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第二王子シオン2
「殿下は、政治には無関心だと思っておりました」
「そうだな……。私は今まで、見て見ぬ振りをしていた」
「それが何故、このようなことを」
射抜くような氷河の瞳に、シオン様はそっと視線を落とす。
「王都の外れに、マッシュルームとベリーを使ったパイを出す店があったのを知っているか?」
「パイ……ですか」
「城の料理人でもあんな味は出せない。毎日通いたいくらい、美味しかったんだ」
シオン様はパイを思い出しているのか、優しい笑みを浮かべた。
「……だが、数年前にあの店の店主を……父が、殺した。許せなかった。あのパイはもう二度と食べられないんだ」
恨みを込め、言葉を吐き出す。
え……いや、食べ物の恨みは怖い、の究極じゃん……。まさか反旗を翻す理由がパイだとは。
「それはきっかけだが、統治者の才のない私でも、今の政治よりはまともに国を治められると気付いたんだ」
シオン様はけろりとして話を続けた。
パイだけじゃなかった。きちんと国のことを考えていた。心底安堵する。異世界とはいえ、もうこの世界は自分が生きる世界であって他人事じゃない。
「私には自信もない。説得力もない。剣の腕もいまいちだ。だが、私は良い王になると、ある人が言ってくれた。私はその人を信じることにしたんだ」
そっと目を細める。心から信じていると示すように。
誰かを信じ、前を向ける。そんな相手がいるから強くなれる。とても素敵な関係だ。
「……本当は、ずっと前から心は決まっていたんだ」
数年前、初めてあのパイを食べた日の衝撃は、今でも覚えている。ホワイトソースを使った優しい味。素朴で何の変哲もないパイだというのに、心が暖かくなり涙が溢れた。
母親はシオン様を産むと同時に命を落とした。父にも兄にも相手にされず、役立たずの王子として城でも冷遇されていた。
自暴自棄になり遊び歩いていた時に出会ったあのパイとあの店は救いだったのだと、シオン様は優しい声で語ってくれた。
「兵力は……勝算はあるんですか?」
俺の言葉に、シオン様は困ったように笑った。
「俺は、傷を治すことが出来ます。戦うなら、俺がいると便利かもしれません」
「アオバ」
「回復力があるなら使うべきだろ」
「だが、これは戦争だ。君はそれを分かっているのか?」
「……分かってる」
戦争を知らなくても、分かってはいる。
この世界は、これから生きる場所。だからといって俺が命を懸けるなんて、ここへ来た頃は選択肢にもなかった。
「ここ以外の村とか街は、いまいち活気がなかった。王様は太ってて宝石ジャラジャラで金ぴかの椅子に座ってた。それって、国として間違ってんだろ」
世直しなんて立派な志はない。ただ、ただ……気に食わない。
「働いても働いても税金ばっか取られて、気になったもん値段気にせず衝動買いしたり美味いもん腹一杯食べたりも出来なくて、毎日生きて働くだけ。何のために生きてんだろとか……そんなこと国民に思わせる腐った政治をぶっこわせるなら、やってみたいんだよ」
元の世界ではただ従うだけだった。この世界でそれを壊せるチャンスがあるなら、手助け出来る力があるなら、やる以外にない。
「それでみんなが人生楽しめるようになるなら、一石二鳥だろ?」
聖者として前へ出るつもりも、賞賛を望むつもりもない。ただ裏方に徹して、今の政治を壊せればそれで満足だ。
それに……俺は、優しいシオン様の無念を晴らしたいと思ったから。
「君は……本当に、馬鹿だな」
これは褒め言葉だ。思わず笑みが零れた。
「だが、君を戦場に近付けはしない」
「俺の話聞いてた?」
「ああ。シオン殿下が攻め入った隙に、私が王の首を穫る」
「あー……確実だな」
絶対服従と思われてるシグルズなら、王様をひと気のない場所へ連れ込んで殺すことも出来る。
「それは願ってもないことだが、父が反逆者を殺せと命じれば、君は応じるしかないだろう?」
それもそうだ。シグルズが躊躇ったら疑われるし駄目だ。
「私の部下を君に殺させる訳にはいかない。それに、私の力で父の首を穫らねば、貴族たちも納得しないだろう」
「ですが……」
「役立たずの私と、実力も後ろ盾も強固な君。どちらが王に相応しいかは明白だろう?」
シオン様は肩を竦めた。
「シグルズが王様……。政務とか面倒臭がって駄目そうなんだけど」
「君の言う通りだ。王になるくらいなら戦死と偽って東へ亡命する」
意志の固い顔で言い切った。少し前の俺を見てるみたいだな。無理そうだったら死んだふりで東に逃げる! と思っていた俺は、実はとてもシグルズと相性がいいのでは。
「シグルズ。君ならそう言ってくれると思っていた。君には、新たな王となった私に忠誠を誓うところから登場して貰いたい。それまでは王都の外の隠れ家で待機してくれ」
「……承知いたしました」
シグルズは渋々ながら頷いた。
「ですが、一つだけお約束いただきたいことがございます」
「何だ?」
「アオバを危険な目には遭わせないと、それだけは必ずお守りいただきたいのです」
「シグルズ……」
今のは心に響いた。今の言葉には好感度も計算もない。本当に俺のことを想っての言葉だ。
「ああ。約束しよう」
そう返すシオン様を真っ直ぐに見据えるシグルズが、今までで一番頼もしく見えた。
「ですが殿下は、私が王に忠誠を誓っているとお考えにならなかったのですか?」
そういえばそうだ。シグルズは、王様の命令で危険な戦場も駆けた。命懸けで嘘をつくとは誰も思わず、みんな信じたと言っていた。それなのにシオン様は、最初からそれが嘘だとして、この話をした。
「私は、人を見る目だけはあるんだ」
真っ直ぐに見据えるシグルズに、シオン様はそう言ってそっと目を細めた。
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