ある日、人気俳優の弟になりました。

雪 いつき

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兄弟として

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「夕方に、また来てもいい?」
「勿論です。あとそれ、毎回訊いて貰えると嬉しいです。誰もいない時もありますし」

 折角来て貰って誰もいないのは申し訳ない。そう言う優斗ゆうとに、直柾なおまさは驚いた顔をした。

「優くん、父さんが説明を忘れてるかもしれないけど……鍵を使って玄関を開けると、専用サイトで分かるようになってるんだ」
「え?」
「防犯のためにね、鍵を使わずに誰かが入ったら分かるように、玄関のセンサーと鍵が連動してるんだよ」

 正輝と直柾はそのアクセス権がある為、事前にそれを見て訪れていたらしい。どうりで午後早くに帰った日や休日にもタイミング良く訪れる筈。

 ……確かに、ここへ越して来た時に聞いた、ような気がする……。部屋の広さに驚いてそれどころではなかったが。もしかしたら他にも聞いていなかった事があるかもしれない。

「直柾さんの時間が無駄にならなくて良かったです……」
「優くんは優しいね」

 よしよし、と撫でる。

 しばらくぶりに撫でられ、隆晴りゅうせいとはまた違う柔らかな手つきに優斗は心が暖かくなる。とんでもない美形も、慣れてしまえば癒し系に…………なる筈もなかった。

 立っている所為で13cmの身長差を実感する。優斗を見下ろし陰になった瞳は宝石のように深いエメラルドグリーンで、魅入られたように目を反らせなくなる。
 慈しむような優しい瞳で、今日は意地悪もなくただ撫でられて。

 ――……これは、ファンの人がされたら、死ぬ……。

 最近おかしな言動が多かったからうっかりしていた。“橘 直柾”は、王子様な芸能人、恋人にしたい芸能人ランキングで今年一位を獲得した人物。

「な、直柾さん、時間大丈夫ですか?」

 耐えきれずに声を上げると、直柾は時計を見て“そろそろ行くね”と柔らかな笑みを浮かべた。




 大学から帰り、優斗は考えた。
 直柾からはたくさんの“好き”を貰っている。優斗の不安にも、優斗だから会いたいと、可愛いと思うのだと言ってくれた。直柾は何も出来ていないと言うが、その言葉にどれだけ救われたか。

 “もしも”の話は起きなかった現実でしかない。優斗にとっての現実は、直柾と出逢ったこの世界。それを大切にするべきだと思った。


 だから。


「優くん、ただいま」
「おかえりなさい、……兄さん」

 兄弟として、もう少し歩み寄ってみようと思ったのだ。
 最初こそ人気俳優が兄弟になる非現実的な出来事に動揺して、それから畏れ多くて呼べなかったのだが、それ以降は何となく気恥ずかしくて呼び方を変えられないままだった。

 ……ただ、直柾の顔が良すぎてつい敬語になってしまうのはまだ治せそうにない。

 初めて優斗の方から“兄”と呼ばれ、直柾はピタリと動きを止める。

「……あの、……兄さん?」
「っ……!!」
「うわ!」

 突然飛びつくように抱き締められ、すっぽりと腕の中に閉じ込められてしまった。

「優くんが、兄って認めてくれたっ」
「え、あの、今までも認めてなかったわけじゃ……」
「これで俺たちは誰よりも特別な関係だね」
「えっ、と、言い方がおかしいかなと」
「おかしくないよ?」
「えーっと、兄弟、ですよね?」
「兄弟、だね。それとも、もっと特別な関係になってみる?」

 頬の輪郭をなぞるように指先が這い、首筋を擽る。その手が後頭部に回り、引き寄せられて、優斗は反射的に直柾を押し返した。

「っ……直柾さん! あっ、もしかして! 役が抜けてないんじゃないですか!?」

 絶対にそうだ。今朝と様子が違い過ぎる。それに、そうでなければ弟にこんな冗談にならないキスをしようとする筈はない。
 以前のおふざけとは違う。目が、本気だった。

 キョトンとする直柾の胸を、もう一度強く押し返す。

「…………そう、かな? ……うん、……そうかも」
「直柾さん?」
「優くん。兄さん、って呼んで?」
「はい。兄さん……?」

 そう呼んだ途端、はーー、と溜め息をついた。直柾にしては珍しい。

「気をつけてるつもりだったのに……ごめんね」
「え?」
「役。抜けないんだ。これでもかなりマシにはなったけど……」

 以前は家に帰っても役が抜けずに困った事が何度もあった。仕事中ならマネージャーが制止してくれるが家の中ではそうもいかず、不器用な役ではコーヒーを淹れようとして火傷をし、ホストの役では配達員の女性を口説き、それを知ったマネージャーに怒られ引っ越す羽目になった。
 食生活も役に引っ張られる為、特殊な役柄の時にはマネージャーが泊まり込んだりと迷惑を掛けてしまった。

 ファンレターを毎晩読んで普段の“橘 直柾”へと戻す事を最初に勧めたのもマネージャーだった。

 憑依型、と言うらしい。留学先の恩師が、直柾はそういうタイプの俳優だと見抜いたのだ。
 “演じようとせず、その人間そのものになれ”
 その言葉が、俳優、橘 直柾を生み出した。

「怖がらせてごめんね」

 不器用で上手く切り替えられないからと直柾は言うが、それは天才では、と優斗は思う。そこまで役に、自分ではない誰かになれるのは天才でしかない。

 優斗から離れた位置で様子を窺う直柾に、優斗はクスリと笑ってみせた。

「驚きましたけど、そういうことなら大丈夫です。でも、俺は男ですよ?」

 今撮影しているドラマでは、女遊びが激しいカリスマ美容師の役だという。男の髪は切らない程の女好き。放送はまだだが、こんな調子だったら話題になる事間違いなしだ。

「ありがとう、優くん。でもね、どんなに可愛い女の子よりも、優くんの方が可愛いよ」
「……まだ役が抜けてないんですか?」
「もう抜けてるよ?」
「嘘ですね」
「嘘じゃないよ? 俺には、優くんが誰よりも可愛く見えるから」

 そう言ってふわりと笑う。やっぱりまだ役が……、抜けている。これは、抜けている。穏やかでふわふわになった直柾に、優斗は肩の力を抜いた。

「外ではしないように気を付けてくださいね、直柾さ……、兄さん?」
「っ……、優くんにしかしないと約束するよ」
「出来れば俺にもしないでいただければ」
「優くん、もう一回、呼んで欲しいな」
「あっ、誤魔化そうとしてません?」
「そんなことないよ?」
「……仕方ないですね。兄さん」

 そう呼ぶと、直柾は目を細め蕩けそうな笑みを浮かべた。

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