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第九章 《植物型》攻略編
第162話 《アニリン(C6H5NH2)》
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「なんと、柔い」
フルグライトの身体に巻き付いたアイギスの口腕。それはフルグライトの足元から生えた、棘の付いた蔦状菌糸が貫き、引き千切り、いとも簡単に拘束を解いてしまった。
そのままフルグライトは、身体に巻き付いたままだった口腕を蔦状菌糸にはいで貰い、樹洞の外へと捨てる。
アイギスによる拘束が効かない。パウルにとってそれ自体はどうでもよかった。それよりも重要なのは、口腕の剣状棘から注いだ毒がフルグライトに効果を示していない事だ。
人間が食らえば即座に昏倒するレベルの毒が、欠片も効いていない。
やはり黒山羊のマスクを付けたこの男はステージ6だと、パウルは確信した。
「アイギスの毒、全く効いてないね。フリッツの報告通り、クスシじゃ打つ手なしか。……ムカつくなぁッ!」
「では諦めて、退いてくれるだろうか?」
「悔しいけど、僕じゃお前を捕まえられないね」
「ようやく、賢い選択を」
「だから殺すね」
空中に浮遊するアイギスのうち3匹が、引き続き《植物型》の菌糸を引き千切りにかかる。
残り2匹は無数の口腕を樹洞の中へ伸ばし、フルグライトを上から下から真横から、叩きのめそうとする。
拘束ができないのならば仕方がない。毒が効かないのならば仕方がない。
口腕で殴り殺す。または首を絞めて窒息死させる。または五体をもいで欠損死させる。または樹洞から引き摺り出して墜落死させる。または菌糸の壁に押し付けて圧死させる。
殺す。
それがパウルの、選択であった。
「野蛮なことを。私は暴力は、嫌いだよ」
フルグライトがしわがれた声でぼそぼそと喋ったと同時に、《植物型》から生える蔦状菌糸が一気に数を増す。何十もの太かったり細かったり棘が付いていたりする蔦が、パウル目掛けて襲ってくる。
パウルはアイギスの口腕を用い、それらをまとめて縛り死滅させたり、弾き落としたり、力任せに引きちぎったりする。
しかし何分、数が多い。パウルは空中を漂うアイギスを更に分裂させ、手数を増やした。
パウルが乗る個体を含めて、合計8匹ものアイギスが、大木の如く伸びた《植物型》を取り囲むように浮遊する。
「パ、パウル!」
しかしそこで、アイギスの口腕に掴まれたままだった柴三郎から焦った声があがった。
「アイギスは使えば使うほど血ば消耗するんじゃろう!? そんままじゃ失血するんじゃなかと!?」
「……そうだよ」
「なら今すぐやめなっせ!!」
アイギスの数を増やせば、指示を下し続ければ、浮遊させ続ければ、その消費したエネルギーを補充しようとパウルの血が失われてゆく。
過度に扱いすぎれば、宿主が失血死してしまう事もある。そう聞いている柴三郎は、この状況を看過できなかった。
「ここはウミヘビも軍もおるやろう! なんもパウル1人が無理する事はなか!」
「ステージ6は未知の災害なんだ、どんな手を打ってくるかわからない。僕だけで片せそうならそれに越した事は」
「せからしか!!」
パウルの声を遮るように、柴三郎は叫んだ。
「人ん心配は無下にするもんじゃなかぞ!」
「……しんぱ、い」
その時、パウルの耳にか細い声が届いた。少し舌足らずな喋りで、自分を先生と呼び慕ってくれる、ビスクドールの如き美しいウミヘビ。
会議場の屋根の上に乗って、今にも泣きそうな顔を浮かべつつも、蔦状菌糸が暴れる中でも引かないで、ずっとパウルに視線を向けてくれている。
その姿が、家族を失った日の幼い自分と、少し重なった。
「アニリン……」
「先生……。パウル先生……」
そこでパウルは8匹も増やしていたアイギスの内、4匹を手の平サイズまで小型化し自身の胸元へ集め、そこから体内へ収納した。
これでアイギスを使役する負担はグッと減る。そして襲って来る蔦状菌糸は残りの4匹と、アニリンで捌けば十分だ。
「アニリン。あいつ染めて」
「あいっ!」
パウルは、アニリンへ指示を出した。
やっと自分の方を向いてくれた事にアニリンはパッと明るい笑みを浮かべると、グレードランチャー状の抽射器を構えて発砲する。紫色に発光する弾丸が蔦状菌糸の1つに当たり、穴を空けた。
しかしそれだけでは終わらない。
弾丸を受けた箇所から、青黒い色が広がってゆく。まるで蔦状菌糸の中に根を張るように細く、長く。やがて青黒い色は《植物型》の幹まで到達し、真っ赤な菌糸の表面に、血管のような模様を作ってゆく。
そして何箇所か、青黒い色の塊が浮かび上がってくる。細い糸状の模様ではなく、丸い、水玉のような模様。
「どいつが〈根〉かな?」
その水玉模様目掛けて、パウルはアイギスの口腕を伸ばした。
ベリベリベリ。ミシミシミシミシッ
ピンポイントに狙いを定め、菌糸を剥ぎ、穴を空け、押し広げる。掘ってゆく。
すると掘り進めたそこには、全身から蔦状菌糸を生やす――感染者の姿があった。
「《植物型》が作る菌床の厄介な所は〈根〉が他の感染者共々、菌糸の中に潜り込んじゃって、居場所を突き止めるのが大変な所だけど……。見えないなら色をつければいい」
アニリンの毒素の効能。その内の1つは、『組織染色』。
細胞を染めあげ特定の物質を可視化する事が可能で、それを応用し菌糸の中に身を隠した感染者の居場所を筒抜けにできるのだ。
それによって判明した、《植物型》の中にいる感染者はざっと10人。この感染者達の誰が〈根〉なのかはわからないが、全員を引き抜いてしまえばそのうち当たるだろう。
そして〈根〉を失えば、肥大化した菌床は形を保てず、崩れる。
「後輩も回収した事だし、お前は崩落に巻き込まれてくれる?」
パウルはフルグライトに猛攻を仕掛けていた時に、アイギスの口腕でさり気なく回収していたモーズをフルグライトへ見せ付け、挑発をする。
すると不可解なほどに落ち着き払っていたフルグライトが、初めて動揺を見せた。
「何をするんだ。返してくれたまえ」
「いやお前のじゃないし。こんなんでも僕の後輩だし」
「彼は力任せで暴力的な君達、野蛮人とは異なる適合者だ。勿体無い」
「ピーチクパーチクうるさいなぁ。言っとくけど僕はもうお前の相手しないよ?」
そこでパウルはアイギスの上に座り込み、徐々に降下してゆく。戦線離脱する気である。
「逃げる気かい?」
「逃げるよ」
「クスシが、『珊瑚』を放ったまま?」
「うん。だって、そろそろ来るからね」
直後、轟音と共に会議場の屋根が割れ、《植物型》の幹が、大きく斬り裂かれる。
「除草剤が」
▼△▼
補足
アニリン(C6H5NH2)
別名、ベンゼンアミン、アニリン油など
日本では劇物に指定されていると同時に、引火しやすいので危険物にも指定されている。
用途としてはゴムの原料や農薬や革の仕上げや、染料の製造に使われる。
吸入すると皮膚や粘膜が青黒くなったり、頭痛、吐き気、意識不明などの症状が出てしまう。
なお本編で書かれた細胞(組織)内の特定の物質を可視化する、アニリンによる『組織染色』は、現実でもよく使われている手法である。
アニリンが慕う誰かさんのモデルは片っ端から細胞組織を染めていたとか何とか。
外見について
アニリン自体は無色または褐色の油状液体だが、鑑別方法である『さらし粉を加えると赤紫色になる』ことが有名なので、そこから髪色をつけた。
フルグライトの身体に巻き付いたアイギスの口腕。それはフルグライトの足元から生えた、棘の付いた蔦状菌糸が貫き、引き千切り、いとも簡単に拘束を解いてしまった。
そのままフルグライトは、身体に巻き付いたままだった口腕を蔦状菌糸にはいで貰い、樹洞の外へと捨てる。
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人間が食らえば即座に昏倒するレベルの毒が、欠片も効いていない。
やはり黒山羊のマスクを付けたこの男はステージ6だと、パウルは確信した。
「アイギスの毒、全く効いてないね。フリッツの報告通り、クスシじゃ打つ手なしか。……ムカつくなぁッ!」
「では諦めて、退いてくれるだろうか?」
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残り2匹は無数の口腕を樹洞の中へ伸ばし、フルグライトを上から下から真横から、叩きのめそうとする。
拘束ができないのならば仕方がない。毒が効かないのならば仕方がない。
口腕で殴り殺す。または首を絞めて窒息死させる。または五体をもいで欠損死させる。または樹洞から引き摺り出して墜落死させる。または菌糸の壁に押し付けて圧死させる。
殺す。
それがパウルの、選択であった。
「野蛮なことを。私は暴力は、嫌いだよ」
フルグライトがしわがれた声でぼそぼそと喋ったと同時に、《植物型》から生える蔦状菌糸が一気に数を増す。何十もの太かったり細かったり棘が付いていたりする蔦が、パウル目掛けて襲ってくる。
パウルはアイギスの口腕を用い、それらをまとめて縛り死滅させたり、弾き落としたり、力任せに引きちぎったりする。
しかし何分、数が多い。パウルは空中を漂うアイギスを更に分裂させ、手数を増やした。
パウルが乗る個体を含めて、合計8匹ものアイギスが、大木の如く伸びた《植物型》を取り囲むように浮遊する。
「パ、パウル!」
しかしそこで、アイギスの口腕に掴まれたままだった柴三郎から焦った声があがった。
「アイギスは使えば使うほど血ば消耗するんじゃろう!? そんままじゃ失血するんじゃなかと!?」
「……そうだよ」
「なら今すぐやめなっせ!!」
アイギスの数を増やせば、指示を下し続ければ、浮遊させ続ければ、その消費したエネルギーを補充しようとパウルの血が失われてゆく。
過度に扱いすぎれば、宿主が失血死してしまう事もある。そう聞いている柴三郎は、この状況を看過できなかった。
「ここはウミヘビも軍もおるやろう! なんもパウル1人が無理する事はなか!」
「ステージ6は未知の災害なんだ、どんな手を打ってくるかわからない。僕だけで片せそうならそれに越した事は」
「せからしか!!」
パウルの声を遮るように、柴三郎は叫んだ。
「人ん心配は無下にするもんじゃなかぞ!」
「……しんぱ、い」
その時、パウルの耳にか細い声が届いた。少し舌足らずな喋りで、自分を先生と呼び慕ってくれる、ビスクドールの如き美しいウミヘビ。
会議場の屋根の上に乗って、今にも泣きそうな顔を浮かべつつも、蔦状菌糸が暴れる中でも引かないで、ずっとパウルに視線を向けてくれている。
その姿が、家族を失った日の幼い自分と、少し重なった。
「アニリン……」
「先生……。パウル先生……」
そこでパウルは8匹も増やしていたアイギスの内、4匹を手の平サイズまで小型化し自身の胸元へ集め、そこから体内へ収納した。
これでアイギスを使役する負担はグッと減る。そして襲って来る蔦状菌糸は残りの4匹と、アニリンで捌けば十分だ。
「アニリン。あいつ染めて」
「あいっ!」
パウルは、アニリンへ指示を出した。
やっと自分の方を向いてくれた事にアニリンはパッと明るい笑みを浮かべると、グレードランチャー状の抽射器を構えて発砲する。紫色に発光する弾丸が蔦状菌糸の1つに当たり、穴を空けた。
しかしそれだけでは終わらない。
弾丸を受けた箇所から、青黒い色が広がってゆく。まるで蔦状菌糸の中に根を張るように細く、長く。やがて青黒い色は《植物型》の幹まで到達し、真っ赤な菌糸の表面に、血管のような模様を作ってゆく。
そして何箇所か、青黒い色の塊が浮かび上がってくる。細い糸状の模様ではなく、丸い、水玉のような模様。
「どいつが〈根〉かな?」
その水玉模様目掛けて、パウルはアイギスの口腕を伸ばした。
ベリベリベリ。ミシミシミシミシッ
ピンポイントに狙いを定め、菌糸を剥ぎ、穴を空け、押し広げる。掘ってゆく。
すると掘り進めたそこには、全身から蔦状菌糸を生やす――感染者の姿があった。
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そして〈根〉を失えば、肥大化した菌床は形を保てず、崩れる。
「後輩も回収した事だし、お前は崩落に巻き込まれてくれる?」
パウルはフルグライトに猛攻を仕掛けていた時に、アイギスの口腕でさり気なく回収していたモーズをフルグライトへ見せ付け、挑発をする。
すると不可解なほどに落ち着き払っていたフルグライトが、初めて動揺を見せた。
「何をするんだ。返してくれたまえ」
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「彼は力任せで暴力的な君達、野蛮人とは異なる適合者だ。勿体無い」
「ピーチクパーチクうるさいなぁ。言っとくけど僕はもうお前の相手しないよ?」
そこでパウルはアイギスの上に座り込み、徐々に降下してゆく。戦線離脱する気である。
「逃げる気かい?」
「逃げるよ」
「クスシが、『珊瑚』を放ったまま?」
「うん。だって、そろそろ来るからね」
直後、轟音と共に会議場の屋根が割れ、《植物型》の幹が、大きく斬り裂かれる。
「除草剤が」
▼△▼
補足
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日本では劇物に指定されていると同時に、引火しやすいので危険物にも指定されている。
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吸入すると皮膚や粘膜が青黒くなったり、頭痛、吐き気、意識不明などの症状が出てしまう。
なお本編で書かれた細胞(組織)内の特定の物質を可視化する、アニリンによる『組織染色』は、現実でもよく使われている手法である。
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