毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第四章 一時帰宅編

第70話 防衛戦

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「……っ! 先生、危ないです!」

 動き出した警察官の感染者にいち早く気付いたセレンが、チャクラムでモーズの周囲を牽制しながら駆け寄り、白衣を掴んで足を止めさせる。
 それによってモーズの眼前を横切った菌糸の直撃を免れた。

「す、すまない! 助かった!」

 鼠型の感染者ばかりに気を取られていたが、倒れていた警察官4人はいつの間にか起き上がっており、その身体から急速に菌糸を伸ばし珊瑚礁が纏わり付いているかのような外見となっている。
 ステージ5だ。しかも菌糸を操るレベルに達している。あまりに進行が早過ぎる。そんな感染者達の身体から枝葉のように生えた菌糸は、鼠型を守るように蠢いている。

「じゃ、じゃ、じゃ、邪魔ヲォ、スルなァッ!!」

 特異な現象を怪訝に思った時、ふらつく足で立つ鼠型の感染者が叫ぶように言葉を発した。

「喋った……!?」
「お、お、オレ様は、天啓を、受けタんだ! 珊瑚サマに近付いてオイテ反逆する、《アレキサンドライト》ヲ殺セと! ここニいる筈ナンダッ!!」
「言葉がわかると言うのならば、今すぐ投降したまえ! 人としての意識があるのならば、殺しは大罪と理解しているだろう!?」
「ドコだッ! ドコにいルッ! 必ず、必ずいるハズなんだッ!!」
「っ、予想はしていたが、やはり会話は成り立たないか……っ!」

 特別感。選民思想。使命感。正義感。
 それらを寄生菌『珊瑚』の本能と組み合わされば、対話という対話が不可能になる。
 しかも彼らは悪魔を討伐する正義の使徒気分でいるのだ、こちらの言い分を聞いてくれるのは望み薄。言葉は届かず視野は狭まり、傲慢に振る舞った上で盲信的な突き進む。
 まるで暴走機関車だ。

「先生、先生。落ち着いてください、あの感染者、喋っていないです。正確に言うと人語は話していないです」
「なっ!? しまった、これは〈根)の……! っ、彼は〈根〉になりかけているのか!!」

 セレンの指摘にモーズは鼠型の感染者が喋っているのではなく、電気信号を送ってきている事に気付く。よくよく観察すれば、感染者の足元のコンクリートはいつの間にか尾が突き刺さり、菌糸が血管のように張り巡ってきている。
 ここを菌床とし、〈根〉となる為に。
 そして感染者は【殺ス! 殺セ! 死ネ!】と似たような台詞を繰り返す、壊れたラジカセのようになっている。意味の汲み取れる言葉を発信しているだけで、対話能力自体は見受けられない。
 いや、それ以前の問題だ。主張が合わないから言葉が通じないとかではなく、あの感染者には音自体が聞こえていない。何せ周囲から聞こえる騒がしいサイレンや警報や物音に、一切の反応を示していないのだ。
 目も相変わらず虚で焦点は合っておらず、聴力だけでなく視力もない事が見て取れる。

「……あの感染者は、周囲に舞う胞子や菌糸から発信される、電気信号を受信して状況を把握している可能性があるな」

 そしてモーズは今のところ受信は出来ても発信が出来ない。対話は不可能。
 つまり彼はモーズのみ聞こえる人の声真似をした、災害。

「ここは街中。都会の一端。ステージ6ではない、言葉の通じない感染者は……直ぐに処分をしなくては」
「そうですねぇ」

 セレンは瞬く間に変異していっている警察官の感染者を横目で見ながら、手元に戻ってきたチャクラムを指先でくるくると回す。

「さてお巡りさん、警告です。この先ショッキングな映像が流れますので、どうかご退室ください」
「バ、バイオテロ組織の言う事を聞けと言うのか!? この事態を招いた首謀者もお前達だろう!?」
「人が親切で物を言っているというのに、テロ組織呼ばわりとは酷いですねぇ。もっと端的に申しましょうか? ……巻き込まれたくなければ、失せて頂きたく」

 警告を聞かない警察官に呆れながら、ゾンビのように覚束ない動きでモーズや警察官といった人間へにじり寄ろうとする感染者に向け、チャクラムを投げる。
 そして警察官感染者一人の四肢を、切り落とした。
 つい先程まで同僚だった人間の腕や足がいとも簡単に切断され、吹き飛び、切断面から血吹雪が噴き出す様に、パトカーの陰に隠れる警察達は絶句し、人によっては嘔吐を催してしまう。
 しかしセレンは無慈悲に、トドメと言わんばかりに四肢を失くした感染者の首をもチャクラムで落とした。

「四肢を失くした後に頭を落とせば凶暴化は押さえられる。動けないですからね。それにあのすばしっこい鼠さんが周囲の菌糸や胞子で状況を分析しているのならば、先に取り巻きを死滅させた方が楽に処分出来るかと。ここにはマスクをした方しかおりませんし、毒霧を使うのも手ですよ?」
「成る程。しかしセレン、毒霧は駄目だ。住民の避難がどの程度進んでいるかわからない街中に加え、今の私では浄化が間に合わない」
「おや。手っ取り早くすませられないのは残念ですが、了解です。やはり地道に丁寧に確実に……切り刻んで参りましょうっ!」

 取り巻きの感染者は鼠型を守るように動く。鼠型を狙ってチャクラムを放てば盾になって勝手に被弾をしてくれる。しかし一人目の時のように楽に四肢は奪わせてくれず、伸ばした菌糸で弾いてきた。
 『珊瑚』は電気信号で情報を共有しているので対処の反映が非常に早い。この学習能力も厄介な所である。

(〈根〉ができてしまった以上、急いで菌床から切り離さなくては!)

 モーズは内心焦った。駐車場は目に見える速度で胞子と菌糸と鮮血で赤く染まっていっていて、そのコンクリートからも樹木が生えるように菌糸が伸びてきている。
 うかうかしていたらアパート全体が菌床となり、辺りの生物の養分を奪い、胞子の拡散力が段違いになるアクアリウムと化してしまう。

(セレンがチャクラムで周囲を牽制してくれている今、感染者の背後を取りさえすれば、触手で尾を切り離せる筈だ!)

 そう判断したモーズは、駆け出した。

『これで僕に教えられる事は全部教えたよ』

 頭の中に思い起こされるのは、昨日までにフリッツから教わったアイギスの扱い方。
 シュミレーターの仮想空間の中で、フリッツは教えられる全てを伝えたと言ってくれた。しかし、モーズはアイギスの分離が未だに出来ていない。

『宿主の身体から離れさせるには信頼関係が関わってくるからねぇ。今まで一番早く分離に成功できたクスシでも、一月はかかった。焦らずゆっくり、アイギスとの交流を深めていこう』

 アイギスの分離は上級者向け。
 時間をかける他ないから、気にする事はないとフリッツは宥めてくれた。

『でも一つ忘れないで欲しいのだけれど、アイギスはあくまで《防衛機能》であって、点』

 仮想空間にふよふよと浮かぶオキクラゲ型アイギスの、レースに似た口腕を指先ですくってフリッツはそう言った。

『この子達が力を貸してくれるのは宿主を守る為で、積極的に攻撃する意思はないし、宿主が自ら危地に向かうのをよしとしない。自傷は勿論、特攻とか、命を投げ出す事に利用しようとしても言う事を聞いてくれないだろう。最悪、愛想を尽かされて、宿主から出て行ってしまうかもしれない』

 それはアイギスを扱うに、尤も大切な心構え。

『僕個人としても、モーズくんには自分を大事にして欲しい。決して、無茶はしてはいけないよ?』

「うわぁあああ!!」

 鼠型の背後に向け大回りに走る最中に聴こえた、悲鳴。四肢と首を落とされた一人目の感染者が菌糸で無理矢理、擬似的な手足を生やして警察官を襲おうとしている。
 思わず助けようと、モーズは右手を伸ばし触手を向けようとする。
 しかしアイギスの触手は、出なかった。
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