その感情は炎となりえるか

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第一章 首邑カシュンガル

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「以上が、あの地獄絵図が生まれた経緯であります」
 私が意識を取り戻すと、そこはカシューン唯一の都市、カシュンガルであった。正確には、カシュンガル南門の砦内部である。
 そして間もなく、私は監督官から呼び出された。
「なるほどな・・・つまり貴様はあくまで私の命令を順守し、山賊を撃退、暴走したアシャ訓練兵を鎮圧したと?」
 ラミダ・ベゼリア。眉間に深いしわが印象的な、王国軍唯一の女性将軍である。ここでは監督官という肩書きだが、彼女の公的な役職は南部方面軍最高指揮官であり、軍内部では大将に次ぐ地位にある。
「その通りです、将軍」
「ふん・・・まあ、その判断は間違っていないぞ、ナディット訓練兵。勝手に兵を動かした部隊長は即刻更迭した。西、へな」
 西、つまり西の防衛線のことだろう。失敗すると最前線送りとは、笑うところなのだろうか。
「山賊を撃退したことについては素直に評価するが、アシャ訓練兵については・・・迷惑を掛けるとしか言いようがない、許せ」
「・・・はっ」
「歯切れの悪い返事だな。思うところがあるのなら、言ってみろ」
「いえ、懲罰があると愚考していたので」
「ふん、言っただろう? 私は貴様らの働きを評価しているのだ。他の訓練兵は懲罰中だが・・・貴様らは明日まで休むと良い。気絶させた事を赦してもらって来い」
「はっ、拝領します」
 監督官の執務室を出てから、私は今後の行動について考えた。一先ず、相棒の容態でも確認しに行く他無いだろう。監督官の話では、アシャ訓練兵は医務室にいるらしい。つまり、私の隣のベッドで寝ていたそうなのだ。まったく気付かなかったのは、薄情なのだろうか。
 医務室へ向かう道すがら、砦の中庭に目をやると、同輩達が整列しているのが見えた。どうやら、持ち場を離れた懲罰として、再教育されているようだった。
 医務室へ入る直前、談笑する声が聴こえてきた。アシャ訓練兵と女性衛生兵が話しているようだ。ずいぶんと華やいでいるが、待つのも癪なので、押し通らせてもらおう。
「失礼します」
 入室すると、アシャ訓練兵と目があった。会話がピタリと止まり、何やら憮然とした顔で睨まれる。そうなると、私も睨み返すしかない。
 突然の緊張状態に、何かを察した衛生兵は、お鍋の様子を見てこないと、とよく判らないことを言いながら、退室していった。
 これで、医務室には我々しかいない。
「いくら待とうが、私は謝らないぞ」
 私、被害者なので。
「・・・分かってる」
 勝ち気に噛みついてくるかと想定していたが、意外と殊勝な態度である。拍子抜けていると、彼女はバツの悪そうな表情で言葉を続けた。
「どうせ、タッグ解消でしょう?」
「・・・ん?」
 予期せぬ発言に戸惑ったが、なるほど察しがついた。アシャ訓練兵は自らが失態を犯したから、タッグ解消を迫られると思っているようだその発想の根幹は、おそらく自らの参加過程にあるのだろう。
 訓練兵とはいえ、カシューンへずぶの素人が送られてくるわけではない。だいたいは各地の訓練所でそこそこ見込みのある者が選抜されているのである。だが、彼女はとある筋からの推薦で送り込まれたずぶの素人なのである。今回のタッグを組む際に、一悶着あったと聞いている。私は合流が少々遅れたので、事情を知らず、余っていた彼女と組まされたのだ。
「・・・いやいや、すぐに反省会だからな? 解消しても、組む相手居ないだろう、お互い」
 今度は、彼女がキョトンとする番である。
「戦場では、万全の状態の方が少ないからな。こちらとしては、このくらいの負荷で訓練した方が為になる」
「誰が負荷よッ!!」
 同情でも、好意でも無いことを示したつもりだったが、予想以上に焚き付けてしまったようだ。
「あ、でも・・・私、負荷かも・・・ごめんなさい」
 かと思えば、萎んでしまう感情の乱高下。これのせいで魔法が暴走するのだと、彼女は気付いているのだろうか。
「とにかく、そちらから解消を望むくらい、叱責の言葉を用意しているので、覚悟するように」
「うぅ・・・胃が痛い」
 次の瞬間、アシャ訓練兵の腹部から大音響で空腹信号が発せられた。
「あぁ・・・お腹空いていただけだ、これ」
「はぁ・・・健康そうで何よりだな」
 そういえば、朝から何も食べていない。時刻はちょうど昼下がりくらいだろうか。
「市街に繰り出すぞ、アシャ訓練兵」
「えっ、まさか・・・」
「お昼、ご飯だ!」

                  
 着替えたいという、アシャ訓練兵の要望に答え、我々は一旦宿舎に向かうことにした。
 砦の兵舎は駐留軍で一杯の為、訓練兵には市内に専用の宿舎が用意されている。だが、その宿舎も短期訓練兵団が恒常的に使っているので空きがない。そこで、我々の宿舎は、長期駐留ということを鑑みて、民宿や空き家を幾つか占有する形となっている。
 大体はタッグで割り当てられるのだが、うちは性別が違うので別々である。この事に関しては、素直に嬉しい措置である。
 私の宿舎は、町外れにある二階建ての空き家であり、同じ訓練所出身の野郎二人との共同生活だ。合鍵はズボンのポケットに入れられていた。
 荷物は彼らが運んでくれているらしいが、私に割り当てられていたのは、天井の低い屋根裏であった。あいつらめ、私が居ないのを良いことに、居心地の良い場所を先取りしやがった。
 まあ、隠れ家のようで嫌いでは無いから、風呂を熱く仕上げておくことで許してやろう。確か風呂があったはずだ。
 そういえば、整列していた同輩の中に、彼らの姿は無かった気がする。もしかしたら、彼らも休日なのかもしれない。
 私は手荷物と武具一式が有るのを確認してから、待ち合わせているカシュンガルの中央広場へと向かった。
 中央広場といえども、中心に日時計のあるだだっ広い場所でしかない。二日に一回は市場が開かれるらしいが、今日は外れのようだ。
 その分、広場を見渡せるのは助かったが、アシャ訓練兵の姿は見当たらなかった。とりあえず、唯一の目印と言える日時計の前で待つことにする。
 時刻は、午後二時。陽気な日差しに眠たくなる時刻だ。起きたばかりなのに眠いとは、まだ疲れているのだろうか。ぼんやりと日時計を眺めていると、背後で石畳を鳴らす足音が止まった。
「・・・ナディット!」
 振り返ると、呆れ顔のアシャ訓練兵が立ち尽くしていた。
「おっと、アシャ訓練兵か」
「ちょっと、何で制服のままなの? ・・・あれ、もしかして兵士は休日でも制服じゃないと駄目なの・・・?」
 自問自答に陥るアシャ訓練兵は、白いチュニックを纏っていた。
「ん? そのような規定は無いはず・・・だけど?」
「よ、良かったぁ・・・じゃあ、何で制服なの?」
「ああ・・・服はこの種類しか持って無いんだ」
「紛らわしい!? というか、制服しか無いって、今までどんな生活してきたのよ・・・」
「ん? 支障は無かったけど?」
「いや、そこじゃない・・・まあ、良いわ。早くご飯食べましょう、もうお腹ペコペコなの」
「そうだな・・・よし、付いて来てくれ」
「頼もしいわね・・・カシュンガルに来たことあるの?」
「いや、無いよ」
「無いの!? ・・・じゃあ、あの自信満々の俺に続け的な勢いは何だったの?」
「噂は聞いておいたんだ、北通りの方が賑わっているらしい」
 カシュンガルは、中央広場から東西南北に通りが伸びており、通りによって様相がガラリと変わるそうだ。
「そうらしいわね。でも、そこは行商人とか出店がほとんどだそうよ」
「そうなのか?」
「うちの宿舎の女将さんが教えてくれたの。西通りに美味しい料理専門店があるんですって」
「ほぅ・・・現地情報を収集済みとは、やるなアシャ訓練兵」
「・・・行きましょうか」
 アシャ訓練兵は、何故か訝しむような目付きで私を見てきたが、何故だろう。
 その後、女将に聞いたという情報を頼りに、西通りを散策してみると、それらしい場所が見つかった。
「料理店の看板・・・ここみたいね」
 生活に関わるような物品の店が立ち並ぶ、落ち着いた雰囲気が流れる通りの一角に、その料理店はあった。その名も、デナポルタ。
「デナポルタ(堕落)、か・・・」
 これは、大丈夫な店なのだろうか。私の懸念をよそに、アシャ訓練兵はあっさりと入店してしまった。まさか、文字が読めないのではなかろうか。
 彼女に続いて入店すると、店内は割りと普通であった。いやむしろ、悪くない。こういう大衆向けの酒場というのは、大概埃っぽいものであるが、ここには宙に舞う埃が無い。加えて、さりげなく近くのテーブルに触れてみたが、独特の滑りも無く、光沢すら放っている。ここの主人は只者ではない。並々ならぬこだわりが、随所から顔を覗かせている。
「いらっしゃいませ」
 テーブルを凝視していた私は、目の前に立つ男の存在に気付いていなかった。
 声に驚き、正面を向くとそこには、どこまでも清潔そうな壮年の男がいた。
「ようこそ、デナポルタへ。お席にご案内致します」
 この人が、この店の主なのだろうか。髭も無く、髪も無い。手入れの行き届いた芝生のような眉や睫毛を除いて、彼の顔に体毛は存在しない。料理への混入を恐れての事なのか、恐るべきこだわりである。他に従業員らしき人物は見当たらなかったので、可能性は高い。
「カウンターは満席ですので、テーブル席でも構いませんか?」
 確かに、L字カウンターは客で埋まっているが、テーブル席の方はまばらである。
「ええ、お願いします」
 アシャ訓練兵は、まったく動じていない。私は考え過ぎなのだろうか。
 案内されたテーブルに座ると、店主は品書きだという紙を差し出してきた。一人という都合上、すぐに注文して欲しいらしい。品書きには、軽食から本格的なものまで記されていた。
「ラスグェンとソルダナを」
 私が即答すると、アシャ訓練兵は困惑した表情で、私の顔を二度見してきた。
「早いッ!? えっと、私もラスグェンと・・・あ、これって・・・タスセスティーナ、お願いします」
「はい、かしこまりました」
 品書きを回収した店主は、にこやかな笑顔を浮かべながら、一礼してカウンターの方へと去っていった。
「・・・監督官に呼び出されてたらしいけど、その、大丈夫だった?」
「唐突だな・・・大丈夫だ、お咎めは無い。むしろ野盗の撃退を褒められたな」
「そ、そうなんだ・・・良かったぁ」
「そうだな・・・まあ、これから私が、貴様を口汚く罵る予定なのだけれど」
「うぅ・・・反省会ってやつ?」
「ああ、反省会だ。同じ失敗を繰り返さない為の通過儀礼みたいなものだ」
「・・・分かったわよ、ドンと来なさいよ!」
「良い意気込みだな・・・さて、どこから文句をつけたものか・・・そう、もう少しで君を射殺すところだったので、気を付けるようにな」
「はいは・・・今、何て?」
「気を付けるように」
「・・・その手前」
「射殺すところだった?」
「それそれ・・・何で!?」
「何でも何も・・・あの場に居た全員を焼却させるわけにはいかないだろう」
「た、確かに・・・民間人だって居たんだもの。殺されても文句言えない」
「はぁ・・・今回は何とか回避出来たが、これから戦闘になる度に暴走されてたら、いつかそんな時が来るかもしれないってことを言いたいのさ・・・」
「気を付けます・・・」
「ああ、相棒を射殺すなんてことさせないでくれよ」
 気を付けてもらわないと、私には相棒に焼き殺されるか、相棒殺しとして処されるかのどちらかしか道が無い。とはいえ、キツく言い過ぎただろうか。これから食事をするというのに、意気消沈の面持ちである。さて、どうしたものか。
「お待たせ致しました」
 そんな謀ったようなタイミングで、店主が注文した品を持ってきた。
 先ずはラスグェン、ラスは豚、グェンは鍋を意味し、簡単に言えばバターで炒めた香味野菜と塩漬け豚を鍋で煮たものである。
 王国軍には、食事における規則があり、朝は鶏肉、昼は豚肉、そして夜は牛肉を食べるべしというものである。品目で言えば、朝食はクース(鳥全般)グェンと黒パン。昼食にラスグェンと黒パン。そして、夕食にブイ(牛)グェンと黒パンといった感じだ。
 とどのつまり、ラスグェンというのは王国軍隊食であり、それを食すのは義務の様なものである。
「アパーレ(祝福を)」
 既に食材になったものへ感謝を捧げ、私は添えられていた木のスプーンで、我々はラスグェンのスープを頂いた。
「・・・・・・ほぅ」
 食べ慣れた味を想定していたが、これは予想を超えてきた。私の知るラスグェンは、舌先で僅かに感じられる塩味の(お湯よりは増しな)スープと、申し訳程度のバター(あれば上等)と玉ねぎの風味(主に臭み)、死後硬直のように硬い肉が特徴なのだが、これは違う。
 スープを口にしただけで、丹念に灰汁を取り、香味野菜をケチっていないのが判る。何より、スープに味があり、コクすら感じられるのだ。
 私は驚愕し、アシャ訓練兵の様子を窺ってみると、彼女は愕然としていた。その様は、まるで財宝でも発見したかのようである。
 その反応にはちょっと共感出来なかったが、彼女の目線の先を見て、私は共感した。豚肉の塊が、スプーンで解れていたのである。
 ラスグェンの肉は、ポソポソでガチガチ、そして無味がお約束なのだが、これは違う。ホロホロで、確かな旨味がある。特に塩味の効いた脂身が、くどさが無く美味い。 もう一度、アシャ訓練兵の様子を窺うと、彼女は泣いていた。
「どうした、アシャ訓練兵?」
「ぐすっ・・・ちゃんとした料理食べたの、久しぶりで・・・うぅ」
「ああ・・・」
 これ食べたら、囚人以上、民衆以下と揶揄されるカシューン駐留軍の食事情を嘆かずにはいられないだろう。西の最前線には、王宮調理師が派遣されているが、それ以外は劣悪極みなのだ。
 我々は、昨日までのラスグェン、そして明日からのラスグェンを思いながら、目の前の美味いラスグェンを黙々と食べ続けた。この感動は、さっさと忘れるのが身の為だろう。
 食べ終わる頃合いに、再び店主が料理を運んできた。ソルダナとタスセスティーナである。
 私の頼んだソルダナは、玄麦(ソバ)粉を水で練り上げ、楕円形に纏めて、熱湯にくぐらせてからパンのように焼き上げたものである。表面はまさにパンだが、中身は軟らかくむっちりとした食感になっている。手間が掛かるので、王国軍ではお目に掛かれないものだが、より簡易的なソルス(焼かなかったもので、粘りがかなり強く、香りも凄い)が黒パン(これもソバが主原料)の代わりに出ることもある。ソルダナは、主に付属のソースへディップして食べる。ソースは店ごとに違うが、ここはビネガーとハーブを効かせたものであり、ソルダナ自体の風味を損なわせないものであった。
 アシャ訓練兵の頼んだタスセスティーナは、平焼きのパンでレーズン入りバターを挟んだ、王都で昨今話題のスイーツである。なんでも、カシューンに広く分布しているカシューンナッツ(ヤシ)が王都に流通し始めたのがきっかけで生まれたらしい。とあるパン職人がカシューンナッツの甘さを活かしたパンを作ったのだが、どうにも味気なかったそうで、ふざけてレーズンバターを挟んだら、目を剥くほどマッチしたという、まさにふざけた話である。飛ぶように売れたというタスセスティーナだったが、とあることが話題を呼んだのだ。
「・・・アシャ訓練兵、そんなものを食べたら太るぞ?」
 そう、太るのだ。煉瓦ブロックのようなレーズンバターをパンで挟んで食べているのだから、避けようが無い。王都では、特に子女の食べ過ぎが問題になり、販売制限が掛かったとか。そこで付いた名前が、タスセス(困った)ティーナ(お嬢さん)なんだそうな。
 タスセスティーナを前に、目を輝かせていたアシャ訓練兵は、私の忠告が気に食わなかったようだ。
「そんなこと、分かってるわよ・・・それでも、タスセスティーナは女の子の憧れなの! 王都に居た時は、高い上に制限されて食べられなかったんだから、邪魔しないで!!」
 アシャ訓練兵は、タスセスティーナを手に取り、勢い良く頬張った。
「っ!? ・・・お、美味しいぃ」
 溶けきった表情で、タスセスティーナを頬張り続けるアシャ訓練兵。幸せを噛み締めるとは、この様な状況なのだろう。堕落していく相棒を、私は見ていることしか出来なかった。
「美味しかったぁ・・・・・・あれ、もう一個食べたい」
 そう言って呼び鈴に手を伸ばす、アシャ訓練兵。私はたまらず、その手を取り押さえた。
「待て、正気か?」
「止めないで! ほら、私の場合はむしろ食べないといけないのよ」
「何故?」
「私って、太り難いというか、筋肉も贅肉も付かないの。だけど、体重は減り易いから食べ過ぎるくらいが丁度良いの。というか、死んじゃう・・・」
「何だ、魔素体脂肪論者だったのか?」
「えっと・・・何それ?」
「魔法が何を代価にして発生しているのか、判ってないだろう? 魔素体脂肪論というのは仮説の一つで、魔法の素、つまり魔素は体脂肪であると提唱している」
「・・・マジですか」
「なんでも、魔法の潜在能力というのは、体脂肪を消費出来る許容範囲の違いで、それが危険域に近いほど、魔法が強力になるらしい」
「・・・知らなかった」
「まあ、確固たる証拠があるわけじゃないから、私は信じていないのだが・・・」
「マスター、タスセスティーナおかわり!!」
 不覚にも私が説明に夢中になっていた隙に、アシャ訓練兵は追加のタスセスティーナを注文してしまった。そして、運ばれてきたタスセスティーナを急き立てられるように頬張り始めたのである。そっちがその気なら、こっちにも考えがある。
「・・・アシャ訓練兵!」
「んぐっ!? ・・・ゴホッ、何よ、いきなり大声出して」
「魔法訓練を行なうぞ!」
「・・・はい?? せっかく食べたのに、もう消費させるつもり?」
「私個人としては、魔素体脂肪論を信じてはいない。だが、魔力が感情の起伏で変化するということは確かだ! 冷静さこそが、魔法を操る上で必要不可欠なのである!!」
「あわわわ・・・あ、貴方にこそ冷静さが必要よ!」
「問答無用、貴様が問題を起こす前に、鍛え上げてくれるわ!!」
「否定出来な~い!!」
 その後、店主に出来るだけの賛辞と対価を支払ってから、嫌がるアシャ訓練兵を伴い、店を出た。たいへん、リーズナブルでした。

      
 東通りの先にある、我が宿舎。その近くには見晴らしの良い原っぱがあり、魔法訓練に適していると私は判断した。
「うぅ・・・何でこんな事に」
「決まっている、心中しない為だ」
「それはそうだけど・・・ナディット、貴方どうしたの? 今日は当たりが優しいなぁって思っていたのに、これじゃあいつも通りじゃない!」
「それは休日時(オフ)の私である。王国軍兵としての私にシフトさせたのは貴様だ、アシャ訓練兵!」
「そんなぁ~ ・・・というか、何でいつも上から目線なの! 私たち同期でしょう!!」
「それは違うぞ、アシャ訓練兵。私は貴様が入隊する前から王国軍兵なのだ。例え同じ階級であろうと、先任は私なのだ、以上」
「なっ!?・・・分かったわよ、好きにしなさいよ!!」
「よろしい。では、ここから50m先に見える岩が判るな?」
「ええ、あるわね、岩」
「あの岩に対して魔法を当てるには、どうすれば良い?」
「えっと・・・ぶつかるまで噴射する?」
「それは貴様の様に潜在能力がイカれている奴だけだ。一般的な能力ではせいぜい10mが限度だろう・・・やってみせるか」
 私は掌に炎を現出させ、振りかぶり、岩に向かって投げつけた。
「まずは単純に投擲する方法だ。これは腕力に依ってしまうが、噴射よりは遠くに飛ばせる」
 炎は弧を描きながら岩にぶつかり、小さく燃焼した。
「次は炎の形状を変化させる方法だ」
 私は炎を現出させた後、それを円盤型に圧縮し、岩へと飛ばした。
「私の場合、円盤を投げるのが得意なので円盤型だが、人によっては槍型や短刀型というのもあるぞ。細かいほど難度は上がるが」
 円盤は、まっすぐ岩へと向かい、衝突と共に小さな爆発を起こした。
「形状を変化させた分、魔力も圧縮され、威力も多少上がる・・・さて、アシャ訓練兵、まずは投擲からやってみせなさい」
「えぇ・・・嫌なんですけど?」
「問答無用」
「はぁ・・・どうなっても、知らないからね?」
 アシャ訓練兵は、掌に炎を現出させ、大きく振りかぶった。
「はぁぁっ!!」
 気合いを入れ、勢い良く放った火球は、我々の1m前方へと落下した。
「・・・え?」
 次の瞬間、掌サイズの火球から爆発的に強力な火炎が解放された。
「どわっ!?」
 私は咄嗟に炎を噴出し、襲い来る火炎を相殺させた。それでもなお、息が詰まるような熱風が頬を焼いていく。
「・・・ほらね」
 アシャ訓練兵は、私の肩に手を置き、そう呟いた。
「・・・説明しろ、アシャ訓練兵」
「手加減しても、この有り様。飛距離は単純に腕力の問題、です」
「この際、腕力は置いておくとして・・・手加減してこれなのか?」
 火球が落ちた地点の半径5mは焦土と化し、ところどころで火が燻っている。
「そうね・・・よく加減出来たと自分を褒めてあげたいくらいだもの。だって気を抜くと、ちょっとした騒ぎになる火柱が立つから」
 こうなる事は判っていた、そう言わんばかりの冷めた目つきである。
「なるほど・・・嫌がる理由が分かった気がする」
 そして、組む相手が居なかった理由も。
「理解が足りなかったことは謝罪しよう。ちなみに、形状変化を試したことは?」
「火球のテストで今のようになったから、形状変化は見学にさせられたわ・・・ははっ」
 アシャ訓練兵は、生気の無い顔で、自嘲するように笑っている。
「そうか・・・なら、試してみよう」
「えぇ・・・いや、ほんと知らないからね?」
「責任は持とう。問題児扱いでいつまでも先送りにする訳にもいかないからな」
 こんな事で責任なんて取りたくないけれど、耐火服の中でボイルされない為にも、この試みは必要なはずだ。
「はぁ・・・それは私だって、鼻つまみ者から脱したいけど・・・ああ、もう! どの形がオススメなの?!」
「オススメ・・・人によりけりだからな、一番投げ易いものとしか言えない」
「投げ易いもの・・・あっ」
 アシャ訓練兵は、掌に炎を現出させ、それを細長い針のように変化させた。
「これは・・・ダート(手投げ矢)か?」
「ええ、得意なの」
「ほう、意外だな」
「小さい頃、遊べるものなんてこれくらいだったから」
「だが、ダートでは飛距離を出すのは難しいのではないか?」
「大丈夫、考えがあるの」
 そう言って、アシャ訓練兵は手投げ矢型の炎を岩へと投げた。
 ダートは綺麗に飛んだものの、やはり飛距離が足らない。下降し始めるかと思った次の瞬間、矢尻で小さな爆発が起きた。途端にダートは加速し、見事岩に命中した。そして、その岩は跡形も無く消し飛んでしまった。
「どうかしら?」
「・・・とんでもないな」
「何その反応・・・上手く出来たでしょう?」
「ああ・・・脱帽した、これは凄い」
「そこまで言われると照れ臭いなぁ・・・えへへ」
「誤射されたら洒落にならん」
「ちょっ!? 変な事言わないでよ! せっかく久しぶりに褒められたと思ったのに・・・」
「悪いな、まだ調子に乗ってもらったら困る。だが、先程の魔法は素晴らしかった。後は、冷静に戦える精神を身に付ければ最高だな」
「うぅ・・・頑張るわよ、明日から」
「ふっ、そう願いたい・・・さて、もう陽が暮れそうだな。今日はここまでにしよう」
「せっかくの休日だったのになぁ・・・でもまあ、悪い気分じゃないだけマシだと思っておくわ」
「はいはい・・・どうする、宿舎まで送るか?」
「いらない、私だって王国軍人なんだから」
 無い胸を張って、原っぱを後にするアシャ訓練兵。少し下ったところで唐突に振り返った。
「もしもの時は、火柱が立つと思うけど・・・そしたら、助けに来てくれるでしょう?」
「ん? ああ、もちろんだ相棒」
「うむ、よろしい!」
 親指を立ててから、満足げに歩き去っていくアシャ訓練兵。助けに行くとも、被害が出たら首が飛ぶからな、文字通り。
 私は大きな溜め息をついてから、まだ燻っている原っぱの草を踏み消しに向かった。

      
 原っぱの火消しを終えた私は、宿舎へと帰宅した。ルームメートの二人は、まだ戻っていないらしい。
 仕方がないので、夕食と風呂の準備をしておくとしよう。必要なものは、事前に揃えられているはずだ。
 台所に置かれた配給袋から、塩漬けの干し牛肉と各種野菜を取り出していく。ちゃんと、手洗いうがい済みだぞ。
 煙突付きの竈に火を入れ、水瓶から鉄鍋で水を汲み、そのまま竈に設置する。
 沸騰する前から、四等分にざっくり切った玉ねぎやニンニクと干し牛肉は丸ごと入れ、最後に嵩増しとして泥豆という乾燥した豆を足す。本来は水で戻すべきなのだが、手間なので煮ながら戻すのが定番なのだ。グェン料理とは、本来この程度のものなのである。
 後は放っておくだけなので、次は風呂の準備をする。ここの風呂は変わった造りをしていて、焼き石でお湯を作るらしい。蛇口を捻ると水が出て、焼き石が置いてある窪みに落ちる。水と焼き石が触れ合った途端、浴室を満たす水蒸気とお湯が生成され、樋を伝って、木製の湯槽に注がれる。
 それにしても蛇口捻れば水が出るとは、凄いものである。王都以外で上下水道が整備されているのは、西の防衛線とカシュンガルくらいだろう。カシュンガルは入念な都市計画を基に建造された都市であり、それを一年弱でほぼ完成させたのは、驚嘆に値する。
 そこまでの力が注がれたのは、国王がカシュンガルへの遷都を計画していたからだというのが暗黙の了解である。しかし、ユマンの襲撃が相次ぐ王都近辺よりもカシューンの方が危険と判断され、取り止めになったとか。この宿舎も元は遷都を察知した富豪の新たな住まいだったらしい。何にせよ、住み良いというのはありがたい話である。
 風呂用の石を、薪と一緒に竈に投じておき、ブイグェンの様子を確認する。
 ふむ、よく煮えて、灰汁が発生している。灰汁を取り除き、またしばらく放置となる。
 これでやることが無くなったので、馬車では邪魔された読書の続きをしよう。屋根裏から本を持ってきて、竈の近くで読み始めた。

 無としか言い表せない状態に、時間という尺度、空間という奥行き、そして物質という概念が生じたことで、この世界は形作られた。
 世界を作ったのは、自らをイグサ=アニサと名乗る、後に人が神と崇める存在達なのだという。
 イグサ=アニサが言っていただけなので、それが真実かどうかは、判らない。
 強大な力を持っていたというが、果たして無から有を生み出すことは可能だったのか。そもそも、無の状態にイグサ=アニサはどのように存在していたのか。何故、世界を創造したのか。多くは謎に包まれ、そしてその真意を知ることは、もう出来ない。
 何故なら、イグサ=アニサらは既に消滅してしまっているからである。
 イグサ=アニサは、一人の人間、正確には元は人間であった者によって滅ぼされてしまったのだ。
 その名は、マヌワルス。神々の忠実なる騎士にして、裏切りの獸である。
 世界の創造後、イグサ=アニサはそれぞれに、自身の領域たる星を作り、住み分けていたという。しかしやがて、彼らは反目し、争うようになっていった。それぞれが強大な力を持ち、統制を促す存在が居ないだから、至極当然とも言える。
 とはいえ、彼らが普通に争えば、世界が瓦解する恐れがあったので、イグサ=アニサらは力を合わせ、より強固で巨大な星、我らの星、エアシュを創造した。そこを舞台にして、自身の生み出した生命による代理戦争で白黒ハッキリさせることにしたのだ。そんな大掛かりな協力が出来るのに何故争うのか、矮小なる人間には想像がつかない。
 さて、その人間が創造されたのは最初期、代理戦争の駒としてであった。
 イグサ=アニサは、早速人間でもって雌雄を決しようとしたが、人間がすぐに死んでしまうことに気付かされた。
 それは、死を知らないイグサ=アニサが生命という概念を意図せず生み出したということを意味している。
 人間を生かすには、どうすれば良いのか。イグサ=アニサらは戦いを忘れ、協議を重ねた。そして、衣食住の概念が生み出され、人間を生き長らえさせることに成功した。
 イグサ=アニサらは、大いに歓喜したというが、すぐに対決の準備に移ったという。本当に彼らは、何故争うのだろうか。不敬ながら、私には遊具を自作する子どもの姿と重なってくる。
 そうこうして、戦争を始めたイグサ=アニサらだったが、人間が殴り合うだけの戦いにすぐさま飽きてしまったのだという。そこで、そこでイグサ=アニサらは再び協力し合い、人間に自分達に準ずる知恵を与え、文明を築かせた。それにより、武器を用いた戦い以外にも、様々な争いが生じ、イグサ=アニサらを大いに楽しませたという。
 人間の歴史は、二つの時期に分けられる。イグサ=アニサらに統治されていた神代、そして人間による統治が為されている現代である。暦としての呼び名は、神(イグサ=アニサ)暦と新約(マヌワルス)暦だ。
 神暦は1015年、イグサ=アニサらが姿を消すことで終わることになるが、神暦を語るのならば、前述したマヌワルスについて触れておくべきだろう。
 マヌワルスが産まれたのは、神暦985年に聖イグサ王国であった。聖イグサ王国とは、483年頃からイグサ=アニサらは主義主張の似た者同士で徒党を組み始め、やがて聖なるイグサと邪なるアニサの二つに固定されていった後、イグサに選出された王が統治する国である。
 聖なるイグサらは、優秀な人間に騎士のロール(役割)を授け、それを主軍とした。邪なるアニサらは、人間を向上させた存在と自称するユマンを産み出し、これを主軍とした。この頃、聖なるイグサと邪なるアニサの争う理由は、仲違いというよりも、共に生み出した人間の行く末に関するものになっていた。作ったままの人間を愛すか、より強化発展させていくか。まさに人類の教育方針で争っているのである。人間から見れば、
 それから500年、途切れぬ戦乱が続いた。不死のイグサとアニサによる、果ての見えない戦乱を鎮めたのが、マヌワルスであった。
 戦局の膠着に業を煮やした聖なるイグサらは、マヌワルスに祝福(力の一部譲渡)を行ない、邪なるアニサを一柱ずつ消し去っていくように命じた。
 信心深いマヌワルスは、もはや殉教必須の無茶な命令を快諾し、邪なるアニサの領地へと向かった。
 マヌワルスが行なったのは、暗殺としか言い様の無いものであった。
 突如、邪なるアニサの前に現れて、瞬く間に調伏すると、追っ手が来る前に煙のように姿を消したという。
 一見、騎士としては卑怯とも取れるが、万の軍勢と邪なるアニサの控える城塞に、供回りを含めて数人で挑まねばならないのだから、仕方がないと言えるだろう。むしろ、やってのけるのだから、偉業である。
 マヌワルスは、この方法で邪なるアニサらを次々と討ち取っていった。とあるアニサは、当時のマヌワルスに怯える書面を遺している。
 神暦1014年、全てのアニサを狩り終えて、長きに渡った戦乱は、イグサ側の勝利で終わった。
 誰もが、聖なるイグサの善政が敷かれると期待していた戦後、マヌワルスは、イグサとの戦いを始めた。
 突然の反乱に驚愕するイグサらであったが、既に祝福は回収していたので、イグサはその一柱のみを鎮圧に向かわせた。
 だが、そのイグサは正面から鎮圧にあたり、消滅した。マヌワルスは、調伏したアニサから力を吸収しており、人を止め、獅子の頭と十の義手を浮かべる怪物へと変貌していたのである。
 イグサは直ちに、一丸となって戦いを挑んだが、容易く消滅させられてしまった。このエアシュが、粉砕しないよう手加減されている上で、である
 こうして、イグサの力も取り込んだマヌワルスは、唯一神とも言える存在になったが、自らを裏切りの獸と称し、人類に選択を迫った。
 古き神を捨て、新たなる法に従う者のみを生かすと。
 事実上、心から従う者のみを生かすという方針に、騎士が反乱を起こし、同調する民と共に立て籠った。それはまさに、十ある都市の九つに及んだという。
 マヌワルスは、自分に従うと申し出た者らに、都市を捨て、山野に暮らすようにと伝えると、使徒ドゥクサを大量に生み出し、都市を一つ一つ、名誉と共に攻め落としていったという。
 やがて、全ての都市を焼き払ったマヌワルスは、恭順した人々に新たな法を授け、何処かへ姿を消したのだそうだ。
 そして、時代は新約暦へ移行する。人間の人間による人間の為の統治が始まった時代。新たな法を遵守していた初期は、平和的な繁栄を遂げ、自由を謳歌していた。法は正しく、明快であったからだ。まず、理由なき暴力を諌め、次に窃盗を禁じ、そして最後に、人間が傲慢さに溺れた時、焼きに来るとした。
 だが、新約暦2067年たる現在、人は傲慢さを増し、神有暦を思わせる戦乱の気風が、微かにだが確実に吹き始めている。
 マヌワルスが姿を消してから幾年月、残された技術からその残滓を感じられるものの、人々の中で訓戒を守らんとするのは少なくなってきた。
 彼がまた、世界を焼きに来るのではないか。私はこれを世界に警告することしか出来ない。
 マテン・ソールドル著 『グラッピアパーレ(神の祝福よ、あれ)』序文より。

 まだ大して読めていないのに、宿舎の玄関の鍵が解かれる音がした。どうやら、ルームメートのお帰りのようだ。
 出迎えに行くと、ルームメートのアタオとクリメルホが完全武装した姿で現れた。
「おお、ナディット殿!? 元気そうで何よりですぞ」
 敬語で気さくに話しかけてくるという、矛盾を体現しているのがアタオ。同期だが、私より年上である。
「生きてたか・・・ちょうど良い、話がある」
 いつも不機嫌そうで無愛想に見えるのがクリメルホ。私と年はあまり変わらない。
「二人とも、泥だらけだな。ブーツはここで脱いで、そこのサンダルに履き替えてくれ。それから装備を解いて、食堂に集合。話はそれからだ」
「ええ、了解しました」
「お前の綺麗好きにも困ったものだ・・・」
 二人ともサンダルに履き替え、それぞれの部屋に去っていったので、私もブイグェンの仕上げをする為に、鍋の元へと戻った。
 火の通りは十分、豆もアルデンテだ。後は塩で味を調えて、完成である。
 完成したブイグェンを椀に取り分け、人数分のパンと酒杯と共にテーブルに配置していく。牛肉は塊なのでまな板の上に出しておく。あとは、ダラクア(飲用水)の準備、水差しにワインビネガーと水を一対六の割合で注ぎ入れる。いくら水道が整っていても、衛生上、飲用には好ましくない。基本的に熱する以外は、ワインビネガーを混ぜて飲む。殺菌される上、甘酸っぱくて飲み易い。
「ほう、良い匂いですな」
「ふん・・・だな」
 そうこうしているうちに、アタオとクリメルホがやって来て、着席した。彼らの酒杯にダラクアを注ぎ、牛肉を切り分けていく。煮込んだとはいえ、元は干し肉なので、大層切り分け難いものの、コツは掴んでいるので、スムーズである。
 それから自分の酒杯にダラクアを注いで、私も着席する。
『アパーレ』
 同時に祈り、すぐに食べ始める。自作したブイグェンを確かめる。
「・・・駄目だな」
 昼間のような、香り高さもコクも無い。まあ、手抜きなので致し方無いか。それにしても、肉なんていつまでも噛んでいられそうだ。
「はて、良い出来だと思いますが?」
「・・・最近食わされてきた物体に比べれば、美味いぞ?」
 二人とも、首を傾げている。この二人には、今日が休日だったこと、料理店で昼食をとった事は秘密にしておこう。
「気にしないでくれ・・・それより、話があるそうだが?」
 話題を変えると、クリメルホが頷いた。
「ああ・・・ナディット、お前が暢気に寝ている間、俺達は襲撃してきた山賊の調査をしていたんだ」
 暢気に寝ていたつもりは無いが、暢気に過ごしていたのは事実だし、言葉のチョイスには悪気はないので、ここは反論しないでおく。
「監督官からの指示か?」
「そうだ、アタオは山賊の死体検分を、俺は奴等の足跡を遡り、拠点の調査に向かった」
「ほう・・・そこまで調べるということは、何かあるのか?」
「そもそも、ただの商隊ならともかく、王国軍の警護する開拓団を襲うのがおかしいだろう? 何か無いと思うのはアホだ」
 ああ、どうしよう。アシャ訓練兵が気掛かりで、山賊の事なんて忘れていた。私は、アホなのだろうか。
「それで先ず、アタオが気になるものを見つけた。アタオ、次はお前が話せ、俺も食事がしたい」
「ええ、承知しました」
 アタオは、ダラクアを一口飲んでから、話を引き継いだ。
「賊の死体を改めましたところ・・・所持品からは特に何も出ませんでした。ただ、肌に変わったものが塗られていました」
「変わったもの?」
 そういえば、山賊の肌がやたらテカテカしていたのを覚えている。
「不燃樹の樹液です」
「それは・・・怪しいな」
 不燃樹とは、字の通り燃えない木である。樹皮の下にジェル状の樹液が詰まっていて、例え火に巻かれても、芯を守り通せるという仕組みになっている。つまり、その樹液を塗っていた山賊は、火に備えていたことになる。
「奴等は、襲う相手が王国軍だと知っていたと言うのか?」
「その可能性は高いと判断して、クリメルホ殿が拠点を探しに出られたのです。その間私は死体の処理をしておきました」
「なるほど・・・それで、足跡を辿った先には何が?」
「何だ、もう俺の番か・・・端的に言えば、洞窟があった。一週間は居たようだが、それが洞窟に来る前の拠点を隠す為なのか、単に流れ着いたのかは判らなかった」
「ふむ・・・仮に前者だとしたら、かなり巧妙だな。情報収集能力も侮れない。組織的な犯行のように思える」
「ああ・・・だがそこまでして何を狙う? 物資なら商隊を狙うほうがはるかに利口だ。誘拐するにしても、あの方法では数人が限度だろう。被害との採算が合わない」
「つまり、採算度外視で狙うようなものがあったか、単純に我々が山賊を買い被り過ぎなのか・・・」
「監督官には、気になる点はあれど、現状では単なる襲撃と判断せざるを得ない、と報告しておいた」
「何にせよ、今後は不燃樹の樹液を塗った賊が出る可能性も考慮しておく必要がありそうだな」
「・・・おお、不燃樹と言えば・・・」
「どうした、アタオ?」
「ナディット殿の相棒、確かアシャ殿でしたかな? 彼女はとんでもないですな」
「アシャ訓練兵がどうした?」
「彼女が迎撃した賊共、皮膚の火傷こそ無いものの、その熱は樹液を貫通し、軽く煮えた状態になっていましたぞ」
「・・・マジか?」
 とんでもないな、恐ろしいにも程がある。生きたままボイルはあながち間違っていなかったということか。明日は我が身、笑えない。
「まあ、賊もギリギリ死んではいなかったのですが、あれは・・・ナディット殿は、これから大変なのでしょうな」
「はっ、不燃樹すら焼き殺しかねない火力なんて頼もしいじゃないか。ナディット、頑張れ」
 心配そうなアタオとどこか楽しそうなクリメルホ。私はダラクアを一気に飲み干し、酒杯を勢い良くテーブルに置いた。
「まだ一年以上、あるのだが!」
 私の魂の咆哮は、二人の大笑いを誘った。
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