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第1章 守護神石の導き
第4話 迫り来るトロルたち(1)
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その日は順調に進んでいき、正午前にはケヤックの森を抜けることができた。
カルディーマ街道は、二人の前に突然現れた。鬱蒼とした茂みを貫くように伸びているカルディーマ街道は土を盛り上げて作られており、茂みの先と同じくらい高い位置を通っていた。
二人は街道の上に手をついて登ると、どこまでも続いているかのような長い道に驚いた。
ケヤックの森は見通しが良くなかった一方で、エルゼリアの美麗な山々を拝むことができる程広々としたカルディーマ街道は、二人の心を躍らせた。太く固い木の根が足場に張り巡らされ湿った地面が足を取るケヤックの森と比べると、カルディーマ街道は歩きやすいのも良かった。
二人は軽快なペースで歩き続け、時刻は夕暮れ時になった。
「いやあ、もうすぐカルディーマかあ」
ライアンが声を弾ませた。足取りもスキップするかのように軽い。
「ああ、そうだね」
ティムも笑みをこぼした。
「カルディーマに着いたら、まずライアンは何をする?」
「そりゃあお前、野暮な質問ってもんよ」
「え?」
「え?じゃねーだろッ!」
ライアンが、また声のトーンを上げてまくし立てる。
「カルディーマに着いてまずやることっていったら、女遊びに決まってんだろ」
「そうなの?」
「そうだよ。それ以外に何をやるってんだ」
「うーん」
ティムは少し考え込んだ後、こう言った。
「大きな町なんて今まで行ったこともないし、想像できないなあ。でも多分珍しい物がいっぱい集まってるから、歩いてるだけでも楽しそうだよ」
「ああ、そうだな」
ライアンはティムの顔に見向きもせずに、素っ気なく返事をする。
ティムは訝しげに首を傾げた。
「何だよ、ライアン。どうかしたのか?」
その問いかけにライアンは応じなかった。依然としてティムの前を足早に歩き続ける。
「ライアン」
機嫌でも損ねたのかと思い、ティムは駆け足でライアンの横まで行く。
しかしライアンの横顔を覗き込んだ時、ティムは自分がライアンの機嫌を損ねたわけではないことに気づいた。二人の背後から少し離れた街道の下の茂みに、トロルらしきものが動くのが見えたからだ。
ティムは一度ちゃんと振り返って、自分たちの置かれている状況を正確に掴みたいという衝動に駆られた。だが、ティムはそれを何とか押し殺し、ライアンに小声で尋ねた。
「いつから気付いてた?」
「ついさっきだ」
ライアンはまっすぐ前を見据えたまま、そう答えた。
「一瞬見えたんだけど、何体かいるみたいだ。一体でもあんなに手こずったっていうのに、これじゃさすがに勝ち目ないよ」
「俺も一瞬だけ見たんだが、茂みに隠れている奴を含めてざっと五体以上はいるとみた。あんな化け物を五体も同時に相手にするなんて、さすがの俺でもごめんだぜ」
ライアンは、押し殺した声を微かに震わせた。
「じゃあ、どうする?」
ライアンはしばらく考えているようだったが、やがて答えた。
「逃げようぜ」
その言葉に、ティムはほっとしたように息を吐いた。
「随分ライアンらしからぬ決断だな」
「そうだよ、クソッ。俺のポリシーからは完全に外れてるぜ。だが今回ばかりは仕方ねえ。それとも何だ。逃げるのは嫌だってのか?」
「いや。むしろ君が逃げることに反対したら、俺だけでも逃げるつもりだったよ」
「随分ティムらしからぬ決断だな」
「皮肉だったら後で聞くさ。早く逃げよう」
「よし、じゃあ今から一緒に三つ数えよう。数え終わったら走り出すんだ」
「分かった」
二人は早足で歩きながら、数え始めた。一つ数えるごとに二歩進むペースだろう。
三・・・二・・・一・・・
数え終わると同時に、二人は猛然と走り出した。
ティムの心臓は、焦りと恐怖で破裂しそうに波打っていた。咄嗟に背後を確認すると、何体ものトロルたちが一斉に街道の上に登って、二人の方へ走り出そうとしていた。
ティムはますますスピードを上げて走った。少し走ってから再度振り返ると、トロルたちはもう数十メートルのところまで来ていた。あの巨体の割に何という足の速さだろう。二人よりも速いのはもはや自明だった。
このまま走り続けても、捕まってしまう。そう考えたティムは、トロルたちを撒くため街道から飛び降りた。
「ライアンッ、こっちだ!」
後ろを走っていたライアンは、ティムに呼ばれるまま街道を飛び降りた。茂みをかき分けて進む。頭の中は真っ白だった。
二人は命からがら走り続けた。トロルたちの大きな足音が、茂みをかき分ける音が、すぐ背後から聞こえてくる。振り返るのも恐ろしくなり、ただがむしゃらに走り続けた。
すると、突然前を走っていたティムが転んだ。ライアンがそれを認識した時には、ライアンも転んでいた。もう辺りも暗くなっていたので、足場がはっきりしていなかったのだ。二人は崖のように急激な下り坂に誤って飛び込んでしまっていた。
二人は固い岩場の下り坂を、体を打ちつけながらごろごろと転がり続けた。
一体どれ程の間転がり続けたか分からない。一番下に着いた二人は、よろよろと身を起こした。
「何とか・・・、撒けたようだな・・・。痛ッ」
ライアンが左肩を押さえて顔を顰める。
ティムも体の節々が痛んでいた。
「ああ、怪我の功名ってやつだね。良かった。危なかった・・・」
ティムの心臓は未だばくんばくんと暴れていた。
ライアンはよろよろと起き上った。
「ぐずぐずしてる暇はないぜ。早いとこここから離れちまおう。もう少し奴等と距離を置けたら、今日はもう休むぞ」
カルディーマ街道は、二人の前に突然現れた。鬱蒼とした茂みを貫くように伸びているカルディーマ街道は土を盛り上げて作られており、茂みの先と同じくらい高い位置を通っていた。
二人は街道の上に手をついて登ると、どこまでも続いているかのような長い道に驚いた。
ケヤックの森は見通しが良くなかった一方で、エルゼリアの美麗な山々を拝むことができる程広々としたカルディーマ街道は、二人の心を躍らせた。太く固い木の根が足場に張り巡らされ湿った地面が足を取るケヤックの森と比べると、カルディーマ街道は歩きやすいのも良かった。
二人は軽快なペースで歩き続け、時刻は夕暮れ時になった。
「いやあ、もうすぐカルディーマかあ」
ライアンが声を弾ませた。足取りもスキップするかのように軽い。
「ああ、そうだね」
ティムも笑みをこぼした。
「カルディーマに着いたら、まずライアンは何をする?」
「そりゃあお前、野暮な質問ってもんよ」
「え?」
「え?じゃねーだろッ!」
ライアンが、また声のトーンを上げてまくし立てる。
「カルディーマに着いてまずやることっていったら、女遊びに決まってんだろ」
「そうなの?」
「そうだよ。それ以外に何をやるってんだ」
「うーん」
ティムは少し考え込んだ後、こう言った。
「大きな町なんて今まで行ったこともないし、想像できないなあ。でも多分珍しい物がいっぱい集まってるから、歩いてるだけでも楽しそうだよ」
「ああ、そうだな」
ライアンはティムの顔に見向きもせずに、素っ気なく返事をする。
ティムは訝しげに首を傾げた。
「何だよ、ライアン。どうかしたのか?」
その問いかけにライアンは応じなかった。依然としてティムの前を足早に歩き続ける。
「ライアン」
機嫌でも損ねたのかと思い、ティムは駆け足でライアンの横まで行く。
しかしライアンの横顔を覗き込んだ時、ティムは自分がライアンの機嫌を損ねたわけではないことに気づいた。二人の背後から少し離れた街道の下の茂みに、トロルらしきものが動くのが見えたからだ。
ティムは一度ちゃんと振り返って、自分たちの置かれている状況を正確に掴みたいという衝動に駆られた。だが、ティムはそれを何とか押し殺し、ライアンに小声で尋ねた。
「いつから気付いてた?」
「ついさっきだ」
ライアンはまっすぐ前を見据えたまま、そう答えた。
「一瞬見えたんだけど、何体かいるみたいだ。一体でもあんなに手こずったっていうのに、これじゃさすがに勝ち目ないよ」
「俺も一瞬だけ見たんだが、茂みに隠れている奴を含めてざっと五体以上はいるとみた。あんな化け物を五体も同時に相手にするなんて、さすがの俺でもごめんだぜ」
ライアンは、押し殺した声を微かに震わせた。
「じゃあ、どうする?」
ライアンはしばらく考えているようだったが、やがて答えた。
「逃げようぜ」
その言葉に、ティムはほっとしたように息を吐いた。
「随分ライアンらしからぬ決断だな」
「そうだよ、クソッ。俺のポリシーからは完全に外れてるぜ。だが今回ばかりは仕方ねえ。それとも何だ。逃げるのは嫌だってのか?」
「いや。むしろ君が逃げることに反対したら、俺だけでも逃げるつもりだったよ」
「随分ティムらしからぬ決断だな」
「皮肉だったら後で聞くさ。早く逃げよう」
「よし、じゃあ今から一緒に三つ数えよう。数え終わったら走り出すんだ」
「分かった」
二人は早足で歩きながら、数え始めた。一つ数えるごとに二歩進むペースだろう。
三・・・二・・・一・・・
数え終わると同時に、二人は猛然と走り出した。
ティムの心臓は、焦りと恐怖で破裂しそうに波打っていた。咄嗟に背後を確認すると、何体ものトロルたちが一斉に街道の上に登って、二人の方へ走り出そうとしていた。
ティムはますますスピードを上げて走った。少し走ってから再度振り返ると、トロルたちはもう数十メートルのところまで来ていた。あの巨体の割に何という足の速さだろう。二人よりも速いのはもはや自明だった。
このまま走り続けても、捕まってしまう。そう考えたティムは、トロルたちを撒くため街道から飛び降りた。
「ライアンッ、こっちだ!」
後ろを走っていたライアンは、ティムに呼ばれるまま街道を飛び降りた。茂みをかき分けて進む。頭の中は真っ白だった。
二人は命からがら走り続けた。トロルたちの大きな足音が、茂みをかき分ける音が、すぐ背後から聞こえてくる。振り返るのも恐ろしくなり、ただがむしゃらに走り続けた。
すると、突然前を走っていたティムが転んだ。ライアンがそれを認識した時には、ライアンも転んでいた。もう辺りも暗くなっていたので、足場がはっきりしていなかったのだ。二人は崖のように急激な下り坂に誤って飛び込んでしまっていた。
二人は固い岩場の下り坂を、体を打ちつけながらごろごろと転がり続けた。
一体どれ程の間転がり続けたか分からない。一番下に着いた二人は、よろよろと身を起こした。
「何とか・・・、撒けたようだな・・・。痛ッ」
ライアンが左肩を押さえて顔を顰める。
ティムも体の節々が痛んでいた。
「ああ、怪我の功名ってやつだね。良かった。危なかった・・・」
ティムの心臓は未だばくんばくんと暴れていた。
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