5 / 23
恋、してるんです
しおりを挟む花楓と約束した、火曜日。はやる気持ちを抑え切れず、いつもより早めに店を訪れた。
扉を開けると、花楓とパートの女性が迎えてくれた。隼音も何度か顔を合わせている。小智子さんと言う六十代の女性で、最近孫が高校生になったと言っていた。
挨拶をして二、三言葉を交わすと、花楓は「奥へどうぞ」と言ってショーケースの向こうにある扉を開けた。
「いいんですか?」
「厨房とは繋がってないから大丈夫だよ」
違う、そうじゃない。部外者なのに、と思うが、一番に厨房の衛生面を考えるところが花楓らしくて可愛いと思う。もう、何をしても可愛く見えて仕方がない。
廊下の、一番最初の扉が厨房なのだろう。二番目を過ぎて、三番目の扉を開けた。案内されたのは花楓用の休憩室だという。
左側には奥からロッカーと小さな棚と姿見が並び、中央にはテーブルと、椅子二脚が並んでいる。側には小さな冷蔵庫とケトルが。奥の小窓にはレースのカーテンが掛けられ、側には小さな流し場と食器置きがあった。
(これはもはや、花楓さんのお宅……)
ふと気付く。もしかしたら自宅より過ごす時間が多いかもしれない。そんな場所に予期せず踏み入った事に動揺と興奮が込み上げた。
興奮が妄想に変わりそう。ウッ、と内心では喜びに悶える。だが顔は冷静に、お邪魔しますと礼をして部屋に入った。
「もしかしたら、これも駄目かもと思ったんだけど……」
椅子に座ると、コトリとテーブルの上に皿が置かれる。その上には。
「シフォンケーキだ」
パッと顔を輝かせた。見るだけで分かる。美味しい。ふわふわで口に入れた瞬間に蕩ける、最高のケーキだ。
あれ? でも、ショーケースに並んでいるところを見た事がない。
顔を上げ花楓を見ると、少し困った様に笑った。
「隼音君の話を聞いて、低糖質ケーキを作ってみようと思ったんだ。それと、毎週来てくれるから、若いとはいえちょっと心配になっちゃって」
最初は月に一、二度だった。それがいつの間にか週に一度になり、今更ではあるが糖尿病や虫歯が心配になってしまったのだ。
「糖質を大幅にカットして、ひと切れで小さなパン一個分のカロリー以下に抑えてみました」
このくらいのパン、と親指と人差し指を付けて円を作る。
「花楓さん、天才ですか」
「ふふ、ありがとう。でも、いっぱい失敗しちゃったんだけどね」
だから来週以降だったのかと気付く。だがこの数日で完成させたとは、やっぱり花楓さんは天才、と心の中で盛大に拍手をした。
それに、自分のために失敗を重ねながら研究をしてくれたという事実。大切な時間を使って、自分の事を想って……。
「やっぱり、これも駄目かな?」
「駄目じゃないです。溢れる喜びを噛み締めてました」
これはさすがに引かれるかも、と思ったのだが、花楓はほんのりと頬を染め嬉しそうに笑った。
勘違いしそうになる。だが、花楓にとって隼音はちょっと親しい常連さんだ。その線引きは守らなくては。
「パンとか米は毎食少し食べてるので、全然大丈夫です」
炭水化物を全て抜くのは逆に身体にも脳にも悪い。今日はまだ昼食を摂っていないので全く問題なかった。
いただきますと手を合わせ、添えられたフォークを取る。小さめに切られたケーキは、花楓の気遣いが感じられた。そっと刺すと柔らかな弾力。だがすぐにさくりと軽い手応えで切れた。
口に含むと、思った通り、口の中でほろりと溶ける。じわりと広がる優しい甘さ。
「……美味しい」
美味しくて涙が出そう。もうひと欠け口に含むと、良かった、と花楓はホッとした顔をした。
「普通のシフォンより、まろやかな甘さです」
「ふふ、ありがとう。詳しい事は秘密なんだけど、砂糖をカットした分の甘さは蜂蜜メインで付けてみました」
それも勿論低カロリーの、とちょっと自慢気にする花楓が可愛い。
「花楓さん、いいお嫁さんになりますよ」
「うーん、男なんだけどね」
でもありがとう、とはにかんで笑う。
(ああ、もう無理だ……結婚したい)
結婚してくださいとか言えるわけないし、取り敢えず無難に、花楓さんと結婚出来る人は幸せですねとかそんな言葉を。
「結婚してください」
「え?」
「あ、しまった」
うっかり本音の方が。口を押さえる隼音を見て、花楓はクスリと笑った。
「ありがとう、隼音君」
完全に冗談だと思われている。そのまま紅茶を淹れ始める花楓を、隼音は静かに見つめた。もくもくとケーキを口に運びながら、その甘さと心の中の苦い感情を噛み砕く。
(これでいいのか?)
内心で自問する。
確かにこのままなら、今まで通りでいられる。迎えてくれる笑顔も、優しく名を呼ぶ声も、失わずにいられる。常連の線を越えなければ穏やかな幸せは約束されている。
でも、毎週通い続けるだけで、いつか誰かのものになるのを黙って見ているのか? その時に、伝えなかった事を後悔しないか?
例えフラれても、……いや、フラれるのはほぼ確定だけど……フラれても時が経てば、今まで通りに迎えてくれるかもしれない。確証はなくとも、そう信じたかった。
……怖い。
でも、駄目だ。
もう、今までのままではいられない。
「花楓さん。俺、本気です」
「え?」
「花楓さんに、恋してるんです」
5
あなたにおすすめの小説
アイドルですがピュアな恋をしています。~お付き合い始めました~
雪 いつき
BL
人気アイドルユニットに所属する見た目はクールな隼音は、たまたま入った店のパティシエ、花楓に恋をしてしまった。
見た目はクール、中身はフレンドリーな隼音は、持ち前の緩さで距離を縮めていく。
毎週ケーキを買うだけで、話をするだけで、幸せだから……な筈が、紆余曲折あり晴れて恋人同士に!
周りを巻き込みがちな、初恋同士のふたりのピュアでゆるゆるな恋のお話。
―二十歳イケメンアイドル×年上パティシエの、恋人編!―
※こちらからでも読めるかと思いますが、前作は下↓のフリースペースからリンクを繋いでおります。
俺の婚約者は小さな王子さま?!
大和 柊霞
BL
「私の婚約者になってくれますか?」
そう言い放ったのはこの国の王子さま?!
パミュロン王国で次期国王候補の第1王子アルミスから婚約を求められたのは、公爵家三男のカイルア。公爵家でありながら、長男のように頭脳明晰でもなければ次男のように多才でもないカイルアは自由気ままに生きてかれこれ22年。
今の暮らしは性に合っているし、何不自由ない!人生は穏やかに過ごすべきだ!と思っていたのに、まさか10歳の王子に婚約を申し込まれてしまったのだ。
「年の差12歳なんてありえない!」
初めはそんな事を考えていたカイルアだったがアルミス王子と過ごすうちに少しづつ考えが変わっていき……。
※不定期更新です
彼の想いはちょっと重い
なかあたま
BL
幼少期、心矢に「結婚してほしい」と告げられた優希は「お前が高校生になっても好きな人がいなかったら、考えてやらなくもない」と返事をした。
数年後、高校生になった心矢は優希へ結婚してほしいと申し出る。しかし、約束をすっかり忘れていた優希は二ヶ月だけ猶予をくれ、と告げる。
健全BL
年下×年上
表紙はhttps://www.pixiv.net/artworks/140379292様からお借りしました。
本気になった幼なじみがメロすぎます!
文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。
俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。
いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。
「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」
その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。
「忘れないでよ、今日のこと」
「唯くんは俺の隣しかだめだから」
「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」
俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。
俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。
「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」
そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……!
【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)
兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?
perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。
その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。
彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。
……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。
口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。
――「光希、俺はお前が好きだ。」
次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。
まさか「好き」とは思うまい
和泉臨音
BL
仕事に忙殺され思考を停止した俺の心は何故かコンビニ店員の悪態に癒やされてしまった。彼が接客してくれる一時のおかげで激務を乗り切ることもできて、なんだかんだと気づけばお付き合いすることになり……
態度の悪いコンビニ店員大学生(ツンギレ)×お人好しのリーマン(マイペース)の牛歩な恋の物語
*2023/11/01 本編(全44話)完結しました。以降は番外編を投稿予定です。
オレに触らないでくれ
mahiro
BL
見た目は可愛くて綺麗なのに動作が男っぽい、宮永煌成(みやなが こうせい)という男に一目惚れした。
見た目に反して声は低いし、細い手足なのかと思いきや筋肉がしっかりとついていた。
宮永の側には幼なじみだという宗方大雅(むなかた たいが)という男が常におり、第三者が近寄りがたい雰囲気が漂っていた。
高校に入学して環境が変わってもそれは変わらなくて。
『漫画みたいな恋がしたい!』という執筆中の作品の登場人物目線のお話です。所々リンクするところが出てくると思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる