毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
599 / 600
第二十七章 虫籠の底

第579話 美味しそう

しおりを挟む
 ブゥン。ブブブブ、ブ、ブゥーン、ブゥーン。ブブ。
 ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ。
 不快な羽音が廊下中に反響する。視覚的にも聴覚的にも発狂しそうな現状に、ルイは思わず両手で両耳を塞いだ。

「ルイ院長、ルイ院長っ! あれは一体なんですか!? まさかとは思いますが、安置室のご遺体に蛆が湧いてしまったのですか!?」

 片方の手は、疑問だらけなルチルの手によって直ぐ耳から引き離されてしまったが。

「此処に安置室はない! 患者の遺体もな!」
「ならあの蝿の群れは……!?」
「吾輩にもわからぬ!」

 モーズがフランチェスコに寄生したハルパーを研究しているのは知っている。しかしこの短期間で廊下の一角を覆い尽くすほど増殖した原因は、何もわからない。故にわからないと答えるのも一応、嘘ではなかった。

「患者の姿は見えませんね。菌床も……。あの警報は誤作動だったのでしょうか? これは軍ではなく害虫駆除業者の手配をした方がよさそうです」
「わからぬ。何もわからぬ。何なんだこれは。どうすればよいのだ」
「落ち着いてください、ルイ院長。現時点になりますが、ひとまず人的被害がなさそうな事を喜びましょ……」

 ボスッ
 混乱するルイをルチルが宥めていると、ハルパーの群れから人影が飛び出してくる。数は2つ。片方はモーズを抱えたセレン。もう片方は意識のないブロムを肩に乗せたテトラミックスだ。
 そのまま曲がり角まで駆けてきた彼らは、程なくしてルイ達と合流する。

「おや、ルイ院長……と、ルチルさんですか。貴方はどうして此処に?」
「応援に来たのですよ。此方の病棟は現在、人手不足なので」
「そうですか」

 ルチルの返答に、セレンは抑揚のない声を発しながらうなずく。問いかけていながらさして興味がない事がありありと伝わる。

「それにしてもモーズ先生とこんな所で会えるとは。てっきりドイツにいらっしゃるのかと……」
「色々ありまして。とりあえずこの場にいたら死ぬので逃げましょう」
「さらっととんでもない発言をするでないわ! というかお主らウミヘビならば虫の駆除ぐらい容易であろう!? 何故、手を出さぬのだ!」
「だ、駄目です」

 ルイのもっともな提案を止めたのは、モーズだった。彼はセレンの腕の中で、掠れた声で必死に懇願する。

「毒素を使ってしまえば、フランチェスコも、傷付けてしまう……」
「しかしモーズよ! 死が差し迫っているという今、友を優先している場合では……! というかあの状態で生きておるのか!?」
「生きて、ます! フランチェスコは生きて、ハルパーを従えて……『珊瑚』を、克服しました!!」
「なっ!?」

 驚愕するルイ。長年、追い求め続けた悲願の達成。しかし唐突過ぎて実感が湧く事はない。

「そ、それは真か!?」
「はい、たった今! 精査はまだ出来ておりませんが、フランチェスコは全身から『珊瑚』の切除に成功したと思います! そうでなければ私は彼の菌糸ネットワークに繋げられる筈ですから! しかし、出来ない! 切れている! 今もです、これは……っ!」
「菌糸ネットワーク!? 生身の人間が真菌カビのネットワークを認識出来ると!?」
「あっ、ルイ院長は知りませんでしたね。ええと、説明しては長いので代わりの……。菌床! 此処に菌床がない事が客観的な証拠の一つになる筈!」
「あぁ! そうだ、菌床! フランチェスコの暴走も菌床もなければ如何して警報が鳴ったのだ! 誤作動か!?」
「いやー。菌床自体は発生したんだよねー」

 場違いなほどのんびりとした口調で答えたのは、ずっと黙していたテトラミックスだ。

「でも食べちゃった。ぜーんぶ」

 ――ハルパーが。
 ぴしり
 廊下の最奥、隔離病室の壁に亀裂が入る。間もなくそれは蜘蛛の巣のように周辺へ広がっていき、ガラガラと音を立て崩れ落ちていった。
 廊下に積み上がった瓦礫には大量の蛆が集っていて、まるで腐肉を食すかのように、コンクリートへ無数の穴を開けている。
 そして、その瓦礫を踏み付けて、黒い幕状となったハルパーと共に、人影が現れた。今の今まで石像のように硬直していたフランチェスコだ。彼は長年、寝た切りだった患者と同じように覚つかない足取りで歩みを進め、時に壁に手を付き、時に床に転がり、膝を付き、それでも、這うように前に進み――虚な、琥珀色をした右の瞳に、モーズ達を映し、穏やかに笑った。

「美味シそウ」

 酷く聞き取りづらい嗄れ声を、発しながら。

 ◆

 凄く凄く甘い香りがした。果汁? 砂糖水? はちみつ? メイプルシロップ? イチゴジャム? わからないな。でも、とっても懐かしい香り。
 身体が凄く重いけど、甘い香りに誘われちゃった僕は立ち上がる。でも直ぐに転んじゃった。元気が足りない。ご飯が欲しい。
 あ、お肉や果物がある! まとめて一つのお皿に乗っているのがちょっと不思議だけど、これで元気を補充できるかな? いただきまーす! ……あんまり味を感じられなかったなぁ。残念。けど元気出たから一応、立てるようになったね。
 それでも僕がふらついていたら、誰かが手を貸してくれた。誰だろう。いい子だね。その子は僕を見て涙を浮かべて、何だかとっても嬉しそう。
 でもどうしてだろう、何だか凄く近寄りたくない。きっとこの子はいい子で、僕に好意的な感情を抱いているんだろうけど、体中から何だか凄く嫌な臭いがする。近くにいたら死んでしまう気がしたから、僕は手を振り払ってその子から離れた。
 すると僕の足元からキノコが生えた。真っ赤なキノコ。何で? あ、わかった。このキノコもさっきの子が嫌いなんだ。だから離れたタイミングで出てきたんだ。
 ……このキノコ、美味しそう。
 僕はキノコを食べた。壁から床から、にょきにょき生えてくるのを片端から。予想よりは美味しくなかったけど、量が食べられたからまぁいいかな。僕、凄くお腹が空いていたから。
 美味しいご飯が食べたいなぁ。甘いお菓子を食べたいなぁ。うーんと、うーんと。
 ……? 何だか周りが騒がしいなぁ。どうしてだろう。食べ放題だったキノコを僕が独占しちゃったから怒ってる? お腹が空いていたんだ、ごめんね? いやでも、どっちかって言うと戸惑っているっていうか、困惑してる?
 どうしてだろう。
 まぁいいや。それより甘い香りの元を探さなくっちゃ。

 あ、いたいた。これも赤いキノコだね。さっきのキノコと全然違う。見た目が同じに見えるけど別の種類なのかな? うーん。この甘い香りのキノコ、嫌な臭いの子と一緒にいるなぁ。さっきの子とは違う。こっちの子……それも2つ? 2つだね。この2つの方がもっと嫌な臭いがする。
 死が近い。僕の。直感だけど、不思議とわかるね。
 引き離せないかなぁ。甘い香りのキノコから。甘さだけ味わいたいな、たっぷりと。
 それでちょっとだけ残して、お土産にして、一緒に食べるんだ。
 ……誰と、だっけ。

 いいや、食べちゃおう。
 僕は今すごく、お腹が空いているんだ。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

プライベート・スペクタル

点一
ファンタジー
【星】(スターズ)。それは山河を変えるほどの膂力、千里を駆ける脚力、そして異形の術や能力を有する超人・怪人達。 この物語はそんな連中のひどく…ひどく個人的な物語群。 その中の一部、『龍王』と呼ばれた一人の男に焦点を当てたお話。 (※基本 隔週土曜日に更新予定)

処理中です...