毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十章 イギリス出張編

第196話 イギリス感染病棟

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 ステージの進んだ珊瑚症患者が診察、緩和ケア、投薬、または入院をする感染病棟。
 珊瑚症の治療方法がない現在、そこは終末期医療を受ける施設として各国に一つは用意されている病棟だ。感染病棟ではステージ4まで進行した患者を安楽死または冷安室へ移転するシステムと、入院中の患者がステージ5へ進行した場合の対処方法こそシステム化されているが、その他の細かい設備や規約は各国での特色が色濃く出る。
 例えばここイギリスの感染病棟では病棟が首都ロンドンから離れた郊外に建てられているのもあり、外出の難しい入院患者が珊瑚症以外の治療ケアも受けられるよう、あらゆる専門医が揃えられた総合病院の側面も持っている。
 また広大な敷地を用いて、患者が一定時間好きに過ごせる薔薇の庭園が用意されている。ちなみに薔薇の開花時期が過ぎれば他の草花も咲き乱れるのだそうだ。
 植物園に近い庭園。それを不治の病を患う患者達の憩いの場になるよう開放している。

「この庭園はフローレンス看護師長が患者に安らぎをと、私財を投げ打って後から増築した場所でして……」
「とても綺麗な場所ですね。私も以前、パラスの感染病棟に勤めておりましたが、噴水とベンチと花壇がある程度で、流石にここまでの広さはなかった」

 病棟の庭園は成人男性の背丈を超えるほどの高い生垣が、入り組むように植えられていて迷路のような作りとなっている。
 大人でも迷い込めば帰ってこられなさそうに思える、薔薇の迷宮ラビリンス

「患者さんを見失ったりしないのですか?」
「院内と同じく各所に監視カメラを設置していますから大丈夫ですよ。自動人形オートマタも巡回しております。それでも迷子になった者が出た場合、サーモグラフィーで見付ける事もできます」
「成る程。勉強になります」

 上から見ると生垣は薔薇の形になっているんですよ、などというエドワードからの豆知識を聞きながらモーズが迷宮を歩いていると、生垣の曲がり角からサッカーボールを持った子供が2人、姿を現した。

「エド先生~っ!」
「エド先生だ~っ!」

 その子供達はエドワードの姿を見るや否や、彼の元まで駆け寄って周りをくるくる回り出す。

「あ、お前達。担当医の側から離れちゃ駄目だろうっ」
「でもいつもはエド先生が遊んでくれるじゃん」
「ねぇねぇ、サッカーしようよ~。パス練習したいっ」
「今日は駄目だ。お客様を相手にしているからね、また今度」
「ちぇ~」
「付き合い悪い~」
「いい子にしていたら、クッキーをあげるから。……フローレンス看護師長には内緒だぞ?」
「本当?」
「約束だかんね~っ」

 クッキーを貰う約束を交わした子供達はまだ名残惜しそうにしつつも、ボールをパスし合いながら迷宮の奥へと姿を消した。
 2人とも入院している身ながらのびのびと、明るく楽しく過ごしている。

「慕われているのですね」
「あははは。お恥ずかしいところを。親しまれているのは嬉しいのですが、ちょっと舐められているかなと思う事もあります。一応、副院長なんですけどね」

 子供達にあまり威厳を覚えられていない事を気にしている風なエドワードだが、その声に悲壮感は全くない。
 子供達が健やかに過ごせていれば、それでいいのだろう。

「そうそう。食堂では追加料金でアフタヌーンティーを楽しめるプランがありまして。それを庭園に持ってきて楽しむ患者さんもいらっしゃるのですよ」
「とても優雅なひと時を過ごせそうでよいですね」
「はい、患者さんからも好評です。……ここに入院する方々は、基本的に帰れませんから。少しでも心休まる時を、過ごして頂きたくて」

 そう話すエドワードの右手は固く握り締められていて。ままならない現状に、心の内では歯噛みしている事を察せられた。

「あら。アフタヌーンティーが楽しめるのですって、砒素。ボクも後で頂こうかしら」
「花見といえば酒じゃろう、酒」
「呑兵衛ねぇ。どうせちょっとやそっと呑んでもボクらは酔えないのだから、最初からノンアルコールを楽しむ方が有意義でしょうに」
「わかっとらんのぅ、水銀は。酒は薬じゃ、薬。酔わずとも呑めば呑むほど身体に効くものじゃっ」
「呑兵衛の詭弁じゃないの、それ」

 モーズとエドワードが進む後ろでは、水銀が薔薇の香りを楽しみながら砒素と嗜好品について意見を交わしていた。
 そんな和やかな時が過ぎる中、カールは最後尾で一言も言葉を発しないまま、何なら視線も案内役のエドワードには向けず、病棟の方へ意識を向けているようだった。

「カール? 随分と大人しいけれど、何か気になるのかしら?」
「ん~? いんやっ! ジョン院長はモーズちゃんに集中して欲しいみたいだからね~。俺ちゃん邪魔にならないよう、自重し、て、る、のっ!」
「アンタの中の辞書に『自重』なんて言葉があった事に驚きよ」
「銀ちゃんひっどぉ~いっ!!」

 水銀が話しかければいつもの調子で返事を返してくれはするものの、いつもよりはキレがない。

「ま、心配事が幾つもあって、ちょーっと上の空っていうのは、ある。かもっ⭐︎」

 その事はカール自身、自覚しているらしく、身振り手振りを加えて誤魔化すように肯定した。

「でも銀ちゃんは気にしなくていいよ~! ……考えるのは、クスシの仕事だからねぇ」

 ◇

「フローレンス、届いたか?」
「いいえ、届いておりません」

 その頃、院長室ではジョンがホログラム映像に病棟の間取り図を投影しながら、フローレンスへいつもの問い掛けをし、いつもの返事を返されていた。

「ジョン院長。病棟の設備を見ているようですが、セキリュティに不備がありましたか?」
「いいや。ただ、大規模停電が起きた際に想定される惨事をシミュレートしているだけだ」
「院内には自家発電機器が複数ございます。配電が復活しなくとも5日は保つ計算になりますが、それでも足りないと?」
「その自家発電機器が使えなかった場合を想定している。物資はある。食料や薬品の欠品はそうそう起きない。生命維持装置を使用している患者は現在、8人。手動蓄電池で賄える。電子カルテや電子連絡網をある程度、アナログに移行。これも手間はかかるがさしたる障害にはならない。問題は、停電発生中にステージ5感染者が現れた場合か……」
「おじさま」

 ホログラム映像の前に立つジョンの真横からソプラノ声が聞こえてきて、ジョンは反射的に言葉を止めてしまう。

「頭を使って、疲れないかしら? 紅茶でも飲んで、休みましょう? 角砂糖は幾ついるかしら? それともミルクの方が、お好き?」

 自身の左隣に、少女が立っている。
 レースとフリル、リボンをふんだんにあしらった真っ黒いドレスを着た、ツインテールの少女が。

「フローレンス」
「はい。まだ、届いておりません」

 しかしジョンと向かい合うように立つフローレンスには、このビスクドールのような少女の姿は見えていない。

「……いや、あぁ、そうか」
「ジョン院長?」
「何でもない。近々、国連軍と提携を取る算段をつけるぞ。隔離病棟のスプリンクラーやシャッターに誤作動が起きた場合を想定し、対策を練る。連絡を取っておいてくれ」
「承知いたしました、ジョン院長」
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