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料理する二人

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 とりあえずここにいても仕方ないという事で、俺たちは街を目指すことにした。

「そもそも街なんてあるのかね?」
「あるともさ! だって異世界だよ!? 人がいないと始まらないじゃない!」

 謎理論だがいないと困るのは確かだ。
 ここはカオリの希望的観測に乗っかるとしよう。

「ていうか、おなかすいてきたねー」
「やっぱり自力で調達するしかないよなぁ」
「だねぇ……おっ! 何かいるよ、あそこ!」

 カオリの指さす先、草むらの中で何かが動いた気がした。

「ウサギだね」
「そうなのか? 全然見えないが」

 距離もあるし草に隠れてとてもじゃないがわからない。
 カオリの視力でも同じだと思うが、恐らく身体チートとやらなのだろうな。
 うらやましい限りである。

「ねぇねぇユキトくん、あれ掴まえてきたら捌いてくれる?」
「……まじか」

 よく釣ってきた魚は捌いたりしていたが、流石に獣は捌いた事はない。
 恐らく似たようなものだとは思うのだが。

「……まぁ、うん、多分いけるけどよ……」
「じゃ、行ってくる!」

 言うが早いか、カオリは先刻指さした方へと跳躍する。
 ガサガサ、と草の擦れる音に混じり、聞こえる鳴き声。

「とったどー!」

 嬉しそうにカオリが立ち上がると、その手には気絶したウサギが捉えられていた。
 わーマジで獲ってきやがった。引くわー。

「じゃあはい、調理よろしくー」
「うーむ……しかし上手く出来るとは限らんぞ」
「私、ユキトくんの作った料理なら何でもおいしく食べるよ?」

 可愛らしく首を傾げるカオリにそこまで言われては断れない。
 俺は覚悟を決め、ウサギを受け取った。

 どうやって解体するのか。
 実は俺のズボンには十得ナイフが入っている。
 少し前、プラモを作っていた時にズボンに入れたのだ。
 それを慌てて履いてきたわけだが……いやぁこんな風に役に立つとはまさかのまさかだよ。

 ウサギの喉元にナイフを突き入れる。
 どぷっと血が吹き出て、白目を向き、びくんと震えた後、大人しくなった。
 すまない。本当にすまない。

「ひえー……」
「向こうに行っててもいいぞ」
「いやー私もやらないとだし、憶えとくよー」
「いい心がけですこと」

 最初はおっかなびっくりだったが、やってみると案外できるもんだ。
 魚で慣れていたからかな。大体の生き物は構造も捌き方も似たようなもんである。
 川の水で洗いながら皮を剥ぎ、内臓を取り出していく。

「ひえーやるねぇユキトくん。かっこいー」
「そりゃどうも……よっと、こんなもんかね」

 というわけでピンク色の肉の塊が完成しました。
 解体完了である。とはいえ哺乳類は精神的にキツかった。
 ぐったりうなだれるが、まだ終わってはいない。
 その辺に転がっていた木の枝を串代わりに、一口大に切った肉に突き刺していく。

「そしてこいつの出番ってわけだ……燃えろ」

 俺の言葉と共に炎が生まれ、枯れ木が燃え始める。
 お、わざわざ火の魔法って言わなくても出るんだな。
 言いにくかったから助かる。
 多分だが、イメージが大事なんだな。

 うんうん、我ながら理解が早い。
 炎は肉をあぶり、パチパチと音を立てながら、いい匂いを漂漂わせ始めた。

「ほーら、ユキトくんのスキル、早速役に立ったじゃない?」
「せやなぁ」

 と言ってもカオリのチート能力に比べれば、やっぱりビミョーである。
 そもそもカオリの身体能力なら、摩擦で火を起こせる気もした。
 無論、そんなことができたら俺の役立たずぶりが加速するので言わないが。

「んー、やっぱり味付けなしだとそこまで美味しくないな」
「そんなことないよー普通に美味しいよー」

 口ではそう言ってるが、まぁ現代の食事に慣れた俺らの舌には、何の味付けもしてない獣の肉は到底美味いとは言えない。
 塩胡椒でもあれば違うんだろうが、無い物ねだりである。
 とか言いつつも、疲労と空腹でウサギ1羽丸ごと俺たちの腹に収まった。

「ふぅ、お腹いっぱいだ。さて、そろそろ暗くなってきたし寝るかね」
「そうだな。でも俺はともかく、カオリは野宿なんか耐えられるのか?」
「んー、まぁ多分」

 そう言うとカオリは横になり、すぅすぅと寝息を立て始める。
 心配ご無用だったようだ。
 眠るのはえー。

「……ま、いいけど。試したいこともあったしな」

 さっきの魔法、最初に使ったのに比べて火力が大きかった気がする。
 試しに何も言わず、ただ燃えろと念じてみる。
 すると手から生まれた炎は、口で言った時より小さなものだった。

「むむ……? どういうことだ?」

 言葉の有無で威力が違うのだろうか。
 もう少し試してみよう。
 俺はすくと立ち上がると、気合を込めて手を振るう。
 気持ち的には必殺技を繰り出すイメージで、だ。

「ファイアーッッ!!」

 ごおう、と明らかに激しい炎が俺の手から発せられた。
 うおーすげー、これファイアじゃないやつや。
 これなら戦闘でも使えるか……も……

 急にすさまじい眠気が俺を襲う。
 まずい。これは耐えられない。
 あまりの眠気に、俺は抗えず体を横たえるのだった。

「……はっ!?」

 目を覚まし、飛び起きると既に日は昇っていた。
 いかん、どうやら眠ってしまったようだ。
 カオリは無事だろうかと辺りを見渡すと、いい匂いが漂っているのに気づく。

「あ、おはよーユキトくん」

 見ればカオリが昨日の残り火で何かを作っていた。

「あ、これ? ポーションの中身を捨てて、ウサギのガラと野菜でスープ作ってるんだー。もうすぐ出来るよー」
「なんかいい野菜、生えてたのか?」
「まぁ、食べられそうなのをテキトーに♪」
「カオリってほんと、たくましいよな……」

 その辺に生えている草と獣の骨でスープを作るとは、現代日本人とは思えぬ逞しさ。
 流石農家の娘だ。頼もしすぎる。
 カオリは木彫りのお玉でスープを口に含んだ。

「んーおいし♪ 普通に食べられるもんだねぇ。ほらユキトくんも」

 勧められて食べてみるが、確かに美味い。
 これがウサギのガラスープってやつか。
 こんなことでもないと食べる機会はなかっただろうな。
 カオリと二人でスープを飲み干す。

「……ところでさ。昨日なんかやってなかった? ふぁいあーってさ」
「ぶっっっ!!?? げほっ! げほっ! な、何を……?」
「いやー寝てたらユキトくんの声が聞こえた気がして」
「き、気のせいじゃないか……? 大分寝ぼけてたしなお前」
「そーお? そうかなー?」

 腕を組み、首を傾げるカオリ。
 先日使ってみた事で、あの火の魔法ってものがどういうものか、なんとなくだが掴めてきた気がする。
 カオリの言う通り、ただのしょぼスキルではなさそうだ。
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