても何も始まらないか。取りあえず、これからどうするか、だよな」


 立ち上がると、手紙を先程の便箋の中へと戻す。そのまま、手紙をしまうと便箋を後ろポケットの中へと入れた。そうしてゆっくりと後ろへ振り返る。

 そこには目覚めた際、一番最初に視界に入った場所。そう、『大きな樹木』がそこに生えていたのだ。

 大きな樹木を手で軽く擦り、樹木の上の方へと顔を上げる。


「この木、もしかしたら樹齢が何百年もする木かもな。明らかに、他の木とは大きさや高さが断然違う」


 そう言いながら、目を瞑った。

 どこからともなく風が吹き、様々な木に生えている葉と葉同士がかすり合う。そこから、心地よい綺麗な音色を流れる。

 風が完全に止むと、ナギサは目を開き、軽く眉間にシワを寄せた。


「それにしても異世界に呼んだのなら、もう少し人がいそうな場所に呼んで欲しかったな」


 ポツリと言葉を溢し、腕を組んで考えるような動作をする。

 だが、そんなことを愚痴っても、何も始まらない。

 ナギサはそう思い、木を触るのは止めて後ろへと振り返った。


「さて、まずは『人がいる所』に行きたいな。それで寝床や食料の確保。それにこの世界についても調べたいところだ」


 そう目標を立てると、女神との約束目的を果たすべく、ゴーダイムーベン大陸の大地を一歩を踏みしめるのであった。
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