エルゼリアの石 -Stones of Erserhia-

水野煌輝

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第1章 守護神石の導き

第6話 繁華街の甘い罠(1)

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ライアンと別れたティムは、一人カルディーマの喧騒に包まれながら表通りを歩いていった。

グレンアイラ村からほとんど出たことがないせいもあるだろうが、やはりカルディーマは巨大に思えた。どれだけ歩いても町が終わらないような感覚に陥る。ライアンと別れた広場からもう随分歩いたのだが、ティムはこれまで歩いてきた道をすっかり覚えられていなかった。明日の帰り道が恨めしい。

人々の流れは縦横無尽にティムの周りを囲むと、それぞれ思い思いの方角へ過ぎて行く。これだけ多くの人間を見ることすらティムには初めての体験だった。エルゼリアにはこんなに人間がいたのかと、改めて気付かされた。

これだけの人間はどこから来るのだろう。きっとエルゼリア中から集まっているのだろうが、その中に自分以外のグレンアイラ村出身の人間はいるのだろうか。

その時、牛の鳴き声が聞こえたと思うと体に衝撃が走り、ティムは後ろに尻もちをついた。

「邪魔だぞ。どこ見て歩いてんだ」
牛に大量の果物を引かせている商人らしき男が、牛の上からティムに罵声を飛ばし去っていった。周囲の視線を浴び、ざわめきの中からせせり笑う声が聞こえてくる。

突然の出来事にティムは呆然としたが、すぐに起き上がって歩き出した。

本当に知らない人ばっかりの所に来てしまった。
こんなに人がいるのに、俺は誰も知らないし、誰も俺を知らないのか。

そんな思いにかられていたら、少し心細くなってきた。

グレンアイラ村を思い出す。みんないつもと変わらぬ平穏な生活を送っているのだろう。
みんなの期待を背負って守護神石を集める旅に出たのに、カルディーマに着いていきなり遊ぼうとする自分に多少の罪悪感を感じずには入られなかった。

だが同時にティムは、ここまで来る間に十分見直されるだけの働きをしてきたという自負があった。
初めてこんな都会に来たのだから、多少はめを外しても罰は当たるまい。




そんなことに思いを巡らせながら表通りを歩いていると、ティムは、何かに気を取られて、歩を止めた。
ティムの視線の先にあったものは、地下へと続く階段だった。その階段の周りには石で造られた塀があり、その塀には『カルディーマ・クラウン・カジノ』という文字が、華美な字体で彫られていた。

ティムが近くまで来ると、階段の下からは、微かにざわめきが聞こえてくる。この下で人々がギャンブルを楽しんでいるのだろうか。

ティムは高鳴る気持ちを胸に、暗い階段を下りていった。下に近づくたびに、人々の声は大きくなっていく。一番下まで来ると、突き当りのドアの隙間から光が漏れていた。

ティムが重そうな扉を押すと、扉は開いた。
途端に陽気で騒がしい音が、ティムを出迎える。

地下室らしい石で覆われている壁にたくさんのランプが灯っていて、赤い絨毯が床全体を覆い尽くしていた。部屋には横長のテーブルがいくつかあり、各テーブルを十人程度の客が囲んでいた。
テーブル付近まで行ってみると、そのテーブルは普通のテーブルではないことがすぐに分かった。

まず、そのテーブルの中心は円形に窪んでいた。そして、その円の弧は、全て均等に仕切られていて、一つ一つの仕切りには、数字が割り振られていた。色は、赤と黒の二種類に分かれている。また、円の左右には、数字を羅列した表が描かれており、人々はその上に丸いチップを、次々と置いていった。

やがて、テーブルの中心付近の小綺麗な身なりをした男が、テーブルの中心の窪みに手をかけ、勢いよく回した。窪んだ部分はルーレットになっているようだ。回転と同時に、男の手からは小さな玉がルーレットに投下され、共に回転を始めた。この男はディーラーなのだろう。

「ノーモアベット(チップ受付終了)」
ルーレットが回転を始めて数秒後、ディーラーは宣言した。すると、まだチップを置き続けていた一部の客も、手を止めて、テーブルの中心に目を向けた。

ルーレットの回転が遅まるに連れて、玉の動きも遅くなる。そして玉は、最終的に十九の窪みに入り、動きを止めた。

途端に歓声と溜息が同時に響き渡る。ディーラーはテーブルに置かれたチップを全て回収した後、一部の客にチップを配分し直した。

「おい、お前。こんな所で何してんだ」

突然呼ばれて振り返ると、そこには髭まみれの見知らぬ変なおじさんがいた。

「ここは子どもの来る所じゃねえぞ。さっさと帰んな」
しゃがれた声でそう言うと、変なおじさんはビールをぐびりと飲んだ。

自分はもう十八歳であり、けして子供ではないはずだ、とティムは思った。しかし、確かに自分は童顔だったので、そう思われても仕方はない。

しかし、事実は事実である。
「俺、もう十八歳だよ。子どもじゃない」

変なおじさんは口の中のビールをぐびりと飲み干すと、ティムの顔をじっと睨んだ。本当の年齢はいくつなのかと見定めているように見えた。

やがて、変なおじさんは再びジョッキを口に運び、独り言のように呟いた。
「まあ、いいや」

結局いいのかよ、とティムは思ったが、口にはしなかった。

「カジノは初めてかい」
変なおじさんがげっぷ交じりに問いかけてくる。酒臭い息が顔にかかった。

「うん。これはどういうゲームなの?どうやって遊ぶの?」

「ふっふっふ」
変なおじさんが片手を口に当てて笑う。

ふっふっふ、じゃねえよ、とティムは思ったが、今度も口にはしなかった。

「おじさんが教えてやってもいいぞ」

「え、本当に?」

「ああ、ええぞ。わしはおじさんはおじさんでも親切なおじさんだからね」

そう言って、変なおじさんはティムに向かってウインクした。ライアンもウインクはよくするが、このおじさんのウインクはかなり不気味である。

「ありがとう。田舎の村から出てきて、右も左も分からなくて困っていたところなんだよ」

「いやいや、おじさんもそうだろうと思ったんだよね」

その割には最初、無情にも僕を追い出そうとしましたよね?と口から出かけたが、このおじさんの機嫌を損ねてゲームの遊び方を知るチャンスを無碍にすることになりかねないので、押しとどめた。

「それで、どういうルールなの?」

変なおじさんは残りのビールの量が少ないことを確認すると、一気に飲み干してジョッキを置いた。

「いいか。このゲームはな、そこにあるルーレットを回して、出た数によって勝敗が決まるゲームだ。どの数が出るのかを、俺たちが予測するんだ。テーブルに描いてある数字の表はその為にあるんだよ。数字の上に持っているチップを置いて、賭け額を表明するんだ。チップは、あそこのカウンターで現金と交換できるぞ。で、もし自分が賭けた数字が出れば、自分の勝ちになる。その数字が出る確率が低ければ低いほど、獲得できるおはじきも増えるっていう寸法だ」

「ははあ」

ティムは、右手で顎を摩りながら、テーブルの上を眺めた。人々が競い合うようにおはじきを賭け、そのたびにディーラーが発表して、テーブルは活気に満ちていた。

おじさんは空瓶を片手でつかみ、自分の肩をぽんぽんと叩きながら、ほろ酔いのせいかどもりながら話を続ける。
「後な、表を見れば分かる通り、賭けられる場所は数字だけじゃないぞ。赤と黒で賭けたり、奇数と偶数でかけたりと、色々な賭け方があるぜ」

話しながらおじさんは手元にあったチップを四つ取ると、その内二つを三と六の間に置き、もう二つを十七と二十の間に置いた。
「例えば、こんな感じだ」

「へえ。数字単体だけじゃなく、隣り合わせの数字と数字の間にも賭けれるんだね」

「そうだ。こうすれば、数字一つに賭けるのと比べて、当たる確率が倍になるからな。その分、配当は半分になるんだけどね。まあ、百聞は一見にしかず。どうだ、一回・・・」

そこまで言っておじさんが顔を上げた時、既にティムはそこにいなかった。
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