毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
36 / 600
第三章 不夜城攻略編

第36話 お見舞い

しおりを挟む
「え? フリッツさん休み?」

 朝の共同研究室。フリーデンとモーズが入室するよりも前に研究室に居たユストゥスに、二人は「フリッツは休みだ」とぶっきらぼうに告げられていた。

「理由を訊いても?」
「……体調不良。以上」

 パソコンのキーボードを無心で打ち込んでいるユストゥスは、二人に背中を向けたまま固い声で言う。その背中からひしひしと不機嫌な感情が伝わってきた。
 苛立っている。もう彼は口を聞いてくれないとわかる程に。

(研修が受けられない。どうしたものか。通常勤務の仕事内容は教わっていないし……)

 まだ出来る事がないモーズは困惑しながら考え込む。ここで自分も休むのは時間が勿体ない。
 だからとラボの事をよく知らないまま研究機材に手を出したり、施設を動き回っても迷惑だろう。実際、勝手にウミヘビのネグラに入って怒られたのだし。
 すると隣に立っていたフリーデンがモーズの肩をちょいちょいと突いてきた。

「モーズ、代わりに俺が研修してやるよ」
「いいのか?」
「研修っつってもラボとその周辺の案内するってだけだけど。ほら、昨日は遠征で終わっちまっただろ? 案内ぐらい余裕~、余裕~」
「大変有り難いが、フリーデンは自分の仕事や研究は大丈夫なのだろうか?」
「平気平気っ! 後輩の世話すんのは先輩の仕事だろ~?」

 フリーデンは陽気な声で受け入れてくれる。

「それにモーズは俺の初めての後輩だからな。存分に頼ってくれ!」
「では、よろしく頼む」

 会釈をして感謝を示すモーズ。
 そこでふと、ある事を思い出した。

「……そういえばフリーデンは私の先輩だというのに、出会った時の態度のまま接していたな。今からでもフリーデン先輩と敬った方がいいだろうか?」
「ウッ!!」

 突然、胸元に手を置いてしゃがみ込んでしまうフリーデン。

「だ、大丈夫か?」
「……。もう一回だけ『先輩』って呼んで貰っていい?」
「あ、あぁ。フリーデン先輩」
「ウウウ……ッ!」

 苦悶の声をあげている。『先輩』と呼んだだけなのに一体なぜ、と困惑するモーズ。
 心配する彼を他所に、フリーデンは胸元のシャツがシワになるほど強く握り締めた後、何事もなかったかのように立ち上がった。

「ありがとう。めっちゃ甘美な響きだったわ」
「そ、そうか」
「でも甘美過ぎて浮かれポンチになりそうだから今まで通りで頼む」
「わ、わかった」

 モーズはただ頷くしか出来なかった。どうやらフリーデンの情緒を乱気流させてしまったようだ。
 落ち着いた所で、フリーデンは腕時計型電子機器を操作し始める。

「それじゃまずはラボの間取り図を……」
「フリーデン、案内を受ける前に行きたい所があるのだがいいだろうか?」
「行きたい所?」

 ◇

 寄宿舎の三階、フリッツの自室。

「休んじゃって本当にごめん」

 その自室のベッドに腰をかけたフリッツに、モーズとフリーデンは謝罪を受けていた。
 フリッツは今、フェイスマスクを外し優しげな垂れ目面長な素顔を晒している。服装もゆったりとした紺色のルームウェア、というラフな格好で、「こんな格好でごめんね」という謝罪も受けた。

「いや、こちらこそ手土産もなしに……。と言うか入室してしまってよかったのだろうか?」
「俺、フリッツさんの部屋初めて入ったわ~」

 黒を基調とした落ち着いた色合いの部屋、というのはモーズの部屋と変わらない。デフォルトの内装なのだろう。しかし床には書物や資料が大量に積み上げられ足の踏み場が減っていて、その物量にフリーデンは慄いている。
 フリッツは自室でも休む事なく研究に励んでいる様子が伺えた。
 ベッドの端にも本が重ねて置いてあって、しかしフリッツが(恐らく無意識の内に)それに手を伸ばそうとしたら、彼の頭の上で手の平サイズになっているオキクラゲ型アイギスにぺちりと触手で頭を叩かれて止められていた。
 まるで徹底的に休めと言っているようだ。

「情けない事に、あまり身体を動かせなくてね。廊下に出るのもちょっと辛い。でもわざわざ来てくれたのに、声だけで対応というのも悪いかなって」
「一体どうしたんだ? 昨日は体調に問題なさそうだったが」
「……、貧血」

 病的に青白い顔色をしたフリッツは、ポツリとそう言った。

「アイギスを使い過ぎて貧血になっちゃったんだ。やってしまったよ」

 そして指先で頬を掻きつつ、気まずそうに肩をすくめる。

「浄化作業とかでアイギスを沢山働かせてエネルギーを消費させると、その分宿主を吸血して補うんだよ。失血死させる事はないけど場合によっちゃ輸血が必要なほど重度の貧血になる。だからアイギスの使い過ぎは厳禁な」
「成る程、だからフリーデンは以前ニコチンが毒霧を張る提案を断ったのか」
「そゆこと」

 「モーズも注意しろよ」と、フリーデンは忠告もしてくれた。

「ちなみに、あらかじめ人工血液パックを所持しておくのは駄目なのか? 自分の血液をストックすると普段のパフォーマンスを落としてしまうリスクがあるが、人工の物ならそのリスクもなく、纏った量を所持する事も……」
「アイギスが何の為に人間に寄生していると思う? 気に入った宿主の新鮮な血を独り占めする為だよ。緊急時だと血液パック飲んでくれる時もあるけど、基本食として渡すと怒る」
「そ、そうなのか」
「『ユウレイクラゲ型』っていう大食漢タイプだとまた話違うけどな~」

 ユウレイクラゲ。クラゲの中でも巨大でプランクトンのみならず同じクラゲも食す、大喰らいな種として有名だ。
 アイギスは種類としては一種だが、海中で生きるクラゲの種と見た目が同じ物はそのまま生態の特徴が似通っているらしい。

「まぁ動き回らなくっても出来る研修はあるし、って今朝ラボに出勤はしていたんだけどね。……共同研究室に入って早々、ユストゥスに『今日は休め。寝ろ』って追い返されちゃった。マスクしてたのに何でバレちゃったんだか」

 フリッツはむすりと不満げな顔をしてユストゥスの名を出した。
 朝から非常に、背中を向けていただけでも不機嫌な様子が伝わってきたユストゥス。その不機嫌だった理由は十中八九、体調不良なフリッツだろうに。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

プライベート・スペクタル

点一
ファンタジー
【星】(スターズ)。それは山河を変えるほどの膂力、千里を駆ける脚力、そして異形の術や能力を有する超人・怪人達。 この物語はそんな連中のひどく…ひどく個人的な物語群。 その中の一部、『龍王』と呼ばれた一人の男に焦点を当てたお話。 (※基本 隔週土曜日に更新予定)

処理中です...