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第三章 不夜城攻略編
第56話 ドーピング
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城の地下から連れ出して貰い、抽射器やフェイスマスクの回収をした後に菌床死滅の確認。モーズの側頭部の怪我の応急処置。
それらが一通り済み、災害現場である村から車内に戻ってひと段落した後。
「中毒症状だ」
座席に寝かせたニコチンの容態を見たユストゥスは、そう言った。
「有毒人種が、中毒症状……!?」
「ウミヘビは毒素を宿しそれを操る人造人間だが、……【器】に限度がある」
ユストゥスはモーズに説明をしながら、ニコチンの側で折りたたんだ槍を抱えるクロロホルムに顔を向ける。
そのクロロホルムの顔色も大分悪い。最上階でニコチンが撒いた毒霧が響いているのだろう。
「例えばニコチンとクロロホルム……。第一課所属であるニコチンと、第二課所属であるクロロホルム、というだけで毒の耐性に差があるのは知っているか?」
「あ、あぁ。知っている。昨日、水銀ガスを吸ったタリウムは暫く具合が悪かった。ニコチンは何ともなかったのに、だ」
「その時点で毒の許容量が個々で違うのはわかるだろう」
「しかし中毒症状になる程の毒など、一体どこから……」
クロロホルムの毒霧が、甘い香りがどれほど強くなろうともニコチンは平然としていた。
まして彼が意識を失った地下では、クロロホルムは側にいなかったのだ。原因が何なのかわからないモーズは困惑してしまう。
「そんなもの、ニコチン自身の毒素に決まっている」
モーズの疑問に対して、ユストゥスは簡潔に答えた。
「こいつは日頃から、タバコを捨てるついでに自身の毒素をコレにストックしている。今日のような有事の時用にな。それを使ったんだろう」
次いでモーズに見せてくれたのは地下の床に転がっていた、手の平の中に収まるサイズの玩具のような銃。
これはニコチンが常日頃、肌身離さず携帯している灰皿を変形させた物なのだと言う。
「自身の毒素を感染者に撃つ為でなく、自身に撃つ? それで一体、何が出来るというのだ」
「愚か者。ニコチンを人体に摂取すればどうなるのか、医者ならば直ぐに答えを出せ」
ニコチンを人体に摂取した時の効果。
例えば痙攣。
例えば錯乱。
例えば呼吸困難。
ニコチン性アセチルコリン受容体に結合する事による多量のドーパミンの放出に、アドレナリンやβ-エンドルフィンの分泌。時に興奮作用。時に鎮静作用。その他ノルエピネフリン、セロトニン、アセチルコリンなどの神経伝達物質の分泌。脳の動きを肩代わりしてしまう事による依存性の促進。
それから――
「……っ! まさか、【ドーピング】か!?」
健康を害する面が多いニコチンだが、実は筋肉の増強作用がある。
また興奮薬であると同時に、覚醒作用を利用した精神安定薬として使用する事も可能(※西暦2024年のスポーツ法ではアスリートの喫煙は禁止されていないものの、アンチ・ドーピングに抵触していて監視対象になっている)。つまり立派なドーピング薬となる。
「ドーピングに限らず長時間、毒素を使い続ければその分、体内での毒素の製成が速くなり、放出が間に合わず溜まっていき、やがて【器】の許容量を超え中毒症状となる。……度を越せばウミヘビであろうとも、命を落とす」
ユストゥスの口から淡々と語られた事実に、モーズは閉口してしまう。
そしてモーズは自分を責めた。この事態は自身がペガサス教団の少年オニキスに翻弄された所為で、地下へ落ちた際に意識を手放してしまった所為で、事が終わるまで何も出来なかった所為で。
「ラボには常に医療班が待機している。彼らに診せれば、この程度で死にはせん。……あまり、思い詰めるな」
モーズの指先が震えているのを見てか、ユストゥスは落ち着くよう然りげ無く促すと白衣の襟首を掴み、ニコチンから離れた座席にモーズを座らせた。
ニコチンが視界に入ってしまえば、否応なしに自責に走ってしまうとわかっての事だろう。
程なくして車が動き出し、上昇する。ユストゥスも無言で座席に座り、静かに帰還を待つ。
静まり返って、風を切る音と車のエンジン音だけが響く車内。
そのノイズにかき消されるほど小さな声で、クロロホルムはニコチンに声をかけた。
「ねぇ、ニコチン。許容量を超えれば行き着く先は……廃棄だよ?」
クロロホルムの根は気弱で、痛いのも疲れるのも怖いのも嫌いで、ユストゥスと出会うまでろくに災害現場へ訪れる事はなかった。
そんなクロロホルムが現場に赴くようになったのはユストゥスに戦闘センスを買われた事と、そのユストゥスの常に全力で物事と向き合う人間性に惹かれた事と、人間への貢献度を上げる事で得られる優遇措置に興味を持ったから。
例えば人工島アバトンの中での自由度が上がる事。
例えば人工島アバトンの外へ出られる事。
例えば人工島アバトンにはない物を得られる事。
例えば潜入任務など、人間社会を少しだけとは言え味わえる事。
「君はそこまでして、ちょっといい思いをしたいの? ……違うよね」
ニコチンは基本的に、人間に非協力的なウミヘビだ。
アバトン内の立場の確保に興味がない。それどころか管理者たるクスシに対して平気で暴言を吐く。戦闘好きという訳でもなく、外の景色や人間社会への興味も希薄で、物欲も、値の張るタバコぐらいしか求めない。そしてそれは身体を限界まで酷使する程のメリットにはなり得ない。
なのにニコチンは口では文句を言いつつもさして抵抗なく使役に応え、今回に至っては捨て身でクスシを守り切った。
(ニコチンがたまに負傷して帰って来るの、今まで気にした事なかったけど……)
ここまでするからにはきっと、メリットよりも大きなデメリットがある。
(誰と何がどう絡んでいるのかわからなくって……怖いなぁ)
何だか、脅迫めいた取引が裏で交わされている予感がして、クロロホルムは両膝を抱えて縮こまった。
***
カチリ、カチリ。
車の運転席でルービックキューブ6面全ての色を揃え終えた赤毛の車番が、角を指先に乗せてくるくると回転させる。
自動で動くハンドルは問題なし。空中走行も鳥や雷雲に遭遇する事なく安全に進んでいる。
「〈根〉に接触するペガサス教団に、一箇所に集められた多数の感染者に、ニコチンレベルの毒素が効かない信徒に……。これは、波乱の予感」
車番は後ろの座席から聞こえた城内での出来事を声に出して振り返り、目元を隠すゴーグル越しにじっとルービックキューブを凝視した。
「俺も、次は駆り出される。……かも?」
それらが一通り済み、災害現場である村から車内に戻ってひと段落した後。
「中毒症状だ」
座席に寝かせたニコチンの容態を見たユストゥスは、そう言った。
「有毒人種が、中毒症状……!?」
「ウミヘビは毒素を宿しそれを操る人造人間だが、……【器】に限度がある」
ユストゥスはモーズに説明をしながら、ニコチンの側で折りたたんだ槍を抱えるクロロホルムに顔を向ける。
そのクロロホルムの顔色も大分悪い。最上階でニコチンが撒いた毒霧が響いているのだろう。
「例えばニコチンとクロロホルム……。第一課所属であるニコチンと、第二課所属であるクロロホルム、というだけで毒の耐性に差があるのは知っているか?」
「あ、あぁ。知っている。昨日、水銀ガスを吸ったタリウムは暫く具合が悪かった。ニコチンは何ともなかったのに、だ」
「その時点で毒の許容量が個々で違うのはわかるだろう」
「しかし中毒症状になる程の毒など、一体どこから……」
クロロホルムの毒霧が、甘い香りがどれほど強くなろうともニコチンは平然としていた。
まして彼が意識を失った地下では、クロロホルムは側にいなかったのだ。原因が何なのかわからないモーズは困惑してしまう。
「そんなもの、ニコチン自身の毒素に決まっている」
モーズの疑問に対して、ユストゥスは簡潔に答えた。
「こいつは日頃から、タバコを捨てるついでに自身の毒素をコレにストックしている。今日のような有事の時用にな。それを使ったんだろう」
次いでモーズに見せてくれたのは地下の床に転がっていた、手の平の中に収まるサイズの玩具のような銃。
これはニコチンが常日頃、肌身離さず携帯している灰皿を変形させた物なのだと言う。
「自身の毒素を感染者に撃つ為でなく、自身に撃つ? それで一体、何が出来るというのだ」
「愚か者。ニコチンを人体に摂取すればどうなるのか、医者ならば直ぐに答えを出せ」
ニコチンを人体に摂取した時の効果。
例えば痙攣。
例えば錯乱。
例えば呼吸困難。
ニコチン性アセチルコリン受容体に結合する事による多量のドーパミンの放出に、アドレナリンやβ-エンドルフィンの分泌。時に興奮作用。時に鎮静作用。その他ノルエピネフリン、セロトニン、アセチルコリンなどの神経伝達物質の分泌。脳の動きを肩代わりしてしまう事による依存性の促進。
それから――
「……っ! まさか、【ドーピング】か!?」
健康を害する面が多いニコチンだが、実は筋肉の増強作用がある。
また興奮薬であると同時に、覚醒作用を利用した精神安定薬として使用する事も可能(※西暦2024年のスポーツ法ではアスリートの喫煙は禁止されていないものの、アンチ・ドーピングに抵触していて監視対象になっている)。つまり立派なドーピング薬となる。
「ドーピングに限らず長時間、毒素を使い続ければその分、体内での毒素の製成が速くなり、放出が間に合わず溜まっていき、やがて【器】の許容量を超え中毒症状となる。……度を越せばウミヘビであろうとも、命を落とす」
ユストゥスの口から淡々と語られた事実に、モーズは閉口してしまう。
そしてモーズは自分を責めた。この事態は自身がペガサス教団の少年オニキスに翻弄された所為で、地下へ落ちた際に意識を手放してしまった所為で、事が終わるまで何も出来なかった所為で。
「ラボには常に医療班が待機している。彼らに診せれば、この程度で死にはせん。……あまり、思い詰めるな」
モーズの指先が震えているのを見てか、ユストゥスは落ち着くよう然りげ無く促すと白衣の襟首を掴み、ニコチンから離れた座席にモーズを座らせた。
ニコチンが視界に入ってしまえば、否応なしに自責に走ってしまうとわかっての事だろう。
程なくして車が動き出し、上昇する。ユストゥスも無言で座席に座り、静かに帰還を待つ。
静まり返って、風を切る音と車のエンジン音だけが響く車内。
そのノイズにかき消されるほど小さな声で、クロロホルムはニコチンに声をかけた。
「ねぇ、ニコチン。許容量を超えれば行き着く先は……廃棄だよ?」
クロロホルムの根は気弱で、痛いのも疲れるのも怖いのも嫌いで、ユストゥスと出会うまでろくに災害現場へ訪れる事はなかった。
そんなクロロホルムが現場に赴くようになったのはユストゥスに戦闘センスを買われた事と、そのユストゥスの常に全力で物事と向き合う人間性に惹かれた事と、人間への貢献度を上げる事で得られる優遇措置に興味を持ったから。
例えば人工島アバトンの中での自由度が上がる事。
例えば人工島アバトンの外へ出られる事。
例えば人工島アバトンにはない物を得られる事。
例えば潜入任務など、人間社会を少しだけとは言え味わえる事。
「君はそこまでして、ちょっといい思いをしたいの? ……違うよね」
ニコチンは基本的に、人間に非協力的なウミヘビだ。
アバトン内の立場の確保に興味がない。それどころか管理者たるクスシに対して平気で暴言を吐く。戦闘好きという訳でもなく、外の景色や人間社会への興味も希薄で、物欲も、値の張るタバコぐらいしか求めない。そしてそれは身体を限界まで酷使する程のメリットにはなり得ない。
なのにニコチンは口では文句を言いつつもさして抵抗なく使役に応え、今回に至っては捨て身でクスシを守り切った。
(ニコチンがたまに負傷して帰って来るの、今まで気にした事なかったけど……)
ここまでするからにはきっと、メリットよりも大きなデメリットがある。
(誰と何がどう絡んでいるのかわからなくって……怖いなぁ)
何だか、脅迫めいた取引が裏で交わされている予感がして、クロロホルムは両膝を抱えて縮こまった。
***
カチリ、カチリ。
車の運転席でルービックキューブ6面全ての色を揃え終えた赤毛の車番が、角を指先に乗せてくるくると回転させる。
自動で動くハンドルは問題なし。空中走行も鳥や雷雲に遭遇する事なく安全に進んでいる。
「〈根〉に接触するペガサス教団に、一箇所に集められた多数の感染者に、ニコチンレベルの毒素が効かない信徒に……。これは、波乱の予感」
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