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第1章 守護神石の導き
第6話 繁華街の甘い罠(2)
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ライアンがその酒場に入ると、古い木の湿った匂いと酒の匂いが同時に鼻孔を刺激した。
店内は薄暗く、少しの松明が温かな明かりを漂わせていた。まだ外は暗くなり始めたばかりだが、ここだけは一日中夜であるかのような印象を受けた。
ボーイの案内で、ライアンは丸いテーブルの席に通され、ジョッキのビールを注文した。
ライアンは一人胸を躍らせていた。ライアンの故郷であるカザーフ村でライアンが認める可愛い女の子というと、二人しかいない。しかし、片方は七つ上の従兄と結婚しており、その人自身もライアンの五つ上と、とてもライアンが夢中になれる相手ではなかった。そしてもう片方は年齢も同じくらいで独身なのだが、同性愛者であった。
そんなライアンに、ようやく至福の時が訪れようとしているのだ。
いやあ、人間生きてればこうしていいことも起こるもんなんだなあ。
これだけ大きな街だ。きっとカザーフ村の女とは比べ物にならない上玉が無数に揃っているに違いない。
そうライアンがほくそ笑んでいた、その時。
「こんばんはあ!」
品の無い声が聞こえてきた方向を見て、ライアンは絶句した。衝撃の余り目と口を開きすぎて、もう少しで目玉がはみ出て顎が外れるところだった。
ライアンの目の前に現れたのは、厚化粧の凄まじいデブ女と、チンピラのように短く刈り込んだ髪型で、しかも左腕に醜悪なドラゴンの刺青の入った女。そして、最後の一人に関しては、どこからどう見ても青髭の濃いオッサン、つまりオカマである。
「今日は来てくれてありがとお」
まずデブ女が颯爽とライアンの隣に座ろうとしてくる。
ライアンの日ごろの防衛本能はこんな場所でも正確にはたらき、思わず手が腰の剣に行ったが、間一髪でこれはモンスターではないという正常な(?)認識ができたので、剣を抜くまでには至らずに済んだ。
そんなライアンの心境を露とも知らない女たちとオカマは、ぞくぞくとライアンを囲むようにして座っていく。
「私、ボニーよ。よろしくね」
デブがとびっきりの笑顔で言う。脂肪で潰れていて、目が消えていた。
「私、ブランカよ。忘れられない夜にしましょうね」
オカマが耳元で湿った声で低く囁く。
恐る恐る横目で顔を伺うと、見ているだけでも体がちくちくしてくるような青髭がびっしりと生えていた。違う意味で忘れられない夜になりそうで、冷たい汗が背中を流れるのをライアンは感じた。
「そして、アタイがジードさ。今日はよろしく」
煙草に火を点けると、刺青女は表情をぐにっと歪ませた。本人としては、恐らく笑顔を作っているのだろうと、ライアンは推測する。
奥から頼んでいたビールが来ると、女たちはそれを順番に回してライアンの前まで届けた。
「さあさあ、お兄さん、どうぞどうぞ」
女たちの手拍子と掛声に合わせ、ライアンはビールを一気に飲み干した。
女たちから歓声が上がる。
「わあ、いい飲みっぷりですわ」
「まあ、まだこんなもんじゃ酔わないね」
ライアンは空になったジョッキを置くと、袖で口を拭った。
「まだお若いのにそれだけ飲めるなんて素敵だわ。ブランカ、あなたに惚れちゃうかも!」
ブランカが両手を握って顎に付け、うるんだ瞳でライアンを見つめた。強烈にグロテスクなワンシーンである。
見計らったかのように、ボニーが言う。
「おかわりはいかがなさいますか?」
ライアンとしてはもうすぐにでもその場から走り去りたい気分だったが、まだ来てほんの数分しか経っていないので立ち去り辛かった。だからライアンは、後一杯だけ飲んで、適当な理由をつけて帰ろうと決めた。
「じゃ、じゃあ、もう一杯だけ・・・」
すぐさま女たちはボーイを呼びつけ、ビールを一杯頼んだ後、ジードが目をぎらつかせてライアンに尋ねた。
「あたしたちもご一緒してもよろしいかしら?」
「は?」
「ほら、一人で飲むのも寂しいでしょう。私たち、付き合うわよ」
ボニーがライアンにウインクする。
もっとも両目とも肉に埋もれているので、片方の瞼の脂肪が少し動いただけにしか見えないのだが。
「じゃあ、私たちには葡萄酒を頂戴」
ライアンの返答を待たずにジードが注文する。
さすがにそれは癇に障ったので罵声の一つでも浴びせてやろうかと思ったが、酒の一杯くらいでがたがた言うのもみっともないとも思い、何とか怒りを抑えた。
しかし、とんだ店に来てしまったと、ライアンは後悔せずにはいられなかった。
店内は薄暗く、少しの松明が温かな明かりを漂わせていた。まだ外は暗くなり始めたばかりだが、ここだけは一日中夜であるかのような印象を受けた。
ボーイの案内で、ライアンは丸いテーブルの席に通され、ジョッキのビールを注文した。
ライアンは一人胸を躍らせていた。ライアンの故郷であるカザーフ村でライアンが認める可愛い女の子というと、二人しかいない。しかし、片方は七つ上の従兄と結婚しており、その人自身もライアンの五つ上と、とてもライアンが夢中になれる相手ではなかった。そしてもう片方は年齢も同じくらいで独身なのだが、同性愛者であった。
そんなライアンに、ようやく至福の時が訪れようとしているのだ。
いやあ、人間生きてればこうしていいことも起こるもんなんだなあ。
これだけ大きな街だ。きっとカザーフ村の女とは比べ物にならない上玉が無数に揃っているに違いない。
そうライアンがほくそ笑んでいた、その時。
「こんばんはあ!」
品の無い声が聞こえてきた方向を見て、ライアンは絶句した。衝撃の余り目と口を開きすぎて、もう少しで目玉がはみ出て顎が外れるところだった。
ライアンの目の前に現れたのは、厚化粧の凄まじいデブ女と、チンピラのように短く刈り込んだ髪型で、しかも左腕に醜悪なドラゴンの刺青の入った女。そして、最後の一人に関しては、どこからどう見ても青髭の濃いオッサン、つまりオカマである。
「今日は来てくれてありがとお」
まずデブ女が颯爽とライアンの隣に座ろうとしてくる。
ライアンの日ごろの防衛本能はこんな場所でも正確にはたらき、思わず手が腰の剣に行ったが、間一髪でこれはモンスターではないという正常な(?)認識ができたので、剣を抜くまでには至らずに済んだ。
そんなライアンの心境を露とも知らない女たちとオカマは、ぞくぞくとライアンを囲むようにして座っていく。
「私、ボニーよ。よろしくね」
デブがとびっきりの笑顔で言う。脂肪で潰れていて、目が消えていた。
「私、ブランカよ。忘れられない夜にしましょうね」
オカマが耳元で湿った声で低く囁く。
恐る恐る横目で顔を伺うと、見ているだけでも体がちくちくしてくるような青髭がびっしりと生えていた。違う意味で忘れられない夜になりそうで、冷たい汗が背中を流れるのをライアンは感じた。
「そして、アタイがジードさ。今日はよろしく」
煙草に火を点けると、刺青女は表情をぐにっと歪ませた。本人としては、恐らく笑顔を作っているのだろうと、ライアンは推測する。
奥から頼んでいたビールが来ると、女たちはそれを順番に回してライアンの前まで届けた。
「さあさあ、お兄さん、どうぞどうぞ」
女たちの手拍子と掛声に合わせ、ライアンはビールを一気に飲み干した。
女たちから歓声が上がる。
「わあ、いい飲みっぷりですわ」
「まあ、まだこんなもんじゃ酔わないね」
ライアンは空になったジョッキを置くと、袖で口を拭った。
「まだお若いのにそれだけ飲めるなんて素敵だわ。ブランカ、あなたに惚れちゃうかも!」
ブランカが両手を握って顎に付け、うるんだ瞳でライアンを見つめた。強烈にグロテスクなワンシーンである。
見計らったかのように、ボニーが言う。
「おかわりはいかがなさいますか?」
ライアンとしてはもうすぐにでもその場から走り去りたい気分だったが、まだ来てほんの数分しか経っていないので立ち去り辛かった。だからライアンは、後一杯だけ飲んで、適当な理由をつけて帰ろうと決めた。
「じゃ、じゃあ、もう一杯だけ・・・」
すぐさま女たちはボーイを呼びつけ、ビールを一杯頼んだ後、ジードが目をぎらつかせてライアンに尋ねた。
「あたしたちもご一緒してもよろしいかしら?」
「は?」
「ほら、一人で飲むのも寂しいでしょう。私たち、付き合うわよ」
ボニーがライアンにウインクする。
もっとも両目とも肉に埋もれているので、片方の瞼の脂肪が少し動いただけにしか見えないのだが。
「じゃあ、私たちには葡萄酒を頂戴」
ライアンの返答を待たずにジードが注文する。
さすがにそれは癇に障ったので罵声の一つでも浴びせてやろうかと思ったが、酒の一杯くらいでがたがた言うのもみっともないとも思い、何とか怒りを抑えた。
しかし、とんだ店に来てしまったと、ライアンは後悔せずにはいられなかった。
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