アイドルですがピュアな恋をしています。

雪 いつき

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恋、してるんです

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 花楓かえでと約束した、火曜日。はやる気持ちを抑え切れず、いつもより早めに店を訪れた。
 扉を開けると、花楓とパートの女性が迎えてくれた。隼音しゅんも何度か顔を合わせている。小智子さちこさんと言う六十代の女性で、最近孫が高校生になったと言っていた。
 挨拶をして二、三言葉を交わすと、花楓は「奥へどうぞ」と言ってショーケースの向こうにある扉を開けた。

「いいんですか?」
「厨房とは繋がってないから大丈夫だよ」

 違う、そうじゃない。部外者なのに、と思うが、一番に厨房の衛生面を考えるところが花楓らしくて可愛いと思う。もう、何をしても可愛く見えて仕方がない。


 廊下の、一番最初の扉が厨房なのだろう。二番目を過ぎて、三番目の扉を開けた。案内されたのは花楓用の休憩室だという。
 左側には奥からロッカーと小さな棚と姿見が並び、中央にはテーブルと、椅子二脚が並んでいる。側には小さな冷蔵庫とケトルが。奥の小窓にはレースのカーテンが掛けられ、側には小さな流し場と食器置きがあった。

(これはもはや、花楓さんのお宅……)

 ふと気付く。もしかしたら自宅より過ごす時間が多いかもしれない。そんな場所に予期せず踏み入った事に動揺と興奮が込み上げた。
 興奮が妄想に変わりそう。ウッ、と内心では喜びに悶える。だが顔は冷静に、お邪魔しますと礼をして部屋に入った。


「もしかしたら、これも駄目かもと思ったんだけど……」

 椅子に座ると、コトリとテーブルの上に皿が置かれる。その上には。

「シフォンケーキだ」

 パッと顔を輝かせた。見るだけで分かる。美味しい。ふわふわで口に入れた瞬間に蕩ける、最高のケーキだ。
 あれ? でも、ショーケースに並んでいるところを見た事がない。
 顔を上げ花楓を見ると、少し困った様に笑った。

「隼音君の話を聞いて、低糖質ケーキを作ってみようと思ったんだ。それと、毎週来てくれるから、若いとはいえちょっと心配になっちゃって」

 最初は月に一、二度だった。それがいつの間にか週に一度になり、今更ではあるが糖尿病や虫歯が心配になってしまったのだ。

「糖質を大幅にカットして、ひと切れで小さなパン一個分のカロリー以下に抑えてみました」

 このくらいのパン、と親指と人差し指を付けて円を作る。

「花楓さん、天才ですか」
「ふふ、ありがとう。でも、いっぱい失敗しちゃったんだけどね」

 だから来週以降だったのかと気付く。だがこの数日で完成させたとは、やっぱり花楓さんは天才、と心の中で盛大に拍手をした。
 それに、自分のために失敗を重ねながら研究をしてくれたという事実。大切な時間を使って、自分の事を想って……。


「やっぱり、これも駄目かな?」
「駄目じゃないです。溢れる喜びを噛み締めてました」

 これはさすがに引かれるかも、と思ったのだが、花楓はほんのりと頬を染め嬉しそうに笑った。
 勘違いしそうになる。だが、花楓にとって隼音はちょっと親しい常連さんだ。その線引きは守らなくては。

「パンとか米は毎食少し食べてるので、全然大丈夫です」

 炭水化物を全て抜くのは逆に身体にも脳にも悪い。今日はまだ昼食を摂っていないので全く問題なかった。
 いただきますと手を合わせ、添えられたフォークを取る。小さめに切られたケーキは、花楓の気遣いが感じられた。そっと刺すと柔らかな弾力。だがすぐにさくりと軽い手応えで切れた。
 口に含むと、思った通り、口の中でほろりと溶ける。じわりと広がる優しい甘さ。

「……美味しい」

 美味しくて涙が出そう。もうひと欠け口に含むと、良かった、と花楓はホッとした顔をした。

「普通のシフォンより、まろやかな甘さです」
「ふふ、ありがとう。詳しい事は秘密なんだけど、砂糖をカットした分の甘さは蜂蜜メインで付けてみました」

 それも勿論低カロリーの、とちょっと自慢気にする花楓が可愛い。

「花楓さん、いいお嫁さんになりますよ」
「うーん、男なんだけどね」

 でもありがとう、とはにかんで笑う。


(ああ、もう無理だ……結婚したい)

 結婚してくださいとか言えるわけないし、取り敢えず無難に、花楓さんと結婚出来る人は幸せですねとかそんな言葉を。

「結婚してください」
「え?」
「あ、しまった」

 うっかり本音の方が。口を押さえる隼音を見て、花楓はクスリと笑った。

「ありがとう、隼音君」

 完全に冗談だと思われている。そのまま紅茶を淹れ始める花楓を、隼音は静かに見つめた。もくもくとケーキを口に運びながら、その甘さと心の中の苦い感情を噛み砕く。

(これでいいのか?)

 内心で自問する。
 確かにこのままなら、今まで通りでいられる。迎えてくれる笑顔も、優しく名を呼ぶ声も、失わずにいられる。常連の線を越えなければ穏やかな幸せは約束されている。

 でも、毎週通い続けるだけで、いつか誰かのものになるのを黙って見ているのか? その時に、伝えなかった事を後悔しないか?
 例えフラれても、……いや、フラれるのはほぼ確定だけど……フラれても時が経てば、今まで通りに迎えてくれるかもしれない。確証はなくとも、そう信じたかった。


 ……怖い。

 でも、駄目だ。

 もう、今までのままではいられない。


「花楓さん。俺、本気です」
「え?」
「花楓さんに、恋してるんです」


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