毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
126 / 600
第七章 死に損ないのフリードリヒ

第125話 推薦状

しおりを挟む
 裏地が蛇の鱗柄をした奇妙な白衣を羽織った、青髪の美青年が総合病院の廊下を歩く。しかも口に棒飴を咥えて。
 それは冷静に考えると、不審者が院内を闊歩している。という変ちきりんな光景だというのに、その美青年ことシアンの堂々とした佇まいと顔面の圧倒的な美しさから妙に絵になっていて、院内ですれ違う医者も職員も患者もその付き添いも、視線こそ奪われるが何も言えないままだった。
 シアンはと言うと周囲から向けられる数々の視線を全て無視し、インフォメーションの女性に声をかける。

「お姉さん、少しよろしいでっか?」
「は、はい……っ!」
「付属大学の学生さんから、ユストゥス教授はこちらにいらっしゃる。って聞いたんやけど、どこにいらっしゃるやろ? 自力じゃ広すぎて探せそうにないわぁ」
「えっと、恐らくフリードリヒという患者さまが入院しているB棟4階の個室に……」
「馬鹿! 素性がわからない人に個人情報教えちゃ駄目でしょ!?」

 シアンの質問に思わず素直に答えてしまった受付の女性看護師だったが、一緒に受付を担当していた隣の女性事務員に嗜められる。

「教えてくれておおきになぁ! 飴ちゃんあげるわ。あ、そちらのお姉さんも」

 が、ファッション雑誌の表紙を飾るモデル並みの美しい笑顔を向けられてしまった受付2人は思考がフリーズし、その間にシアンは飴を渡すと足早に去ってしまった。

「ほな、失礼しますわ」

 患者でもその関係者でも誰でも、病院では物の受け取りは規則で禁止されている。しかし渡されたのは包装紙でパッキングされた、ただの既製品の飴玉。
 受付2人はその飴玉をゴミ箱に捨てるふりをして、こっそりとポケットに忍ばせたのだった。

 インフォメーションから離れたシアンは、そのまま患者が入院する病室のあるB棟4階まで足を運んで個室を目指す。
 階段近くの見取り図から位置を確認してみると、個室は病棟の一番奥にあり、個室だというのに広々としていて、この階層の看護師常駐の受付からも近く、設備が整った部屋だとわかる。

(フリードリヒ先生と同じ名前の人が入院しているんやっけ? その人、重症なんかなぁ)

 そんな事を考えながらシアンが個室に続く廊下を歩いていると、個室病室の壁に背中を預けて腕を組む、ラボで聞いた特徴を持つ男性が視界に入った。

「おっ! そこにいらっしゃるお兄さんがユストゥス教授でっか?」

 あっさり見付けられた事に喜びつつ、シアンはその男性、ユストゥスへ歩み寄る。

(青い髪……?)

 歩み寄られたユストゥスはシアンの自然ではあり得ない髪色、しかし染めた形跡が一切ない青い髪を訝しんでしまう。

「自分、シアンいいます。よろしゅう」
「シアン……。そのシアンとはもしや、『青酸』のシアンか……!?」

 そこでユストゥスは、シアンの白衣がクスシのフリードリヒが着ていた白衣と同じデザインだという事に気付く。裏地が蛇の鱗柄をしたその白衣はオフィウクス・ラボの制服。
 つまり目の前の青年シアンはラボの関係者、そして奇怪な髪色からウミヘビと呼ばれる有毒人種の筈だ。

「おお! 大正解! 自分、ウミヘビのシアンで」
「クスシは何処だ!?」
「うおっと」

 ユストゥスはすかさずシアンの白衣の襟を掴み、詰め寄った。

「私はクスシと話したい! ウミヘビはクスシと共に行動する規則と聞いた! 近くにいるのだろう!? 今すぐ会わせろ!!」
「クスシの先生は今、深ぁい眠りについていらってなぁ。会いに行っても話せないと思いますわ」
「関係ない! 私はその者を叩き起こしてでも……!」
「叩き起こしてでも、何や?」

 陽気に喋っていたシアンから突如として発せられた、固く低い声に、ユストゥスの背筋がゾッと凍り付く。

にかすり傷一つ付けてみぃ? ……いてまう殺すぞ」

 次いで向けられる、氷のように鋭く冷え切った紫色の瞳。
 そこから感じる殺気は本物で、軍で戦闘訓練を積んだユストゥスだろうと、いや訓練を積んだからこそ、シアンの指先一つで自分は絶命させられると理解してしまう。

「まぁまぁ、深呼吸したってや。自分は喧嘩しに来たんじゃあらへん。ただのお使いや、お使い」

 しかし次の瞬間にはシアンはふっと殺気を収め、ユストゥスの肩をぽんぽんと優しく叩いた。

「推薦状をユストゥス教授に渡しに来たんや」

 そして肩に掛けていた鞄から白い封筒を取り出すと、ユストゥスへ手渡した。これが今回、シアンが病院に足を運んだ理由だ。
 これによってユストゥスはオフィウクス・ラボの入所試験を受ける権利を得たのだ。

「おめでとさん。フリードリヒ先生に熱心にアピールしたのが効いたみたいやで? 今後もその熱意を毎度ぶつけられたらめんど、いや心打たれたからって用意してくれたんよ? 感謝せなあきまへんなぁ」
「……フリードリヒの分は、用意できないか?」
「うん? ですからその推薦状こそフリードリヒ先生の」
「この病室で眠るフリードリヒの分の推薦状だ! 用意できるのか! できないのか!? できないのならば譲る事は可能なのか!!」
「ちょ、ちょっと落ち着きまひょ!?」

 切羽詰まった様子で再び詰め寄って来るユストゥスに、シアンは狼狽してしまう。

「譲るのは不可や! この推薦状はあくまでユストゥス教授の物でしかない!」
「しかしクスシに強請れば推薦を貰えたという事は、更に強請れば推薦の枠を増やせるのでは!? 寄越せ! それが出来ないのならば《アイギス》だけでも手に入れさせろ!!」
「アイギス? アカン、アカン。あれは所長がクスシにしか使用許可を出しとらん生き物や、余所者よそもんに渡せるものちゃう」
「では推薦枠を増やせ! 今すぐ!!」
「自分にそんな権限はあらへんて~っ! わかった、わかった! 所長に直接訊いたってや~!」

 ユストゥスの気迫に根負けしてしまったシアンは、彼に所長と面接が出来るVRゴーグルを手渡す。
 推薦を受ける場合はどの道、貸し渡す予定ではあったが、真っ先に渡すことになった事にシアンは「とほほ」と情けない声を出してしまう。

「ホンマはこれ最終試験なんやけどなぁ。順番あべこべになってもうたわ……。ま、前情報からしてユストゥス教授なら筆記も面接も余裕でしょうけども」

 このゴーグルを用いてVR空間にフルダイブする関係上、椅子に座る必要ができたユストゥスはフリードリヒが眠る病室へ入り、そこのパイプ椅子を使う事とした。
 そしてベッドで静かに横たわるフリードリヒの姿を横目に、ユストゥスはゴーグルを装着する。

「気張ってきてや~」

 ユストゥスが意識をダイブさせる直前、シアンの呑気な声が聞こえた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...