毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第七章 死に損ないのフリードリヒ

第131話 天道虫

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「はぁ~。俺もステージ3以下の薬だけじゃなくて、重症患者用の薬を研究してみようかなぁ」
「私はステージ5感染者の保護する方法を確立する。なるべく早く達成したい目標だが、どう模索していこうか。ユストゥス曰く鎮静剤や麻酔は全く効かないという話だから、いっそコールドスリープ患者のように直接か……?」
「凍らせるなぁ。火炎放射器ならぬ冷気放射器とか作ってみるか? 電力めっちゃかかりそうな装置になりそ……」

 ウィン。
 エントランスの自動扉を開けてラボの外に出ようとしたその時、逆にラボに入ろうとしてきた男にフリーデンがぶつかりそうになる。

「うおっと!」

 直ぐにフリーデンが後ろに下がったから衝突はしなかったものの、入ろうとしてきた男はバランスを崩し転びそうになっていた。
 なんとか踏ん張り転倒を回避し体勢を整え、男はフリーデンを怒鳴り付ける。

「こぉら! ちゃんと前見て歩けぼんくら!!」

 背が少々低めの、裏地が蛇の鱗柄の白衣を着た男性。あと何故かシャツの胸元のボタンを外し開放的にしている、コーヒーのモカの色に似た明るい茶髪を持つ男性。そんな彼の顔は、フェイスマスクで覆われていた。
 黒の斑点模様がついた、橙色天道虫てんとうむしが数匹描かれたデザインのマスク。マスクを付けている以上、ウミヘビではなくクスシ。
 モーズが初めて出会う、クスシ。

「すみません、まさか先輩がいるなんて思いもせずぅ」
「そんな予測も立てられないでよくクスシやってんな!? 注意散漫でいたらあっさり死ぬんだぞ僕達! アバトンでも菌床アクアリウムでもっ!」

 平謝りするフリーデンに対して、クスシは両腕を組んでふんぞり返り、怒り心頭といった様子だ。

「ええと、失礼。名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

 ひとまず話に入ろうとモーズが恐る恐る声をかけてみると、クスシは今モーズの存在に気付いたらしく、ぎょっとしてその場で軽く飛び上がった。

「うわぁあああ!! 知らない人だぁああっ!!」

 そして絶叫しながら大袈裟に後退りする。先程から身振りが大きい。全身で感情表現をしている。

「先輩も注意散漫じゃないですか」
「うるさい! 何のフラグもなしに知らない人が現れるなんて予測、立てられるかぁっ!!」

 天道虫のマスクを付けたそのクスシは、わたわたと慌てた様子でフリーデンの陰に隠れるように移動し、彼の脇腹をぺちんと力のこもっていない右手で叩く。
 別に痛くはないのだろうが、フリーデンからは「理不尽な暴力っ!」という悲鳴があがった。
 クスシはと言うと、そのフリーデンを叩いた右手を直ぐにハンカチで拭いていた。どうもの気があるようだ。

「あの、その、私の名前はモーズと申します。ご連絡はいっているでしょうか?」
「モーズ? そういえば通達で来てた新人のクスシがそんな名前だったなぁ。……新人クスシ!?」

 名前を聞いたクスシは途端にフリーデンの陰からガバッと身体を乗り出し、モーズの前に立つと両腕を後ろで組んで胸を張る。

「んんっ! 質問いいですか!?」
「あっ、はい。どうぞ」
「ご年齢は幾つですか!?」
「は? 歳? ええと、今年で26になります。誕生日がわからないので大凡になるのですが」
「それじゃ実は28歳な可能性も!?」
「いいえ、それはないかと。乳飲児だった時期はわかっているので」
「よっしゃ! 年下確定っ!!」

 年下という事実がわかった途端、ガッツポーズをして喜ぶクスシ(彼は28歳らしい)。マスクの下では目を輝かせているだろうとわかるほど、とてもご機嫌である。
 しかしクスシの挙動が全く理解できないモーズは、助けを求めるようにフリーデンへ顔を向ける。

「うん。意味がわからないだろうけど、先輩にとってめっちゃ大事な事だから付き合ってあげてくれ」
「そ、そうか」

 固く握り締めた拳を掲げひとしきり喜んだクスシは、いそいそとシャツのボタンを閉じ身なりを整えた後、再びモーズへ向き合う。
 そして胸に手を当てて礼儀正しく挨拶をしてきた。

「申し遅れました、モーズさん。僕は7年前からクスシをやっている『パウル』という者です。どうぞよろしく」
「取り繕うの今更過ぎねぇ?」
「フリーデン、お口チャック」

 『パウル』。
 それが天道虫が描かれたフェイスマスクを付けた、クスシの名前。しかも28歳とユストゥス達よりも年若いのに、更に長い間クスシを勤めているとは驚きである。

「7年も! とても長くクスシをやっていらっしゃるのですね。私は2週間と少し前に入所いたしました。それ以前はパラス国の感染病棟で医者を勤めていました。若輩者ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします」
「うぅ……。礼儀正しい……。フリーデンからは感じない絵に描いたような初々しさ……。可愛げ……。品のよさ……」
「俺さらっとディスられてね?」

 パウルはフリーデンを無視し、モーズに詰め寄る。

「と言うかパラスの感染病棟って! もしかしなくとも『ロベルト院長』が勤めているあの感染病棟!?」
「はい。ロベルト院長には大変お世話になりました」
「だよなぁっ! パラスの感染病棟といえばロベルト院長の病棟だもんなぁっ! なら、もう知っているだろうけど、ロベルト院長は医者としての腕が凄いのは勿論、人格者で素晴らしいお人だよなぁ!」
「はい、存じ上げております。オフィウクス・ラボ入所の際の騒動も許して頂いて、近々お詫びをしたいと考えております」

 パウルが口にしたロベルト院長の高い評価。それにモーズが素直に同意すれば、パウルは更にご機嫌になってぱぁっと明るい雰囲気を醸し出した。
 マスクで顔が見えないのに表情豊かな人である。

「僕もロベルト院長にめーっちゃお世話になった身なんだ! 最初は家庭教師として勉強を教えてくれていた先生、ってだけの関係だったんだけど、その後で災害孤児になっちゃった僕を引き取ってくれて、家族として暮らしてたんだ!」
「何と。とても深いご関係だったのですね。存じ上げず申し訳ない。言い訳になってしまいますが、私は感染病棟には1年程しか勤めていなかったのと、感染対策で必要以上の接触は避けていたもので」
「君は確かステージ3なんだろう? 通達で見たよ。最大限感染対策をする姿勢、僕は評価するよ。寧ろロベルト院長の下で働こうと思ったんなら、そのぐらいしなきゃだ」

 ふふん、とパウルはロベルト院長の話を得意げに語る。

「そもそもステージの高い患者を相手にする感染病棟の配属医師になるにはの取得が必須! 何せいざという時は災害を押さえ込む必要があるからね。その上で実績を積み功績を認められてようやく国から配属の推薦がくる、まさにエリート! その分高級取りだけど、研修に赴くことさえハードルが高い! そんな感染病棟の院長になるって事はある意味、クスシになる事よりも凄いんだ! 君も苦労して配属医師になったんだろう? 褒めてつかわす!」
「あぁ、いえ。私が感染病棟に勤める事になったのは国からの推薦ではなく」
「あっ! モーズちょっと待」
「ロベルト院長にお声がけ頂いたからです」

 その直後、しんと、エントランスに静寂が訪れる。
 先程まで元気よく喋っていたパウルが何故か急に黙り込んでしまったのだ。そんな突然のことに、それも原因が全くわからないモーズは、「えっ」と困惑する他なかった。
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