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パティシエ、花楓
しおりを挟むその店は、表通りから少し外れた場所に、ひっそりと佇んでいた。
白い壁に銀色の文字で『rossignol』と書かれている。花楓から小夜啼鳥という意味だと教えて貰った、と隼音嬉しそうに言った。
ドアを開けると、カラン、と涼しげな音が鳴る。店内は白を基調に、所々に銀の装飾が施されていた。正面のショーケースには色とりどりのケーキが並んでいる。
「花楓さん、こんにちはー」
「隼音君、いらっしゃい。今日はお友達と一緒なんだね」
「花楓さんのケーキ美味しいから食べて貰いたくて、連れて来ちゃいました」
「ふふ、ありがとう。お口に合うと嬉しいんだけど」
花が綻ぶ様な笑顔に、大は納得した。
花楓は、相手の外見より内面を見るタイプ。隼音の中身がただの懐く仔犬だと見抜いている。そしてそれを微笑ましく思っている。つまりは、隼音の恋心は全く届いていないということだ。
ふわふわした薄茶色の髪のように、性格もふわふわしていそうだ。身長は思ったより高い。隼音と同じくらいだろうか。
「大と言います。隼音がいつもお世話になっています」
「いえいえ、こちらこそ。いつも楽しくお話させていただいてます」
柔らかな翡翠色の瞳を細めて笑う。可愛いというより、綺麗。纏う真っ白な服のように純粋さを感じさせた。
あまりジッと見るのも失礼だろうと、ショーケースに視線を向ける。定番のショートケーキ、チーズケーキ、フルーツタルト、その他諸々。クリームたっぷりのケーキに、大はそっと視線を外した。
「もしかして、甘いもの苦手かな?」
その言葉に驚いた顔をする大に、花楓はハッとした。
「あっ、ごめんね。嫌味とかじゃなくて、うちの父も苦手でいつもそんな顔をしてたから、つい」
「そうなんですか。……なんか、すみません」
ケーキ屋に来て甘いものが苦手とは失礼極まりない。根が真面目な大は気まずそうに頭を下げた。そんな大に、こちらこそごめんね、と花楓は優しく笑う。
「左側の一番上の段は甘さ控えめだよ。父も食べられるように作ったんだ」
“甘い物があまり得意じゃない方に”、“味見も出来ます”、とお洒落なポップが飾られた段には、どれも名前にノアールと記載されている。
ショートケーキノアール、チーズケーキノアール、フルーツタルト……諸々。
「はい、味見どうぞ」
そう言って近くのコンパクトな冷蔵庫から味見用の皿を取り出し、大に差し出す。全種類がひと口サイズに切られ、鳥の模様のピックが刺さっている。
「あまり種類はないから、全部試しても大丈夫だよ?」
確かに種類は少ない。その中で一番甘そうなフルーツタルトを取った。
「……美味い」
「ふふ、よかった」
「タルト生地、しっとりしてて甘いのに、まじで美味いです」
シロップを含む生地もクリームも、甘いのにさっぱりしている。これなら何個でも食べられそうだ。
ノアールシリーズは六種類。迷いに迷って、結局全種類買った。タルトであれなら、多分全部いける。
「こんなに美味いのに、店が分かりにくい場所にあるのって勿体ないですね」
店内もお洒落で、ケーキは味も見栄えも良い。それなのに店内には大たちだけだ。ショーケースの中は疎らだから売れてはいるようで、知る人ぞ知る店なのだろう。
「ありがとう。でも、俺も店長もあまり目立つのは好きじゃなくて……。それに、こうしてゆっくりお話出来る方が嬉しいんだ」
ケーキの感想や、こういうケーキが欲しいという要望を直接聞けるのは勉強にもなるし、励みにもなる。訪れた人と世間話をするのも、子供たちの成長を見守れるのも好きなのだと、優しく語った。
「大。どうだった? 花楓さん」
大のマンションへと戻り、ケーキと紅茶をテーブルに乗せて大に詰め寄る。
「綺麗な人だな。最初女かと思った」
「だろ? 色も白くて睫毛も長くて、何より笑顔が可愛い。仕草も可愛い。とにかく可愛い」
綺麗だと思った笑顔も、隼音には可愛く見えるらしい。
「あれで営業スマイルじゃなかったらすごいよな」
「営業じゃないって」
「すごい優しいし、女だったら俺も惚れてたかも」
「……大。花楓さんは俺のだからな?」
「俺のってか、まだ告白もしてねーんだろ?」
「うっ、痛いところを」
「その前に大問題があった。俺ら、アイドルだわ」
大の言葉に、元気に“愛があれば乗り越えられる!”とでも言うかと思ったのだが、隼音はふと笑みを消し視線を落とす。だがすぐに顔を上げ、不敵な笑みを浮かべた。
「アイドルは辞めない。花楓さんも諦めない。俺の恋を応援してね、大!」
「お前のそういうとこ、すごいよな」
若さゆえの勢い……だが、隼音はこう見えて無謀ではなく、意外と計算高いところもある。不利益になる事には近寄らないタイプだ。それでいて何事にも挑戦して乗り越えることが好きな性格。
そんな隼音なら大丈夫だろうが、これが恋は盲目のテンプレでないことを祈る。
「まあ、応援はするけど、一応リーダーにも報告しとけよ?」
「……しないと駄目?」
「何かあった時に対処しづらいだろ」
「ごもっともです」
我らがリーダーは、見た目は可愛く穏やかだが、怒ると怖い。口も立って正論で攻撃してくるものだから、反論の余地もない。それでも今回ばかりは言い負ける訳にはいかなかった。花楓への想いは、その程度ではないのだ。
「リーダーにも納得して貰えるように頑張るよ。だから……報告の時、一緒にいて、大……!」
お願い、と顔の前でパンッと手を合わせ、頭を下げた。
これも見た目とのギャップが凄い。頭なんて一ミリも下げそうにないのに。そして大は、このお願いにそこそこ弱かった。
「一緒に行くだけだからな?」
「ありがとう!」
きちんとお礼も言える素直な隼音に、まあ頑張れ、とエールを送り、真っ白なクリームのショートケーキにフォークを刺した。
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