毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第三章 不夜城攻略編

第57話 ウミヘビの涙

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「お疲れ様だったねぇ、ニコ」

 ラボに帰還後。
 中毒症状に陥ったニコチンは速やかにネグラの病棟へ搬送され、十の白いベッドが横2列に並ぶ医務室で寝かされ、点滴を受けていた。
 そのニコチンの負傷の知らせを受けて医務室にやってきたアセトは、ニコチンにかかっている掛け布団を整え労う。

「新人さんも、お疲れ様ぁ」

 またアセトは、ニコチンのベッドの側でずっと付き添っていたモーズも労った。

「いや、私は……」

 労わられたモーズは立ったまま、居心地悪そうに肩を揺らす。
 港からニコチンの後を追いそのまま病棟にやってきたものの、側頭部の怪我の処置はもう済んでいてニコチンの処置も終えていて、自分に出来ることは何もない。それ以前に遠征先でも何も出来ていない。
 ただ、ニコチンから離れられずにここにいる。それだけだ。

「私は何も、していない。それどころか、彼をこの状態に追い込んだのは……私だ」
「あはは。新人さんのお世話が今回のニコの仕事だったんだから、気にする事ないよぉ。そもそもお願いしたの、僕だしねぇ」

 モーズに気を使わせない為か、アセトは微笑みながら静かに眠るニコチンの頬にそっと手を当てた。
 点滴の効果か、彼は車内に居た時よりも呼吸が落ち着いてきている。その事にモーズは少し安堵した。

「少し時間がかかっちゃうけど、ニコはちゃんと起きるから大丈夫。新人さんこそ人間なんだから、休まないと倒れちゃうよぉ?」
「そうかもしれないが、せめて彼が目を覚ますまで、ここに居たくてな」
「う~ん。でもこの感じだと多分、3日はかかるよぉ?」
「3日……!?」

 それはあまりにも長い時間だ。
 初めてラボに向かう道中で、モーズはフリーデンから「ウミヘビは人間ほど睡眠が必要ない」という話は聞いている。活動可能時間が人間に比べ、遥かに長いのだと。
 そんなウミヘビであるニコチンが3日も寝込む必要があるという事は、それほど重症なのだと突き付けられた気がした。

「だからさぁ、お部屋で休もう? 新人さんも、無傷じゃないみたいだしぃ?」
「……気遣い、感謝する。しかし、もう少しだけよいだろうか」

 心の整理がつくまで、もう少しだけ。
 そう願ったが、アセトは眉を下げて困り顔になった。何か不都合があるようだ。

「新人さん。ウミヘビの体液はねぇ、青い血以外はあんまり危険性はないんだけど……発汗が激しい時とか念の為、離れた方がいいんだぁ」
「発汗……?」

 血に汚れニコチンの汗も纏わりついていた衣服は既に処分され、点滴処置を受けた今は呼吸発汗共に落ち着いている。
 なのにアセトは何を心配しているのか、と思案して、モーズはハッと気付いて下を向いていた顔を上げた。

「わかった。私は宿舎に戻ろう」
「ごめんねぇ」

 そのままアセトにニコチンを任せてモーズは医務室を出る。

「……ごめんねぇ。ごめんねぇ」

 その医務室から、震える声でずっと謝罪をするアセトの声が聞こえた。
 『珊瑚』を処分するのはウミヘビの役目で仕事で、ニコチンはその責務を全うしただけで、アセトの謝罪は一体何に対する物なのか。モーズの世話をお願いした後悔、とは違う気がする。
 アセトは後押しはしたものの最初に同行を頼んだのはモーズで、その時点で「ウミヘビに拒否権はない」とニコチンが言う通り、遠征に行くのは決定事項だったはず。
 だから、彼が懺悔のように謝罪を繰り返す理由が、わからない。ただモーズが知っているのは、

 涙も、血液だという事だけだ。

 ◇

 寄宿舎の3階、フリッツの自室。
 彼はそこでユストゥスが球体型カメラ自動人形オートマタで撮影した記録ログ映像を空中に投影し、オニキスとの接触した様子を確認していた。

「この少年はニコチンの毒素を撃ち込まれても平気だった上に、足に穴が空いても立ち上がったと……」
『そうだ。奴をどう見る、フリッツ』

 フリッツが座るベッドの隣から、実際には隣室に居る姿を自動人形オートマタを用いリアルタイムでホログラム投影、かつビデオ通話状態にしたユストゥスが問い掛ける。

「《変異体》、と考えられるね」

 ユストゥスの問い掛けにフリッツはそう断言した。

「ウイルスや細菌と比べたら真菌である『珊瑚』は増殖速度が遅い、つまり変異が遅いけれど、それでも真核生物(※細胞に核のある生物。ミトコンドリアから人間までと幅広い)の中ではダントツのスピードだ。こちらの把握が追い付かないレベルで進化していても何ら可笑しくない」

 常に変異し続ける病に対抗する為、オフィウクス・ラボでも日夜、開発済みの薬の改良研究をしている。
 それは『珊瑚』に限らず、インフルエンザでも麻しんウイルスでも同じ事だ。

「しかもモーズくんの聴こえる声を肯定していた……。彼が聴いていた声は本物だった、か」
『あの子供の言う事を信用するというのか』
「こんな事で嘘をつくとは思えないし、演技にも思えない。僕はこの仮説を前提に研究を進めていこうと思う」

 フリッツは指先でホログラム映像に触れ、記録ログの再生を一度止めるとオニキスの姿をズームにし、彼の顔をまじまじと観察する。

「それにしても昨日の今日でというか、僕が検証する前に事態が動くなんてね。すごーく、びっくりしたよ」
『あのオニキスという子供は、モーズに対し「ステージ3なのに」と驚いた様子だった。恐らく、本来そのステージでは寄生菌のに繋がらないのだろう。……モーズの症状も気になるが、それ以前にオニキスは理性を保った人の姿をしておいて、一体ステージ幾つなんだ?』
「段階を踏まずに《変異体》となった可能性もあるけれど、モーズくんのステージを気にしていた辺り、違う気がするね。ひとまず仮の呼称として【ステージ6】としよう」
『ステージ5の詳細もわからん内に【ステージ6】か。頭が痛くなってくるな』
「真菌は進化に優れた生物だ、仕方ないよ」

 ユストゥスと話しながら、フリッツは地中で放射状に広がる菌糸のホログラム写真も記録ログの隣に反映させた。

「真菌である『珊瑚』は複合生物であり、繋がれば電気信号による意思疎通が出来る。それこそがネットワーク。菌糸が張り巡らされた森の下は、菌類という巨体な一つの脳があるとまで言われている……(※キノコは50個ぐらいの菌類言語を扱って意思疎通をしているという研究があります)
 モーズくんは珊瑚症を罹患しているし、アイギスを寄生させた弾みでネットワークに接続出来るようになってしまったのかな?」
『原種から品種改良したアイギスはオフィウクス・ラボにしかいない。そしてクスシ以外の寄生を所長は禁じている。つまり同じ条件を揃えられる比較対象サンプルがいないぞ』
「そうなんだよねぇ。幾ら考えても客観的な証明がすごーく難しい。保留するしかないか。とりあえず仮説段階とは言えモーズくんが聴こえていた声が感染者の声だった、ってわかったのは大きな成果だ」

 増えた謎よりも得られた仮説の方に興奮が隠せず、フリッツの口角があがる。

「感染者の意識が『珊瑚』なのか人なのかはまだ判別つかないけれど、彼の特性を利用すればより多くの事がわかる。これはすごーく、研究しがいがあるね」
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