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第十九章 狂信者のカタリ
第398話 風評被害
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◇
「《ウミヘビ》と呼ばれる、特殊部隊の名前を聞いた事がありませんか?」
荘厳な音楽とともに、動画の冒頭には重厚な教会のシルエットが映る。光の中からゆっくりと現れるのは、ペガサスのエンブレムがあしらわれた黒服を身に纏ったアレキサンドライトだ。
彼は端整な微笑みをたたえながらも、どこか冷ややかな光を宿した瞳で、カメラの向こうの誰かへ語りかける。
「あれは部隊名ではなく、種族名……悪魔の事を指してそう呼んでいるのです」
彼の問いに答える者はいない。
しかし、ふと画面が切り替わる。『珊瑚』に侵されたアパートのガレージ、赤黒く染まったコンクリートの上に転がる感染者――頭部や四肢を失った、痛々しい遺体。
それらは映像を観る者の恐怖を煽る。
「ウミヘビは身体に毒を宿す怪物です。人の形をして他者を惑わし殺す、まさに悪魔。害悪でしかない存在。絶滅させるべきだと、思いませんか?」
次に映るのは、携帯端末で撮影したのだろう、手ブレの多い映像。
常人では成し得ない反応速度で動く人影が、感染者の首をへし折る場面。映像はぼやけているが、生身で対抗することは不可能なはずの感染者を素手で対処しているのがわかる。
それが伝わるだけで異質であった。
「ウミヘビを少しでも恐ろしいと感じましたら、ぜひ『秘密の楽園』へお越しください。貴方や貴方の家族、大切な人へ蔓延る魔の手から守ってみせましょう」
最後に画面は教会へと戻り、その前に立つアレキサンドライトは、祈るように両手を胸元で組み、ゆっくりと微笑む。
世界最大の動画共有サイトに投稿された動画は、それで終わった。
その動画は投稿されてから間を置かず国連によって削除されたものの、それを視聴した人々は匿名掲示板へ賛同と不安を書き連ね、やがてウミヘビへの憎悪が入り混じった声が溢れ返る。
また動画自体、完全に消える事はなく、ネットの中ではコピーが溢れ返り、デジタルタトゥーとして刻み込まれていく。
例え全ての動画の消去に成功したとしても、視聴した人々の記憶まで消すことは叶わない。
悪印象は、残ったままになる事だろう。
◇
「これは……『ガレージ上の英雄事件』の映像か」
人工島アバトンから遥か西の果て、国際連盟秘密警察アメリカ支部の会議室にて。
マイクは証拠として保存したアレキサンドライトの動画を、パソコンで繰り返し視聴していた。
「モーズ医師が暮らしてたアパートで起きた事件ですよね? 伝説の始まりっ!」
マイクの隣の席に座っていた部下『ビリー』が興奮気味に言う。
モーズが衆目を集めるようになった一番最初の事件、パラス国のエールコレ街道沿いにあるアパートで珊瑚症感染者が出現し、そのまま駐車場で菌床を展開。軍が対処しなければならないレベルの災害となってしまった所に、勇敢にも立ち向かったモーズがたった一人で解決を成してしまった(※第四章参照)。
と、世間に伝わっているものの――この動画には消された筈の『ウミヘビ』が映っている。
(このポニーテールの男は『セレン』。こっちの一瞬映っている赤毛は……『テトラミックス』だったか)
マイクは頭の中でウミヘビの顔データと照合し、映っている者の名を特定する。
ウミヘビに関する情報は厳しい規制がかかり、如何なる報道にも乗らないよう検閲される。にも関わらず、ウミヘビが映った動画が流出しているという事は――
「あの事件は街中で起きたというだけあり、目撃者が大勢いた。その目撃者が撮影していた映像記録だろうな」
「じゃあアレキサンドライトの正体は、パラス国民って事ですかね!?」
「安直に考えるな、動画投稿者が撮影した本人とは限らないだろう。寧ろ今回の為に提供して貰った可能性の方が高い。問題はどういった経緯で、となるが……」
「今は何処だろうとオンラインで送り放題ですものね~。ディスクに焼いて物理的に送る、って時代に逆行した手も使えますけどっ! あっ、動画で言っている『秘密の楽園』とか独自サーバーの暗喩っぽくないですか!? 怪しい~っ!」
「そうだな。尤もこの分野はサイバー課の分野だ。調査はそちらが進めてくれる」
「えぇ~っ!?」
情報を集め犯人を辿る、という刑事のような仕事を期待していたらしいビリーから不満の声があがる。
マイクは「所属を忘れるな」と、ビリーの額を呆れながら小突く。
「私としてはこの動画の配信によって、国連への風当たりが強くなる事の方がよほど頭が痛い」
「えっ? 国連への、ですか? 動画はウミヘビをすっごい貶していますけど。投稿主はウミヘビを管理するラボへの風評被害をしたいんじゃ?」
「ラボをよく思っていない人間は、アレキサンドライトに限らず大勢いる。国連なんてその筆頭だ」
「えぇ~っ!? ラボを管理しているのは国連なのに~っ!?」
ビリーが大声で驚嘆する。
マイクはいちいち騒ぐな、と軽く苦言を伝えたものの強くは言わなかった。最近国連警察に配属され内情を知らない者からすれば、驚くのも無理はないと理解しているからだ。
オフィウクス・ラボは国連管理下組織。珊瑚症に特化した研究機関。
所属している人間は研究者であり、政府の要人ではない。
だと言うのにウミヘビという武力、大国の国家予算並みの財力、時には国連へ協力要請という名の命令が下せる権力。と、ラボが所持している力は大きく強い。となれば、それに不満や疑問を抱く者も当然出てくる。
ラボへ直接、視察に赴いたかつてのマイクのように。
「『今回の騒動はラボを解体したい国連が引き起こしたんじゃないか』、とラボに言われてみろ。追い詰められるのはこちらだぞ」
「なっ、何でですか~!? こっちは一生懸命捜査しているのに~!」
「ウミヘビの映像が、国連の検問を潜り抜けて広まっているんだ。今まではウミヘビの髪の毛一本映り込もうならば瞬時に削除し、拡散を防いでいたのに失敗してしまっている。その点を指摘されれば疑惑を否定し切れない」
ただでさえ国連側はマイクの元部下、つまり国連警察のネフェリンが《暁の悲劇》という大災害を引き起こしているのだ。
しかもその尻拭いをこなしたのは、他でもないオフィウクス・ラボ。
「今の状態で国連の関与を否定する材料を用意できなければ、ラボからの信頼を失い、提携を絶ってくる可能性がある。そうなると今後、大規模な菌床が発生した際の対処が非常に厳しくなる」
「でもラボの予算って国連から出ているじゃないですか。立ち行かなくなるんじゃ?」
「スポンサーは国連以外も存在する。そもそも誰に頼らなくとも、その気になればラボは幾らでも荒稼ぎができる」
そう話すマイクの脳裏に浮かぶのは、ウミヘビだ。
彼らの毒素を用いれば、毒や薬の製造が可能。量を確保するのに日数は必要だろうが、逆に言うと日数さえ確保すれば枯渇しない。
実質、無尽蔵の資源を持っていると言っていい。
「ウミヘビの数が少なかった創立当初ならいざ知らず、今は世界をひっくり返せる数のウミヘビがいるからな。ここで管理下から抜けられてしまったら、手が付けられないぞ」
「《ウミヘビ》と呼ばれる、特殊部隊の名前を聞いた事がありませんか?」
荘厳な音楽とともに、動画の冒頭には重厚な教会のシルエットが映る。光の中からゆっくりと現れるのは、ペガサスのエンブレムがあしらわれた黒服を身に纏ったアレキサンドライトだ。
彼は端整な微笑みをたたえながらも、どこか冷ややかな光を宿した瞳で、カメラの向こうの誰かへ語りかける。
「あれは部隊名ではなく、種族名……悪魔の事を指してそう呼んでいるのです」
彼の問いに答える者はいない。
しかし、ふと画面が切り替わる。『珊瑚』に侵されたアパートのガレージ、赤黒く染まったコンクリートの上に転がる感染者――頭部や四肢を失った、痛々しい遺体。
それらは映像を観る者の恐怖を煽る。
「ウミヘビは身体に毒を宿す怪物です。人の形をして他者を惑わし殺す、まさに悪魔。害悪でしかない存在。絶滅させるべきだと、思いませんか?」
次に映るのは、携帯端末で撮影したのだろう、手ブレの多い映像。
常人では成し得ない反応速度で動く人影が、感染者の首をへし折る場面。映像はぼやけているが、生身で対抗することは不可能なはずの感染者を素手で対処しているのがわかる。
それが伝わるだけで異質であった。
「ウミヘビを少しでも恐ろしいと感じましたら、ぜひ『秘密の楽園』へお越しください。貴方や貴方の家族、大切な人へ蔓延る魔の手から守ってみせましょう」
最後に画面は教会へと戻り、その前に立つアレキサンドライトは、祈るように両手を胸元で組み、ゆっくりと微笑む。
世界最大の動画共有サイトに投稿された動画は、それで終わった。
その動画は投稿されてから間を置かず国連によって削除されたものの、それを視聴した人々は匿名掲示板へ賛同と不安を書き連ね、やがてウミヘビへの憎悪が入り混じった声が溢れ返る。
また動画自体、完全に消える事はなく、ネットの中ではコピーが溢れ返り、デジタルタトゥーとして刻み込まれていく。
例え全ての動画の消去に成功したとしても、視聴した人々の記憶まで消すことは叶わない。
悪印象は、残ったままになる事だろう。
◇
「これは……『ガレージ上の英雄事件』の映像か」
人工島アバトンから遥か西の果て、国際連盟秘密警察アメリカ支部の会議室にて。
マイクは証拠として保存したアレキサンドライトの動画を、パソコンで繰り返し視聴していた。
「モーズ医師が暮らしてたアパートで起きた事件ですよね? 伝説の始まりっ!」
マイクの隣の席に座っていた部下『ビリー』が興奮気味に言う。
モーズが衆目を集めるようになった一番最初の事件、パラス国のエールコレ街道沿いにあるアパートで珊瑚症感染者が出現し、そのまま駐車場で菌床を展開。軍が対処しなければならないレベルの災害となってしまった所に、勇敢にも立ち向かったモーズがたった一人で解決を成してしまった(※第四章参照)。
と、世間に伝わっているものの――この動画には消された筈の『ウミヘビ』が映っている。
(このポニーテールの男は『セレン』。こっちの一瞬映っている赤毛は……『テトラミックス』だったか)
マイクは頭の中でウミヘビの顔データと照合し、映っている者の名を特定する。
ウミヘビに関する情報は厳しい規制がかかり、如何なる報道にも乗らないよう検閲される。にも関わらず、ウミヘビが映った動画が流出しているという事は――
「あの事件は街中で起きたというだけあり、目撃者が大勢いた。その目撃者が撮影していた映像記録だろうな」
「じゃあアレキサンドライトの正体は、パラス国民って事ですかね!?」
「安直に考えるな、動画投稿者が撮影した本人とは限らないだろう。寧ろ今回の為に提供して貰った可能性の方が高い。問題はどういった経緯で、となるが……」
「今は何処だろうとオンラインで送り放題ですものね~。ディスクに焼いて物理的に送る、って時代に逆行した手も使えますけどっ! あっ、動画で言っている『秘密の楽園』とか独自サーバーの暗喩っぽくないですか!? 怪しい~っ!」
「そうだな。尤もこの分野はサイバー課の分野だ。調査はそちらが進めてくれる」
「えぇ~っ!?」
情報を集め犯人を辿る、という刑事のような仕事を期待していたらしいビリーから不満の声があがる。
マイクは「所属を忘れるな」と、ビリーの額を呆れながら小突く。
「私としてはこの動画の配信によって、国連への風当たりが強くなる事の方がよほど頭が痛い」
「えっ? 国連への、ですか? 動画はウミヘビをすっごい貶していますけど。投稿主はウミヘビを管理するラボへの風評被害をしたいんじゃ?」
「ラボをよく思っていない人間は、アレキサンドライトに限らず大勢いる。国連なんてその筆頭だ」
「えぇ~っ!? ラボを管理しているのは国連なのに~っ!?」
ビリーが大声で驚嘆する。
マイクはいちいち騒ぐな、と軽く苦言を伝えたものの強くは言わなかった。最近国連警察に配属され内情を知らない者からすれば、驚くのも無理はないと理解しているからだ。
オフィウクス・ラボは国連管理下組織。珊瑚症に特化した研究機関。
所属している人間は研究者であり、政府の要人ではない。
だと言うのにウミヘビという武力、大国の国家予算並みの財力、時には国連へ協力要請という名の命令が下せる権力。と、ラボが所持している力は大きく強い。となれば、それに不満や疑問を抱く者も当然出てくる。
ラボへ直接、視察に赴いたかつてのマイクのように。
「『今回の騒動はラボを解体したい国連が引き起こしたんじゃないか』、とラボに言われてみろ。追い詰められるのはこちらだぞ」
「なっ、何でですか~!? こっちは一生懸命捜査しているのに~!」
「ウミヘビの映像が、国連の検問を潜り抜けて広まっているんだ。今まではウミヘビの髪の毛一本映り込もうならば瞬時に削除し、拡散を防いでいたのに失敗してしまっている。その点を指摘されれば疑惑を否定し切れない」
ただでさえ国連側はマイクの元部下、つまり国連警察のネフェリンが《暁の悲劇》という大災害を引き起こしているのだ。
しかもその尻拭いをこなしたのは、他でもないオフィウクス・ラボ。
「今の状態で国連の関与を否定する材料を用意できなければ、ラボからの信頼を失い、提携を絶ってくる可能性がある。そうなると今後、大規模な菌床が発生した際の対処が非常に厳しくなる」
「でもラボの予算って国連から出ているじゃないですか。立ち行かなくなるんじゃ?」
「スポンサーは国連以外も存在する。そもそも誰に頼らなくとも、その気になればラボは幾らでも荒稼ぎができる」
そう話すマイクの脳裏に浮かぶのは、ウミヘビだ。
彼らの毒素を用いれば、毒や薬の製造が可能。量を確保するのに日数は必要だろうが、逆に言うと日数さえ確保すれば枯渇しない。
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