毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
56 / 597
第三章 不夜城攻略編

第56話 ドーピング

しおりを挟む
 城の地下から連れ出して貰い、抽射器やフェイスマスクの回収をした後に菌床死滅の確認。モーズの側頭部の怪我の応急処置。
 それらが一通り済み、災害現場である村から車内に戻ってひと段落した後。

「中毒症状だ」

 座席に寝かせたニコチンの容態を見たユストゥスは、そう言った。

「有毒人種が、中毒症状……!?」
「ウミヘビは毒素を宿しそれを操る人造人間ホムンクルスだが、……【器】に限度がある」

 ユストゥスはモーズに説明をしながら、ニコチンの側で折りたたんだ槍を抱えるクロロホルムに顔を向ける。
 そのクロロホルムの顔色も大分悪い。最上階でニコチンが撒いた毒霧が響いているのだろう。

「例えばニコチンとクロロホルム……。第一課所属であるニコチンと、第二課所属であるクロロホルム、というだけで毒の耐性に差があるのは知っているか?」
「あ、あぁ。知っている。昨日、水銀ガスを吸ったタリウムは暫く具合が悪かった。ニコチンは何ともなかったのに、だ」
「その時点で毒の許容量が個々で違うのはわかるだろう」
「しかし中毒症状になる程の毒など、一体どこから……」

 クロロホルムの毒霧が、甘い香りがどれほど強くなろうともニコチンは平然としていた。
 まして彼が意識を失った地下では、クロロホルムは側にいなかったのだ。原因が何なのかわからないモーズは困惑してしまう。

「そんなもの、ニコチン自身の毒素に決まっている」

 モーズの疑問に対して、ユストゥスは簡潔に答えた。

「こいつは日頃から、タバコを捨てるついでに自身の毒素をにストックしている。今日のような有事の時用にな。それを使ったんだろう」

 次いでモーズに見せてくれたのは地下の床に転がっていた、手の平の中に収まるサイズの玩具のような銃。
 これはニコチンが常日頃、肌身離さず携帯している灰皿を変形させた物なのだと言う。

「自身の毒素を感染者に撃つ為でなく、自身に撃つ? それで一体、何が出来るというのだ」
「愚か者。ニコチンを人体に摂取すればどうなるのか、医者ならば直ぐに答えを出せ」

 ニコチンを人体に摂取した時の効果。
 例えば痙攣。
 例えば錯乱。
 例えば呼吸困難。
 ニコチン性アセチルコリン受容体に結合する事による多量のドーパミンの放出に、アドレナリンやβ-エンドルフィンの分泌。時に興奮作用。時に鎮静作用。その他ノルエピネフリン、セロトニン、アセチルコリンなどの神経伝達物質の分泌。脳の動きを肩代わりしてしまう事による依存性の促進。
 それから――

「……っ! まさか、【ドーピング】か!?」

 健康を害する面が多いニコチンだが、実は筋肉の増強作用がある。
 また興奮薬であると同時に、覚醒作用を利用した精神安定薬として使用する事も可能(※西暦2024年のスポーツ法ではアスリートの喫煙は禁止されていないものの、アンチ・ドーピングに抵触していて監視対象になっている)。つまり立派なドーピング薬となる。

「ドーピングに限らず長時間、毒素を使い続ければその分、体内での毒素の製成が速くなり、放出が間に合わず溜まっていき、やがて【器】の許容量を超え中毒症状となる。……度を越せばウミヘビであろうとも、命を落とす」

 ユストゥスの口から淡々と語られた事実に、モーズは閉口してしまう。
 そしてモーズは自分を責めた。この事態は自身がペガサス教団の少年オニキスに翻弄された所為で、地下へ落ちた際に意識を手放してしまった所為で、事が終わるまで何も出来なかった所為で。

「ラボには常に医療班が待機している。彼らに診せれば、この程度で死にはせん。……あまり、思い詰めるな」

 モーズの指先が震えているのを見てか、ユストゥスは落ち着くよう然りげ無く促すと白衣の襟首を掴み、ニコチンから離れた座席にモーズを座らせた。
 ニコチンが視界に入ってしまえば、否応なしに自責に走ってしまうとわかっての事だろう。
 程なくして車が動き出し、上昇する。ユストゥスも無言で座席に座り、静かに帰還を待つ。

 静まり返って、風を切る音と車のエンジン音だけが響く車内。
 そのノイズにかき消されるほど小さな声で、クロロホルムはニコチンに声をかけた。

「ねぇ、ニコチン。許容量を超えれば行き着く先は……廃棄だよ?」

 クロロホルムの根は気弱で、痛いのも疲れるのも怖いのも嫌いで、ユストゥスと出会うまでろくに災害現場へ訪れる事はなかった。
 そんなクロロホルムが現場に赴くようになったのはユストゥスに戦闘センスを買われた事と、そのユストゥスの常に全力で物事と向き合う人間性に惹かれた事と、人間への貢献度を上げる事で得られる優遇措置に興味を持ったから。
 例えば人工島アバトンの中での自由度が上がる事。
 例えば人工島アバトンの外へ出られる事。
 例えば人工島アバトンにはない物を得られる事。
 例えば潜入任務など、人間社会を少しだけとは言え味わえる事。

「君はそこまでして、ちょっといい思いをしたいの? ……違うよね」

 ニコチンは基本的に、人間に非協力的なウミヘビだ。
 アバトン内の立場の確保に興味がない。それどころか管理者たるクスシに対して平気で暴言を吐く。戦闘好きという訳でもなく、外の景色や人間社会への興味も希薄で、物欲も、値の張るタバコぐらいしか求めない。そしてそれは身体を限界まで酷使する程のメリットにはなり得ない。
 なのにニコチンは口では文句を言いつつもさして抵抗なく使役に応え、今回に至っては捨て身でクスシを守り切った。

(ニコチンがたまに負傷して帰って来るの、今まで気にした事なかったけど……)

 ここまでするからにはきっと、メリットよりも大きながある。

(誰と何がどう絡んでいるのかわからなくって……怖いなぁ)

 何だか、脅迫めいた取引が裏で交わされている予感がして、クロロホルムは両膝を抱えて縮こまった。


 ***

 カチリ、カチリ。
 車の運転席でルービックキューブ6面全ての色を揃え終えた赤毛の車番が、角を指先に乗せてくるくると回転させる。
 自動オートで動くハンドルは問題なし。空中走行も鳥や雷雲に遭遇する事なく安全に進んでいる。

「〈根〉に接触するペガサス教団に、一箇所に集められた多数の感染者に、ニコチンレベルの毒素が効かない信徒に……。これは、波乱の予感」

 車番は後ろの座席から聞こえた城内での出来事を声に出して振り返り、目元を隠すゴーグル越しにじっとルービックキューブを凝視した。

「俺も、次は駆り出される。……かも?」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本国 召喚獣管理省 関東庁 召喚獣総合事案即応科。

wakaba1890
ファンタジー
召喚獣。 それは向こう側とされる所から、10歳を迎えた日本人の子供の下に召喚されるモンスターのことである。 初代天皇・神武天皇が日本を建国した際に書かれた絵画には彼は金鵄と呼ばれる金色に輝く鵄(とび)と契約したのが原初となっている。 そして、縄文、弥生、古墳、飛鳥、平安、戦国時代から近代から今に至るまで、時代を動かしてきた人物の側には確かに召喚獣は介在していた。 また、奇妙な事に、日本国に限り、齢10歳を迎えた日本在住の日本人にのみ体のどこかから多種多様な紋章が発現し、当人が念じると任意の場所から召喚陣が現れ、人ならざるモンスターを召喚される。 そして、彼らモンスターは主人である当人や心を許した者に対して忠実であった。 そのため、古来の日本から、彼ら召喚獣は農耕、治水、土木、科学技術、エネルギー、政治、経済、金融、戦争など国家の基盤となる柱から、ありとあらゆる分野において、今日に至るまで日本国とアジアの繁栄に寄与してきた。 そして、建国から今まで、国益の基盤たる彼ら数万種類以上をも及ぶ召喚獣を取り締まり管理し、2600年以上と脈々と受け継がれてきた名誉ある国家職がーーーーー国家召喚獣管理官である。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

『王都の神童』と呼ばれた俺、職業選定でまさかの【遊び人】三連発で追放される。……が、実は「全職業のスキル」を合算して重ねがけできる唯一のバグ

よっしぃ
ファンタジー
王都で「神童」の名をほしいままにしていた少年、ディラン・アークライト(17歳)。   剣を握れば騎士団長を唸らせ、魔法を学べば賢者を凌駕する。誰もが彼を「次代の勇者」と信じて疑わなかった。  しかし、運命の職業選定で彼が得たのは――【遊び人】。   それも、三つの職業スロットすべてが【遊び人】で埋まるという、前代未聞の怪現象だった。 「期待外れだ」 「国の恥晒しめ」   掌を返した周囲によって、ディランは着の身着のままで街を追放される。  だが、かつて神童と呼ばれた彼の「分析力」は死んでいなかった。 『……Lv1なのに、ステータスが異常に高い? それに経験値が分散せず、すべて加算されている……?』  彼だけが気づいた真実。  それは【遊び人】という名に偽装された、この世界の管理者権限(Free-Hander)であり、全職業のスキルを制限なく使用・強化できるバグ技(デバッグモード)への入り口だったのだ。  これは、理不尽に捨てられた元・神童が、その頭脳とバグ能力で世界を「攻略」し、同じく不遇な扱いを受けていた美少女騎士(中身は脳筋)と共に、誰よりも自由に成り上がる物語。 【著者プロフィール】アルファポリスより『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』を出版、オリコンライトノベル部門18位を記録。本作は2月に2巻刊行予定。

大和型重装甲空母

ypaaaaaaa
歴史・時代
1937年10月にアメリカ海軍は日本海軍が”60000トンを超す巨大戦艦”を”4隻”建造しているという情報を掴んだ。海軍はすぐに対抗策を講じてサウスダコタ級戦艦に続いてアイオワ級戦艦を4隻建造することとした。そして1941年12月。日米は戦端を開いたが戦列に加わっていたのは巨大戦艦ではなく、”巨大空母”であった。

追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発

ハーフのクロエ
ファンタジー
 アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。

現世にダンジョンができたので冒険者になった。

盾乃あに
ファンタジー
忠野健人は帰り道に狼を倒してしまう。『レベルアップ』なにそれ?そして周りはモンスターだらけでなんとか倒して行く。

処理中です...