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大切な時間
「心配とご迷惑をおかけしてすみません。俺はもう大丈夫です。今、大丈夫になりました」
今まで通りの明るい声で言う。
「泣いてすっきりしましたし、みなさんにぎゅうってして貰えて、すごく元気になりました。ありがとうございます」
もう本当に元気だと示すように笑ってみせると、ようやく信じたのか、三人は安堵の表情を見せた。
「それと、こんなパンパンのお見苦しい顔ですみません」
「神子君はどんな顔でも可愛いよ」
「そうだな」
「アールが今までみたいに悪態をついてくれたら、神子君の俺への好感度が上がったのに」
「他人任せでしか上げられないのか?」
「自力で上げられるけど、プラスアルファも欲しいからね。神子君に好きになって貰う為なら何だって利用したい」
「それに関しては同意見だな。神子が悲しまなければ、だが」
「それは大前提だ」
言い合いになるかと思えば、二人で頷き合っている。出来る事なら言い合いもして欲しくない風真は、ホッと胸を撫で下ろした。
「そうですね……。悲しくて泣いているフウマさんより、……いえ、何でもありません」
「トキさん……」
トキがあまりににっこりと笑うものだから、言おうとした事が分かってしまう。
トキは相変わらずだが、今後は慈愛に満ちた悪戯になりそうだ。そう考えてから、出来れば悪戯は回避したいけど、と苦笑した。
「って、タオル落としてすみませんっ」
床に落ちてしまったタオルを拾い、折角持ってきてくれたものを、と申し訳なさに肩を落とす。
「フウマさんのお心の美しさは、慈愛と美の女神さえも感嘆させるでしょうね」
「神子が謝る事はない。それを落としたのはユアンだ」
「そうだね。勢い良く抱きつき過ぎたよ」
「でもそれは、俺のせいで」
「まだ弱っているようだな。そこまで気に病む事ではないだろう?」
風真の手からタオルを取り、トキに渡す。
「殿下。フウマさんは、私の厚意に対して申し訳ないと思ってくださっているのです。タオルを落とした事実だけではなく、私を大切に想ってくださっているからなのですよ」
トキは替えのタオルを水に浸け、固く絞る。それを風真の瞼に乗せ、そっと髪を撫でた。
「殿下も、フウマさんが下さった物を落として駄目にしてしまったら、同じ気持ちになりませんか?」
「神子君が淹れてくれた紅茶を零したりね」
「それほど胸を痛める事だったのか」
アールはすぐさま納得して、眉を下げて風真を撫でた。
「あの、アール、多分すごく大袈裟な想像してる」
「……そうだな。お前がトキに抱く感情と、私のお前への想いとでは、雲泥の差があるからな」
「う、ううん……そういう事じゃなくて……」
「殿下はすっかり変わられましたね」
「本当にね」
トキとユアンはそういう事だと頷く。風真の申し訳ない気持ちが昼食後まで続くとしたら、アールは一ヶ月は引きずる。アールの感情をそこまで育てたのは、風真だ。
「でも愛の大きさと重さでは、アールに負けないよ」
目元のタオルをそっと押さえ、風真を抱きしめた。
(どっちもどっちかも)
形は違っても、二人の愛情を感じる。時に甘く優しく、時に情熱的に。
「私もフウマさんを愛していますが、愛の重さでは一番でしょうね」
(そうかもしれない……)
風真はそう思いながらも、ユアンに背を、アールに頭を撫でられるままで無言を貫いた。
まだ選べない。そんな自分が、何かを言う資格などない。
それでも。
(こんな風に好きって言って貰えるの、嬉しい、な……)
ゲームとは違う展開。四人でこんな風に話せるようになるだけの時間を、皆で過ごしてきた。それは風真にとって、とても大切な時間。
そんな日々を、これからも、この世界で……。
またじわりと涙が溢れ、その雫は皆に気付かれる事なく、少し暖まった布へと吸い込まれていった。
・
・
・
何度かタオルを替えられ、冷やし過ぎも良くないとトキがタオルを片付ける頃には、目元の熱感はなくなっていた。
「トキさん、ありがとうございます」
「どういたしまして」
にぱっと笑うと、トキは嬉しそうに微笑んだ。
「すっきりしたらお腹が空きました。食べてもいいですか?」
「勿論だよ。昨夜の分も食べないとね。ああ……、こんなに痩せて……」
「痩せてはないです……」
ウエストを両手で掴まれるが、痩せたというほど変化はない。ユアンからすれば細いのかもしれない。そう思っても、線の細い美少年のように細腰でもなく、普通だ。
それこそ、ケイよりも。
(あー……今は駄目だ。考えるのやめよ……)
思い出すにはまだ早い。ふるふると頭を振ると、ユアンの手が頬を包んだ。
「愛しているよ。フウマ」
「!」
突然真剣な顔で告げられ、名まで呼ばれて硬直してしまう。答えを返せない気まずさではなく……。
(ユアンさんの真剣な顔、ギャップがすごくて心臓痛い……)
これは例の他国のお姫様も抱いて欲しいと追い回すはずだ、と抱かれる側の気持ちがうっかり理解出来てしまった。
「私もフウマを愛しているが、今愛を告げたところで選ばれるのは私でもユアンでもない」
「っ、アールっ……? んむっ」
開けた口に押し込まれたのは、玉子サンドだ。
アールがサラリと愛していると言った事には驚いたが、確かにアールの言う通り、今選んでしまうのはこのふかふかのパンと絶妙玉子のサンドウィッチだ。
風真が泣いていると聞いたシェフが塩を多めに入れて作ったそれは、塩分を失った風真の舌には丁度良く、以前食べたものより美味しく感じた。
「んっ、ん~」
最高に美味しい! 幸せ! シェフ大好き!
言葉にせずとも表情で三人には伝わる。
「今は、俺たちは完敗かな」
食べ物を通して、間接的に違う男に向けられた至福の表情。多少気に食わなくとも、風真が幸せならとそっと息を吐くだけで耐えた。
アールは玉子が零れないよう、風真が全て口の中に収めるまでサンドウィッチを支え、ユアンは頃合いを見て次を取る。トキは温かい紅茶を淹れていた。
世の人々が見れば、驚愕と羨望と嫉妬と、何より恐怖で震えるだろうその待遇も、風真にとっては「全部美味しい!」の感情で霞んでしまう。
花より団子。色気より食い気。それを完全に体言している姿を、三人は、風真が幸せそうなら、という言葉だけで片付けてしまえた。
・
・
・
「美味しかった~」
デザートまで食べ終えて、風真は満足そうにソファに背を預けた。食べたものを一つずつ思い出し、美味しさの余韻に浸る。
そこで、ようやく気付いた。
「今気付いたんですけど、普通に食べさせて貰って……え、めちゃくちゃ世話して貰ってた。すみません」
「お前なら、本当に今気付いたのだろうな」
「呆れられた。ごめん」
「そんなところも可愛いとは思う」
「言いたいことは、はっきり言って欲しい」
「可愛いとは思う。が、知らない奴から物を貰っても食べるなよ?」
「食べないよっ。俺、大人だしっ」
言い返しても、アールは疑いの眼差しを向ける。
「神子君は純粋だからね。俺たち以外から美味しそうな食べ物を出されても、食べたら駄目だよ?」
「ユアンさんまでっ」
「盛られる物は毒ではなく、強力で即効性の媚薬の可能性が高いでしょうからね」
「トキさんはもっと神職の自覚をっ……」
わっと両手で顔を覆う。
きっとアールとユアンがぼかした言い方をしたものを、トキがバラしてしまった。言いながらウットリした顔をしていたのは、自分が盛った状況を想像していたのだ。
トキなら、身体に害がないどころか健康に良い媚薬を作り出しそうだと、今後訪れてしまうかもしれない未来にブルッと震えた。
「俺たちが一緒にいれば、無毒化出来るけどね」
「! そうでした!」
「だからといって、知らない奴から出された物を食べようとするな」
「しないからっ」
「弟から出されても食べるなよ?」
「え、それは王族の人だし、アールの弟だし」
食べるけど、という顔をする風真に、三人は揃って溜め息をついた。
「今後神子の食事は全て、私たちの手で食べさせる」
「はっ?」
「それが安心だね」
「そうですね」
「待って! 俺、赤ちゃんじゃない!」
「……そうか。神子君は赤ちゃんじゃないね。俺の赤ちゃんを産」
「神子が産むのはこの国の次期国王だ」
アールとユアンがバチッと火花を散らす。
(次期国王って……いや、そもそも俺が産めるかも分かんないし……)
そう思っていると、ふと顔に影が落ちた。
「わっ! トキさん!?」
脇の下に手を入れられ、子供のように抱き上げられる。見た目は細身のトキに。
「学習しない人たちですね。喧嘩をするなら、私がフウマさんのお相手をする事をもう忘れたのでしょうか」
そのままベッドへ運ばれ、風真は言いようのないショックを受けた。
(トキさんにまで……)
そこまで軽くないと思っているのは、自分だけかもしれない。この世界では、子供のように軽いのかもしれない。
(……食べて動いて筋肉付けよう!)
ショックをバネに、前向きに考える。そんな風真は知らない。トキも、風真を抱き上げる為に日々筋力トレーニングを欠かさず行うようになった事を。
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