毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二章 初遠征、菌床処分

第29話 液体金属

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 ドスッ
 黒い靄を纏ったナイフが足元の感染鼠を貫く。これで十匹目である。

「ちまちまちまちま。相変わらず菌床処分は雑草抜きみたいでキツいスねぇ。腰が痛くなるス」
「口じゃなくて手ぇ動かせ。てか何で俺に着いて来るんだよ。フリッツに手分けせ言われたろ」
「入る前に大きな足音が聞こえなかったって事は、今回の〈根〉は虫型の可能性が高いスから先輩の毒素にあやかろうかな~と」
「人を盾にすんな」

 タリウムはニコチンの後を追いかけ、東館の地下まで来ていた。いざとなったら虫型の処分を得意とするニコチンを頼る気満々である。
 そんなタリウムに呆れてはいるが突き放す事もなく、ニコチンはすたすたと石畳が敷かれた地下の廊下を歩く。
 しかしふと、何かに気付いた彼は足を止めた。

「先輩?」
「……おい、誰かいるぞ」
「ええ? 感染者スか?」
「感染者にしては随分と理性的な、二足歩行の何かだ」

 ドカンッ!
 ニコチンが拳銃をある部屋の扉に向けたと同時に撃ち抜き、強制的に開錠する。

「ノックも知らないのか、蛮族め」

 扉が吹き飛んだ部屋、ワインルームから一人の男が姿を現す。澄んだ海に似た水色の瞳をした黒服の男。
 その黒服には、剣を咥えた天馬ペガサスのシルエットをモチーフとした紋章が縫い付けられている。

「あのエンブレム、ペガサス教団……!」
「ま~た現場に首突っ込んできやがって、狂信者が」

 ペガサス教団とわかる格好をした彼の胸元は『珊瑚』の菌糸が生えていて、露出した肌も赤みがかり硬化しているのがわかる。
 関節も固まっているのだろう、動きがぎこちない。

「うん? どうやらクスシはいないようだな。ならお前達は俺に手出しが出来ないという事だ、残念だったな」
「ハッ! 目撃者なんていねぇんだ。ここでお前ぇを消し炭にして、証拠隠滅を謀ってもいいんだぜ?」
「いやいやいや、マズいスよ! 今回が居るんスよ? 死体作ったら見逃す訳ないでしょう!?」
「チッ」

 するとニコチンはタリウムの背中を蹴っ飛ばし、男のいるワインルームに入室させた。

「取り敢えずフリッツに連絡入れて、お前ぇを盾にする」
「うぇええっ!」

 タリウムが悲痛な声を上げているのを気にせず、呑気に腕時計の通信機器を操作しだすニコチン。
 そんなワインルームに不可抗力で入ってきたタリウムに対し、男は躊躇する事なく腰に下げていた剣を右手で抜き、左手は背中に装備していた拳銃を構えた。

「背徳者よ、せめてもの慈悲だ。これ以上罪を重ねる前に地獄に送ってやろう」
「うわ好戦的っ!」

 パンパンッ!
 拳銃から鉛玉が発砲されるが、タリウムは難なく躱わす。廊下に立つニコチンも最低限の動きで避け、流れ弾に当たるという事はなかった。
 銃は効果が薄い、またタリウムが至近距離に接近してきたのを見て、男は直ぐ拳銃を投げ捨てるとよく研がれた剣をタリウムに向かって振るう。対するタリウムは民間人への武器使用が認められていないので丸腰。ダガーナイフで受け止める事さえ叶わない。リーチの差からしても圧倒的に不利だ。
 しかし、

「タリウム相手に白兵戦持ち込むとか、馬鹿かよ」

 タリウムは目にも止まらぬ速さで男の懐に入り込み、男の剣を下から思い切り蹴り上げ手中から吹き飛ばす。

「こいつが一番得意な相手は虫でも鼠でもねぇ。……人間様だ」

 そして丸腰となった男の腕を掴むと、あっという間に床に組み敷いてしまった。

 ◇

「おや」

 西館の廊下にて。
 フリッツが腕時計の通信に気付き、穏やかな声を出す。

「ニコチンくんから連絡が来た。どうやら現場に余所者が紛れ込んでいるみたいだ」
「余所者?」
「恐らくペガサス教団の方かと」
「早めに合流しないとかな」
「あら残念ね。折角、生捕りを試してみようと思ったのに」

 そう言う水銀の目の前には、胴体から生える菌糸を虫の足のように伸ばした感染者の男女二人。
 胴からも針のように鋭い菌糸を生やしていて、攻撃対象である此方へ切先を向けている。元の人だった頃とは大きくかけ離れた姿だ。項垂れた頭も虚で、正気を失った顔をしている。

「水銀くん、手短に頼むよ」
「ボクに命令しないで。言われずとも仕事はするわよ」

 感染者を目視した時点でセレンと立ち位置を入れ替えていた水銀は、カツカツとハイヒールを鳴らして前に出ると、頭に乗せていた小ぶりのシルクハットを手に取る。

「水銀さんの戦闘久々に見ますっ」
「感染者を前に興奮するのは、どうなのだろうか」
「すみません、先生。でもあの方の一挙一動は舞いのようで、綺麗なんですよ」

 手に取ったシルクハットの中に水銀が右手を突っ込んだかと思えば、そこからマジックのように銀色の細剣を引き抜いた。

「……!? あの帽子が彼の抽射器、なのか」
「モーズくん、実は水銀くんは抽射器を所持していなくてね。あの帽子は彼の毒素の一部……つまり《水銀》だ」

 窓から差し込む自然光で輝く細剣。それを片手で構えて、水銀は駆け出す。
 まずは手前にいた男の感染者の菌糸を斬り落とす。いや、よく見たら斬っているのではなく接触面の菌を切り離している。どうやら彼は細剣に触れた先から毒素を送り込めるようだ。

「抽射器を介さずに毒素をコントロールし、その毒素一つで攻防一体に立ち回れ、更には生物だけでなく無機物相手だろうとも質量攻撃で捩じ伏せられる。それが彼が最強格と謳われる所以。普段はやる気を出さないものだから、なかなか見れない光景だよ。よく見ておくといい」

 感染者の男の口からけたたましい悲鳴が上がる。それに反応してか、感染者の女が足の菌糸を不気味に動かし胴から生えた針を水銀に突き刺そうと側面から接近する。
 しかし水銀はあくまで最初に斬りかかった感染者の男から目を逸らさず、代わりにというべきか、シルクハットを感染者の女に向けて投げ飛ばした。
 その直後、感染者の女を覆う程に面積を増やし、女に被さって動きを封じてしまった。それと同時に今度は甲高い悲鳴が銀の幕下から響き渡る。
 銀幕によって見えないが恐らく、水銀の毒素を全身に浴びているのだろう。

「……ニコチンくんが水銀くんを推したのは、あの卓越したコントロール術があるからだろう。加えて液体金属状態での水銀は人の身体に殆ど吸収されないから、無害に近い」

 今は水銀の操作によって毒素を感染者に注いでいるが、本来、液体金属状態の水銀の毒素は人体に作用しない。
 触れようが飲み込もうが、無害と言っていい。
 それはつまり、

「彼の力は、感染者を保護をするのに最適という事か!」
「尤も感染者が常時撒き散らしている胞子の対処法や、隙あらばアクアリウムを作ろうとする習性や、捕えた所で凶暴性をどう押さえ付けるのか、とか課題は残る。それに残念だけど今回は〈根〉の処分に教団の相手をしなくちゃだし、試す時間はないよ」
「いや、僅かでも可能性が知れただけで有難い……っ!」

 感染者を傷付けずに拘束できる。その力があるとわかっただけで希望が見えてくる。
 モーズがその事に内心歓喜している間に、水銀は感染者の男を細剣で切り刻み、感染者の女は毒の銀幕で絞め殺し【処分】を終えた。

「片付いたわ。行きましょう」
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