エルゼリアの石 -Stones of Erserhia-

水野煌輝

文字の大きさ
8 / 34
第1章 守護神石の導き

第3話 親友と進む旅路(3)

しおりを挟む
不運にもティムの予想は的中することとなった。先程の戦闘を終えてから二十分程後、またもゴブリンが二人の行く手に飛び出してきた。今度は三匹だ。

「やっぱり、来たね」
ティムが剣を抜くと、表情を引き締める。

「ふん、俺の剣のサビにしてやるぜ」
不敵な笑みを浮かべると、ライアンも剣を抜いた。

その時、背後から唸り声が聞こえてきた。反射的に後ろに向くと、背後では五匹のゴブリンが二人に強烈な殺気をぶつけていた。

「チィッ。なんなんだ、こいつらは!」
ライアンが悪態を吐く。

「数が多い。気を抜くなよ、ライアン!」

ゴブリンたちは奇声を発しながら挟み打ちしてきた。

「ティム、俺は後ろのゴブリンを抑え込む!その間に前のゴブリンを何とかしてくれ!」

「分かった!すぐに助けにいくからな!」

威勢良く突進してくる三匹のゴブリンたちを、ティムは迎え討った。斬撃が先頭を走っていたゴブリンにクリーンヒットする。
次の瞬間、残りの二匹が揃ってティムに斬りかかってきた。それを剣でがっちりと受け止めると、ティムは剣を迅速に動かして、一匹を斬り捨てた。

なおも向かってくる最後のゴブリンの攻撃をかろうじて防御したが、攻撃の重さにバランスを崩して、後ろに尻もちをついた。
隙ありとばかりにゴブリンは斧を振り下ろす。しかしティムは身を翻して回避した。地面から斧を引き抜きにかかっているゴブリンに、ティムは剣を振り下ろした。ゴブリンは耳障りな呻き声をあげながら、ぐしゃりと地面に潰れた。

ゴブリンが動かなくなったことを確認すると、ティムはすぐさま踵を返しライアンの方へ駆けていった。

「ライアン、大丈夫か!」

「遅ぇぞ、ティム!」

一体のゴブリンの死骸が転がっていたが、未だライアンは四体のゴブリンに包囲され、苦戦を強いられているようだった。
すかさずティムは、ライアンを取り囲む無防備なゴブリンの背中を斬りつけた。突然の攻撃にゴブリンたちが怯み出す。その隙にライアンは雄叫びを上げながら、残りのゴブリンを滅多斬りにした。

全てのゴブリンが動かなくなると、ライアンはぜいぜいと息を切らしながら座り込んだ。
「くそっ、急にゴキブリみてえに湧き出してきやがってよお!」

罵りの言葉を吐き出すライアンの左腕からは、血が流れ出していた。

「ライアン、腕が・・・」

「こんなのかすり傷だぜ。大丈夫さ」
そう言うとライアンは、ふうと息を吐いた。

ティムは背のうから泉で補給したばかりの袋を取り出すと、血で汚れたライアンの左袖を破り取り、傷口を洗ってやった。

「すまねえ、ありがとな、ティム」

「いいさ。それより、あれだけのゴブリンを相手によく戦ってくれた。頼もしかったよ。ありがとう」
ティムは袖の切れ端を左腕にきつく結びつけ、しっかりと止血を行なった。

「まあ、伊達に兵士になりたいなんて思ってないからな」
左腕が締め付けられ、僅かに表情を歪ませながらライアンは続けた。
「お前こそ、なかなか頼りがいあるぜ。あれだけ速く前にいた奴等を倒して、俺のところまで駆けつけてきてくれたんだからな。もう少し遅ければかすり傷じゃ済まなかったかもしれねえ」

「まあ、俺だって剣は長年特訓してきたからな。ハグルにやらされてただけだけどね」

「くっくっく。お前が自主的に特訓するわけがないもんなあ」
ライアンが、喉を鳴らして笑った。




二人が寝付いてから、どれくらいの時間が経っただろうか。妙な物音にライアンは目を覚ました。
枝と枝がこすれあうような音。一瞬にして眠気が吹き飛ぶ。
ライアンは剣に左手を添えて、そっと立ち上がった。少し先の暗闇の中から音は聞こえてきている。

ライアンはティムを揺り起こした。
「ティム、起きろ!何か来るぞ!」

「むにゃむにゃ。マトンのステーキ食べたい・・・」
ティムは寝言を呟いていて、起きる気配がない。

「おい、ティム!」
ライアンは、ティムの横っ腹を思い切り蹴り上げた。

「ぐえっ!」
ティムが飛び起き、顔をぶるぶると振った。

「ティム、何か来るぞ!」

「何だって?」
眠気が覚めたティムは、すぐさま剣を抜き、立ち上がった。


間もなくして、暗闇から浮かび上がるように何体ものゴブリンが現れた。
鼻孔が焼きつくような腐臭を放ちながら、ただれたような醜い顔で襲いかかって来た。

「また来やがったな、こいつら!」

ライアンは剣を力任せに振り回して、ゴブリンを蹴散らしていく。
ティムもゴブリンの攻撃を受け流しながら次々と斬り付け、二人は再びゴブリンを一掃した。

しかし次の瞬間、これまでになく凶悪な咆哮が二人の背筋を凍らせた。
二人はすぐさま身を翻し、体勢を整える。そこには二人の倍以上の身長のある巨大なモンスターが、巨大な鉄斧を振りかざしていた。

「コ、コイツは・・・トロルッ!」
ライアンが焦燥しながら叫ぶ。
「ティム!気をつけろ!こいつはゴブリンじゃない!」

そんなこと一目瞭然じゃないか、とティムが言う前に、トロルは図太い腕で巨大な斧を横に振った。
その重い一振りは二人に直撃したが、二人ともかろうじて防御した。だが斧の衝撃は殺しきれず、二人とも後ろに弾き飛ばされた。すぐに体勢を整えようと試みる二人に、トロルはなおも斧を振りかざした。その一振りはティムを正確に捕えていた。

「うわあああ!」
悲鳴を上げながら、ティムは間一髪で身を交わした。地面と小枝が割れる音が耳元で響き、背筋が凍りつく。

トロルは地面に刺さった斧を軽々引っこ抜くと、再度振り上げた。ティムは思わず目を瞑る。

しかしその間に体勢を整えていたライアンが、トロルに向かって突進していった。
「おらあああああ!」
ライアンの渾身の一撃は、トロルの大きな脇腹に命中した。

トロルは呻き声を上げたが、すぐにライアンを斧でなぎ払った。これもライアンは防御することができたが、斧の衝撃でまた後方へ吹き飛ぶ。しかしその時既にティムは、トロルの肩に足をかけて宙に跳び上がっていた。

「はあああ!」
甲高い掛声と共に、ティムはトロルの背中に剣を突き刺した。

トロルは低く呻き声をあげ、ティムを振りほどこうと暴れる。ティムは振り落とされないよう、しっかりとトロルの肩にしがみ付いた。

するとトロルのもう片方の肩に剣が突き刺さった。ライアンが後ろから投げたのだった。トロルが図太い悲鳴を上げうろめく。その隙にティムは刺さっていた自分の剣を抜くと、トロルの頭を力いっぱい斬りつけた。
トロルは一度ふらりと足をもつれさせたかと思うと、勢い良く地面に倒れ込んだ。トロルが地面に倒れると同時に、ティムは地面に着地した。

トロルがもう動かないことを確認すると、ティムはライアンの元へ駆け寄った。
「大丈夫か、ライアン!」

ライアンが、ゆっくりと起き上がる。
「俺は大丈夫だ。お前の方こそ怪我はねえのか?」

「ああ、大丈夫だった。ありがとう、助かったよ」
まだ息が切れている。

「アーッ!」
立ち上がったライアンは突然剣を地面に突き立てた。額には立派な青筋が出来ている。
「もう俺は我慢ならねえ!うじゃうじゃと集まってきやがって!うっとうしいったらありゃしねえぜ!」

突然のライアンの激情にティムは一瞬呆気に取られたが、すぐに冷静になった。
「守護神石を持っていることが知られている以上、奴らは俺たちの命を狙い続ける。戦っていくしかないよ」

ライアンは地面から剣を抜き、血走った目で刀身を睨んだ。
「そいつは上等だぜ。俺がこの辺一帯の大掃除をしてやろうじゃねえかゴルァ!」

鼻息荒く森の奥へと歩き出したライアンを、ティムが苦笑交じりに引き留める。
「落ち着けよ、ライアン。この暗闇の中を歩くのは危険だし、トロルだって何匹いるか分からないだろ」

ライアンは興奮を抑えきれずに体を震わせていたが、ティムになだめられて落ち着きを取り戻した。
「ったく。大体何で奴らが守護神石持ってること知ってんだよ」

「そんなこと考えても仕方ないとか言ってなかったっけ?」

「仕方ねえけど、ここまで来ると気になるぜ」

「もしかしたら、石の発してるオーラみたいな何かを感じ取っているのかもしれないね」

「まあ、それくらいしか考えられねえか」
ライアンはポケットからルビーを取り出して、苦々しげに見つめた。
「チッ、だとしたら、これからも面倒臭えことが続きそうだぜ」




翌朝寒さで目を覚ましたライアンは、肩をすくませてぶるりと震えた。ティムはぐっすり眠っている。

季節はまだ冬が終わって間もない早春で、朝方は冷え込むこともしばしばである。ライアンは焚き火の火を起こして暖を取った。

徐々に暖かくなってきたところで、ティムを起こしにかかる。多分辺りが寒いと、ティムもなかなか起きようとしてくれないだろう。

「ティム、起きろ。もう朝だぞ」

「むにゃむにゃ。あったかくて気持ちいな・・・」

「・・・・」

ライアンの気遣いはどうやら逆効果に終わったらしい。暖かくなってしまったせいで、ティムの快眠モードは余計に促進されてしまったようだ。

しばらくしてライアンとようやく目を覚ましたティムは、朝日をいっぱいに浴びながら再び旅路に着いた。

「いたた・・・」
ティムは下っ腹をさすりながら、顔をしかめる。
「いくらなかなか起きないからって、ニードロップすることないだろ」

「仕方ないだろ。ああでもしないとお前昼まで眠り続けそうなんだもん」

「じゃあ何でそうさせてくれないんだよ」

「お前なあ・・・」
ライアンは呆れて、頭を抱えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

『ミッドナイトマート 〜異世界コンビニ、ただいま営業中〜』

KAORUwithAI
ファンタジー
深夜0時——街角の小さなコンビニ「ミッドナイトマート」は、異世界と繋がる扉を開く。 日中は普通の客でにぎわう店も、深夜を回ると鎧を着た騎士、魔族の姫、ドラゴンの化身、空飛ぶ商人など、“この世界の住人ではない者たち”が静かにレジへと並び始める。 アルバイト店員・斉藤レンは、バイト先が異世界と繋がっていることに戸惑いながらも、今日もレジに立つ。 「袋いりますか?」「ポイントカードお持ちですか?」——そう、それは異世界相手でも変わらない日常業務。 貯まるのは「ミッドナイトポイントカード(通称ナイポ)」。 集まるのは、どこか訳ありで、ちょっと不器用な異世界の住人たち。 そして、商品一つひとつに込められる、ささやかで温かな物語。 これは、世界の境界を越えて心を繋ぐ、コンビニ接客ファンタジー。 今夜は、どんなお客様が来店されるのでしょう? ※異世界食堂や異世界居酒屋「のぶ」とは 似て非なる物として見て下さい

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...