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第三章 不夜城攻略編
第36話 お見舞い
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「え? フリッツさん休み?」
朝の共同研究室。フリーデンとモーズが入室するよりも前に研究室に居たユストゥスに、二人は「フリッツは休みだ」とぶっきらぼうに告げられていた。
「理由を訊いても?」
「……体調不良。以上」
パソコンのキーボードを無心で打ち込んでいるユストゥスは、二人に背中を向けたまま固い声で言う。その背中からひしひしと不機嫌な感情が伝わってきた。
苛立っている。もう彼は口を聞いてくれないとわかる程に。
(研修が受けられない。どうしたものか。通常勤務の仕事内容は教わっていないし……)
まだ出来る事がないモーズは困惑しながら考え込む。ここで自分も休むのは時間が勿体ない。
だからとラボの事をよく知らないまま研究機材に手を出したり、施設を動き回っても迷惑だろう。実際、勝手にウミヘビのネグラに入って怒られたのだし。
すると隣に立っていたフリーデンがモーズの肩をちょいちょいと突いてきた。
「モーズ、代わりに俺が研修してやるよ」
「いいのか?」
「研修っつってもラボとその周辺の案内するってだけだけど。ほら、昨日は遠征で終わっちまっただろ? 案内ぐらい余裕~、余裕~」
「大変有り難いが、フリーデンは自分の仕事や研究は大丈夫なのだろうか?」
「平気平気っ! 後輩の世話すんのは先輩の仕事だろ~?」
フリーデンは陽気な声で受け入れてくれる。
「それにモーズは俺の初めての後輩だからな。存分に頼ってくれ!」
「では、よろしく頼む」
会釈をして感謝を示すモーズ。
そこでふと、ある事を思い出した。
「……そういえばフリーデンは私の先輩だというのに、出会った時の態度のまま接していたな。今からでもフリーデン先輩と敬った方がいいだろうか?」
「ウッ!!」
突然、胸元に手を置いてしゃがみ込んでしまうフリーデン。
「だ、大丈夫か?」
「……。もう一回だけ『先輩』って呼んで貰っていい?」
「あ、あぁ。フリーデン先輩」
「ウウウ……ッ!」
苦悶の声をあげている。『先輩』と呼んだだけなのに一体なぜ、と困惑するモーズ。
心配する彼を他所に、フリーデンは胸元のシャツがシワになるほど強く握り締めた後、何事もなかったかのように立ち上がった。
「ありがとう。めっちゃ甘美な響きだったわ」
「そ、そうか」
「でも甘美過ぎて浮かれポンチになりそうだから今まで通りで頼む」
「わ、わかった」
モーズはただ頷くしか出来なかった。どうやらフリーデンの情緒を乱気流させてしまったようだ。
落ち着いた所で、フリーデンは腕時計型電子機器を操作し始める。
「それじゃまずはラボの間取り図を……」
「フリーデン、案内を受ける前に行きたい所があるのだがいいだろうか?」
「行きたい所?」
◇
寄宿舎の三階、フリッツの自室。
「休んじゃって本当にごめん」
その自室のベッドに腰をかけたフリッツに、モーズとフリーデンは謝罪を受けていた。
フリッツは今、フェイスマスクを外し優しげな垂れ目面長な素顔を晒している。服装もゆったりとした紺色のルームウェア、というラフな格好で、「こんな格好でごめんね」という謝罪も受けた。
「いや、こちらこそ手土産もなしに……。と言うか入室してしまってよかったのだろうか?」
「俺、フリッツさんの部屋初めて入ったわ~」
黒を基調とした落ち着いた色合いの部屋、というのはモーズの部屋と変わらない。デフォルトの内装なのだろう。しかし床には書物や資料が大量に積み上げられ足の踏み場が減っていて、その物量にフリーデンは慄いている。
フリッツは自室でも休む事なく研究に励んでいる様子が伺えた。
ベッドの端にも本が重ねて置いてあって、しかしフリッツが(恐らく無意識の内に)それに手を伸ばそうとしたら、彼の頭の上で手の平サイズになっているオキクラゲ型アイギスにぺちりと触手で頭を叩かれて止められていた。
まるで徹底的に休めと言っているようだ。
「情けない事に、あまり身体を動かせなくてね。廊下に出るのもちょっと辛い。でもわざわざ来てくれたのに、声だけで対応というのも悪いかなって」
「一体どうしたんだ? 昨日は体調に問題なさそうだったが」
「……、貧血」
病的に青白い顔色をしたフリッツは、ポツリとそう言った。
「アイギスを使い過ぎて貧血になっちゃったんだ。やってしまったよ」
そして指先で頬を掻きつつ、気まずそうに肩をすくめる。
「浄化作業とかでアイギスを沢山働かせてエネルギーを消費させると、その分宿主を吸血して補うんだよ。失血死させる事はないけど場合によっちゃ輸血が必要なほど重度の貧血になる。だからアイギスの使い過ぎは厳禁な」
「成る程、だからフリーデンは以前ニコチンが毒霧を張る提案を断ったのか」
「そゆこと」
「モーズも注意しろよ」と、フリーデンは忠告もしてくれた。
「ちなみに、あらかじめ人工血液パックを所持しておくのは駄目なのか? 自分の血液をストックすると普段のパフォーマンスを落としてしまうリスクがあるが、人工の物ならそのリスクもなく、纏った量を所持する事も……」
「アイギスが何の為に人間に寄生していると思う? 気に入った宿主の新鮮な血を独り占めする為だよ。緊急時だと血液パック飲んでくれる時もあるけど、基本食として渡すと怒る」
「そ、そうなのか」
「『ユウレイクラゲ型』っていう大食漢タイプだとまた話違うけどな~」
ユウレイクラゲ。クラゲの中でも巨大でプランクトンのみならず同じクラゲも食す、大喰らいな種として有名だ。
アイギスは種類としては一種だが、海中で生きるクラゲの種と見た目が同じ物はそのまま生態の特徴が似通っているらしい。
「まぁ動き回らなくっても出来る研修はあるし、って今朝ラボに出勤はしていたんだけどね。……共同研究室に入って早々、ユストゥスに『今日は休め。寝ろ』って追い返されちゃった。マスクしてたのに何でバレちゃったんだか」
フリッツはむすりと不満げな顔をしてユストゥスの名を出した。
朝から非常に、背中を向けていただけでも不機嫌な様子が伝わってきたユストゥス。その不機嫌だった理由は十中八九、体調不良なフリッツだろうに。
朝の共同研究室。フリーデンとモーズが入室するよりも前に研究室に居たユストゥスに、二人は「フリッツは休みだ」とぶっきらぼうに告げられていた。
「理由を訊いても?」
「……体調不良。以上」
パソコンのキーボードを無心で打ち込んでいるユストゥスは、二人に背中を向けたまま固い声で言う。その背中からひしひしと不機嫌な感情が伝わってきた。
苛立っている。もう彼は口を聞いてくれないとわかる程に。
(研修が受けられない。どうしたものか。通常勤務の仕事内容は教わっていないし……)
まだ出来る事がないモーズは困惑しながら考え込む。ここで自分も休むのは時間が勿体ない。
だからとラボの事をよく知らないまま研究機材に手を出したり、施設を動き回っても迷惑だろう。実際、勝手にウミヘビのネグラに入って怒られたのだし。
すると隣に立っていたフリーデンがモーズの肩をちょいちょいと突いてきた。
「モーズ、代わりに俺が研修してやるよ」
「いいのか?」
「研修っつってもラボとその周辺の案内するってだけだけど。ほら、昨日は遠征で終わっちまっただろ? 案内ぐらい余裕~、余裕~」
「大変有り難いが、フリーデンは自分の仕事や研究は大丈夫なのだろうか?」
「平気平気っ! 後輩の世話すんのは先輩の仕事だろ~?」
フリーデンは陽気な声で受け入れてくれる。
「それにモーズは俺の初めての後輩だからな。存分に頼ってくれ!」
「では、よろしく頼む」
会釈をして感謝を示すモーズ。
そこでふと、ある事を思い出した。
「……そういえばフリーデンは私の先輩だというのに、出会った時の態度のまま接していたな。今からでもフリーデン先輩と敬った方がいいだろうか?」
「ウッ!!」
突然、胸元に手を置いてしゃがみ込んでしまうフリーデン。
「だ、大丈夫か?」
「……。もう一回だけ『先輩』って呼んで貰っていい?」
「あ、あぁ。フリーデン先輩」
「ウウウ……ッ!」
苦悶の声をあげている。『先輩』と呼んだだけなのに一体なぜ、と困惑するモーズ。
心配する彼を他所に、フリーデンは胸元のシャツがシワになるほど強く握り締めた後、何事もなかったかのように立ち上がった。
「ありがとう。めっちゃ甘美な響きだったわ」
「そ、そうか」
「でも甘美過ぎて浮かれポンチになりそうだから今まで通りで頼む」
「わ、わかった」
モーズはただ頷くしか出来なかった。どうやらフリーデンの情緒を乱気流させてしまったようだ。
落ち着いた所で、フリーデンは腕時計型電子機器を操作し始める。
「それじゃまずはラボの間取り図を……」
「フリーデン、案内を受ける前に行きたい所があるのだがいいだろうか?」
「行きたい所?」
◇
寄宿舎の三階、フリッツの自室。
「休んじゃって本当にごめん」
その自室のベッドに腰をかけたフリッツに、モーズとフリーデンは謝罪を受けていた。
フリッツは今、フェイスマスクを外し優しげな垂れ目面長な素顔を晒している。服装もゆったりとした紺色のルームウェア、というラフな格好で、「こんな格好でごめんね」という謝罪も受けた。
「いや、こちらこそ手土産もなしに……。と言うか入室してしまってよかったのだろうか?」
「俺、フリッツさんの部屋初めて入ったわ~」
黒を基調とした落ち着いた色合いの部屋、というのはモーズの部屋と変わらない。デフォルトの内装なのだろう。しかし床には書物や資料が大量に積み上げられ足の踏み場が減っていて、その物量にフリーデンは慄いている。
フリッツは自室でも休む事なく研究に励んでいる様子が伺えた。
ベッドの端にも本が重ねて置いてあって、しかしフリッツが(恐らく無意識の内に)それに手を伸ばそうとしたら、彼の頭の上で手の平サイズになっているオキクラゲ型アイギスにぺちりと触手で頭を叩かれて止められていた。
まるで徹底的に休めと言っているようだ。
「情けない事に、あまり身体を動かせなくてね。廊下に出るのもちょっと辛い。でもわざわざ来てくれたのに、声だけで対応というのも悪いかなって」
「一体どうしたんだ? 昨日は体調に問題なさそうだったが」
「……、貧血」
病的に青白い顔色をしたフリッツは、ポツリとそう言った。
「アイギスを使い過ぎて貧血になっちゃったんだ。やってしまったよ」
そして指先で頬を掻きつつ、気まずそうに肩をすくめる。
「浄化作業とかでアイギスを沢山働かせてエネルギーを消費させると、その分宿主を吸血して補うんだよ。失血死させる事はないけど場合によっちゃ輸血が必要なほど重度の貧血になる。だからアイギスの使い過ぎは厳禁な」
「成る程、だからフリーデンは以前ニコチンが毒霧を張る提案を断ったのか」
「そゆこと」
「モーズも注意しろよ」と、フリーデンは忠告もしてくれた。
「ちなみに、あらかじめ人工血液パックを所持しておくのは駄目なのか? 自分の血液をストックすると普段のパフォーマンスを落としてしまうリスクがあるが、人工の物ならそのリスクもなく、纏った量を所持する事も……」
「アイギスが何の為に人間に寄生していると思う? 気に入った宿主の新鮮な血を独り占めする為だよ。緊急時だと血液パック飲んでくれる時もあるけど、基本食として渡すと怒る」
「そ、そうなのか」
「『ユウレイクラゲ型』っていう大食漢タイプだとまた話違うけどな~」
ユウレイクラゲ。クラゲの中でも巨大でプランクトンのみならず同じクラゲも食す、大喰らいな種として有名だ。
アイギスは種類としては一種だが、海中で生きるクラゲの種と見た目が同じ物はそのまま生態の特徴が似通っているらしい。
「まぁ動き回らなくっても出来る研修はあるし、って今朝ラボに出勤はしていたんだけどね。……共同研究室に入って早々、ユストゥスに『今日は休め。寝ろ』って追い返されちゃった。マスクしてたのに何でバレちゃったんだか」
フリッツはむすりと不満げな顔をしてユストゥスの名を出した。
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