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過去
しおりを挟むクリスマス前、隼音に話そうと決めた事があった。
花楓の過去の話だ。
それに対する彼の答えを聞けば、自分の気持ちにも答えが出るような気がしていた。
花楓は京都で生まれ育ち、専門学校に入ってからは市内のパティスリーでアルバイトをしていた。
最初は接客やレジ、暫くしてからは洗い場や調理補助を、卒業後はそのままその店に採用された。
その夏、その店の店長からコンテストへの出場を勧められたのだ。
種類は自由。花楓は、得意なシフォンケーキを作った。
まだ誰も食べた事のないような、ふわふわで蕩けるようなシフォンケーキ。
結果は、金賞。
入社して数ヶ月で日本一のパティシエの称号を得たのだった。
……それまでは、良かった。
中には生意気だと思う者も居ただろうが、殆どのスタッフは花楓の功績を心から祝ってくれた。店が有名になり売上額が上がる事で店長も喜んでいた。
だが、ある有名雑誌に『天使のような、天才パティシエ』と書かれた事が皮切りだった。
当時の花楓は二十歳。色素が薄く、柔らかな笑顔の花楓はまさに天使のような風貌だった。
来店してくれた人たちに、花楓は笑顔で応えた。話し掛けられれば丁寧に返した。
恥ずかしそうに笑う顔が可愛いと噂になり、県外からの客足も増えた。
それと同時に、ケーキを頼まず顔を見に来るだけ、話をするだけの人も増えた。ケーキひとつで何時間も居座る人も。
開店待ちや出待ちをする人も増え、近隣からのクレームが入った。
いくら頑張ってケーキを作っても、聞かれるのはプライベートな内容ばかり。
徐々に笑顔がなくなっていく花楓を心配した店長は、迷惑を掛けているからと辞職を願い出た花楓を引き止め、裏でケーキ作りだけに専念出来るようにしてくれた。
すぐにブームは去る。花楓は何も悪くない。皆そう言って花楓を励まそうとしてくれた。
それから数日。当時スー・シェフで先輩だった鷹尾にも世間は目を付け、SNSで拡散された。
ついには二人に対するストーカーも現れ、追い払おうとしたスタッフが傷付けられる事件が起きた。
そして店は、臨時閉店に至った。
全て自分のせいだ。
学生の頃から育ててくれた店に、恩を仇で返してしまった。
それでも皆、花楓を慰め、守ろうとしてくれた。その優しさが、つらかった。
パティシエを、辞めよう。
ようやく決断した時、鷹尾が花楓に留学を勧めたのだ。
巻き込んでしまったのに、花楓の事を恨みもせずに一緒に行こうと言ってくれた。
それから、留学した事が公になると、日本での噂は時と共に消えて行った。
きっともう覚えている人はいない。天使のようだと言われた花楓も大人になった。
きっと誰も、花楓の顔も、シフォンの味も、覚えていない。
……でも、もし、と思うと怖くて作れなかったのだ。
話終わると、隼音は身体を起こし、花楓を見つめた。今にも泣きそうな顔をして。
「そんなの、花楓さんのせいじゃないじゃないですか」
その声は、悲しみか、怒りか、少し震えていた。
花楓も起き上がり、ゆっくりと首を横に振る。
「その人たちを抑えきれなかった俺のせいだよ」
店は警察を呼び対処しようとしたのだが、事件が起こるまでは注意程度しか出来ないと言われた。
花楓がもっと強く注意出来ていれば、皆の優しさに甘えずもっと早くに辞めていれば、あんな事にはならなかったのに……。
二年前、留学後は東京へと移り、この店を開店した。人もパティスリーも多い東京なら、紛れられると思ったのだ。
それが、花楓と鷹尾の目立ちたくない理由だった。
「アイドルの俺がいると、不都合になるんですね」
隼音は静かに呟いた。
SYUNNのお気に入りの店、とでも拡散すれば、同じ事になりかねない。
近隣住民に迷惑を掛ければ、例え店の所為でないにしても、風当たりが強くなる。
何度か行っただけですと答えたところで、収束までには時間が掛かるだろう。
店を移転したところで、隼音が居れば同じ事。
花楓は何も言わない。それでも、もしそうなっても隼音の所為だとは責めないのだろう。
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