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話し合い

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「絶っっ対に、駄目!!」

 屋敷中に、涼佑りょうすけらしからぬ大声が響いた。
 つい数十分前、大公領へ行きたい事をエヴァンづてに伝えたところ。

『えっ、いや、今から? ……お、おお……まあ、…………フィオーレ卿、今からリョウとそちらに伺います』

 涼佑の一時帰省が決まってしまったのだ。

 リグリッドでは、暗殺者を送った者を見つけ出して捕らえ、諸々の処理が終わったところだった。
 救世主が去ったとされる今、は自分たちで処理出来るという良い見せしめにもなった。実際に、幹部たちはそれに相応しい働きをしていた。
 まだ残党がいたとしても、暫くはおとなしくしているだろう。

 今から酒で一息、と思った矢先の報告。涼佑がおとなしくしている訳もなく、エヴァンとしても、呪いへの介入はさすがに止めたかった。


「はるは、自分の立場を分かってないの?」
「分かってるよ。俺の浄化の力じゃどうにも出来ないかもしれないけど」
「力の事じゃない。はるに何かあったら、僕は生きていられないよ? その二人だってそうだ」

 ウィリアムとオスカーは神妙な顔で頷く。

「……分かってる。だから、死ぬような無茶はしない。実際にその場に行けば、また過去が見えるかもしれないし」
「確かに、呪いを掛けた奴が分かればこちらで探す事も出来るな。だが、駄目だ」
「えっ」
「オスカーに同意だよ。ハルトがおとなしくしているとは思えないからね」
「俺も同意です。はる、三対一だよ」
「リョウ。俺も同意見だから、四対一だな」

 四人で凄まれ、さすがに気圧される。
 だが、暖人はるとも負けなかった。

「俺の力は二つとも必要な時に突然目覚めたので、今回もそうかもしれません。もし無茶をしたら、閉じ込めてもいいです」

 キッと四人を見据える。
 暖人の意思は固い。テオドールの大切な人の為に何か出来るかもしれないというのに、このまま見ないふりをする事は出来なかった。

 だが、涼佑も引かない。

「大公領には、別の救世主が来るかもしれないよ。僕も暖人も、担当地域が違うじゃない」
「もしそうなら、俺が行っても何も起こらないと思う。逆に俺が担当なら、何か起こる可能性が高いと思うんだ」

 今までの経験上、そうだった。

「もし何か起こっても、俺が加減を間違えなければ命に関わることはないよ」

 これも経験上だ。
 涼佑の力も、加減を間違えなければ命に関わる事はない。それは暖人も同じだと、何故かそれに関してだけはすんなりと納得が出来た。

「……勢いで言ってるわけじゃないよ。行けば何か分かる。確信……まではいかないけど、そんな気がしてるんだ」

 テオドールと話している間も、今こうして話している間にも、段々とその気持ちが強くなっている。
 これは“救世主”としての感覚だろうか。



 長い間睨み合い、最初に折れたのは、……涼佑だった。

「……分かったよ。本当に、見に行くだけだからね」
「涼佑っ」

 パッと暖人が目を輝かせる。
 こうなった暖人が絶対に引かない事を一番知っているのは涼佑だ。このままでは、隙を見て逃げ出して一人で馬に乗って行ってしまうかもしれない。それだけは避けたい。

 それに、別の力が目覚めるのは自分の方かもしれない。切実にそちらを願ってしまった。

「でも、僕も行くよ。監視にね。無茶をしそうになったら、強制的に縛って連れ帰るから」
「っ、……うん」
「まぁ、はるが無茶を言い出す前に、呪いを掛けた相手を捕まえればいい話だよね。僕の力で分かるかもしれないし」

 ちらりとウィリアムたちに向けられた視線。暗に、そこからはそっちの仕事だ、と告げていた。

「呪いは竜族からしても厄介だからな。本当はリョウも近付かない方がいいが……」
「それが出来ないのは今見た通りですよ」
「だな。ハルト君はほんとに粘り強いな~」
「こんな時は頑固で分からず屋と言っていいです」
「お? リョウもハルト君をそんな風に言うんだな?」
「叱るのは保護者の役目ですから」

 涼佑はにっこりと笑う。あまりに綺麗な笑みで「帰ったら覚えてて」と書かれた顔を向けられ、暖人はぶるぶると身を震わせた。


「待ってくれ。実際にその場へ行く利点は理解は出来たが、俺はまだ許していないよ」
「俺もだな」

 ウィリアムとオスカーは、納得いかない顔で暖人と涼佑を見据える。

「ウィルさん。オスカーさん。……お願いします」
「駄目だよ」
「駄目だな」

 二人は腕を組んで暖人を見下ろした。だがそれで怯む暖人ではない。

「テオ様にも言いましたけど、今の俺には死ねない理由がたくさんあるんです。だから、無茶をする気はありません」
「そうかい。例えば?」

 ウィリアムは普段の笑顔を消し、冷たさすら感じる表情で見据える。
 普段穏やかな彼にこんな顔を向けられるのは初めてだ。暖人は一瞬怯み、だが、唇にグッと力を込めた。

「涼佑と、ウィルさんと、オスカーさんの事。ラスさんやテオ様やティアさんやお屋敷のみなさんの事もですし、騎士団のみなさんともまた会いたいです。日野さんのところに涼佑と一緒にご挨拶に行きたいですし」

 暖人は思いつく事を次々に語る。

「それに、この世界の珍しいものとか美味しいものをまだまだ食べたいです。モッルの本場のカレーも食べたいですし、ヴェスティの芸実的なパフェも食べたいですし、リグリッドの絶品だっていうじゃがいも料理も食べたいです。広場のクレープ屋さんの季節限定は春しか食べてませんし……」
「おお……ハルト君、食べ物ばかりだな」
「はるは成長期ですから」
「来年には涼佑を越える予定だから」

 キッと涼佑を見る暖人に、つい、ウィリアムは我が子を見るような目をし、オスカーは表情は変えずに暖人と涼佑を交互に見た。

「来年には子供扱い出来なくなってますからねっ」
「…………そうだね、楽しみにしているよ」
「……ああ。頑張れ」

 怒っている態度を崩す気はなかったが、暖人はそんなに身長を気にしていたのか、と思うと愛しさが先に立ってしまった。


「……とにかく、心残りはたくさんあるんです。涼佑とウィルさんとオスカーさんと、一緒にいろんなところにも行ってみたいですし」
「ハルト……」
「俺がどれだけ愛されてるかも、ちゃんと分かってますから」

 そっと目を細め、皆を見つめる。そして。

「それに……俺に何かあったら、涼佑が本当にラスボスになって世界を滅ぼしかねないので……」
「さすがだね、はる。僕の事良く分かってる」

 涼佑はとても良い笑顔を見せた。そのあまりに輝く笑顔に、ウィリアムたちはそっと視線を逸らす。

「……ああ、そうだね」
「世界を救う為にも無茶をするなよ」
「はい。……自分で言っておいて重みが違ってきました」

 ごくりと息を呑んだ。自ら進んで世界の命運を握ってしまった。
 ラスボスが何か分からなくとも、深刻さは三人に伝わったらしい。それならさすがに無茶を言い出さないだろうと、ひとまず大公領行きが決まったのだった。

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