毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第五章 恋する乙女大作戦編

第96話 乙女の海辺デート…♡

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 アバトンの夜の海は、とても幻想的でした。澄んだ空気の中、夜空の星々は明るくて、ちょっと欠けた月は眩しいぐらいで、懐中電灯なしで砂浜を歩けるレベルです。
 穏やかな波の音もよく聞こえますし、海面にはその美しい夜空が鏡のように映っていて、境界線が曖昧に見えます。全てがキラキラと眩しいです。

「お嬢さん。こっちよ、こっち」

 水銀さんは約束通り、島の西側に位置する海辺で私と付き添いのモーズさんを待っていました。
 そして彼の隣にはなんと、タリウムさんが、いらっしゃいます! しかも黒マスクを外していて素顔を月明かりの下に晒しています!

「ここ、とーっても綺麗でしょう?」
「は、はい! とても綺麗です!」

 特に夜の海をバッグに佇むタリウムさんお綺麗……なんて口には出せないので、私はひたすら水銀さんに向けて頷きます。

「さ、邪魔者は撤収。モーズも来なさいな」
「えっ。私は監視役として離れる訳には……」
「少し距離を置くだけよ。いいから来なさいな」

 え、えええ!?
 水銀さんは問答無用でモーズさんを連れ離れてしまいました! そして私の姿が見える距離にある海辺のベンチに座ってしまいます。
 つまり私はタリウムさんと、2人きりになってしまいました。

「あっ、た、た、タリウム、さん! こ、こんばんは!」
「どもっス」

 挨拶をするだけで噛み噛みになってしまっています。うう、恥ずかしい。

「クリス……さんでしたっけ?」
「はっ、はい! お名前を覚えていただき、嬉しいです!」
「そんな大袈裟な」

 タリウムさんはそう言いながら、私を近場のガゼボにエスコートをしてくれます。
 しかも中のベンチにハンカチを敷いて、私が座るスペースを気遣ってくださいます! うぅ、また心音がドキドキしてきました……!

「えっと、今日は仮想空間での試合、お疲れ様でした! その、正直、怖かったので、貴方に試合を終わらせて貰い嬉しかった、です」
「そっスか」

 タリウムさんはちょっとぶっきらぼうに私の隣に座って、短く返事をしました。
 ち、近いです。仮想空間ではもっと密着していましたけど、あくまで仮想空間であって私達はアバターであって、現実でこんなお近くにいらっしゃるなんて……!

「あぁ、そうだ。忘れないうちに」

 私が悶々と考え込んでいる間に、タリウムさんは腰のポーチから何かを取り出しました。

「これ、受け取って欲しいっス」

 それは銀色の腕輪です。表面も裏側もつるつるとしていて、留め具はなく、腕を通す為に途中で輪が切れているシルバーバングル。
 それを私に差し出してきたのです。

「も、も、貰ってしまっていいのですか!?」
「ウミヘビから変な物受け取ったら気色悪いかもっスけど」
「いえいえ、そんな事ありません!」
「それはよかった。えーと、試合に巻き込んでしまったお詫び、みたいなものなんで。装飾性のない、シンプルなバングルっスけど。怪しいって思うなら、検査でも鑑定でも廃棄でもお好きにどうぞっス」
「そんな事はしませんし、させませんっ!」
「そっスか」

 私は受け取ったシルバーバングルを早速、腕輪型リモコンを付けていない方の右手首に付けてみました。バングルは私の手首にぴったりとくっ付きます。サイズが完璧です。
 ざっと見ても触れても身に付けても、シルバーバングルに細工があるようには感じませんでした。軽くて厚みも然程なく、これでバングルの中側に何か仕込んでいたとしたら凄い技術になります。
 何よりタリウムさんから直接頂いたバングルです! 押収されたく、ありません! 上官向けに私が保持する有用性の説明を考えておかなくては!

「あの、タリウムさんはお詫びをする為に私を呼んでくれたのですか?」
「言っておきますが、俺の発案じゃないっスよ。水銀さんがあーだこーだ手を回してセッティングをして、今に至ります。俺から渡すのが一番詫びになるとか?」

 どうやらシルバーバングルの用意も、海辺にタリウムさんを連れてきたのも水銀さんが色々考えてくれた結果なようです。私がタリウムさんに好意を抱いているのバレバレでしたしね……。
 女性的な柔らかな口調で喋るお方だからか、乙女心の理解が深過ぎる……。
 ちなみにこの海辺にあるガゼボやベンチは、クスシやウミヘビが夕日をまったり楽しめるようにと所長が設置したんだとか。私は所長の姿も名前も知らないのですが、ロマンチストな方なのかも。

「クリスさんがアバトンに来たのは、俺達ウミヘビを知りたかったからでしょう? 大した事は話せないスが、訊きたい事があれば答えるっスよ」

 えっ! 質問!?
 いえ、そもそも私達は視察に来たのですから、答えてくれるのならば訊かなくてはいけませんよね! 何を訊くのが有用でしょうか!? えーっと、えーっと……!

「ご、ご趣味は……!?」
「趣味……?」

 はわわっ!
 つい私の欲望丸出しの質問をしてしまいました……!

「趣味、なんスかねぇ? 趣味、俺の趣味……?」

 タリウムさんは私のトンチキな質問も真面目に考えてくださっています。でも趣味が思い浮かばないようで首を傾げっぱなしです。
 きっとタリウムさんはお仕事にストイックな方なんですね。

「趣味ではなく、お好きな食べ物とかでも! いつかバングルのお返しをしたいので!」
「それだと詫びにならないんスけど……。食べ物は、辛い物が」
「辛い物がお好きなんですね!?」
「いや、単に辛い物ぐらいしか味がわからないってだけっス」

 ……えっ?
 辛い物しか、味がわからない?

「み、味覚障害でしたか? 配慮のない質問をして、ごめんなさい……」
「気にしなくていいっスよ。俺は飯を食う習慣が最近やっと付いてきた、覚えが悪い男ってだけっス」

 タリウムさんはそう言っていますが、厳密に言うと味覚には、辛味を感じる機能はありません。
 辛いと感じているその感覚は、痛覚です。
 なのでタリウムさんには恐らく、身体的な理由で味覚がないか、精神的な理由で感じられないのだと思います。

「あの、その、差し支えなければ、ラボにいらっしゃるの話をお訊きしても……?」
「ラボに来るっスか」

 答えてくれるでしょうか?
 これはウミヘビの事を調査する為というよりも、タリウムさん自身の事が知りたくて、訊いてしまいました。彼のバックボーンには一体、何があるのでしょう?

「その頃の俺は、ただ毎日殺して」

 するとタリウムさんはベンチの手摺りに手の平を置いて、人差し指でトントンと叩き始めました。

「殺して、殺して、殺して、殺して、殺して」

 トン。トン。トン。トン。
 ただ機械的に、無心に、他意なく。雑草を抜く時と同じように、ただの単純作業として。

「言われるがまま命じられるがまま、昼もなく夜もなく、ターゲットの喉笛を引き裂いて心の臓を貫いて、殺していた」

 人を殺していたのだと、仰ってくださいました。
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