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その夜
しおりを挟むウィリアム自ら案内したのは、屋敷中央の階段を二階に上がり、右側の奥にある広々とした部屋だった。
正面には大きな窓が。今は淡いブルーの布地に刺繍の施されたカーテンが掛かっている。右側にはキングサイズのベッド。
左側には、手前からクローゼット、鏡、ソファ、小さなテーブルと椅子二脚が並んでいる。
こんなに豪華な部屋……と唖然として呟く暖人にそっと目を細め、その手を取り室内へと入った。
ベッド脇の扉を開けると、洗面台のある脱衣所が。その先の扉を開けると白いバスタブがあった。
入浴の手伝いにと黒の侍女服を着た女性が控えていたが、元の世界では独りで入っていたので、と戸惑う暖人の言う通りに彼女たちを下がらせた。
「はぁ……」
パシャッと水の跳ねる音と、温かな温度。
湯に浸かると無意識に溜め息が零れる。思ったより気を張っていたらしい。
今すぐにでも涼佑を探しに行きたい気持ちは今も変わらない。それでも、オスカーには「知らない世界でどうやって探す?」と呆れられ、ウィリアムには「彼の手掛かりを探すよう既に部下に指示は出してあるよ」と宥められた。
(分かってる……。今は、彼らに頼るしかないんだ……)
右も左も分からず何の力もない自分が飛び出して行ったところで、何も出来ない。また盗賊に捕まるかもしれない。今度こそ殺されるかもしれない。そうなったら、本当に涼佑に会えなくなる。
深く息を吐き、気持ちを落ち着けた。
湯船には、淡いピンクや白の花びらが浮かんでいた。女の子じゃないのに、と思いつつ、ウィリアムの優しさに胸が暖かくなる。
突然この世界に来たというのに、こんなにも落ち着いていられるのは彼のおかげだ。彼に会えなかったらどうなっていたか……。
(……涼佑を探して無闇に走り回って、やっぱり死んでただろうな)
どのルートを想像しても、死亡フラグしか見えない。
ブクブクと口元まで湯に浸かり、自分の不甲斐なさにきつく目を閉じた。
パジャマは上から被るタイプのゆったりとした服で、足首まであった。柔らかく着心地も良いのだが、何とも脚の間が涼しくて落ち着かない。
バスルームを出ると、ウィリアムがソファに座って待っていた。
「ウィリアムさん?」
声を掛けると、そっと目を細めて暖人を見つめる。
「ウィルでいいよ」
「えっと……、ウィルさん」
「ウィルでいい」
「年上の人を呼び捨てにするのは、ちょっと慣れなくて……」
「ハルトはいい子だね」
話しながら近付いて来たウィリアムに、よしよし、と頭を撫でられる。つい身構えてしまったが、ただの子供扱いだったようだ。
「あの、俺の服がなくなっていたのですが」
「ああ。丁重に扱うよう言ってあるから安心していいよ。君の大事なものだからね」
綺麗に洗濯をして、昼までには部屋に届けてくれると言う。
元の世界から着て来た服は、暖人にとっては大事な物だ。それを分かってくれた事が嬉しかった。
「っ……」
突然ゾワリとした感覚が襲い、咄嗟にウィリアムから離れた。彼の指先が首筋を撫でたのだ。
首元を押さえ警戒する暖人に、ウィリアムはハッとした顔を見せる。
「すまない、つい……。これは、今日付いた傷ではないようだね」
「……はい。子供の頃のです」
割れた硝子で切った痕だ。左側の、髪で隠れる位置だが、時々こうして見えてしまう。皮膚が引きつっているせいか、少し触れられただけでも擽ったかった。
眉を下げるウィリアムに、暖人は警戒を解く。彼はただ心配してくれただけだ。
他に怪我はなかったかと問われるが、森の中でも屋敷に着いてからも何度も訊かれた。彼はとても心配性なのかもしれない。
だが。
「ウィルさんっ?」
突然横抱きに抱え上げられ、咄嗟に声を上げた。
そっとベッドへと下ろされ、間近で見つめてくるスカイブルーの瞳。元々色気のある人だと思っていたが、こうして淡いライトの下で見ると……同じ男だと分かっていても、ドキドキしてしまう。
(まさか、手を出す目的の方……?)
盗賊たちの時から思っていたが、この世界の美意識は少しおかしいらしい。男で地味で色気の欠片もない自分が、性の対象になるなんて。
それなら、申し訳ないが殴ってでも逃げないと。視線は逸らさずにそっと拳を握る。
「……やはり、顔色が良くないな。疲れただろう? 慣れない場所で不安だろうが、部屋の前に護衛を置いているからね。安心して、ゆっくりおやすみ」
肩まで布団を掛けられ、そっと髪を撫でられた。
「明日はいくらでも寝ていても構わないよ。起きたら扉の外にいる者に声を掛けてくれれば、食事を用意させるからね」
喉が乾いたらこの水を飲んで、とサイドボードに置かれたポットとカップを示す。側にはガラスの入れ物に入った焼き菓子が。
あれ? と暖人は目を瞬かせた。
本当にそういう目的ではなく……?
何も言わない暖人を心配そうに見つめる瞳。
(手を出されない方だった……)
放っておけずに世話を焼いてくれているだけ。そう分かると、酷い罪悪感が襲ってくる。
「あの……、何から何まで、本当にありがとうございます。おやすみなさい」
そう言って笑ってみせると、彼は安堵したように頬を緩めた。
「おやすみ、ハルト」
最後にチュッと額にキスをして、最後の最後まで「王子様では?」という疑いを残して、彼は部屋を出て行った。
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