毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十一章 ハロウィンの翌日

第442話 五角星を背負う人

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 軽食を頬張る者、記念撮影に興じる者、露店を巡る者たちで賑わう、開放的な雰囲気の会場庭園。
 その喧騒の中を、異質な緊張感を纏いながら歩く一行がいた。
 剣呑な眼差しを向け、左右を警戒する黒スーツの男2人――片耳には無線イヤホン、腰には目立たぬよう収納されたホルスター。明らかにプロの警護要員である。
 その2人に挟まれるようにして歩いているのは、一人の白衣の女性。
 フェイスマスクには、紺色の地に白い五角星が5つ。
 その星は飾りではない。凛とした佇まいと背筋の伸びた歩きぶりが、この場における彼女の立場を雄弁に物語っている。
 祭りのような空気の中、その存在は明らかに浮いて、誰もが無意識に道を開けた。
 彼女の前を、誰一人、遮る者はいない。

「マイクさん、人が多いですわね」
「学会ですからね」

 白衣の女性の言葉に、隣を歩く警護の一人……国際連盟秘密警察アメリカ支部所属のマイクが同意をする。

「条件を満たした一般人にも解放していますから、例年にない程の大人数となっています。その分、警備を厳重にして」
「マイクさん、人が多いですわね」
院長?」

 星を飾った白衣の女性こと、アメリカ感染病棟、院長『クララ』。
 同じ台詞を、まるで録音音声のように繰り返すクララ。彼女は講演ホールの円柱の陰まで歩を進めたところで、

「もう帰りたいですわ~っ! こんなに人やメディアが集まっている学会なんて~っ!」

 突如として崩れ落ちるようにしゃがみ込み、顔を両手で覆う。

「クララ院長、大丈夫ですか~?」

 緊張感のない声で気にかけたのは、もう一人の警護要員でありマイクの部下、ビリーだ。

「大丈夫に見えまして!?」

 クララは顔をさっとあげて怒鳴り返し、またうずくまる。

「落ち着いてください、クララ院長」

 マイクが低く落ち着いた声で諭すように言った。

「貴女はアメリカ感染病棟の院長として、ステージ4の治療方法を学ばない訳にはいかない。しかし前回の時のように、また災害が起きるとも限らない。よって万全を期す為に私へ警備を依頼した……。人目が気になるのでしたら私を盾にして頂いても構いません。SPとして、貴方の憂いを全て払いましょう」
「……ありがとうございます。けれど、必要ありません。取り乱してしまって、ごめんなさい」

 この特殊学会へ来た意義を思い出し、クララはマイクの手を借りながらも立ち上がった。
 前回、パラス国で開催された特殊学会に、クララは予定を合わせる事ができず参加が叶わなかった。
 なので世界ニュースによって、会場が菌床に飲まれた事を知った。奇跡的に、元から菌床に取り込まれていた感染者を除き死者が出なかったものの、前触れなく生物災害バイオハザードが起きた事に、クララは戦慄した。
 今回も、何が起こるかわからない。
 それでも。いや、だからこそ、彼女はこのベルリンの地に立っている。

「私はアメリカ感染病棟院長。沢山の部下と患者を抱える責任者ですわ。下を向いていては、見送ってくれた皆さんに示しがつきません」
「その意気です。心配なさらずとも、私は必ず信頼に見合う働きをしてみせます。クララ院長が憂う事は何もありません。ご安心ください」
「心強いですわ、マイクさん。貴方をSPに選んでよかっ……」

 その時だった。クララの言葉が途中で止まり、次の瞬間、

「きゃあああああっ!!」

 甲高い、だがどこか幸福に満ちた声が響いた。
 叫びというより、歓声に近い。所謂“黄色い悲鳴”だった。

「クララ院長?」
「フ、フ、フローレンスさまが! フローレンスさまがいらっしゃいますわ!?」

 クララの視線の先、立ち並ぶ円柱の側に立っていたのは、氷の結晶を模したフェイスマスクを付けたスーツ姿の女性、フローレンス。

「あの方は特殊学会に参加できない御身の筈では……!?」
「いえ今回は条件さえ満たせば、院長クラスの人間でなくとも参加が可能です。彼女もそれに従って、個人資格で参加されたのでしょう」
「いやぁあああ! 心の準備ができてませんわぁああっ!!」

 クララはマスク越しに頬を両手で覆い、慌てて円柱の陰に隠れる。
 先程まで毅然とした姿を見せていたのが嘘のような豹変ぶりだ。

「クララ院長、あのフローレンスって方そんなに凄い人なんですか? 医者じゃなくって看護師でしょ?」
「呼び捨てはよしなさい! 不敬ですよ!!」

 首を傾げたビリーの言葉に、クララは鋭く言い返す。
 その剣幕に「ひぇっ」と、ビリーは短い悲鳴をあげた。

「フローレンスさまは職業として看護師をお選びになられましたが、医師免許も取得していますわ! 手術の担当を勤めた経験も持つ、立派な実績のあるお方です! イギリスではジョン医師の方が有名でしょうけど、彼の活躍はフローレンスさまの献身あってこそ!!」

 語気を強め、興奮のあまり語尾が震えるクララ。
 マスク越しにも熱量が伝わってくる。

「例えば5年前にジョン医師が不祥事を起こした際には、フローレンスさまが関係者一人ひとりに直接面会して説得し、見事に揉み消し、他にも……!」
「マイク上官、今『揉み消し』って聞こえた気がするんですけど?」
「聞き流せ。どうせ我々の管轄外だ」

 ひそひそと話すビリーに、マイクは動じることなく即答した。
 そんなやり取りの最中。

「すみません、少しよろしいでしょうか?」

 静かな、しかし凛とした女性の声が背後からかけられた。

「何ですの!? わたくしは今……!」

 勢いそのままにクララが振り返ると、そこに立っていたのは――まさに、今その手柄と美徳を全力で讃えていた当の本人、フローレンス。
 クララは時が止まったかのように硬直した。

「お取り込み中、申し訳ございません。ただ先程、付近で悲鳴が聞こえたので。もしや具合がよくないのかと思ってしまったのです。此方の勘違いでしたね。話の腰を折ってしまい、失礼いたしました」

 完璧な所作で丁寧に頭を下げるフローレンスを見て、クララは数秒固まった後、さっさと髪を手櫛で整え白衣の乱れを直し、背筋をぴんと伸ばしフローレンスの正面に立ち直る。

「いいえ。此方こそ大きな声でお喋りをして誤解を招いてしまい、申し訳ありませんでした。はしたなかったですわね。今後は十分気を付けます、フローレンスさま」
「まぁ。私の名を覚えておいてくださるとは。光栄です、クララ院長」
「ン゛ッ!」

 憧れの人に名前を呼ばれた。その喜びから両手を胸元に重ねてきゅっと抱きしめるようにし、思わず少し前屈みになるクララ。
 しかし直ぐに姿勢を正し、そのまま特殊学会への話題へと切り替える。専門的な話題だが、同じく専門職であるフローレンスも自然と応じた。
 高度な内容が飛び交う医療会話を重ねる2人の横で、マイクとビリーは黙って立ち尽くすばかりだ。

「何か、薔薇が飛んでますね~」
「幻覚だろう」
「あとずっと思ったんですけど、マイク上官ってな~んか女難の相が出てますよね!」

 その瞬間、マイクの手が無言で伸び、ビリーの耳たぶが捻じり上げられた。

「いだだだだすみませんすみません! 今後は私語を慎み真面目にSPに励みますんでご勘弁をぅっ!」

 彼が解放されたのは5分後だったという。
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