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直柾と隆晴
しおりを挟む数日後の夜。直柾に突然呼び出され、隆晴は指定された店へと向かった。
居酒屋の、個室。半信半疑で直柾から伝えられた部屋番号を伝えると、店員は隆晴を見て納得した顔を見せた。
お連れ様も格好良いので、と頬を染め話す店員に、直柾が俳優バレしたわけではなかったと胸を撫で下ろす。いや、別に心配してやる必要はないが。隆晴は無駄にイラッとした。
案内された部屋は、テーブルと椅子四脚の小部屋だった。
落ち着いた色調……はともかく、居酒屋という場所が直柾に似合わない。店に入る前、本当にここかと疑ってしまった。
「居酒屋とか来るんですね」
「たまにね。騒がしいから意外と色々な話をしやすいんだよ」
なるほど、と納得する。確かに部屋に入るまでは半個室や大部屋からの大声で、すぐ目の前にいる店員の声も聞こえづらかった。
個室に入ってしまえば音は遠くなり、防音もしっかりしている。
「料理は適当に頼んだから」
これ、と指差すのは秋の味覚コース。松茸や牛ステーキが入っているわりにリーズナブルな価格だった。
隆晴が奢られるのは嫌かと思っての事だろう。その気遣いは素直に受け取っておく事にした。
しかし。
雰囲気は良いが、和食系の居酒屋。
フレンチかイタリアンの超高級レストラン、という顔をしている直柾が、お通しのたこわさを食べている。違和感が凄い。
飲み物がカクテルなところが唯一の救いというか、生ビールのジョッキだったら違和感が仕事をしすぎるところだ。
と思いながら、自分は生ビールを頼んだ。逆にカクテルは似合わないし甘い酒があまり得意ではない。
さすがにこの面子でガッツリと飲む気はなく、グラスの方にした。
運ばれてきた料理を食べながらビールを飲む。秋ナスのアヒージョは和食なのか? と思うが、ビールに良く合う。他の料理も独創性なものが多かった。
「で、話って何ですか?」
話したい事がある、とわざわざ連絡してきたからには重要な話だろうと姿勢を正した。……が。
「自慢話をしようと思って」
「帰っていいですか?」
立ち上がろうとする隆晴を、まあまあ、と宥める。隆晴相手にこの態度。王子様はすこぶるご機嫌が宜しいらしい。
仕方なく座り直すと、直柾は見た目が良く似合うモスコミュールをひと口飲み、上機嫌に話し始めた。
「この前、優くんとお風呂に入ったんだけどね」
「は……? アンタ、なんでそんな自ら拷問されにいくようなことを……」
「君ならそう言ってくれると思ったよ」
直柾はにこにこと笑う。
怒るより先に“なんて恐ろしい”という顔をしてくれると思った。
「俺は俳優だからね。兄弟として、と思えばそのくらいは。……うん。本当に、……両腕でも折られる方が楽だったかな……」
ふ……と宙を見つめる。隆晴は“分かる”とばかりに視線を伏せた。
俳優としての心構えも、優斗の可愛さと無自覚な色気を前にしてあっさりと揺らいでしまった。無意識に煽るのは本当に良くない。
「優くん、本当に可愛くてね。髪も体も洗われるままで……本当に大丈夫? って、心配になったよ」
溜め息をつく直柾に、隆晴は頭を抱える。
大丈夫ではない。優斗の警戒心はどこに行った。
「流されやすいのかな。大学では大丈夫なのかなって……」
「まあ……一応俺の友人には警戒してるんで、多分大丈夫かと……。俺ももっと警戒しときます」
直柾と隆晴は同時に溜め息をついた。
「でも、よく我慢出来ましたね」
「まあね。優くんを泣かせたくないから。……」
「今、泣き顔も見たいとか思ったでしょ」
「思っちゃったなぁ。傷付けたくはないけどね」
ふぅ、と息を吐いた。
傷付けたくないが、泣き顔は見たい。それを叶えるにはまずは正式に恋人になるしかない。
ふと隆晴を見ると、何とも言えない顔をしていた。
優斗がこんな状況でも直柾と風呂に入る事を了承した。それは直柾の事を、信頼しているから。信頼度では直柾より勝っていると自負していたのに。
「状況は変わるものだよねぇ」
「……そうですね」
「君もこの気持ちを味わってくれていいんだよ?」
直柾はクスリと笑う。俳優でなければこの顔面を叩いてやりたい。そんな意地の悪い顔で。
「後悔しないでくださいよ」
と言っても直柾は余裕顔で笑うだけ。やはり強めに叩いてやりたい。
ライバルだと言いながら、馴れ合っているようで、張り合っている。
対抗心を隠しもせず言いたい事を言い合えるこの状況は、思いのほか楽しかった。
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