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第二十章 真っ赤な嘘
第423話 縁木求魚
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「理想としては奇襲による教祖の処分でしたが……。残念ながら、それには至りませんでしたね」
そう言って、ユワは自嘲する。
奇襲役として徐福が裏で抜擢したパラチオンと、その補佐として選抜したアコニチン。
2人の猛攻で教祖を打ち倒せたら、と希望的観測を抱いていたのだが、そう都合よく事は運ばず、今までのらりくらりと生き延び続けていた通り、教祖は仕留められなかった。
「しかしマーキングには成功した。もう、隠れる事はできませんよ」
絶え間ない銃弾の雨に紛れ、ユワが放った一撃。
完全なる死角、意識の外からの不意打ち。この日の為に存在感を消してきた成果が実り、ユワは見事に教祖の顔へマーキングを撃ち込めた。
ウミヘビが刻んだマーキングは、対象を蝕み続ける。セレンがフルグライトに付けたマーキングが何年経っても消えないように、顔を変えようと細胞を剥ぎ取ろうと、まるで呪いのように居座り続ける。
それだけ深く、遺伝子を組み替える程に深く、マーキングありきの姿が正しい形なのだと脳が錯覚を起こす程に深く、執念を持って刻み付けるのだ。
これで教祖は、己の正体を偽れなくなった。
「そのペガサス教団の教祖ってそんなに厄介な奴なんですか? というか副所長、ラボの規則で『ペガサス教団に関わるな』って決めたのに、自分はがっつり関わっていたんですね」
「あの規則はお前達とアタシと鉢合わせしない為に作ったんダ、当たり前だろウ」
フリーデンの疑問に対し、腰に手を当てて言い切る徐福。
まるで常識のように告げる彼に、フリーデンは返す言葉を失う。
「そもそも再三言っている通り、関わった所でメリットなんざ何もなイ。探りも監視も、アタシがしていたのだからネ。だと言うのに、知った顔がニュースに流れたからと飛び出すなド……。笑止千万。底抜けの馬鹿だナ」
「うぐっ! 蒸し返されたっ! いやでも俺、貴方がペガサス教団に潜伏していたかなんて知らなかったし、あんな悪趣味な策を取られたら誰だって……!」
「得手勝手。その程度の自制ができないなド……。これだから餓鬼は嫌いヨ。あの女、アパタイトを片したかったのも己の死を厭わなかったのモ、所詮はフリーデン。お前自身の都合だろウ。しかもそれでモーズが奪われかけタ」
徐福の鋭い指摘に、フリーデンは唇を噛み締め押し黙る。
確かにクララの顔をしたアパタイトを見た瞬間、フリーデンは後先考えず、突発的に、感情のままに動いた。彼女だけは自分の手で片さなければならない、という使命感さえ抱いていた節がある。
その軽率な行動によってモーズは、掛け替えのない友達は、敵の手に堕ちかけた。それはフリーデンも理解しているつもりだったが、改めて突き付けられると胸が締め付けられる。
「あの時ほど肝が冷えた事はないネ。偶然が重なった結果、フリードリヒがその場にいたから最悪の事態は回避できたが、下手をすれば『詰み』だっタ」
「……え、詰み?」
徐福の不穏な物言いに、フリーデンの背筋が冷たくなる。
「モーズがペガサス教団に連れて行かれると、何かあるんです?」
「教団風に言うのならば、《珊瑚サマ》の浮上が早まル」
「珊瑚サマ?」
「そうヨ。海の底に蔓延る、珊瑚症の発生源」
人智の及ばぬ深海。地上に珊瑚症を齎した原木《ケト》が生息する未開の地。
そこには更なる脅威があると、徐福は言う。
「教団本部にもそれっぽいものがあったネ。あれは信徒達へ向けた演出に過ぎず、本体のサイズはあの比じゃないだろうガ」
「あの~。すみません副所長、話が見えないんですけど……?」
「地上を侵している『珊瑚』は氷山の一角という話ヨ。それが浮上してきたら最後、人類みな苗床ネ」
静かな断言だった。誇張の類はない。
事実として、それが現実に起こりうる『終わり』なのだと。
「そ、そんな話初耳なんですけど……!? クスシの俺でさえ知らない発生源って何なんですか!?」
座席から立ち上がりそうになる程に動揺し、声を荒げるフリーデン。
徐福は淡々と言葉を返す。
「お前達の仕事は地上の珊瑚症の対処だから伝えなかったのヨ。知った所でどうしようもないのだシ。同じように、国連の上層部も極一部しか知らないイ。パニックを避ける為にネ。もし漏れていたら今頃、人間は宇宙への移住研究の方に力を入れているだろウ。海から逃れる為ニ」
そこで徐福はため息と共に、
「縁木求魚」
と吐き捨てた。
縁木求魚。木に登って魚を求めるような、見当違いの努力——
西暦2320年現在でさえ、地球の外に人類の生存圏は広げられていない。人類は地球で生きる他ない。
そして海は地球の七割を覆い尽くす、大陸よりも遥かに広大で深い存在。雲となり、雨となり、川となって常に地球を循環し続ける。
人類が海から逃れる事など、不可能なのだ。
「ペガサス教団の教祖はその《珊瑚サマ》を浮上させようとしていル。まぁ奴が手を貸さずともいつかは浮上するだろうが、遅らせるに越した事はなイ」
「冗談でも何でも、ないんですよね……」
「アタシの言う事が信じられないト?」
「いえいえ、そんな! ただ、その、いきなり規模がどデカくなった事に、理解が追い付かないといいますか、飲み込みきれないといいますか……」
「実感できなイ? 『珊瑚』のホームグラウンドは元々海だろガ。地上のより巨大で凶悪だとして、何もおかしくなイ」
徐福の真っ当な指摘に、フリーデンの頬がフェイスマスクの下で引き攣る。
「な、何で教祖はそんな、地上が滅亡するような事……。終末願望でもあるんです? それとも信仰の為?」
「不老不死を得る為ヨ」
シンプルで、それでいて狂気的な動機。
「人類全部滅ぼしてでも、永久を得ル。そういう魂胆ヨ」
そう言って、ユワは自嘲する。
奇襲役として徐福が裏で抜擢したパラチオンと、その補佐として選抜したアコニチン。
2人の猛攻で教祖を打ち倒せたら、と希望的観測を抱いていたのだが、そう都合よく事は運ばず、今までのらりくらりと生き延び続けていた通り、教祖は仕留められなかった。
「しかしマーキングには成功した。もう、隠れる事はできませんよ」
絶え間ない銃弾の雨に紛れ、ユワが放った一撃。
完全なる死角、意識の外からの不意打ち。この日の為に存在感を消してきた成果が実り、ユワは見事に教祖の顔へマーキングを撃ち込めた。
ウミヘビが刻んだマーキングは、対象を蝕み続ける。セレンがフルグライトに付けたマーキングが何年経っても消えないように、顔を変えようと細胞を剥ぎ取ろうと、まるで呪いのように居座り続ける。
それだけ深く、遺伝子を組み替える程に深く、マーキングありきの姿が正しい形なのだと脳が錯覚を起こす程に深く、執念を持って刻み付けるのだ。
これで教祖は、己の正体を偽れなくなった。
「そのペガサス教団の教祖ってそんなに厄介な奴なんですか? というか副所長、ラボの規則で『ペガサス教団に関わるな』って決めたのに、自分はがっつり関わっていたんですね」
「あの規則はお前達とアタシと鉢合わせしない為に作ったんダ、当たり前だろウ」
フリーデンの疑問に対し、腰に手を当てて言い切る徐福。
まるで常識のように告げる彼に、フリーデンは返す言葉を失う。
「そもそも再三言っている通り、関わった所でメリットなんざ何もなイ。探りも監視も、アタシがしていたのだからネ。だと言うのに、知った顔がニュースに流れたからと飛び出すなド……。笑止千万。底抜けの馬鹿だナ」
「うぐっ! 蒸し返されたっ! いやでも俺、貴方がペガサス教団に潜伏していたかなんて知らなかったし、あんな悪趣味な策を取られたら誰だって……!」
「得手勝手。その程度の自制ができないなド……。これだから餓鬼は嫌いヨ。あの女、アパタイトを片したかったのも己の死を厭わなかったのモ、所詮はフリーデン。お前自身の都合だろウ。しかもそれでモーズが奪われかけタ」
徐福の鋭い指摘に、フリーデンは唇を噛み締め押し黙る。
確かにクララの顔をしたアパタイトを見た瞬間、フリーデンは後先考えず、突発的に、感情のままに動いた。彼女だけは自分の手で片さなければならない、という使命感さえ抱いていた節がある。
その軽率な行動によってモーズは、掛け替えのない友達は、敵の手に堕ちかけた。それはフリーデンも理解しているつもりだったが、改めて突き付けられると胸が締め付けられる。
「あの時ほど肝が冷えた事はないネ。偶然が重なった結果、フリードリヒがその場にいたから最悪の事態は回避できたが、下手をすれば『詰み』だっタ」
「……え、詰み?」
徐福の不穏な物言いに、フリーデンの背筋が冷たくなる。
「モーズがペガサス教団に連れて行かれると、何かあるんです?」
「教団風に言うのならば、《珊瑚サマ》の浮上が早まル」
「珊瑚サマ?」
「そうヨ。海の底に蔓延る、珊瑚症の発生源」
人智の及ばぬ深海。地上に珊瑚症を齎した原木《ケト》が生息する未開の地。
そこには更なる脅威があると、徐福は言う。
「教団本部にもそれっぽいものがあったネ。あれは信徒達へ向けた演出に過ぎず、本体のサイズはあの比じゃないだろうガ」
「あの~。すみません副所長、話が見えないんですけど……?」
「地上を侵している『珊瑚』は氷山の一角という話ヨ。それが浮上してきたら最後、人類みな苗床ネ」
静かな断言だった。誇張の類はない。
事実として、それが現実に起こりうる『終わり』なのだと。
「そ、そんな話初耳なんですけど……!? クスシの俺でさえ知らない発生源って何なんですか!?」
座席から立ち上がりそうになる程に動揺し、声を荒げるフリーデン。
徐福は淡々と言葉を返す。
「お前達の仕事は地上の珊瑚症の対処だから伝えなかったのヨ。知った所でどうしようもないのだシ。同じように、国連の上層部も極一部しか知らないイ。パニックを避ける為にネ。もし漏れていたら今頃、人間は宇宙への移住研究の方に力を入れているだろウ。海から逃れる為ニ」
そこで徐福はため息と共に、
「縁木求魚」
と吐き捨てた。
縁木求魚。木に登って魚を求めるような、見当違いの努力——
西暦2320年現在でさえ、地球の外に人類の生存圏は広げられていない。人類は地球で生きる他ない。
そして海は地球の七割を覆い尽くす、大陸よりも遥かに広大で深い存在。雲となり、雨となり、川となって常に地球を循環し続ける。
人類が海から逃れる事など、不可能なのだ。
「ペガサス教団の教祖はその《珊瑚サマ》を浮上させようとしていル。まぁ奴が手を貸さずともいつかは浮上するだろうが、遅らせるに越した事はなイ」
「冗談でも何でも、ないんですよね……」
「アタシの言う事が信じられないト?」
「いえいえ、そんな! ただ、その、いきなり規模がどデカくなった事に、理解が追い付かないといいますか、飲み込みきれないといいますか……」
「実感できなイ? 『珊瑚』のホームグラウンドは元々海だろガ。地上のより巨大で凶悪だとして、何もおかしくなイ」
徐福の真っ当な指摘に、フリーデンの頬がフェイスマスクの下で引き攣る。
「な、何で教祖はそんな、地上が滅亡するような事……。終末願望でもあるんです? それとも信仰の為?」
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