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ユアンの稽古
翌日。宣言通り、三人に食事を口に運ばれ、使用人たちの反応が気になりいまいち味が分からないまま朝食を終えた。
あの三人が甲斐甲斐しく世話をする姿に、使用人たちは驚愕し、震えていた。普段から和気藹々と食事をする姿を見ているというのに、だ。
風真が自分で食べると言うと、ユアンに「手が空いたら悪戯するかも」と微笑まれ、手が空くなら自分のご飯を食べて欲しいと訴えたが、笑顔で流された。
使用人たちの視線を感じながらもしっかりデザートまで食べさせられて、今はやっと自室に戻って一息ついている。
(こんなイベント絶対ないよな……)
ソファに座り、ジッとテーブルを見据える。これはもう、完全にゲームの流れから外れたと考えて良いのかもしれない。
しかし、一つ懸念がある。
まさかこの流れは、三人の玩具エンドではなく……三人の、愛犬エンド。
(まぁ……オモチャよりは……)
アールたちの事も、初めて家に犬をお迎えした幼い兄弟たちと思えば少しは可愛く思えるのでは。そう考えると、仕方ないから食べてやろう、と心に余裕が生まれた。
「なんだかんだ言って、楽しいんだよな……」
四人で過ごす時間は楽しくて、大切だ。
そう思えば思うほど、押し込めていた暗い感情が顔を出す。
「姉ちゃん……」
膝を抱え、きつく目を閉じた。
声が聞きたい。話をしたい。それでも、この世界を選んだことを伝えるのが怖くて。討伐後の通話報酬がまだない事に安堵している薄情な自分が、情けなくて、目の奥が痛んだ。
「神子君、ちょっといいかな?」
「っ、ユアンさん?」
ふいにノックの音とユアンの声が響く。袖で目元を拭い、慌てて洗面所の鏡で顔を確認してから、扉を開けた。
「お待たせしました」
ユアンに向けた笑顔は、普段通り明るいものだった。
だが僅かな違和感にもユアンは気付いてしまう。それが好きな相手なら尚更だった。
「もし良かったらだけど、剣の稽古をしない?」
「お願いします!」
風真はすぐさま食いついた。
身体を動かして、鬱々とした気分を吹き飛ばしたい。そうすればきっと、姉と向き合う覚悟を決められるはずだ。
(ユアンさんには、見透かされてるのかな)
上手く笑えたと思ったのに、まだまだのようだ。
「すぐ着替えますね」
ユアンを部屋の外に押し出し、素早く着替えて部屋を出ると、張り切ってるね、とユアンは目を細めた。
風真の手のひらの傷が治っている事を、ユアンは朝食時に確認している。悪戯しようとした腕を掴む力も強かった。
本当は、一緒に本でも、と誘うつもりだった。だが今の風真には、身体を動かす事が必要だと判断したのだ。
・
・
・
「まずはストレッチから」
「はいっ」
訓練場の中央で、ユアンのお手本通りに体を伸ばしていく。腕を伸ばし、脚を伸ばして、ぺたりと座って上体を前に倒した。
「神子君は、体が柔らかいね。脚を開いても曲げられる?」
「余裕ですっ」
脚を大きく開き、体を前に倒す。ユアンが背を押すと、ぺったりと地面に胸まで付いた。
「すごいな。運動向きの体だね」
「頭使うより体使う方が向いてるんです」
「神子君は頭もいいよ?」
「へへ、ありがとうございます」
お礼は素直に受け取る。気分が良いままコロリと俯せに倒され、脚を片方ずつ曲げられる。難なく膝が胸に付き、ユアンは満足そうに見つめた。
「柔軟性があると体を傷めにくいから、神子君は騎士にとっても理想的な体だね」
「本当ですかっ?」
「もう少し筋肉と力を付ければ、剣も自分の腕のように扱えるようになるよ」
「うわーっ、頑張りますっ」
剣が使えるようになれば、浄化の力の効かない猛獣や盗賊相手でも戦える。己の身を守る事は勿論、皆を守る事も出来る。
(体術も教えて貰えたりするかな?)
剣がない場合の護身術。この世界ではきっと必要だ。
「あの、剣術の後で、体術? 護身術? も教えて貰えないでしょうか」
「護身術か。覚えていた方が良さそうだね。簡単で確実なものから教えるよ」
「お願いします!」
「ちょうどトキやアールと同じ背丈の者が揃ってるし、実践までしようか」
「えっ、ええっと、盗賊とかそういうのに備えたいんですがっ」
「護衛がいる時より、いない時に備えるべきだと思うよ?」
「……どっちにも対応出来るのを教えて欲しいです」
もう、そう言うしかない。ごめん、と二人に心の中で謝罪しながらも、体術まで覚えられる事にワクワクした。
嬉しそうに柔軟を続ける風真を、騎士たちは遠巻きに見つめる。
「隊長、それはアウトです……」
「野外公開プレイ……」
「神子様、お可哀想に……」
騎士たちの視線の先で、風真は脚を大きく開かされ、太股が腹に付くほどに体を折り曲げられている。その脚をユアンが掴みグッグッと押す度に、いけない事をしているように見えてしまった。
「股関節の柔軟……と言えなくもないけど」
「護身術使う機会は、わりと早く来そうだな」
「神子様が気付いてくだされば、ですが……」
その時が来た際には気付いて欲しいが、今は気付かないで欲しい。これが公開プレイだった事に気付けば、二度と訓練場に来なくなってしまうかもしれない。
我らが主人、我らが太陽、癒しの神子様に討伐以外で会えなくなるなど、心の死活問題だった。
「柔軟は大切だけど、普段はここまでしなくても充分だからね」
騎士たちの囁きで風真が気付く前に、ユアンは風真を起こして埃を払う。今日は柔軟性を確認しただけ、とユアンはしれっと言った。
本当でもあり、嘘も半分。確認は本当で、体位が嘘だ。それに気付いていない風真は元気に返事をして、渡された剣を嬉しそうに手に取った。
・
・
・
「前回覚えた事を忘れずに、きちんと実践出来てるね。これならもっとレベルを上げてもいいかな」
「ありがとうございます!」
ユアンと打ち合いをし、褒められた風真は嬉しそうに笑う。
もっと上手になりたい、とキラキラした瞳で訴えてくる風真に、そろそろ終わろうかと思っていたユアンはまた剣を構えた。
先ほどより速度を上げ、複雑な攻撃。目が慣れた風真は、それを持ち前の運動神経で打ち返す。
「神子様が神子様じゃなかったら、うちの隊に欲しかったっすね」
「まだ二度目だというのに、素晴らしいな」
「歴代の神子様は、運動を苦手にされていた方ばかりだったが……」
「何もかも規格外っすね」
「体力の分、浄化のお力も増していらっしゃるのか?」
そこに真面目さと好奇心が加わり、ぐんぐん成長している。これは、数ヶ月後には自分たちを抜くのでは。
騎士たちは互いに顔を見合わせ、主君に守られる訳にはいかない、と鬼気迫る勢いで訓練を再開した。
しばらく剣を交え、休憩を取った風真は元気に立ち上がる。次は体術の稽古だ。
「まずは、背後から抱きつかれたパターンから覚えようか」
身長がそれなりに高い騎士を呼び、ユアンを襲う役を任せる。指名された騎士は心底嫌がりながらも、背後から抱きついた。
「いッ! ぐえッ」
脚を踏まれ、肘鉄がみぞおちに入る。
「攻撃の時は、これより強い打撃を意識するように」
「は、はい……あの、騎士さん、大丈夫、……じゃないですよね」
「は……はは、手加減は……されて、ますんで……」
体を折り、痛みに顔を歪めながらも笑ってみせる。
「みぞおち……この辺狙ったら、こうなるんで……稽古に生かしてください」
「はいっ、ありがとうございます!」
犠牲は無駄にしません、と風真はぐっと拳を握った。
それだけで、騎士は痛みが引いた心地がする。神子様のお言葉は痛みにも効く。ぼそりと呟きながら、ユアンの前に立ち頭を下げた。
「……隊長。……先程は、神子様抱きたいとか言ってすんませんでした……」
「分かればいいよ」
ユアンはそう言って、騎士の肩をポンと叩いた。
主君に対する暴言としては、自業自得。むしろこの程度の罰で済むのは優しい。理由付ければそうなるが、ユアンの個人的な感情からの攻撃だったと騎士たちは思う。
「ほら、隊長は神子様の事になると大人げないんだからさ」
「思っても口に出すもんじゃないぞ?」
「だよなぁ……、うっかり出たわ……」
ケラケラと笑う騎士たちに迎えられ、犠牲になった騎士はぺたりと座り込んだ。風真だけが心配そうにしていたが、騎士たちの和やかな雰囲気にやっと胸を撫で下ろした。
そこに、別の騎士が近付いてくる。
「神子様を襲う役は、隊長がされるんですよね? 神子様に教える役は俺がしますよ」
背後から抱きつく役を、ユアンが他の者に任せるはずがない。今日はいない副隊長がいたとしてもだ。
「……必要以上に触れない事」
「了解です」
騎士はニッと笑う。彼は子煩悩で、風真の事も息子のようだと言っていた。ちなみに愛息子は、今年一歳半だ。
だからこそユアンも任せた。だが。
「あんよは、……脚は、もう少し上げて、はい、上手ですよー」
子煩悩で仕事以外は子供の世話をしているが故に、幼児扱いが出てしまう。
「神子君。彼は子煩悩で、子育ての癖が出ているだけなんだ。許してやって欲しい」
「そうなんですかっ、いいお父さんですね」
自分はもう大人。そう思っても、彼が良い父である事に間違いはない。癖なら幼児扱いも仕方ない。……ただ、いい子いい子されすぎて、護身術の動きが殆ど頭に入ってこなかった。
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