89 / 270
幸せな時間
部下の情報からユアンが選んだのは、今までの食堂より落ち着いた雰囲気の店だった。
この世界では珍しい団体用の個室には、ソファと飴色のテーブルが置かれている。壁には風景画が飾られ、観葉植物もあった。
とはいえ、バーではなく酒場。近くの個室から聞こえる賑やかな声が、楽しく騒げる雰囲気を作っていた。
「神子様、これがオススメの果実酒です!」
「わっ、綺麗!」
早速注文した果実酒を、部下の一人が風真の前に置く。氷の入ったグラスに注がれていたのは、可愛らしい桃色の酒だった。
透明度が高く宝石のようなそれを、風真はキラキラした瞳で見つめる。
「北部の領でお祝いの時に飲まれる酒らしいです。今日にぴったりですよね! ということで~」
「神子様!! 本日もありがとうございました!!」
「神子様への感謝と、我らの愛と敬意を込めて~~」
「かんぱーーい!!」
「かっ、かんぱーい!」
元気な声に、風真もグラスを掲げた。
愛と敬意もいただいてしまった。照れてしまうけれど、とても嬉しい。
ケイの協力がなければどうなっていたかと思いつつ、この席で言うのは野暮というもの。いつかケイとも一緒に飲みたいな、と思いながらグラスに口を付けた。
「んっ、おいし~!」
苺のような甘酸っぱさと、ほんのりミルクの風味を感じる。後味にキウイに似た爽やかさがふわりと残り、晴れやかな気分になった。
「お祝いのお酒にぴったりですねっ」
「そうでしょう、そうでしょう?」
「これも一緒にどうぞ!」
同じく祝いの席で出される肉料理を乗せた皿を、風真の前に置く。見た目はローストビーフ。その上に、色鮮やかな小花が添えられていた。
「これも綺麗! 食べるの勿体ないですっ」
「ですよね~。まだまだたくさんあるので、一思いにどうぞ!」
サッとフォークが差し出される。
風真は花を崩さないようフォークでそっと肉を掬い、大きな口を開けてぱくりと食べた。
「んっ、んんっ? ん~~!」
(この花、ソースだ! 美味しい!)
風真はもぐもぐと口を動かしながら悶えた。
飴細工のようにしっかりと形のあった花は、口に入れるとマヨネーズのように柔らかく溶ける。さっぱりとした赤身肉に、濃厚な旨味と、塩やハーブの絶妙なハーモニー。
(異世界の肉料理、最高~!)
「ふぁー……、しあわせです……」
いつまでも口に入れていたい。頬が落ちるとはまさにこのこと。両手で頬を押さえ、最高、と至福の表情を浮かべた。
・
・
・
「ん~、おれ、すっごいしぁわせぇ……」
二時間後。
飲み過ぎないよう気を付けていたはずの風真は、すっかりべろべろになっていた。
「ぜぇぶおいし~」
酒を飲み干し、ふにゃりと笑う。
「みにゃ、いっしょ~、らいしゅきぃ~」
大好きな人たちと一緒に、美味しいご飯を食べられて幸せだ。正しく解釈した騎士たちは、我が子を見るように暖かな目で風真を見つめた。
今までの経験から、風真は幸せな酔い方しかしない。ユアンも酔った風真に無体を働いたりはしない。それならもう、この場には幸せしかなかった。
「神子君、俺の事は?」
「んんー……」
「ユアンは?」
くい、と顎を掴み顔を上げさせる。風真はジッとユアンを見つめて。
「ゆぁん、ら~ぃしゅきぃ~」
過去一ぐだぐだの呂律。ふにゃりと笑い、ユアンの望み通りの言葉を口にした途端、その場に戦慄が走った。
「……上の宿を」
「予約済みです!」
「二日酔いの薬も」
「こちらに!」
「有能な部下を持って、俺は幸せ者だな」
そこで更に鍵を持った部下がスッと立ち上がり、他の部下がサッと扉を開ける。
ユアンは満足げに笑みを浮かべ、ぐにゃぐにゃになった風真を抱き上げ、個室を後にした。
・
・
・
鍵と扉を開けた部下はテーブルの上に鍵を置いて、そそくさと部屋を出て行った。
ユアンは風真をベッドへと下ろし、鍵を閉める。
「さて。神子君、腕上げて?」
「んんっ、やぁー」
上体を起こし服を脱がせようとすると、ユアンを押し返し、いやいやと首を振った。
ユアンは思わず呻く。今のは相当きた。……体の、とある部分に。
「着たままだと、服が皺になるからね」
「ゆあんしゃ、えっちぃ」
「そうだよ。えっちなことされたくなかったら、おとなしく脱ごうか」
えっちな事をするから脱ぐはずが、なんて矛盾。心を無にして、淡々と風真の服を脱がせた。
ボタンのない上の服をすぽんと脱がせ、ズボンのベルトを外す。
「ん……といれ……」
「……こっちだよ」
今度は自ら脱ごうとする風真にズボンを穿かせ、抱き上げてバスルームへと連れて行った。
「終わったら呼んでね」
見ないようにして下着ごと服を下げ、フラフラの風真を座らせる。パタリと扉を閉め、ユアンはその場にしゃがみ込んだ。
これは想い人ではなく、幼児の世話だ。例え、とてつもなく美味しそうに見えても、下腹部が痛いほどにこの先の行為を訴えてきても、今の風真は幼児。無邪気な幼児だ。
「……予行練習だな」
そうだ、これは彼との子供が出来た時の練習。子育てだ。
自分が思っている以上に理性が崩れかけ、昂る気持ちを抑えようと深く息を吐いた。
数分後。いつまで経っても掛からない声に、ユアンはさすがに心配になる。
「神子君? 開けるよ?」
「ん……んっ、らめぇ」
中からガタガタと音がして、続いて水の流れる音がする。
「ふ、神子君、まだ泡が付いてるよ」
しっかりと石鹸で洗ったらしい手には、大量の泡が付いていた。風真の手を取り泡を流し、タオルで拭く。
先程は予行練習と思ったが、子供の頃の風真を世話出来ていると思うのも、とても良い。時空を越えて幸せを感じた。
フラフラする風真をベッドへと運び、横たえてズボンを脱がせる。そこからまた一悶着あったが、イヤイヤ期に疲れたのか風真はパタリと力尽きた。
「神子君は、酒癖がいいな」
ユアンにとっては、最高だ。こんな姿、本当は部下にも見せたくない。
「フウマ。ユアンのこと、好き?」
「ん……ゆぁ、ん……」
「好きって言って?」
「しゅぃ……」
「大好き?」
「だぁ、しゅきぃ」
ふにゃりと幸せそうに笑った風真は、そのまますうすうと寝息を立て始めた。
「……可愛いな」
起きている時の風真が見れば、絶叫して二度と飲まないと誓いそうだ。頬を緩め、可愛い言葉ばかり零していた唇をそっと撫でる。
弾力のある唇へ、吸い寄せられるように顔を近付け……ちゅ、と音を立て、桜色に染まった頬へとキスを落とした。
愛犬以外との初めてのキスは、まだ自分のものではない。
風真が恋人として選ぶ相手の、……未来の自分の為に、とっておきたかった。
「……幸せ、だな」
まだ転がる気配のない風真をしっかりと抱きしめ、ぽそりと呟く。
想い人が腕の中で、静かな寝息を立てている。自分の手で世話をされ、脱がされて、それでもすっかり安心しきって。
朝が来ても、消える事はない。どこにも行かない。ずっと、腕の中にいる。この日々がいつまで続くかと不安になるより、今の幸せを噛みしめていたい。
直に触れる肌。その暖かさに心がとろりと溶けていく。幸せだと思う度に痛む目の奥に、らしくないなとそっと笑みを零した。
あなたにおすすめの小説
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
触手生物に溺愛されていたら、氷の騎士様(天然)の心を掴んでしまいました?
雪 いつき
BL
仕事帰りにマンホールに落ちた森川 碧葉(もりかわ あおば)は、気付けばヌメヌメの触手生物に宙吊りにされていた。
「ちょっとそこのお兄さん! 助けて!」
通りすがりの銀髪美青年に助けを求めたことから、回らなくてもいい運命の歯車が回り始めてしまう。
異世界からきた聖女……ではなく聖者として、神聖力を目覚めさせるためにドラゴン討伐へと向かうことに。王様は胡散臭い。討伐仲間の騎士様たちはいい奴。そして触手生物には、愛されすぎて喘がされる日々。
どうしてこんなに触手生物に愛されるのか。ピィピィ鳴いて懐く触手が、ちょっと可愛い……?
更には国家的に深刻な問題まで起こってしまって……。異世界に来たなら悠々自適に過ごしたかったのに!
異色の触手と氷の(天然)騎士様に溺愛されすぎる生活が、今、始まる―――
※昔書いていたものを加筆修正して、小説家になろうサイト様にも上げているお話です。
異世界転移で、俺と僕とのほっこり溺愛スローライフ~間に挟まる・もふもふ神の言うこと聞いて珍道中~
兎森りんこ
BL
主人公のアユムは料理や家事が好きな、地味な平凡男子だ。
そんな彼が突然、半年前に異世界に転移した。
そこで出逢った美青年エイシオに助けられ、同居生活をしている。
あまりにモテすぎ、トラブルばかりで、人間不信になっていたエイシオ。
自分に自信が全く無くて、自己肯定感の低いアユム。
エイシオは優しいアユムの料理や家事に癒やされ、アユムもエイシオの包容力で癒やされる。
お互いがかけがえのない存在になっていくが……ある日、エイシオが怪我をして!?
無自覚両片思いのほっこりBL。
前半~当て馬女の出現
後半~もふもふ神を連れたおもしろ珍道中とエイシオの実家話
予想できないクスッと笑える、ほっこりBLです。
サンドイッチ、じゃがいも、トマト、コーヒーなんでもでてきますので許せる方のみお読みください。
アユム視点、エイシオ視点と、交互に視点が変わります。
完結保証!
このお話は、小説家になろう様、エブリスタ様でも掲載中です。
※表紙絵はミドリ/緑虫様(@cklEIJx82utuuqd)からのいただきものです。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる
おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。
知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。
助けたドS皇子がヤンデレになって俺を追いかけてきます!
夜刀神さつき
BL
医者である内藤 賢吾は、過労死した。しかし、死んだことに気がつかないまま異世界転生する。転生先で、急性虫垂炎のセドリック皇子を見つけた彼は、手術をしたくてたまらなくなる。「彼を解剖させてください」と告げ、周囲をドン引きさせる。その後、賢吾はセドリックを手術して助ける。命を助けられたセドリックは、賢吾に惹かれていく。賢吾は、セドリックの告白を断るが、セドリックは、諦めの悪いヤンデレ腹黒男だった。セドリックは、賢吾に助ける代わりに何でも言うことを聞くという約束をする。しかし、賢吾は約束を破り逃げ出し……。ほとんどコメディです。 ヤンデレ腹黒ドS皇子×頭のおかしい主人公
異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました
ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載
異世界に転移したら運命の人の膝の上でした!
鳴海
BL
ある日、異世界に転移した天音(あまね)は、そこでハインツという名のカイネルシア帝国の皇帝に出会った。
この世界では異世界転移者は”界渡り人”と呼ばれる神からの預かり子で、界渡り人の幸せがこの国の繁栄に大きく関与すると言われている。
界渡り人に幸せになってもらいたいハインツのおかげで離宮に住むことになった天音は、日本にいた頃の何倍も贅沢な暮らしをさせてもらえることになった。
そんな天音がやっと異世界での生活に慣れた頃、なぜか危険な目に遭い始めて……。