毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第三章 不夜城攻略編

第46話 《クロロホルム(CHCl3)》

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 目的地であるドイツ東部に向かう最中。

「ニコチン、車内は禁煙だ! 即刻、火を消せ!」
「あ゙ぁ゙? 窓を開けてんだからいいだろうがよ。お前ぇらマスク付けてるから影響なんざないし」
「人に影響がなかろうと車が汚れるだろう! 臭いも付く! あまり反抗的な態度を取るのならば再教育に回すぞ!?」
「ったく、この頭でっかちが」

 ユストゥスの指導を受け、ニコチンは渋々といった様子でタバコの火を携帯灰皿に押し付けて消す。
 そして火を消したタバコはいつも通り、携帯灰皿の灰入れポケットに押し込んでいた。

「匂いと言えば……。そこの、ユストゥスの隣に座っているウミヘビから何処となく甘い香りを感じるのだが、香水だろうか?」

 ユストゥスらと向き合って座るモーズが問いかける。
 車に乗る前に嗅いだ匂いは気の所為ではなく車内でも香り、やはり薄緑色の髪の青年から漂ってくる。ならば何かしらの要因があるはずだ。

「……当ててみろ」
「うん?」
「ぼくの名前が何なのか、当ててみろ」

 青年は足を組み、尊大な態度でモーズを挑発してきた。
 しかし水銀と異なり堂に入っていないというか、慣れていないというか、どこか背伸びをしているように見える。

「名は、《クロロホルム(CHCl3)》ではないか?」

 そしてさして思考する事なく口にした名。
 それは図星だったらしく薄緑色の髪をした青年、『クロロホルム』はあからさまに動揺した。

 「へぇ」と、モーズの隣に座っていたニコチンが感嘆の声をあげる。

「わかってたのかよ」
「特徴的な香りだからな。それに何処となくクロールに似ている容姿だ。そしてクロロホルムは塩素を含む。ならば幾らか特徴が似通っているのかと。特性が似ている、タリウムとカリウムが瓜二つだったように。
 しかし不思議なのはセレンも特徴的な香りがする筈なのに、本人からは何も感じなくて……。やはり香水か、個人によるのだろうか?」
「おーおー。セレンの無臭さも気にしてたのか。流石はお医者さま」

 ぱちぱちぱち。
 ニコチンが乾いた拍手をモーズに送ってくれた。
 元素セレンも臭いを放つ。ただしそれはクロロホルムのような甘く芳醇な香りではなく、ニンニクに似た強い臭いだ。だがウミヘビのセレンからは、そのような臭いは一切しなかった。
 その件について、感心ついでにニコチンが説明をしてくれる。

「俺たちは毒素を扱う時はともかく、普段は人間が不快になる刺激臭は出ねぇように作られてんだ。都合よく扱えるように、な」
人造人間ホムンクルスとして、か」
「お、やっと教わったか。ま、そういう事だ。外見も人間さまが不快にならんよう、特徴ない感じになってンだよ。派手な髪色している奴が多いように、色素はうまく弄れなかったみてぇだが」
「特徴は……あると思うが」

 人間味のない色素を除けば、主に美しい方面で特徴がある。
 美人のウミヘビしかいないネグラで暮らしていると、美人に見慣れてしまい逆に外見に特徴がないように感じてしまうのだろうか。

「お喋りはその辺にしておけ。今から遠征先での役割を決める」

 頬を膨らませて不満げな顔をしているクロロホルムを然りげ無く宥めながら、ユストゥスは固い声で話し始めた。

「処分は私とクロロホルムがこなす! 貴様らは半歩下がった場所でただ見ていろ。そして見て覚えろ」
(教育が苦手な職人のような物言い……。しかしフリーデンは、彼は教えるのは上手だと評価していた。これは一体?)

 疑問には思ったがモーズは新人でアイギスの扱いは覚束ず、確かに出来る事はない。
 ユストゥスの指示に素直に従う事とした。

「ニコチンはセーフティネットだ! モーズの側で万一に備えておけ!」
「へいへい」
「返事は短く! Jaヤーと言え!」
(軍隊めいている……)

 ユストゥスの喋り方に、モーズの脳裏で軍医時代の記憶が掘り起こされる。

「その、質問いいだろうか?」
「何だ!? くだらない事ならば答えんぞ!」
「ええと、質問は二つ。一つは遠征はヨーロッパが多いのだろうか? 前々回といい、前回といい今回といい……。それとも、アジアやアメリカに行く事も?」
「あー、それか」

 そんなモーズの素朴な疑問に答えてくれたのも、ニコチンだ。
 何だか今日は妙に親切である。友人であるアセトのお願い効果だろうか。

「大西洋にあるアバトンからじゃヨーロッパより向こう側は遠いからな。よっぽど酷い菌床がなけりゃクスシは行かねぇ。ウミヘビだけ転移装置で貸し出しだ。珍客として迎えられるから、あんま行きたくねーけど」
「成る程、ありがとう」
「そんで、もう一つは?」
「もう一つは、そちらのクロロホルムについて」

 前触れなく突然モーズに名を呼ばれたクロロホルムが、びくりと肩を震わせた。

「感染者も人間。そしてクロロホルムの毒素はかつて麻酔にも使われたように、睡眠効果がある。……ステージ5感染者を眠らせる事は、本当に出来ないのか?」

 記録上、ステージ5感染者を眠らせる事が出来た試しがないのはモーズも知っている。感染病棟で投与している鎮静剤が効くのはステージ4までで、ステージ5には通用しない。
 しかし毒素の強い、そしてその強さを自在に調整が出来るウミヘビならばもしかして、と。処分せずに保護する事を目指すモーズは、僅かな可能性だとしても模索しておきたかった。

「愚か者。少しは頭を働かせろ」

 しかしモーズの期待とは裏腹に、ユストゥスははっきりと否定をした。

?」

 薬が効く効かない以前の問題を、突き付けた上で。



 ▼△▼
補足
《クロロホルム(CHCl3)》
ミステリー作品でよく被害者を眠らせる薬品として登場するやつ。なお実際は布に含まれた程度の量でそんな効果はない。
麻酔性が有名だが、肌に浴びると湿疹を生じたり皮膚の脱脂、つまり乾燥したりひび割れたりする。触れてしまった場合は直ぐに洗い流そう。

外見について
甘い味と甘い臭いが特徴的だが、見た目は気体でも液体でも無色透明。なのでレゾルシンと水酸化カリウム溶液を混ぜて熱する鑑別法にて変色する蛍石(薄緑)色と、クロールの外見的特徴をちょっと引っ張ってきた。
ちなみにクロロホルムは塩素とクロロメタン(もしくはメタン)を加熱して生成するのが一般的。
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