79 / 270
感傷の先
「んあーっ、今のナシっ」
また思い出してしまい、手すりに額を押しつけた。
「あー、なんか星が綺麗すぎて感傷的になったみたい。って、ガラじゃないけどさ」
「私といる時は、無理をするな」
明るく笑おうとする風真を、アールの腕がきつく抱きしめる。
「無理に笑うな。真正面から怒りをぶつけてきた時のように、素直なままで良い」
「アール……」
「私は、ユアンやトキのように言葉で慰める事は出来ない。だが、聞く事は出来る。返答を求めない独り言を吐き出す場所には、最適だと思うのだが」
自虐のような事を言い、腕の力を少しだけ緩めた。
「何を聞いたところで、お互いに最初の印象が最悪だったおかげで幻滅する事もないだろう?」
「ふはっ、それもそうだな」
お互いに。それなら、後は上がるしかない。
ユアンやトキには返答に困るだろうと思い言えない事も、アールになら言える。そんな気になってしまったから不思議だ。
これは独り言。空を見上げ、そっと息を吐いた。
「そうだなぁ……。この間は、悲しいとか苦しいとか憎いとか、いろんな感情がぐちゃぐちゃになって、泣くしか出来なかったんだ」
言葉にすると、あの時はそれで精一杯だったと思える。
元々頭で考えるのは得意ではない。感情も許容量を越えてしまった。だから、ケイに対して配慮が出来なかった。あの時は精一杯だったのだと……そう思ってしまえた。
(次に会ったら、謝れるかな)
ぽつりぽつりと言葉にすると、ケイへの感情は罪悪感に変わっていく。
ケイはただ、同じ境遇の者がこの世界で幸せになれたと思っていただけ。ゲームを知っていれば、家族のいる者が召喚されたとは考えもしないだろう。それでも。
「この世界にきたのは仕方ないことだった……なんて、それだけは、今でも思えないけど……。今からみんなのいない世界で生きるのは、正直、もう無理なんだよな……」
もしも、誰の事も選べなくても。アールたちが他の誰かと結ばれる事になっても。例え独りになったとしても、彼らが生きているこの世界を、現実にしていたい。
「この世界を選んだこと、姉ちゃんなら理解して、応援してくれる。でも俺は、……俺は、姉ちゃんのことを……捨てたんだ」
大事な家族より、この世界を選んだ。それは、そういう事だ。
「こんなこと言ったら余計に悲しませるって分かってるし、すごい怒られるだろうけどさ」
どこにいても幸せを願っていると言ってくれた。離れていても一緒にいる。大切に想い合っている。この世界を選んだ事を、捨てられたと思うような人ではないと、分かっている。
(選ぶ、のは……苦しい)
じわりと視界が滲む。大切なものを秤にかけるのは、悲しい。
アールたちの事も、どちらかを選べば、どちらかの気持ちを捨てる事になる。きっと、悲しませる。それが、苦しい。
(俺には、選べない……)
その気持ちが、感情に蓋をしている。好きになる事を拒んでいる。誰か一人を特別にしたくない。
「……姉ちゃんに、会いたいよ」
会いたい。顔を見たい。話をしたい。この空の先が、あの世界に繋がっていたら良いのに……。
みんな、大切にしたい。
ぎゅっと目を閉じ、ゆっくりと開ける。
見上げれば広い空。遠くに輝く星には、こちらも同じように見えているのだろうか。
無数の星々の一つ。この悩みも、自分の存在も、広い宇宙に比べればちっぽけなものに感じられた。
「空って、広いよな……」
今だけは、全て些細なものだと錯覚していたい。大切なものを見落とさないように、視野を狭めないように。
「ありがと。吐き出したらすっきりした」
振り返り笑ってみせると、そうか、とだけ言って頬を擦り寄せられた。
そのくすぐったさが、暖かさが、心に染み渡る。何も言わずただ寄り添うだけ。それがあまりにも暖かかった。
心地よい沈黙が流れ、ふと、アールが口を開く。
「寝室に、何を飾ろうかと考えている」
腕の力が緩み、元のように風真を腕の内に入れたまま手すりに手を付いた。
「お前なら、何を飾る?」
「俺? そうだなぁ。寝る前に見て幸せな気持ちになれるのがいいよな。アールの部屋なら……あ、ベッドに座った時に見える壁に、絵を飾るとかは?」
「絵か。私もそれは考えた」
風真に寝室があったらの話だったが、この部屋に飾るものを考えてくれるのも嬉しかった。
「お前の肖像画を飾ろうと考えたが」
「えっ」
「お前を描くなど、お前を創った神にしか無理だろう?」
「んん?」
冗談かと思えば、アールの声は至って真剣だ。
「人間ごときに、お前の魅力を描けるとは思えない」
(アールが神目線になってきた……)
「神子が神の子とは良く言ったものだな」
「多分アールが思ってるのと違うと思う」
神の子供ではなく、神が選んだだけだ。
「いっそのこと、部屋にお前を置いておきたい」
「んっ、んー……それはちょっと」
一緒に暮らそうと言っているようなもの。アールにそんな気はないと思いつつ、勘違いしてしまう。
「私が好きなものは、お前だけだ。そのお前が好きなものを飾りたい。そうすればいつでもお前を思い出せるだろう?」
(無自覚デレこわいっ……)
「……今度、仕立屋を呼ぶ」
「へ? そっか?」
「私の服を、お前に選んで貰いたい」
「ンッ、……俺、センスないけど」
「絵の中から選ぶだけだ」
「あ、それならいけそう」
「日程が決まり次第伝える」
「おー」
(……あれ?)
アールの服を選ぶ事が決まってしまった。そっと振り向くと、引っかかったという顔を……。
(いや、めちゃくちゃ嬉しそうな顔してる)
そんな顔をされたら、何も言えない。風真は顔を前に戻し、遠くの空を見つめた。
「また来てもいい?」
「ああ。いつでも来い」
「ありがと。次は夕焼けが見たいんだよな」
「そうか。外には出ずに待っていろ」
「大丈夫だって、落ちないから」
本当に心配性になったよな、と苦笑する。
「お前と一緒に夕焼けを見たいからだ」
「っ、……あ、そういう、ですか……」
さらりと甘い事を言われては、途端に照れてしまう。じわじわと紅くなる頬に掠めるだけのキスをして、アールは風真から離れた。
「衛兵が化け物でも見た顔をしているな」
「えっ、……ほんとだ」
風真が視線を向けるとハッとして顔を逸らされたが、遠くからでも分かるほど驚愕の表情で震えていた。
「今までのアールなら絶対こんなことしないもんな」
「今もお前以外にはしない」
「う、うん、そうだよな。ってか、部下の人たちにこんな姿見せて、威厳とか色々大丈夫?」
以前、風真の部屋に入るまでは横暴なふりをしていた。てっきり威厳がなくなるからだと思っていたのだが。
「威厳? 誰に物を言っている?」
「あっ、なんかすごい安心した」
「心配なら、私は威厳を持って、お前は私のものだとしっかりと見せつけておこう」
「はっ? いやいや、必要ないって。ほら、あっちの人とか槍? 落としちゃったし」
「減給ものだな」
「アールのせいだからっ」
そう言っても、ぎゅうぎゅうと抱きしめて髪に唇を押し付ける。別の衛兵がまた槍を落とした。
(あれっ? 身動き取れなくないっ?)
教えて貰った護身術が、全く使えない。ぴったりと密着して、肘を引く事も出来なかった。
アールやトキに使う予定はなかったが、次はこういう場面に抜け出す対処法を教えて貰おうと決め、視線を逸らす衛兵を遠い目で見つめた。
あなたにおすすめの小説
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!
由汰のらん
ファンタジー
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。
しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。
そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。
「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」
やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった。しかしハルの血が特殊だと知ったダンピールはハルを連れ帰って?
いっそ美味しい『血』(治癒)と『体液』(バフ)と『癒し』を与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!
【完結】男の後輩に告白されたオレと、様子のおかしくなった幼なじみの話
須宮りんこ
BL
【あらすじ】
高校三年生の椿叶太には女子からモテまくりの幼なじみ・五十嵐青がいる。
二人は顔を合わせば絡む仲ではあるものの、叶太にとって青は生意気な幼なじみでしかない。
そんなある日、叶太は北村という一つ下の後輩・北村から告白される。
青いわく友達目線で見ても北村はいい奴らしい。しかも青とは違い、素直で礼儀正しい北村に叶太は好感を持つ。北村の希望もあって、まずは普通の先輩後輩として付き合いをはじめることに。
けれど叶太が北村に告白されたことを知った青の様子が、その日からおかしくなって――?
※本編完結済み。後日談連載中。
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
俺は夜、社長の猫になる
衣草 薫
BL
冤罪で職を追われた葵は、若き社長・鷹宮に拾われる。
ただし条件は――夜は“猫”として過ごすこと。
言葉を話さず、ただ撫でられるだけの奇妙な同居生活。
タワマン高層階の部屋で、葵は距離を崩さない鷹宮に少しずつ惹かれていく。
けれど葵はまだ知らない。自分が拾われた本当の理由を。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
「今夜は、ずっと繋がっていたい」というから頷いた結果。
猫宮乾
BL
異世界転移(転生)したワタルが現地の魔術師ユーグと恋人になって、致しているお話です。9割性描写です。※自サイトからの転載です。サイトにこの二人が付き合うまでが置いてありますが、こちら単独でご覧頂けます。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。