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店長、鷹尾3

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「どうでした?隼音しゅん君」
「予想よりは、まともだったな」

 家へと戻り、食後のコーヒーを飲みながら鷹尾たかおは件の彼を思い出す。
 まさか、おてて繋いで満足しているとは。いや、それ以上していたら、問答無用で叩き出していただろうが。
 花楓かえでが気付いていないだけで、下心はあると思っていた。全くない訳ではないだろうが、彼からは花楓を慈しむ気持ちが溢れていた。初恋同士、相性は良いのかもしれない。

 それにしても、若干二十歳で、あそこまで他人の事に気が回るとは。勢いだけの恋かと思ったが、一瞬だけ、花楓を任せても良いかもしれないと思った。……本当に、一瞬だけだ。

 無言でカップを見据える鷹尾に、花楓はそっと微笑んだ。言葉にしなくても、何となくだが伝わっている。

「隼音君、すごいんですよ」
「何がだ?」
「時々焼き菓子も買ってくれるんですけど、試食だけで俺が作った物じゃないって気付いたんです。俺のより力強い味がするって」
「どんな味だ、それは」

 抽象的で良く分からない。鷹尾は呆れた顔をした。

「俺のケーキは癒されて、焼き菓子は鼓舞されるみたいに元気が出るそうです。味覚も感受性も豊かなんですね」
「……そうか」
「良かったですね」
「…………俺が作ったとは言ってないよな?」
「はい。別の人、とだけ言っておきました」

 花楓はクスリと笑う。
 鷹尾は自分が作った物には自信満々だが、自分が作った事は知られたくないのだ。目立ちたくない以前に、褒められると照れてしまうから。そんな彼が少し可愛いといつも思うのは内緒だ。

「隼音君と、仲良くしてくださいね」
「まあ、それなりにな」
「そんなこと言って、結構気に入ってますよね?」
「気に入ってない、こともない程度だ」
「ふふ、兄さんってば」

 クスクスと笑う。家で“店長”はおかしいかと思い、普段は兄さんと呼んでいる。名前で呼んでもみたのだが、しっくり来なくて結局この呼び方に落ち着いた。

 出逢った時には先輩で、今は店長で、兄で父。
 隼音も、出逢った時にはただのお客さんで、今は友達だ。
 変化は怖い事でも悪い事でもない。最近ではそう思うのだ。

「本当に、好きじゃないのか?」
「え?」
「アイツの事」
「……まだ、分からないんです」
「怖い、のか?」

 信頼した人に、してくれた人に、恩を仇で返す事になるのが。
 だが、花楓は首を横に振った。

「本当に、ただ分からないだけです」

 この好きが恋愛としての好きか、隼音と同じ好きなのか。間違った答えを返して、もし後で違うと気付いてしまったら、彼を傷付けてしまう。

「そうか。……お前がアイツにシフォンを作ると言った時、正直、驚いたんだがな」

 複雑な感情の込められた静かな声に、花楓は困ったように笑う。

「相手はアイドル……、目立つ存在だ。もし以前のような事になったら、どうする?」
「その時は、兄さんに迷惑を掛けないように」
「アイツのために、俺の前から姿を消すか?」

 ジッと見据える。
 花楓は一度視線を伏せてから、真っ直ぐに鷹尾を見つめる。そして、フルフルと首を横に振った。

「俺は、そんなに薄情じゃないですよ?」

 ケロリと言われ、鷹尾は目を瞬かせた。

「俺も大人になりました。逃げるだけじゃなく、立ち向かう方法もあると知りました。迷惑を掛けないように……場合によっては、弁護士や警察に相談しようと思います」

 そう言って、花楓はにっこりと笑った。

「大人になったな」

 思わず、唖然とする。花楓は予想以上に成長していた。昔は料理をする以外何も知らなかったと言うのに、いつの間にかこんなにも成長していたのだ。

「隼音君のおかげです」
「アイツの?」
「隼音君は、アイドルも、俺のことも、諦めないと言ってくれました。そう出来る自信があるって。だから俺も、大切なものは諦めないことにしたんです」

 どちらかを選ぶでもなく、どちらも諦めない。その強さが眩しくて、見習いたいと思った。

「それに、例え何があっても、兄さんは俺のことを見捨てないでいてくれると信じてますから」

 この道から逃げようとした時、彼は花楓に道を示してくれた。あれからもう五年になる。五年間、ずっと甘えてきた。
 それでも見放さずに、ずっと傍に居てくれた。本当の兄弟のように接してくれた。その優しさを、信じているのだから。

「本当に、大人になったな」

 親離れする子を見るように少し寂しげな視線が注がれる。その意味を汲み取り胸が熱くなるのを感じながらも、花楓はクスリと笑った。

「初対面でも子供じゃなかったですけどね」
「十八は子供だろ」
「子供じゃないです」

 二人が出逢ったのは、花楓が専門学校に通いながらパティスリーでアルバイトをしていた時だ。
 それからの事を、今なら悲しむ事なく思い返せるかもしれない。だから。

「隼音君に、話してみようと思います」

 彼は優しいから、花楓のために離れようとするかもしれない。それと同時に、やっぱり諦めないでいてくれるような、そんな気もした。
 彼の答えを聞けば、自分の気持ちにも答えが出るような気もするのだ。

 でも。

「クリスマスが終わったら、ですけど」

 心は決まったのに、まだ先になりそうだと眉を下げた。

「そうだな」

 そう言って鷹尾も苦笑した。
 クリスマスは戦争だ。小さな店でも、贔屓にしてくれている近隣の家々から一度に予約が入る。
 予約分と、店頭分。
 過去数年分のデータや最近の人通りから、作る数を予測する。ケーキ自体は流行を参考にしつつ、オーソドックスさも忘れない。あまりフォトジェニックな物を作ると、下手に目立ってしまうから困ったものだ。

 ハロウィンの時期が終われば本格的に忙しくなる。もうそろそろか、と二人はカレンダーを見つめた。

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