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これから、君と

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「店長さん。この度、花楓かえでさんとお付き合いをさせていただく運びとなりました。今後ともよろしくお願いいたします」

 花楓を家まで送り届けたのは、正午前。
 あまり遅くなっては心配するだろうと、朝食を摂りながら相談した結果、後は花楓の部屋で話す事にした。
 案の定、鷹尾たかおはソワソワとしながら休日の厨房で黙々と大量の焼き菓子を作っているところだった。

「……丁寧すぎて怒れないだろ」
「ありがとうございます」
「いや、怒ってはいる。だが、まあ、……花楓の事をよろしく頼むよ」
「はい!大切にします!」

 プロポーズだったか?鷹尾は首を傾げる。いや、確かまだ恋人宣言だった気がする。

「店長さん。初日の出、綺麗でした」
「綺麗だったねぇ。星も綺麗でしたよ」
「ですです」
「……良かったな」
「「はいっ」」

 鷹尾は頭を抱える。本当に、小さな娘の初めてのお付き合い報告を聞いている気分になってきた。
 すると何を勘違いしたのか、隼音しゅんはハッとした顔をする。

「店長さん。それから」
「いや、もういい。こうなったら今後は口出しはしない。詳細報告もいらん。だが、花楓に迷惑を掛けたら即出禁だからな」
「肝に命じております」

 元から律儀で落ち着いた性格だと思っていたが、ますます丁寧になった気がする。
 本当に二十歳で、アイドルか……?と首を傾げてしまった。

「あっ、途中のパーキングで美味しいコロッケがあったんです。兄さんにも食べて欲しくて買って来ました」
「……ああ、ありがとう」

 こちらも普段と変わりない。
 ふわふわとした二人に、恋人……か?と鷹尾はまた首を傾げた。




 花楓の部屋は二階にあった。
 初めて入る、花楓の部屋。
 いつも通り休憩室に、と言ったのだが、ゆっくり話すならソファかなあと笑顔で言われては断れなかった。

 隼音としては、長い間片想いをしてきた人の部屋に、恋人初日で入るのはハードルが高い。
 花楓に何かしてしまう心配ではなく、ただただ緊張と喜びで心臓が口から飛び出しそうで。

 だが扉は開かれてしまった。隼音は半ば強制的に決心して、その扉をくぐる。

「…………お邪魔します」
「はい、どうぞ。散らかっててごめんね」

 花楓はそう言うが、散らかるどころか綺麗に整理整頓されている。
 物が少ない所為かモデルルームのように見えるのだが、テーブルの上の読みかけの本や、窓際のベッドの少し乱れたシーツに生活感を感じる。

 ――ここで花楓さんが毎日寝起きを……。

 ついベッドに目が行ってしまう。だてに片想いを拗らせてはいない。変な意味ではなく、ちょっとだけ、横になってみたいなとかそんな事。
 ああ、駄目だ。まただいにオヤジ臭いと言われてしまう。

 だが、隼音の出演番組を見る為に買ってくれたというテレビを見ると、また涙腺が弛みそうになった。


 ソファに並んで座り、鷹尾が持たせてくれた大量の焼き菓子と紅茶を並べる。

 ソファがゆったりサイズの二人掛けなのは、まあ、兄で父なら一緒に座るくらいしますよね。嫉妬とかしてないですし。
 隼音はフィナンシェを頬張った。

「焼き菓子作ってる別の人って、店長さんのことだったんですね」
「うん、実は、ね。隼音君に知られるのは恥ずかしかったみたいなんだけど」

 現場を見られてしまっては言い訳出来ない。花楓は苦笑した。

「そうなんですか。でも今度直接美味しかったですって伝えます」
「うん。きっと喜ぶと思うよ」

 恥ずかしがるとは思うけれど。

 見つかった時、しまった、と言う顔をしていたから本人には言わなかったのだが、黙っていて正解だったようだ。
 でも次は、店長さんには美味しいお菓子のお礼の嵐を浴びて貰おう。

 もぐ、と食べながら、ふと思い出す。

「花楓さん、あの、すみませんでした」
「え?何が?」
「その、……ファーストキスは、もっと格好良く決めるつもりだったんですが……」

 キスをするまでは、まだ良かった。だが唇を離した後、あまりの多幸感に、ぼろぼろと泣いてしまったのだ。
 そのまま花楓を抱き締めて二人でボロ泣きした結果、寝落ちてアラームに起こされるという結末だった。
 二人にとっての初日の出はとても綺麗で、二人でずっと一緒にいられますようにと願った。とてもとても幸せだった。

 ……でも、もっと格好良く決めたかったのに。

 肩を落とす隼音に、花楓はそっと目を細めた。

「俺にとっては、すごくロマンチックで一生忘れられない思い出になったよ?」
「え?本当ですか?」
「うん。星空の下で、なんて、映画みたいですごく素敵だったよ」
「わー、良かったー」

 緩く喜ぶ隼音に、クスリと笑った。

「それとね?泣いてる隼音君を見て、ずっと待たせちゃった分も泣かせちゃった分も、隼音君のことを絶対に俺が幸せにするんだって、そう決めたんだ」
「花楓さんって、意外と男らしいですよね」

 また雰囲気のない答えを返してしまう。いや、今のは驚きのあまり本音が出たのだ。

「年上だからね?」
「そんな花楓さんも可愛いです」
「ふふ、ありがとう」
「でも、ですね、俺の方が花楓さんのこと幸せにするので覚悟しててください」
「うん。隼音君は可愛いねぇ」

 にこにこと笑う花楓。もうすっかり可愛い年下の隼音君扱いだ。
 それなら、と花楓の腕を引き、バランスを崩した身体を抱きとめる。

「隼音く……」
「可愛くない俺は、嫌いですか?」
「っ……!」

 顎を掴まれ、上向かされて、唇の触れる距離で囁かれる。そのまま指先で唇を撫でられ、花楓はヘタリと隼音の胸元へと倒れ込んだ。

「…………心臓が痛いです」
「すみません、ちょっとやり過ぎました?」
「ううっ、かっこいい隼音君も知ってるはずなのに、つい忘れちゃうんだよね……」

 いつも緩くて可愛いから。
 でも、さすが恋人。今までより攻撃力が高かった。距離も近い。絶対心臓の音が伝わっている。

「花楓さんが慣れるまでは、恋人っぽいことは小出しにしますね」
「うん。そうしてくれると助かります」
「はい。少しずつ、恋人らしくなっていきましょうね」
「ふふ、そうだね。これから、恋人としてよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

 握手をして、二人はあの日を思い出す。

 “まずはお友達からよろしくお願いします”

 二人の視線が重なる。そして顔を見合わせ、クスリと笑った。

「恋人として、ですよね」
「うん。恋人として、だね」

 言葉にすると、まだ少し恥ずかしいけれど。
 繋いでいる手は離さずに、もう片手で花楓の頬に触れる。滑らかで柔らかで、このままずっと触れていたい。
 するりと撫でると、花楓は少し擽ったそうにしながらそっと目を閉じた。

 穏やかな翡翠色を隠す瞼に、吸い込まれるようにキスをした。驚いて開いた瞳の隣に、もうひとつ。

 ――ああ、やっぱり、好きだな……。

 会う度、触れる度に、何度でも恋に落ちる。
 きっと一生、このひとに、恋をする。

 隼音君、と柔らかな音を零す甘く艶やかな唇を、そっと塞いだ。

 今度は、泣いてしまわないように――。












END.
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※お付き合いまでのお話はこれで終わりです。お読みいただき、ありがとうございました!

 少しお休みして、またゆるゆると恋人編を書きたいと思っております。D-BlinKのリーダーなども出て来る予定です。
 ゆるっと周りを巻き込みながら恋人生活をスタートする二人を、これからも見守っていただければ幸いです。

 本当に、ありがとうございました!

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