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戦場の新王は弟と兵士に尊敬される

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 それから2週間後。
 冬らしい冷たい空気の中、セイヨン王国軍は西へ向かっていた。
 農作物の収穫がひと段落したところで、分裂した国同士が戦争をはじめる。
 ほとんど毎年のことだ。
 
 野営基地を築いている中を通り抜け、幕舎の天幕をくぐる。


「やあ、ルイ師団長。例の武器の使い心地はどうだ?」

 地図を睨んでいた年配の男に声を掛けると、彼は直立で敬礼した。
「ご足労頂き有難うございます、ソーマ殿下。殿下に頂いた剣と盾ですが、団員全員、問題無く扱えるようになりました」

 今回の軍隊を実質的に統制しているルイ=トレンチ師団長は、真面目で厳格だ。
 強力な武器が犯罪者や敵国の手に渡るのを防ぐために、取扱う人材については限定する必要があった。
 ―――誠実な青い魂を持つ師団長直属の団員であれば、信頼していいとみている。

「しかし切れ味が良すぎる剣というものが、これほど難しいものとは思いませんでした。団員同士での試合には決して使えません」
「絶対防御の盾があっても、やっぱり試合は無理か」
「死者が出るでしょう。剣を重ねた瞬間、相手の剣を切断してしまいますから」
「実戦では活躍しそうだな」

「―――ところでご用件は、様子見だけでしょうか?」
「いや、実は今回の武具が不当に奪われた場合の、対策を持ってきたんだ」

 机にひろげた地図の現在の陣地のうえに、トンと1つ、紐を通した鉄製の証碑を置く。

「セイヨン王国の紋章を入れてある証碑ですか。これが……?」
「これを身につけていないと武具の聖別効果が発揮できないようにする。国の紋章入りだし、ぱっと見てただの首飾りを敵兵が奪うこともないだろう。実戦に出す前に、この同期認証の聖別を武具に追加で付与したい。今から団員の招集をしてくれるか」

「なるほど、承知致しました。しかし、よくそのような付与を発案なさいますな」
「ふふ、わが弟への愛が、常識の限界を越えるのだよ」

 一瞬、つい口が軽くなった。
 あ。
 真面目な師団長が、ちょっと、引いている。

「あー、ともかく全員集まったら呼んでくれ。付与内容は個別だが、作業は一斉に出来るから」

「ソーマ殿下は前線で活躍されるお方だと思っておりましたが、聖別師としても前代未聞の事をなさる。―――セイヨン王国が殿下の代で覇権を取り戻す事を、期待しております」
「はは、凄い期待だ。ではまた後でな」


 そういって幕舎を出てから、拠点の兵士達に、不自然な動揺が漂っているのに目をとめる。
 不穏な内容ではなさそうだが―――

「どうした?」
 近くにいた兵士達に声をかけると、戸惑うように顔を見合せる。
「あの、確かな情報ではありませんが、王都からの勅使が到着したとかで。何だろう? って、皆で話していたんです」
「……勅使?」

 この季節行事のような出兵に、わざわざ国王からの正式な使者が来るなんて、何事だろう。
 兵士達もそう首を傾げている訳だ。



 足早に王太子である自分の幕舎に戻ると、黒い旅装の使者が、待っていた。

 ―――ああ、なるほど。
「父上が、亡くなったんだな。セイヤ」

 王の代わりに直接その意向を伝える為の使者。
 それが弟で、黒い喪服姿であれば、用件は理解できる。

「……国王の最後の勅令です。王太子ソーマ=シン=セイヨン。勅命を以て即時王位を継承し、セイヨン王国に安寧を―――」
「その勅命、受け取った。……少し休め。顔色が真っ青だ」
 そっと肩を寄せると、セイヤは息をついて、ぎゅ、と服を掴んでくる。

「兄さん……」

「…………っ!」
 やばい、なんだ、この尊い存在は―――……可愛い過ぎる!!

 俺達ぐらいの兄弟だったら普通、もう少しツンツンしていてもおかしくないのでは!?
 しかも同国の王子同士、次期国王の座を争うことも珍しくないだろう。
 なのにここまで俺に懐いてくれる上に、この、あざといまでの反応!!
 あ――――
 まさに天使のような、いや、まじほんと天使―――


「ソーマ殿下―――いえ、陛下。すぐに帰城を。先王陛下の葬儀に続き、陛下には正式に王位継承を宣言して頂かなくてはなりません」

 セイヤの一歩後ろに直立していた護衛の事務的な声に、はっと我に返る。


「あ、ああ……。しかしいきなり軍を撤退は……」

「だからセイヤ殿下が直接足を運ばれたのです。以降、戦場の指揮はルイ=トレンチ師団長と、セイヤ殿下にお任せください」
「なっ……セイヤを戦場において帰るなんて、それは駄目だ!」
「しかし葬儀を控えた新王が、戦場に居続けるのは、不謹慎とみられます。ここはどうか……」


 くそ、面倒な価値観につかまった。
 俺に慎みが必要だとは思わないが、なにごとも最初が肝心なのは確かだ。


「……わかった。しかしすぐの帰城は出来ない。特に武具の最終調整を残していてな、場合によっては今後の戦況に大きく関わる事になる。これだけは俺にしか出来ない作業だ」

「ではその調整が終わりましたら、すぐ出立を」
「待て、大量の武具の聖別には俺の魔力にも限界がある。数日はみてくれ」
「……数日ですか。では魔力量から考えた具体的な日程を出して下さい」
「では、3日だ」
「―――それでは、3日後で王都側の調整に入ります。引き延ばすことの無いよう、お願いします」

 適当に言った日程に、セイヤの護衛は、やっと渋い顔で頷いた。
 紺色に浮かぶ名は、"ナナオ=ライゼン"。
 今まで見掛けなかった顔だから、今回勅使として初めて、セイヤに付いたのだろう。

 彼は一礼するとサッと踵を返し、3日後の調整に働きはじめた。
 憔悴しているセイヤを俺に託してくれたのをみても、なかなか優秀のようだ。


「セイヤ。お前に戦場を任せることは無い。3日で今回の戦は終わらせる」
「え? でも今、聖別に3日って……」
「帰城の日程を延ばしただけさ。聖別そのものは一瞬で済む。『絶対切断』と『絶対防御』の剣と盾だ。今回の戦いは、始まってしまえば、すぐ決着がつくだろう」

 そもそもが聖別した武具の実践試験のつもりでいた。
 国境のむこうに陣を敷いている西国の陣地を制圧すれば、あとはその土地の主権をセイヨン王国のものに塗り替えていく、現地での地道な活動があるだけだ。
 それは師団長に任せれば良い。


「証碑の同期認証ですね。一瞬って……どれだけ魔力量を溜め込んだんです」
 やっと少しだけ笑顔をみせたセイヤを、王太子専用の上質な敷物に座らせる。

「呪術を使うにも魔力は大量に必要だし、結構頑張って、魔力の絶対量を増やしたんだ」
「普通そんな簡単に増えませんけど」
「お、まだ俺を普通だと思っててくれた?」
「……間違ってましたね。色々と……」

 いつものやりとりに安心したのか、セイヤの顔色が、少しだけ明るくなった。
 その黒髪を優しく撫でる。

「父上も、長い闘病の苦しみから、自由になられたんだ。………もう会えないのは悲しい。だけど、決して不幸ではない。セイヨン王国の未来を、安心して、俺達に託せたのだから」
「……そうですね。兄さん、ちゃんと王様してくださいね?」
「ああ。お前が望むなら、そうするよ」

 いつもなら、女性に言え、と突っ込まれるところだ。
 しかし流石に今回はセイヤも、仕方無さそうな笑顔で、頷いた。


 それからすぐルイ師団長に呼ばれた。
 団員達は50人程。
 師団長からの説明ののち、証碑を配り、それぞれが手にしている剣と盾に、一気に『同期認証』の聖別を付与する。

 正確で濃密な聖別の魔力に、団員達も驚きと尊敬の目を新王にむけた。
 

「奇襲だ―――!」
 突然、見張りの声が、陣地に響いた。

「ルイ師団長!」
「はい。返り討ちに致します」

 冷静な頼もしい返事に頷き、急いでセイヤを待たせている幕舎に戻る。

 陣地の中でも中心部の幕舎は、護衛や兵士も多くついている。
 だが、絶対安全な場所というのは、戦場には存在しない。

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