コンバート・ユア・マインド

Arpad

文字の大きさ
上 下
18 / 28

第四章 鹿頭猪頭 三節

しおりを挟む
 翌日、人事を尽くした私は、オアシスの畔でその時を待っていた。そして遂に、腕に抱いた猫君から藤園さんの声が発せられた。
「お待たせ、プレイヤーの白枝君・・・これから、現実の君をコンバートさせる。やり残した事は、無いんだね?」
「ああ、もちろん・・・あれから野良のモンスターや使い魔を倒し続けて儲けた12853G、そして前回の報奨金3500G、それらを所持金と合わせて大体20000G・・・全て、祈祷に投じてきたからね! 」
「君という奴は・・・・・・まあ、それが吉と出る事を祈っているよ」
「ありがとう、確率を教えないでくれて・・・始めてくれ」
「分かったよ・・・レッツ、コンバート!」
 今日は少しだけ、熱のこもった掛け声だった気がする。そんな事を思いながら結果が出るのを待っていると、傍らに人の気配を感じた。私は湖面を見据えたまま、その気配へ声を掛けてみる。
「やあ・・・現実の、私?」
「やあ・・・プレイヤーの私。自分を私と呼んだのだから、本当に私なんだね?」
「ああ、同じことを考えてた・・・なら、こっちが今、閃いちゃった事も判るのかな?」
「どうだろう・・・こうして話せているのだから、ログインは正常に働き、競合も発生していない事になる。絶好の統合日和が正解ではないなら・・・まさか、そんなアグレッシブな事をするつもりなの?」
「そうだとも・・・またとない機会なんだ、有効利用しても構わないはずさ」
「経験が無い分、こっちが足を引っ張ってしまいそうだけど・・・?」
「大丈夫、記憶は無くても身体は覚えているかもよ?」
「そうだね・・・何だろう、自分自身に諭されるのも悪くないな」
「だろう? さあ、フードを被ろうか。これ以上、互いに自分の顔なんて見たくないはずだ」
「そうだね・・・鏡像じゃない自分の姿なんて、もはや知らない人だもんね」
 私達は、おそらく同時に、フードを深々と被った。そうなってからようやく、互いに向き合い、触れないように親指を立て合った。触れたら、統合が始まってしまうだろうから。
「おい、君たち・・・さっきから何を話しているんだい? 問題が無いなら、さっさと統合したまえよ」
「悪いけど藤園さん、予定変更だよ・・・これから俺たちは、ボスを倒しに行く!」
 私は、高い高いした猫君に、そう語りかけた。
「・・・・・・はぁ? 何を言っているんだい、君は? 二分されて知能まで二分されてしまって大馬鹿野郎になったのかい? 現実の白枝君、彼を止めてくれ」
「悪いね、藤園さん・・・俺もプレイヤーの俺と同意見なんだ。聞いていた状況通りなら、これしか勝機は無いからね」
「まったく、手の掛かる輩が増えただけじゃないか・・・今は安定しているが、いつ崩れてもおかしくないのだよ? 今すぐ統合するんだ、プレイヤーの白枝君。策なら後で考えよう、ね?」
「時間が無いのなら、止めないで・・・ボス達は今、砂漠を移動している頃だ。回遊ルートは調べておいたから、間違いないはず・・・行こうか、現実の私?」
「了解、プレイヤーの私!」
 私達は頷き合い、私が先導する形で砂漠地帯への移動を開始した。
「待って、考え直すんだ!」
 地面に放した猫君が、必死に私達を追おうとするものの、こちらの速力の方が断然速い為、あっという間に引き離してしまった。
 砂漠エリアは、誰もが思い描く細かな砂だけの世界そのものである。普通に歩くと砂に足を捕られてしまう為、靴にかんじきの様な物を付けておいた。加えて、砂漠エリアでは日光からダメージを受けてしまう。フードを被らせたのは何も、自己嫌悪の念だけではなかったのだ。ちなみに、猫君を振り切ったのもその為である。
 何も目印になる物が無い砂の上を、ボスの攻略法を議論しながら駆け続けて小一時間。私達はいよいよ、鹿頭と猪頭の姿を目視で捉えられる位置までやって来ていた。
「じゃあ、作戦通りに・・・」
 再度動きを確認してから、私達は二手に分かれてボス達へと接近していった。作戦は簡単、各々が単独でボスと闘い、新米と同義である現実の私は足留めを、先輩プレイヤーである私は敵の首を落としに掛かる、それだけの作戦なのだ。
 前回、仕留めようとした鹿頭は警戒していると思われる為、現実の私は鹿頭に陽動を仕掛け、私は猪頭に襲い掛かる事にした。斥候のマントの効果を生かしながら距離を詰め、なるべく同時に襲撃を開始する。
 開幕の合図は、後肢の腱への一撃。ただでさえ砂に足を捕られて移動速度が低下する砂漠で、脚を一本潰す意味は大きいからだ。
「Chooooseeee!?!?」
 ボスが悲鳴を上げて武器を構えたら、急いで胴直下のデッドスペースへと潜り込む。懐へ飛び込んでしまえば、遠距離重視のボスウェポンも使えまい。苦し紛れにその場で足踏みをしてきたが、脚が一本不自由なのと可動域が限定されているせいで、私を捉えられずにいる。
 さて、進退窮まった猪頭は、自身の使い魔を召喚する事にした。砂の中から現れた使い魔たち、親玉と同じく小癪にもボウガンを携えているが、フレンドリーファイアの危険性から使用出来ない。
 仕方なく素手で突貫してくる5体の使い魔を、私は順に切り伏せていった。具体的には、かましてきたショルダータックルを斜め前への体捌きで回避し、転じて上半身の背中を右袈裟に斬り付けたのである。
 しかし、無事に使い魔を退治した次の瞬間、猪頭が苦肉の策に出てきた。脚を畳み、下半身でのボディプレスを敢行してきたのである。これには堪らず、私は胴直下から転がり出ていく。
 とはいえ、これは想定していた行動にすぎない。私はすぐに立ち上がり、より上がり易くなった猪頭の下半身の背中へ跳び乗った。こうなってしまえば、手出しは出来ない。背後に腕を回しても無駄である。
 私は馬頭槍を取り出し、猪頭の首裏へ投擲した。喉を貫通していく槍に、猪頭の動きが止まる。トドメは牛頭斧、最も軽くした状態で猪頭の背中を駆け上がり、最も重くした状態で脳天に一撃を食らわせた。
「Choooo・・・seeee・・・」
 糸が切れた様に脱力し、猪頭は絶命した。荒れた呼吸を調えながら隣の調子を窺うと、無事に鹿頭の使い魔と戯れる現実の私の姿が見受けられた。
 この隙に、私が鹿頭を仕留めよう。意気込んだその時、鹿頭が弓に矢をつがえ、ほぼ真下へ鏃を向けるという不可解な行動を目の当たりにした。何をするつもりなのか、その答えはすぐに判明する。砂の地面に向かって矢を放ったのだ。
「気を付けろ、何か仕掛けてくるぞ!」
 そう私が叫んだ直後、砂漠が揺れ動いた。そして驚く間も無く、間欠泉の様な大きな砂の柱が周囲の全てを呑み込んでしまう。消える間際の猪頭ごと空中へ舞い上げられ、気付けば砂の中に埋もれていた。
 私は必死にもがき、地表へ脱出してみる。どうにか砂の中から脱した私が目にしたのは、無数の手足が生える砂漠という地獄絵図だった。
 現実の私は、どうなったのか。歩き出そうして、自分が満身創痍である事に気付く。周囲には、あの三角錐の棘も転がっているので、あれが下から飛び出してきた為、砂が舞い上がったのだと推測出来る。私は片足を引きずりながら、現実の私を捜し回った。そして、砂中から親指を立てた人間の腕が生えているのを発見する。我ながら、つまらないパロディーだ。
 私はその腕を掴み、一気に引き揚げた。すると、もう片方の手で鼻と口を保護していた現実の私が咳き込みながら現れた。
「けほっ、けほっ・・・ありがとう、プレイヤーの私・・・目的は果たせたみたいだね?」
「ああ、鹿頭は逃がしたみたいだから、最低限だけど・・・さて、お互い傷だらけだし、統合するとしますか?」
「しますかも何も、触れたら統合が始まるはずでしょ?」
「あっ・・・そうだったね」
 突然、視界が真っ白になり、四肢の感覚がゼロになる。そして、視界が元に戻ると、私は砂の上に立ち尽くしていた。
 どっちがどっちに成ったというよりかは、噛み合わない昨晩の記憶を持つ、第三の私という気分である。なんとなく、藤園さんとの会話に覚えがある為、後で柔木さんとのやり取りを思い返してみよう。
 だが今は、やらねばならない事がある。私は砂中に半分埋もれた猪頭の弩(いしゆみ)を手に取った。次いで、それが手の中に吸い込まれてすぐ、私はそれを呼び出した。
「猪頭弩(ちょずど)」
 現出した弩を構え、私は周囲を見回した。そして、脚を引きずりながら地平線の先へ消えようとする鹿頭の後ろ姿を発見する。備え付けられていたスコープで狙いを定め、引き金を押し込んだ。
 猪頭弩は猪突猛進、発射された矢は物理演算を無視して真っ直ぐ進む。程なくして矢が鹿頭の後頭部を貫き、私は灰塵に帰す奴の姿を確認した。
「・・・お見事」
 不意に、藤園さんの顔が眼前に現れた。視界を遮ってしまう為、ボスの反応が消えるまで連絡を遠慮していてくれたのだろう。
「やあ、藤園さん・・・・・・怒ってる?」
「まあ、憤りを感じなくはないが、目的を果たしたのだから大目にみようかな・・・統合も果たしたようだしね?」
「うん、この通り・・・お陰でボロ雑巾みたいな状態だけど」
「なんだ、それならいつも通りじゃあないか」
「酷いなぁ・・・・・・あのさ、ボスウェポンって直接回収しないと駄目?」
「そうだね、未取得のボスウェポンは此方の操作は受け付けないよ」
「くっ・・・取りに行くのが、面倒くさい!」
「ふふっ・・・良いから、走りたまえ。砂にでも呑まれたら事だよ白枝君、アクセス権限が此方へ移ったら、また連絡するから」
「まあ、そうなるよね・・・・・・行ってきま~す」
 私は傷だらけの身体に鞭を打ち、地獄の砂漠ランニングを開始した。距離的には1キロメートル程度だが、乳酸と擦過傷にまみれた身体では厳しいものがある。しかも、地味に灼熱の陽射しダメージも入っているから笑えない。一刻も早く、ボスウェポン鹿頭弓(法則的には、かずきゅう)を手にし、現実へと帰還しなければ。あと、100メートル程度だ。
「あと少し・・・」
 手の届きそうな距離にある救い、そんな希望に胸を膨らませたその時、引きずっていた足に違和感を覚えた。何かが、足に絡み付いているようなのだ。
「・・・何だ?」
 次の瞬間、グンッと強い力に引っ張られ、あっという間に私は宙吊りにされてしまう。私の視線の先には、巨大なワーム(ミミズ)が口を開けている。足に絡み付いていたのは、奴の尻尾から伸びる触手だったらしい。弱り目に祟り目、泣きっ面に蜂というのは、まさにこの事である。
「うわぁ・・・丸腰だったら、殺られてたなぁ」
 逆さ吊りの私は、スッと猪頭弩を呼び出し、ワームの口内へ撃ち込んでやった。ワームの頭部は盛大に破裂し、足に絡み付いていた触手から 力が抜け、私も五体満足で解放される。しかし、カッコいい着地の方法とか知らなかった為、無防備に背中から着地してしまい、苦しい思いをする事になった。
「けほっ、けほっ・・・あぁ、痛い」
 最後の最後で災難な目に遭った、そんな事を考えながら弓の方向を確認した私は、自分の目を疑った。弓の周囲に、二足歩行をする蜥蜴が群れを成して陣取っていたのである。あれは昨晩乱獲したサンドドランゴ、まさかシステム的な防衛策なのではないかと疑いたくなるレベルだ。
「ちょっと、藤園さん! ピンチなんだけど・・・藤園さん?」
 ワームに襲われた時もノーコメントだった為、もしやとは思っていたが、藤園さんはこちらの状況をモニターしていないのではないか。おそらく、私が鹿頭弓を手にいれるまで気付くことはないだろう。
「・・・マジか」
 正直、もう大立ち回りをする体力は残されていない。それで、30匹はいるサンドドランゴを倒すのは、ほぼ不可能である。ならば、藤園さんに強制ログアウトさせてもらうしかあるまい。何としてでも、どんな汚い手を使ってでも、鹿頭弓にたどり着くしかないわけだ。
「・・・よし!」
 今、死力を尽くさずして何時尽くすのか。意を決した私は、先ず牛頭斧を取り出した。そして出来るだけ遠く、明後日の方向へ投げ飛ばし、最適なタイミングで最重量化し、大きな砂埃と物音を発生させる。こうする事で、サンドドランゴ達の気を惹き、半数程度を誘導する事に成功したのだ。
 次は遠距離射撃で一匹ずつ仕留めていくと言いたいところだが、警戒の鳴き声を発せられては、せっかく引き離した奴らや新たな群れを呼び寄せかねない。
 ここは正面突破、奴らと斬り結び、最短ルートで弓までたどり着く必要がある。私は刀を抜き放ち、サンドドランゴの群れへの特攻を開始した。
 叫び声などは上げず、全速力で近付き、私に気付いた個体から素っ首をはねていく。本当、血糊で切れ味が落ちない設定で助かった。
 それでもやがては警戒の鳴き声が発せられてしまい、乱戦へと発展、奴ら鋭い爪や毒があるという牙が問答無用に襲い掛かってくる。
 私はそれらを努めて冷静に回避していき、お返しに片っ端から首をはねていく。彼らは生命力が強い為、そうでもしないと一撃で仕留められないのだ。
 どうにか残った群れを壊滅させ、私はヘッドスライディングで鹿頭弓に飛び付いた。
「藤園さん!」
 叫んだものの、返事は無い。代わりとばかりに、遠ざけていた群れが帰還し、さらに新たな群れも加わって威嚇の咆哮を上げている。絶体絶命、もう間に合わない。
「そうだ・・・鹿頭弓!」
 私は鹿頭弓を呼び出すと、迫り来るサンドドランゴの群れの直上へ矢を放った。すると、期待通りに矢が無数の棘に変わり、サンドドランゴ達を強襲する事が出来た。
「よし、ドンピシャ!」
 しかし喜んだのも束の間、棘の間からサンドドランゴが這い出してきたのを見て、私は絶叫した。このままでは、食い殺される。もはや考えるよりも早く猪頭弩を取り出し、鹿頭弓にぶつけて打ち鳴らしていた。
 そうして現れてくれた鹿頭と猪頭の化身に、サンドドランゴの殲滅を命令。彼らがすぐに蹴散らし始めてくれたので、私は窮地から脱する事が出来た。昨日の敵は今日の友とはよく聴くが、倒したばかりの敵にすぐさま助けられるなんて、なんとも可笑しな体験である。後事を彼らに任せ、私は砂の上に大の字に寝転がった。
「・・・・・・ごめんよ、ちょっと席を外していてね。無事にボスウェポンを回収出来たみたいだが・・・どうかしたのかい?」
 突如、眼前に藤園さんの顔が現れたが、私にはもう驚く程の体力もなかった。
「・・・何でもない。それより、早く戻してくれない?」
「あ、ああ・・・すぐに戻すよ」
 目を閉じて待っていると程なくして、掛かる重力の反転を感じ、私は伏せていた頭を起こした。
「おかえり、白枝君」
 テーブルの向かい側で、藤園さんは何ともアンニュイな笑みを浮かべていた。
「一時はどうなるかと思ったけど、帰って来れて良かったよ」
 そんな彼女に、私は苦笑いで返した。我々の間には、まるで私が外宇宙から帰還でもしたのかと問いたくなるような空気が流れ、相席していた桜見橋さんが戸惑いを隠せずにいる。彼女は、私の自意識が二分されていたなんて事を知る由もないのだろうから仕方ない。
「今日はもう、解散で良いよね?」
「ああ、構わないよ・・・ゆっくり休むと良い」
「そうするよ・・・はぁ、1週間くらい休みたい」
「時期も時期だし、それも良いかもしれないね」
「そうだね、時期も時期だ・・・よし、俺は一足先に帰るよ。またね、藤園さん、桜見橋さん」
「またいずれ、白枝君」
「お、お気をつけて・・・?」
 藤園さんは静かな笑み、桜見橋さんは判然としない表情で小さく手を振り、錆びたブリキの様な身体を駆使して帰宅する私を見送ってくれた。
しおりを挟む

処理中です...